方円杯ーーー奎宿藩最大規模の大会で優勝者には銀子300両が与えられる。
大金を求める者、白棋士を目指す者、選定の資格は得たが最後の腕試しを望む者と藩中から強者が集う大会。
その戦いの火蓋がついに切られたのだ。
「まず、参加者は
「2日かかるんだね」
「そうだ。今日は7戦、明日は4戦といった具合に2日かけて試合は行われる。今日は1敗までなら敗北が許されるぞ」
「1度でも負けたなら白棋士にならないよ」
負けたのに白棋士になるなんて絶対に嫌だ。
「君はそういう人だな。この大会には100人以上の人間が出場している。こういった大きな大会では必ず問題が起こるから私は運営の責任者として監督しなければならない。ずっとは側にいられないが困ったなら必ず助けになるから言ってくれ」
「わかった」
周軒に方円杯の流れを聞いた。方円杯は2日かけて行われて今日は上位8人を決め、明日はその8人でトーナメントをすることらしい。2敗したらその時点で失格になるそうだが、優勝しないといけないのに1敗でもしたら駄目だろう。全勝できなれば敗北だ。
周軒と別れて早速くじを引きに行く。番号は9、案内人に連れて行かれた場所に座っていたのは意外にも見知った人だった。
「久しぶりだな、星天」
「
禍旋亭で戦った
前会った時は髪を結っていて服もビシッと整っていて、いかにもちゃんとした人という感じだったのに髪はボサボサ、髭は伸びっぱなし、服はシワシワといった感じで薄汚れている。なんか仙人っぽい。
「約束通り師範代は辞めた。私は驕っていたよ。師範代まで上り詰めて自分は強くなったのだと思い込んでいた。とんでもない、私は未熟者だった。君との戦いに破れた後は自分を見つめ直したくなり各地を巡り、強者と名乗る者と戦っていた。方円杯も武者修行の一環として出たのだが奇妙な巡り合わせもあるのだな」
「また戦えて嬉しいですよ」
「ああ。折角の機会だ。前に受けた雪辱を果たさせてもらう」
席に着く。互いに『お願いします』と頭を下げて勝負が始まる。私は後攻だ。
會景は1手目3手目、星。私も2手目4手目星。2連星から勝負が始まる。
かかって、かかって、両かかり。つけてハネてコスまれた。なるほど、仕掛けてきたな。
やられたのでやり返す。右下の黒に両かかり。上から反発されたのでハネて伸びたら右下の角が白地になった。
その代わり下部の2石が黒に囲まれている。現時点では白に命はない。白石を殺そうとする力強い碁だ。
前打った時の會景の碁は上手に打つという物だった。こちらの攻撃をかわし部分的に利を確定させる。少しずつ得をしそれを積み重ねるといった内容だった。
だけど今は違う。會景の碁は攻撃的で一手一手に圧がある。白石の命を狙っているのだとはっきりとわかる打ち筋だ。
會景は殺し合いをしに来たのだ。
「棋風が変わりましたね」
「ああ、今の私には少しの余裕もない。一手一手に魂を削り血反吐吐く思いでこの場に臨んでいる。どうしても勝ちたい。全てを賭けても勝ちたいのだ。こんな思いは初めてだ。星天、私はお前に何がなんでも勝ちたいのだ」
會景が血走った目で盤上を見つめている。命賭けで勝負に臨んでいるのだ。ああ、楽しいな。前は人生を賭けての勝負だったが、今度は魂を削るほど深くこの戦いにのめり込んでいるのだ。
ゾクゾクとしたものが背中を駆け抜ける。相手は私を殺しに来たのだ。ならば私も殺さなければならない。それが勝負というもの、勝つのは私だ。
伸びて抑えて割り込む。上からではなく下からの噛み取り。反発された。
押さえ込まれていた白の2石には活路が見えたが代わりに左隅の白が黒に取り込まれかける。向こうはヤる気だ。
だけどもこちらだってその気は充分だ。跳ねて受けられた頭を更に跳ね返す。2段跳ねだ。
會景の手がぴくりと跳ねる。そうだ、誘いだ。私の白は隙だらけだよ。
殺しに来いと言っているのだ。
會景は切った。白を2つに分断した。黒と白それぞれ2組の命のない石が絡み合う。さあ、殴り合いだ。
切って伸びて当ててついで、割り込みに抑えて、黒は本当に強かった。最強手を打ち続け白を殴り続けた。
殴って殴って互いに殴り続けて、でも私の繋ぎに黒は切りを入れた。それはやりすぎだった。拳を殴り抜いたため胴がガラ空きになったのだ。
だから黒の急所石が抜かれてしまった。白が生き左翼の黒が窮地に追いやられる。ここが分水嶺であった。
左の黒が隅に逃げる。逃がさない。割り込み生きるのに必要な目を奪う。
これで左翼の黒に命はない。中央の白と左翼の黒の攻め合いとなった。
逃げる。受ける。切りつける。
左辺に閉じ込められた黒と違い中央の白には翼があった。何処へでも飛んで行ける。閉じ込めようと黒が攻め込んでくるが、石の攻防は誰にも遅れは取らない。
中央の白は右辺にて生き延びた。これで左翼の黒は完全に死んだのだ。
「そうか、まだ足りないのか」
「いい殺し合いだったね」
「次こそお前を殺すさ、星天」
じゃらりと盤上に白石が置かれる。會景が投了したのだ。
うん、是非ともまた殺しに来て。新しい碁を楽しみにしている。