方円杯初日、私は7戦7勝で突破した。たくさんの強者と戦った。
特に鳴良という打ち手に出会えたのが良かった。鳴良は私が持ち得ないものを持っている。だから確信があるのだ。
鳴良と打てば私はもっと強くなるのだと。
それに比べて最後の7戦目は最悪だった。お互い6戦全勝で迎えた最終戦、相手は
何故そういう風に思えるのだろう。この一局が一生で打つ最後の碁になるかもしれない。明日が来ることは当たり前のことではないのだ。貴重な一局を惰性で消費されたくない。どんな理由があろうとも真剣に碁に向き合わない人は嫌いだ。
相手が手を抜こうが私にとっては一度きりかもしれない一局だ。本気の全力で戦い抜く。
新羅の黒は左辺と下辺が死んでズタボロだった。『こ、これが僕の実力だと思うなよッ!明日、お前を倒し方円杯で優勝するのは僕だからな!』と捨て台詞を吐いて新羅は去っていった。うん、明日は真剣な勝負ができるといいね。
そんなわけで初日を終えたので、周軒と藩主と藩主の奥様の
「初日を全勝とは流石の活躍だな、星天」
「明日も勝ちますよ」
「星天らしい言葉だな」
食事をいただきお茶を飲む。肉まん美味しかったな。あと、しゅうまいも。さて、お腹もいっぱいになったし明日に備えて詰碁でも解こうかな。
「星天、お待ちなさい。部屋に戻られる前に贈りたい物があります」
部屋に戻ろうと琳華様に引き止められた。奥様がパンパンと手を叩いて合図すると侍女が綺麗な箱を持ってくる。
中身を取り出し広げるとそれは白を基調とし、金糸で虎の刺繍が施された服だった。煌びやかでいくつも装飾品がつけられている。
「星天の故郷の装いも良いですが、服はいくつあって良いものでしょう。方円杯の2日目は多くの民も観に来ます。お気に召したら明日の勝負に着てくださいな」
「ほほう、見事だ。妻は刺繍と裁縫が趣味でな。星天が着るという服を作りたいというので頼んでおいたのだ」
服の裾に触れる。そこにも細やかな刺繍がされていてこの服を作るのに手間暇かかったことが窺える。琳華様とはあまり話したこともなかったけどこんな素敵なプレゼントをもらえるなんて感激だ。
「感謝します。明日の戦いには必ず着ていきます」
「いいのよ。夫の服は作り過ぎたし息子はせっかく作った服をダメにするのだもの。新しい服を作ることができて嬉しいわ」
「母上、私は武人なので服はどうしても汚れ破れてしまいます。服は丈夫なものでないと」
「そういうところが無骨なのよね。職務に忠実なのもいいけど母にもう少し楽しみを与えてちょうだい」
「善処はしますがおそらく無理です」
琳華様と周軒の掛け合いに耳を傾けながら白と金で彩られた服を身体にあてる。腕の長さや丈を見るにサイズはぴったりのようだ。方円杯には制服を着ていったけど制服が正装だから着てたのであって他に可愛い服があったら当然着てみたい。
「星天も新しい服が嬉しいのだな」
「そうしていると普通の
周軒がしみじみと言う。失礼な、私はいつだって普通の女の子である。
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方円杯2日目、琳華様に仕立ててもらった服を着てついでに髪も整えてもらって会場に向かう。身なりを整えると気分も上がる。おしゃれって楽しい。
「えっ、星天か。どこの令嬢かと思った」
「琳華様にもらったの」
「星天は琳華様に大事にされてるんだなぁ。昨日の異国の装いも良かったと思うけど、すっごく似合っているよ」
会場で鳴良に会った。最終戦は勝ち抜いてちゃんと2日目にも参加できたらしい。良かった良かった。
「星天はもうくじ引いた?」
「まだ。くじ引かないといけないの?」
「対戦表のどこに割り当てられるか決めるものだからね。俺は“七”だったよ」
「なるほど。じゃあ、鳴良と戦える番号がいいな」
「俺はなるべく当たらない番号がいいよ。星天と当たったら絶対負けるだろうし。でも、対戦表の遠い番号だと勝ち上がらないと星天と戦えないのか。星天とは戦いたいし……、えっ、どうしよう」
ブツブツと独り言をいう鳴良を置いてくじを引きにいく。くじ、くじっと、あ、受付見つけた。この箱の中の紙を1枚取ればいいんだね。よっと。
指先に触れた紙を取り出すと“一”と書かれていた。トーナメントの一番端に私の名前が書かれる。あー、鳴良とは違う山か。戦えるのは決勝だね。
えっと、私の対戦相手は、
「くっくくっ。ついている。初戦は星天か。昨日の雪辱を果たしてやる!」
眼鏡をかけた藍色の髪の青年が笑いながら近付いてくる。1回戦の相手、新羅だ。
「正装をし気合いを入れてきたのか。だが、今日の僕はやる気に満ち溢れている。昨日のような不覚はとらないぞ」
「それは楽しみだね」
『定刻になったので試合を始めます』と運営の人の声が響く。席に着くと砂時計を持った人が2人横についた。2日目は時間制限があるらしい。
お願いします、と互いに頭を下げて勝負が始まる。私は星、相手も星、互いに2連星だ。
かかりに対して三々に入られる。受けて右隅の地は取られたが主導権は握る。左上の白に両かかりだ。
互いに受けて攻めて黒模様、白模様ができていく。
白番、新羅の出番だ。まだ、右辺が広く右隅からのコスミかな?と思っていると下がりを打たれた。下辺の黒に打ち込みを狙っているのだ。
なるほど、新羅は地に辛い打ち方をするんだな。ここまでも何度か新羅が辺より隅を重視する打ち方を見た。自分の陣地の目数をとにかく稼ぐ、固くて堅実な手だ。
ここで右辺の下がりを受けるのは大きな一手だ。下辺は確定で私の地になり白に攻め入る隙を与えない。
だけどもそれでは白に先手を取られる。同じように上辺を守る手も価値の高い手だ。囲碁は交互に打ち合うルール、どちらか一つしか打つことはできない。
少し悩む。ここはこの後の展開を決める分水嶺だ。さらさらと砂は落ちていくがそれでも思考を止めない。
読んで考えて、上辺に打った。つまりこういうことだ。
下辺に攻めて来い。受けて立つ。
白の打ち込み、厳しい一手だ。黒は左右に引き裂かれ左側の黒が隅の白と攻め合いになる。
粘る。粘って粘ってコウになって、それでも粘って、黒は生き残った。1線で繋がることが出来た。
黒が繋がれば白は孤立する。黒の逆襲、左下の黒石と隅の黒石が見合いになり両天秤で攻め立てる。
これは殺し合いだ。黒が死にかけ、白の命が追い詰められる。私は耐え切った。だから死ぬのは白の方なのだ。
左下の白は完全に包囲した。目はなく生きる術はない。新羅が項垂れる。
「馬鹿な、僕は烏鷺杯の優勝者なのに」
「今日の勝負は楽しかったよ」
新羅が小さい声で『負けました』と言った。よし、1勝。鳴良と戦うには後2戦だ。