【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第14局 園次

 

「へぇ、我意兄さんって君みたいな可愛らしい女の子に負けたんだ。まあ、あの人って力技一辺倒で止まらない猪みたいな碁だから嵌まらないときはとことん弱いもんね」

 

5戦目の相手は園次、細身な身体とはっきりとした目鼻立ちを持つ壮三兄弟の次男だった。

 

「僕は普段女の子には優しい方なんだけど、これは勝負だから勝ちを譲ってあげられないんだ。ごめんね」

 

「かまいませんよ。自分で勝ち取るので」

 

「棋礼戦に勝ち奎棋士になっただけあって自信に溢れてるね。でも僕を我意兄さんと同じだと思わないほうが良いよ。あの猪なんかとは違う華麗な打ち回しを見せてあげる」

 

お願いします、と挨拶をし対局を始める。いうだけあって園次の打ち方は綺麗な物だった。カケツギ、コスミ、二(けん)開きなど良形といわれる型が連発される。

 

盤上は一望するに美しい石並びをしていた。これが園次の棋風か。確かに良い形でいい碁だなと思わせる打ち筋であるがなんというか薄っぺらい。カケツギは確かに良形だが利きの少ない(かた)ツギの方が良かったんじゃないかとか一(けん)飛びに悪手なしというがケイマの方が働きがいいんじゃないかとか思うことがいくつもある。

 

この人の碁は上っ面を滑っているのだ。見栄えを優先してその手本来の価値を生かしきれてない。だからその隙につけ込む。

 

二間の中に割り込んだ。

 

「ああ、星天。そんな場所に打ち込んでどうしたんだい?この形は定石だから決められた打ち筋なんだよ?」

 

「貴方こそこれが裂かれ形だと分かってないのか?二間は安定しているようで脆い。周りの状況次第で裂かれることになるんだ」

 

星に滑って二間に開くというこの打ち筋は星定石の定番だ。相手の地を削り自分の地を作れているように見えるが、実はこの形には弱点があるのだ。二間の間に割り込まれると分断されてしまう。

 

だけどもそれは悪いことではない。2つに裂かれたとしてもポン抜きができる分中央に対して力を発揮する形に変わる。だから裂かれた形になるのは悪いことではない。

 

だが、今は状況が悪かった。周りには白の厚みがある。逃げ出すことはできない。

 

分断された黒は2つに分かれる。左側は死んだ。右側もまだ命は尽きていないが白石に囲まれている。捕えられるのも時間の問題だ。

 

「あ、うそ。こんなことが……」

 

「周りが強ければこの二間は死ぬのだ。貴方の打ち回しは綺麗だけどそれだけだ。その形の役割を理解できていない」

 

右の黒石は逃げ出すも中央の厚みに捕まり息絶えた。園次がガクリと項垂れ投了する。5戦目も勝った。

 

そして6戦目、ここまでの流れを見るとこの相手なのはお約束な気もする。

 

「えっと、鳴良(なるら)です。どうも」

 

「星天です。よろしく」

 

壮鳴良(そうなるら)、壮三兄弟の三男坊が私の6回戦の相手らしい。我意が強欲ジャイアン、園次がナルシストスネ夫みたいな感じだったのに対して鳴良は小柄でおとなしめの男の子って感じだ。おどおどしているし小動物っぽい。

 

お願いします、と頭を下げて互いに打ち始める。私が黒だ。

 

序盤は定石通り進んでいく。小競り合いはあるがよくある筋の打ち方だ。我意や園次が自己主張しまくりの内容だったのに対して穏やかに進行する。

 

中盤にかけてもその流れは変わらなかった。激しくもなく愚鈍でもなくただ良い手が淡々と打たれている。

 

よく言うならば質実剛健、悪く言うならば無味無臭、そんな内容だった。

 

形勢は互角、このまま進んでも勝てるかもしれないが面白くないので仕掛けていく。やっぱり戦うのが私の碁だ。

 

黒模様に浮かぶ白を急襲する。一間に飛んだが上から覗き込む。反発されたが押さえ込んで右辺に沈める。コウになったがそれを制して右辺の白は死に絶えた。

 

大勢は決した。右辺は完全に黒地になったし中央も黒模様。終盤に差し掛かっていて大場(おおば)ももうなくなっている。白が盤面をひっくり返せる場所はもうない。

 

熟考した後鳴良は中央に打つ。黒の模様消しだ。

 

右辺の白が死んでいるとはいえ中央は放置するには味が悪い。当然受ける。

 

白は次に上辺に打つ。白模様が白地へと変わる。現状では一番大きい一手だった。

 

黒と白交互に打っていく。もう、石の攻め合いをするところはない。黒地と白地の境界線を埋めていき互いの陣地を確定していく。

 

違和感。打ちながらその不自然さは段々と強くなっていく。

 

右辺の黒は殺していた。盤上に戦況をひっくり返せるような大場は残ってなかった。中場(ちゅうば)小場(しょうば)がいくつか転々とあるだけだった。それだけだった、それしかなかったというのに、

 

20目以上あった優位差がひっくり返されつつある。

 

黒を殺した時点では私の圧勝だった。終盤に差し掛かった段階での20目は重い、そう簡単に追い付けるものではない。

 

何か必殺の一手があったわけではない。致命的な一撃を食らったわけでもない。ひとつの手で2、3目得する。そういった小さな積み重ねを繰り返してそして20目の差を埋められたのだ。

 

方円杯では同じ勝率の者同士が対戦させられる。私は5連勝、ということは鳴良も当然ここまで全勝なのだ。

 

優勝候補と言われた壮三兄弟。長男我意は破壊力のある攻撃的な打ち手、次男園次は華麗な打ち回しによる良形の作り手。

 

そして、三男鳴良は的確な形勢判断と精密機械のような目算を主軸とする。

 

ヨセの天才だった。

 

そっか、知らなかったな。私ってヨセ苦手だったんだ。

 

苦手というよりは経験不足なのだろう。私の碁は終盤に行くまでに決着することが多いから序盤、中盤に比べて圧倒的に経験した数が少ない。

 

たぶん鳴良はヨセに特化した打ち手だ。形勢はまだほんの少し私がいい。だけれどもこんなのは一手のミスで吹き飛ぶような本当に僅かなものだ。

 

ここからは半目を削り合う戦いになる。ほんの僅かな失着がそのまま敗北に繋がる。1目にも満たない極小の世界を争うのだ。

 

ヨセは地味で正確な関係性を構築しなければいけない。正直得意分野ではない。

 

だけど逃げるつもりはない。得意だから戦うのではない。戦場にいるから戦うのだ。

 

私はまだまだ学ぶことがある。知るべきことがある。碁の世界で立ち向かうべき戦場があることにワクワクする。私はもっともっと強くなれるのだ。

 

さあ、正確さと読みの世界の勝負だ。

 





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