【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第15局 鳴良

 

※※鳴良視点

 

何をやってもダメだった。爺ちゃんに武芸を習ってもへっぴり腰で振った剣は手からすっぽ抜けるし、私塾に通っても読んだ詩はガマガエルの濁声(だみこえ)を聞いているより酷いと言われる。

 

お前は壮家の恥晒しだと父上に見放されて兄上達に馬鹿にされる。誰にも期待なんてされない壮家のお荷物。

 

それが俺、壮家の三男、壮鳴良(そうなるら)だった。

 

男の立身出世は3つ、兵士になって武名を轟かす。科挙を受けて官吏になる。そして碁を極め白棋士になるだ。

 

壮家は奎宿藩でも名の知れた名家だった。祖父の壮源頑(そうげんかん)は元天下の大将軍で皇帝陛下に謁見できるほどの身分だ。

 

父上は周家に仕える文官の一人で政務の一部を担当している。文武共に備える家として壮家は割と有名だった。

 

爺ちゃんが武官、父上が文官ということから壮家の男子は皆爺ちゃんに武術を習い、私塾に行き科挙の勉強をするという生活を送っていた。

 

我意は武術の才能があった。力が強く三兄弟の中ではっきりと我意が一番強かった。身体は厚くてがっしりとしていて身長も俺より頭ひとつ分高い。俺に勝てる要素なくない?訓練の時は当たり前のようにぼこぼこにされる。

 

園次は詩や文学の才能があった。私塾での成績が一番よく、詩も上手いし母親譲りの美貌で顔が整っていたから女の子にも凄くもてていた。めっちゃ羨ましい。

 

それに対して俺は何もない。力もなく頭も悪く壮家のみそっかすだった。いつも爺ちゃんに殴られ、父上に怒鳴られ家中で疎まれていた。

 

母上は俺の味方だったが立場が弱かった。『ごめんね、鳴良。耐えてね』と言っていつも泣いている。商家出身で家の経営が危なくなったからと父上の第三夫人として嫁いできた母上は家中での発言権がなかった。正妻の栄国のように実家が身分のある家でもなく第二夫人の銘嬢のように父上の寵愛もない。俺達親子は耐えるのみだった。

 

そんな俺を可愛がってくれた人もいた。母上の兄、俺の伯父にあたる呉柄叔父上は俺を大切にしてくれた。

 

立場の弱い妹を心配してなのか叔父上はちょくちょくと壮家に様子を見にきてくれた。美味しいお菓子のお土産と『お前のおかげで沈家はこんなにも商機に恵まれたよ』とお店の帳簿を持って叔父上は母上の所へくる。

 

『よかったわ、兄さん。沈家が救われて本当によかったわ』と帳簿を見ながら母上も涙ぐむ。俺も帳簿を見る。商品の一覧とその売れ行く流れがそこには書いてあった。

 

パラパラ捲っていくと明らかに数字のおかしな所があったので叔父上にいう。ついでに品物の売れ行きとしても変な物があったからそれも伝える。

 

初めは『そんなことはないさ』と笑っていた叔父上だったが、具体的に俺の指摘を聞くにつれてだんだん顔色が悪くなり血相を変えて店に戻って行った。後で聞いた話だと番頭のひとりが売上をちょろまかしていたらしい。家が傾いたのもこいつが原因だったと。

 

それから叔父上は定期的に俺に帳簿を見せるようになった。高い計算能力と商品全体の流れを把握する判断力、それが俺はずば抜けて高いらしい。自分の子だったら間違いなく跡を継がせたと叔父上はいう。

 

だけども残念ながら俺は壮家の子だ。求められるのは兵士になることか科挙に受かって官吏になることか白棋士になることだ。商人になることではない。

 

でもそれからもちょくちょく帳簿は見てた。叔父上が喜んでくれるし俺も帳簿を見るのは好きだった。帳簿を見るというのは在庫と売り上げた商品とその数字をちまちま照らし合わせて間違いがないか計算する地味で正確さを求められる作業だ。だけどなんか俺はそれが楽しいのだ。だって探せばそこに答えがあるんだもの。流水をお題に詩を作れとか言われるより全然いいわ。流水なんて水が流れているだけじゃん。そこに情緒とか言われても全然わからんのだが?当たり前のように園次は先生が絶賛する詩を披露して私塾の女の子の視線を独占していたけど。ちくしょう。

 

そんなわけで武芸は我意が、文学は園次が同世代の中でも頭ひとつ抜けていた。将来が楽しみだとみんなにもてはやされていた。

 

だけども2人の天下は周軒が来たことで終わりを告げる。

 

元天下の大将軍である爺ちゃんに稽古をつけてもらいたいといって周軒が壮家に来るようになったのだが、周軒は鬼のように強かった。

 

我意よりも2歳年下で俺と同じような体格なのに打ち合った瞬間比喩ではなく我意が宙に浮いた。周軒に吹き飛ばされたのだ。いや、物理法則おかしくない?なんで、倍以上の体格差あるのに我意の身体が浮くの?もはやだいの大人ですら敵わなくて爺ちゃんしか相手にならなかった。爺ちゃんと周軒の取っ組み合いは異次元すぎて同じ人間とはとても思えなかったけど。お前ら実は千年生きてる仙人とかじゃない?

 

またその付き合いで同じ私塾にも行くようになり女の子の関心は全部周軒に持って行かれた。武術に優れ頭がよく顔が整った藩地の跡取り息子に敵うわけがなかった。詩もめっちゃうまい。ごめん、園次兄。兄上が勝てる要素を見つけられないよ。

 

それぞれの分野で才児と持て囃されていた我意と園次だったが周軒がきて見向きもされなくなった。

 

不貞腐れて投げやりになっていた2人だが、たまたま父上の客として訪れた囲碁の師範代に才を見出され囲碁に火がつく。

 

囲碁の才能が十二分にある。将来は白棋士も夢じゃないと煽てられて2人は囲碁を始めた。実際、その師範代は見る目があったらしく2人はみるみる強くなっていった。

 

2人が囲碁にのめり込んだ理由、それは周軒が囲碁はそこまで強くないということにあった。

 

武芸では鬼神のように強く詩を読む姿は一枚の絵のようである周軒であったが碁に関してはそこまでではない。てか、ぶっちゃけ弱い。

 

これなら周軒に勝てるとやる気を出した2人はメキメキと強くなり今では壮三兄弟といえば囲碁が強いと噂され、今年ついに白棋士の試験を受けるまでになった。

 

我意の碁は激しい攻撃により相手をねじ伏せ、園次の碁は華麗な打ち回しにより相手を翻弄し有利に盤面を進める。

 

そして俺の碁なんだけど、いや特徴なんてないよ。無味無臭の味のしない碁です。

 

序盤、終盤は結構好き。打つべきところがある程度決まっていて正解を打っていけばいいだけだからね。

 

苦手なのは中盤。好きなように打ち自身の世界を盤上に表現するのだとか碁の先生には言われたけど、いや俺に創作能力はないから。流水をお題で詩を作れって言われて『流水や、川に水が、流れてます』って読んで先生にごみ屑呼ばわりされたんだぞ。

 

だから中盤は相手にいつもいいようにやられてしまう。好き勝手打たれてボコボコにされる。だいたい20目くらい負けている。つらい。

 

それでもなんとか耐えて耐えて終盤まで持っていく。耐えるのは得意だからね。個性豊かな兄2人に恵まれたおかげで忍耐力はあるわ。

 

そうしてたどり着いた終盤は好きだ。だって打つべきところが決まっているのだから。地合の大きいところから順番に打つ、それだけの作業なのだ。

 

ただ、その判断には神経を使う。自分が打った一手が正確に何目の価値があるかというのを判断する為には地味で細々とした計算をしなければならない。しかも一手打つごとに盤面が変わるから何度も何度もその作業を行う。終盤というのは地味でちまちました作業を繰り返し行うのだが、俺はそれが好きなのだ。

 

中盤から終盤にかけては盤面はごみごみしている。その中から価値がある手を探していくのが得意だ。帳簿と睨めっこしている感覚にちょっと似ているかも。あれもびっしり書かれた文字の中から重要な情報を探していく作業だし。

 

そんなわけで中盤まで20目負けていても終盤で結構ひっくり返ってしまう。盤上は宝石の宝庫だ。宝探しするみたいで楽しい。

 

そんな感じで打ってたら俺もそこそこ勝ててこの1年での成績は3位が2回だ。ちなみに我意は2位が1回、3位が1回。園次は2位が2回。この方円杯で3位以内に入れたら全員選定の基準を満たすことができる。

 

そうして始まった方円杯、俺は順調に白星を積み上げていった。なんか調子いい。いきなり5連勝、これはひょっとして方円杯1日目を突破できるんじゃね?と思った対戦相手は黒髪の女の子だった。

 

女の子が囲碁を打つなんてことはあまり例のないことだったが、この奎宿藩においては一人有名な人がいた。

 

星天。周軒に才を見出された彼女は奎宿藩の存続に関わる重要な棋礼戦であの首斬り残句に勝利し、白棋士である来生を返り討ちにして奎棋士になった強者だ。女の子で囲碁の強い子なんてそうそういるわけがないし目の前の女の子がそうなのだろう。

 

いや、待って勝ち目ないわ。昔、白棋士と1度だけ対局したことがあるがボッコボコにされたもんな。手合い違いすぎた。で、その白棋士くらいの相手に星天は2度勝っているんだよね?はは、勝てるわけがない。

 

「えっと、鳴良(なるら)です。どうも」

 

「星天です。よろしく」

 

挨拶をして対局を始める。実は全然違う子じゃないかなーとちょっと期待したがそんなことはありませんでしたね。ちくしょう、やっぱり星天だったよ。俺の快進撃もここまでだ。

 

序盤はよくある布石で進んでいた。どちらが有利で不利とかもあまりない。

 

だけど中盤、急に仕掛けてきた星天の黒に俺の白の目が奪われた。あまりに突然で強引な手で唖然とする。

 

え、嘘だろ。この白が死ぬとかある?我意も攻撃的な棋風だったがその比ではないくらい打力の高い一手だ。絶対に殺すという強い意志を感じる。

 

いやもう化け物みたいに強い。そりゃ残句にも白棋士にも勝つわけだよ。

 

取り敢えず取られかけている石は悩んで悩んで見捨てようという結論をくだす。俺と星天では石の攻防に対する理解の深さが違いすぎる。無理に生かそうとしても死ぬ石が増えるだけだわ。

 

助けられないというのならば助けない。被害を最小限に白石を切り捨てる。途中コウになったからいくらかは巻き返せた。石は死んだ。だけれども20目程度の損失に抑えることができた。

 

盤面は終盤に差し掛かっている。形勢は圧倒的に俺が不利、星天が完全に正着を打ち続けたら俺は勝てない。終盤戦が俺と同等か俺以上に上手かったら絶対に差を詰めることはできない。その時は潔く諦めよう。次の試合に期待だ。

 

だけど星天の終盤は完璧ではなかった。ちょっとずつ、1目とか2目とか損しているところがある。

 

終盤は俺の方が上手かもしれん。細かく細かくちょこっとずつ寄せていく。気付けば20目の差はほとんどなくなっていた。

 

お?おお?ひょっとしていける?いけちゃう??

 

あの星天に勝てるかもしれない。奎宿藩最強の棋士である星天に勝てるのならばいけるのかもしれない。俺は白棋士になれるかもしれない。

 

どんな人も優勢だった局面がひっくり返されれば焦るし気持ちに余裕がなくなる。いくら強いといっても星天はまだ幼い女の子だ。精神的余裕がなくなれば最善手を打てなくなることもあるはず、と思って顔を上げると何故か星天は笑っていた。自分の優位が無くなったはずなのに嬉しそうに盤面を見つめている。

 

「鳴良はヨセが強い棋士なんだね」

 

「え、あ、うん。終盤は好きだよ」

 

「まだ碁にはこんな戦場があったんだ。戦いは石の取り合いだけじゃない、1目を削り火花散る戦いがあるんだ。こんな熱くなる終盤は初めてだ。鳴良、勝負だ。私がこの盤上を凌ぎ切る」

 

パチンと打たれた手は下がり。いや、それうまいヨセだな。手を抜くと白石が死ぬから手を入れなければならない。先手で3目得された。

 

てか何、追い詰められているのにやる気になっちゃったの星天。不利になったからこそ闘志が湧いてくる感じの人なの?こわっ!石の攻め合いが得意で逆境に燃える人なのかよ!でも俺も終盤だけは負けないからね!

 

差がなくなっていく。星天も工夫した一手を打ってうっと唸る。この子ヨセも全然うまいじゃん。1目を、いや1目未満を取り合う細かい勝負だ。どんどん互いの境界線がなくなっていく。

 

そして終局する。判定は……俺の1目半負けだった。

 

駄目か。いや、悔しいなこれ。頑張ったら星天に勝てたかもしれない。本当に悔しい。勝ちたかった。

 

「こんなに熱い終盤は初めてだ。鳴良との戦いは本当に楽しかったよ」

 

「えっと、ありがとう。でも星天には及ばなかったね」

 

対局終了後、目を輝かせながら星天が話しかけてきた。その様子は普通の可愛い女の子でしかない。こんな子が破壊神みたいな一手を打ってくるんだよな。信じられん。

 

「終盤の戦場、私はまだまだ碁を理解してなかった。もっと鳴良と戦いたい。2日目の方円杯で鳴良と戦えるのを楽しみにしてる」

 

「え、いや、俺はまだ次の試合残ってるし、明日に出れるかはわからないけど」

 

「鳴良は勝つよ。だって、私が奎宿藩で戦ってきた誰よりも強い」

 

唖然と星天を見返す。言われたことが理解できなかった。

 

「いやでも我意とか園次とかいるし、奎宿藩には師範代とかもたくさんいるし」

 

「全員倒したけど鳴良の方が強かった。私が明日戦いたいのは貴方だ」

 

凛とした声で星天がいう。俺と戦いたいのだと奎宿藩最強の棋士がそういうのだ。

 

胸が熱くなる。今まで誰も俺を求めてくれなかった。俺は常に我意と園次のおまけで、なんの才能もなくて誰にも期待されなかった。ずっとあの家の陰に埋もれて生きていくのだとそう思っていた。

 

だけど星天が認めてくれた。他の誰でもない俺がいいのだと、俺と戦いたいのだと言ってくれたのだ。

 

その言葉がどうしようもなく俺の胸を打った。

 

「……うん、明日も戦おう。次は俺が勝つよ」

 

「明日も私が勝つ。身を削るような真剣勝負をしよう」

 

そう言って笑う星天が眩しかった。

 





中華版シンデレラ鳴良
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