【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第17局 鳴良対園次

 

※※鳴良視点

 

方円杯、2日目。くじ引きの結果星天とは違う山になってしまった。戦うには決勝まで行くしかない。

 

超強敵である星天とすぐに戦わなくて済んでよかったと思ったんだけどよく考えると俺が決勝まで辿り着ける可能性って底辺じゃん。こうなるなら最初に星天と戦ってた方が良かったんじゃないの?

 

しかも1回戦の相手はお前かよぉ。

 

「ははっ、ついてるね。最初の相手は鳴良か」

 

「……園次(にい)

 

よりによって初戦の相手が園次だった。これはまずい。正直言ってもう一度星天と戦った方がまだ勝てる可能性があった。

 

俺は我意と園次には勝てない。もうまったくといって良いほど勝ったことがない。相性が悪いのかな?いや、苦手意識かも。小さい頃からボコボコにされてきたせいで負けが染み付いているのかもしれない。

 

方円杯2日目は我意も園次も勝ち残っている。普通に考えて2日目には8人しかいないのだからそりゃ2人に当たる可能性は高いよな。まじでくじ頑張っておけばよかった。くじって頑張るもんじゃないけど。

 

「悪いけど鳴良に負けることはないよ。まあ今年は運がなかったと諦めて来年頑張りなよ」

 

「……お願いします」

 

互いに握って先攻後攻を決める。園次が先攻、一手目は星だ。

 

もうこうなったら仕方ない。今回はどうしようもない、運がなかったんだ。我意や園次に勝てる気がしない。星天の約束はまた戦える機会がきた時に果たせばいいんだ。

 

そう思うのになんか指が動かない。まだ1手目だ。悩むことなんてないはずなのに俺の身体は動いてくれない。

 

ただ、砂が落ちていく。1日目の星天との戦い、負けたのは本当に悔しかった。あとちょっとのちょっと、ほんの僅かな頑張りで俺は勝てた。あの星天に勝てた。手を伸ばせば届く場所に星はあった。

 

きっと星天は方円杯に優勝して白棋士になるだろう。そして序列戦を勝ち上がり上位棋士になる。それなのに俺がいつか戦える機会なんてあるのだろうか。上り行く星天にただ距離を離されていくのではないか。

 

今日しかないのだ。いつかではない、今でしか星天の背中を追うことができないのだ。常に先をゆく星天に必死に食らいついていかなければならない。

 

だから園次に負けてなどいられないのだ。

 

「園次」

 

「なんだよ。次は鳴良の手番なんだから早く打ってくれよ」

 

「俺、勝つよ。もう二度と兄上達には負けない」

 

我意にだって園次にだって負けるわけにはいかない。

 

「俺に勝つつもりなのかよ。一度も勝ったことないのにか?ははっ、できるもんならやってみなよ」

 

互いに星に打ち合う。園次が中からかかってきたのでケイマに受けた。

 

左上の白にもかかってきたので挟んで2間に開く。

 

序盤は互角に進む。三々に入り込み隅の地を確保する。園次は左辺の黒を取り込み地を確定した。良い手だ。

 

園次の棋風に無理はない。常に良手以上を打ち安定して形を整えてくる。

 

右辺が小競り合いになり、それぞれ地を作る。白も生きたが黒も生きた。これだと左辺の白が少し弱いかも。手を入れておいた方がいいかな。

 

2の三に白を置く。だけどもすぐ様打ち込まれた黒に息を飲む。俺の打った手では隅を守れていなかったらしい。黒の強手にじわりと手汗が滲む。

 

今のは明らかに俺の失着手だった。白の石を強化したはずなのに黒の侵入を許すようでは一手無駄にしたのと同義だ。

 

おまけにそこから追撃が来る。コスミつけられて白石を分断されてしまう。形勢は俺が悪い。白地だったところを黒地に変えられてしまったのは痛過ぎる。

 

ハネて渡られて右辺の形には決着がついたけどこのまま進めば俺の負けだ。

 

焦って左辺の黒模様に入り込む。ここを全て黒の地にされるとどうやっても逆転はない。先に少しでも削っておかないと。

 

瞬間、次に打たれた黒の押さえを見て息を飲む。左下の白地が吹き飛んだ。まずい、盤上の白地が少な過ぎる。

 

「その大ケイマは美しくなさ過ぎるよ、鳴良。焦って悪手を打ったね」

 

「園次兄」

 

「良い形が良い手なのだよ。美しい手を打っていれば自ずと勝てるのさ」

 

ふっと口元に笑みを浮かべる園次は正しい。今俺ははっきりと悪い手を2度打った。形勢は黒に傾いている。

 

盤面を凝視する。ここで踏みとどまらなければ俺は負ける。

 

形勢判断をする。12、いや13目だ。今俺はコミを入れて13目負けている。

 

盤上の全ての石が生き、弱い石はない。こういう盤面での13目はとてつもなく重い。いきなり13目をひっくり返す方法なんてない。地道にジリジリ追い上げていくしかない。

 

取り敢えず、中央は白地になりそうだ。ここに手を入れて地を稼いでいく。

 

だが、当然園次もそれはわかっている。外から入り込んだ黒に模様を消される。結局何手もかけた中央の白石はほぼ機能していないことになる。

 

うっ、差が15目に増えている。もう互いに打っている石数は100手をとっくに超えている。打つべきところがどんどんなくなっていく。

 

4隅は全て白の地だ。だがあまりにも小さくて左右の辺の黒地にはとても敵わない。

 

少しずつ詰めて12目差になる。だけども打つところなんてもう本当に限られている。黒は1線のハネツギを打ち始めている。もうヨセの段階だ。

 

ダメだ、勝てない。どう頑張っても12目差を埋められるところなんてない。12目って石でいうなら6目の石殺さないといけないからね。めちゃくちゃ大変なんだからね。

 

やっぱり園次には勝てない。そりゃそうだ。今までも兄達に何ひとつ勝ったことないのになんで囲碁なら勝てるって思っちゃったんだろ。そんなわけないじゃん。俺は壮家のお荷物だぞ?いつだって兄達の影を踏むのが俺の仕事だろ。

 

もう囲碁はやめて父上に頼み込んで伯父上のところに弟子入りしようかな。お金を稼げるようになったらあの家でもちょっとは役に立ったと言ってもらえるかもしれないし。俺は囲碁にも向いてないのだ。

 

そう100回は考えた。でも101回思い直してしまった。商人は立派な仕事だよ。でも俺は家族に認められたかった。

 

俺は天下の大将軍の孫で奎宿藩第一文官の息子なのだ。武芸で天下一になりたかった。文学の才を得て科挙に受かりたかった。

 

そして爺ちゃんに父上に兄達に認められたかった。俺も壮家の一員なのだと証明したかった。

 

我意と園次が囲碁を始めると言った時はこれが神様からの天啓だと思った。俺も壮家の人間であると証明できる最後の機会だと思った。

 

幸いにして俺の計算能力は囲碁でも生かせた。そこそこ打ててそれなりに強かった。でも園次には勝てなかった。俺の才能なんてそんなもんだった。

 

『いやでも我意とか園次とかいるし、奎宿藩には師範代とかもたくさんいるし』

 

『全員倒したけど鳴良の方が強かった。私が明日戦いたいのは貴方だ』

 

……でも、星天は俺の方が強いと言った。我意よりも園次よりもこの大会の誰よりも俺が強いと言ってくれた。

 

そんなことを言ってくれる人は誰もいなかった。誰にも、家族にも認められない俺と戦いたいと言ってくれたのは星天だけだった。

 

戦いたい。俺も星天と戦って、そして勝ちたいのだ。

 

石を持つ手に意思が宿る。俺を信じてくれた星天を信じる。勝つよ。俺は園次に勝つ。ここから12目逆転するのだ。

 

切る。繋ぐ。当てる。園次も最善手と思われるところを打ち続けてくる。このままでは差は縮まらない。

 

当てられた白をコウにはじく。盤面を複雑にする。1目でも多く相手より盤面を制す。

 

お互い時間を使い切った。ここからは小時計が落ち切るまでに打たなければならない。

 

頭の中を数字の羅列が流れ続ける。これは1目、あっちは3目。時間はない。でも間違えない。俺の計算は狂わない。

 

園次がコウを取る。コウ材を打って取り返す。しばらくコウの攻防が続く。

 

園次がコウを諦め別のところへ打った。だけどつがない。切りを繋ぎ2目をヨセる。

 

まだだ、まだ足りない。もっともっと限界まで1目まで見極める。

 

園次がハネた。それは1目の手だ。3目の手を打ち2目得する。

 

あと差は4目だ。左辺の黒を当ててコウを作る。まだ終わらせない、1目足りとも譲らない。

 

この極小の世界が俺の戦場だ。

 

左辺の黒は生きていた。だけど味は悪かった。何か手になりそうなそんな気配を感じさせる形だった。

 

美しい形ではなかったが、わざわざ手を入れなくとも何も起こりはしなかった。だけど多分園次は気圧されたのだろう。俺の譲らないという気持ちに引いたのだ。

 

手を入れカケついだ。左辺は良形となった。だけど1目を損した。そして一手を失った。

 

それが致命的だったのだ。

 

2目の手を2箇所打つ。そう、これで。

 

試合が終わったので整地して互いの地を数える。黒は37目、白は37目半。

 

俺の半目勝ちだった。

 

「嘘だろう。僕が、鳴良に負けるなんて」

 

「園次兄、今日だけは負けるわけにはいかないんだ。約束したんだ」

 

星天ともう一度戦うと。

 

初戦、園次に勝った。あの兄に勝ったのだ。

 

これで星天まではあと2戦だ。

 

 

 

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