【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第20局 壮家

 

「星天の方円杯優勝を祝してささやかながら祝宴を用意した。大いに食べ呑んで欲しい」

 

方円杯が終わり表彰され賞金と賞状を持って家に帰るとご馳走が待っていた。机の上に置ききれないほどの料理が並んでいる。おー、すごい。この肉まんの餡にはエビが練り込んである。あ、こっちのほうれん草のシュウマイも味が濃い。うまし。

 

パクパク食べていると琳華様からも『初めて出場する大会で優勝されるなんて素晴らしい功績でしたね』と褒めてもらってたくさん新しい服をもらった。本戦に着て行く正装のものから普段使いできそうなものまでたくさんだ。ここにいると本当に衣食住に困らないな。

 

「白棋士の本戦は全て白虎国の首都、西都(さいと)で行われる。出発は10日後、奎宿藩にいる選定を突破した者達と共に馬車で向かう予定だ」

 

食事を終えてお茶を飲んでいると周軒が今後の予定について話し始めた。本戦は奎宿藩ではなく西都で行われるらしい。また移動には時間かかるのかな。詰め碁の本たくさん持っていっとこう。

 

「奎宿藩で選定を突破した者は9名だ。他にも各藩から10名程度、西都から30名程度出場し、計100名で本戦が行われる。上位10位に入れば本戦は突破だ」

 

「なんか西都だけ出場人数多くない?」

 

「人口が違うからな。それにここ数年本戦突破したのは全て西都の者だ。白棋士のほとんどは西都にいて出場する者は基本誰かしらの白棋士の弟子だ」

 

周軒が本戦について教えてくれる。選定を突破した各藩の代表が西都に集まり、上位10名を決める戦いらしいがそのほとんどが西都の人らしい。

 

「西都にはいっぱい強い人がいるんだね」

 

「そうだな。だが今年は星天がいるから我が藩から白棋士が出るだろう」

 

周軒が嬉しそうに言い、藩主と琳華様も頷いている。勿論私は白棋士になるつもりだけども奎宿藩で白棋士になるのは私だけではないだろう。

 

「鳴良もきっと白棋士になるよ」

 

「壮鳴良のことか?」

 

「そう」

 

「鳴良はそれほどまでに強いのか」

 

驚いた顔で周軒がいう。鳴良は強いよ。決勝まで上がって来てたしなんか驚くようなことある?

 

「壮家とは縁があり、鳴良とも何度か対局したがあまり印象はない。勿論私より強いのは間違いないが星天がいうほどの棋士には感じなかった」

 

「強いよ。気付いたら喉元に刃を突き付けられている感じの碁だね。奎宿藩の中では一番強かった」

 

「星天がそういうならば間違いないのだろう」

 

周軒が腕を組んで頷いている。納得してくれたならよかった。鳴良は強いんだ。だから。

 

「周軒、頼みがあるんだけど」

 

西都に行くまでにあと10日あるんだよね。

 

 

 

______鳴良視点

 

方円杯で俺は2位だった。藩や国の主催する大会で3位以上を3回取ることが選定を突破する条件、俺は白棋士の選定の基準を達成した。

 

家中から白棋士になる可能性が出て壮家は祝宴お祭り騒ぎ、ではないんですよねこれが。残念なことに壮家は俺が選定を突破したことを喜んでくれなかった。

 

「ううっ、こんなのあんまりですわ。園次が選定を突破できないなんて」

 

衣服の裾で顔を覆い啜り声を上げているのは父上の第二夫人の銘嬢だ。銘嬢は園次の母親で、父曰く美人で気立てがよくてか弱くて哀れで守ってあげたくなるような儚い人らしい。まあ実際は全部それは演技で健康だし頭はいいし、都合が悪くなるとすぐに泣いたり倒れたりして父上の気を引くのが得意な人なんだが父上は見事騙されている。仕事はできるのに女の色気に弱い人なんだよな。俺も気をつけよ。

 

「銘嬢、鳴良は方円杯で園次に勝っている。本戦に出れるのは正当な権利だ」

 

「勿論、準優勝した鳴良は立派ですわ。流石は聡明な胡紗様のご子息、だけど園次は今までただの一度もその鳴良に負けたことがないのですよ。なのに本戦に出れないなんてあんまりですわ」

 

シクシクと顔を覆って銘嬢が父上に訴える。つまりこういうことだ。自分の息子が選定を突破できなくて不満の銘嬢が父上になんとかならないかとゴネているのである。それで父上、正妻の栄国、その息子の我意、第二夫人の銘嬢、その息子の園次、第三夫人の俺の母である胡紗と俺の7人で家族会議が始まった。あ、爺ちゃんは『家督は范繕に譲っておるのだから家主が決めるがいい』といって山に出かけて行った。たぶん、熊とでも戯れているのだろう。

 

「いい加減にしなさい、銘嬢!園次が選定に出れないのは方円杯で鳴良に負けたからなのよ!それを旦那様に訴えるなんて恥知らずにも程があるわ!」

 

「でも、栄国様。栄国様のご子息である我意も本戦に出れないのですよ?それでよろしいのですか?」

 

「むっ」

 

栄国が口籠る。正妻の栄国は都の公主に繋がる家から嫁いできた人で基本しっかり者なのだけど、気位が高くて身分と血筋と家柄が全てっていう考えの人だ。この人も我意じゃなくて俺が選定を突破したことには不満を持っているだろう。この家俺の味方いなさすぎない?

 

唯一の味方である母上は手をギュッと握りしめて黙秘している。身分が低く父上の寵愛もない俺達には発言権はほぼないに等しいのだ。

 

「壮家から白棋士が輩出されるのは喜ばしい慶事、だけども末子の鳴良にこの重責を背負わせるのはあまりに可哀想ではありませんか。それでしたら兄の園次の方が」

 

「ちょっと、何をいうの銘嬢!それならば正妻の息子で正当な血筋の我意の方が相応しいに決まっているじゃない!」

 

「でも我意は少し粗雑ですもの。教養もあり見栄えもいい園次の方が適任ですわ」

 

「なんですってこの女狐!我意が頭が悪く顔立ちも良くないって言いたいわけなの!」

 

栄国がきぃーっと叫んで立ち上がる。いやまあ実際我意は脳筋で顔立ちは残念だよ。我意と園次、囲碁の腕に差はないけど顔の造形に差があるのは明らかだ。

 

いやまあなんで差があるのかって言ったら製造元みたらお察しなんだけど。矜持が高くて気が強くて顔はあちゃーの正妻栄国としっとり美人で狡猾で父上の寵愛丸ごと独占中の第二夫人の銘嬢と気の弱いおっとり美人な第三夫人の母上の3人の嫁がいるのが壮家だ。賑やかだね。

 

「ねぇ、旦那様。園次はあんなにも頑張っていたのですもの。本戦に出れないなんて可哀想ですわ」

 

「それなら我意だって白棋士になる実力はあるわよ!園次でも鳴良でもなく我意が本戦に行くべきだわ」

 

2人はどんどん熱くなっていく。なんか俺が辞退すれば我意か園次が本戦いけるみたいな流れになっているけど無理じゃない?俺が方円杯2位を辞退したとて普通に4位の玲樂が3位に繰り上がるだけでしょ。

 

「…まあ、確かに我意でも園次でもなく鳴良が選定を突破するのは予想外のことではあったが」

 

2人の争いを聞きながらふーっと父上が息を吐く。え、待って。本気で俺の代わりに我意か園次を選定に行かせるつもり?父上の権力でなんとかしちゃう感じなの?まあこんな家だし素直に認められるとは思ってなかったけどそれはあんまりな話だ。

 

祝って欲しいとは言わないけど(いや、本当はめっちゃ祝って欲しかったけど)俺の得た正当な権利を手放すつもりはない。

 

俺は星天に負けてしまった。方円杯で優勝することはできなかった。それがすっごくすっごく悔しかった。よりにもよって得意な終盤で星天に盤面ひっくり返されたんだもの。茫然自失の黯然失色ってやつだ。もうマジ落ち込む。

 

でもそれでも何度もあの対局を思い返してしまう。どうすれば勝てたのだろうと頭の中に思い浮かべてしまう。

 

今までにこんなにも強く何かを思ったことはない。我意にボコボコに殴られて饅頭にされても園次に可愛いなと思った女の子の視線をすべて掻っ攫われたってヘラヘラしていた。

 

でもこれはダメだ。囲碁だけはダメなのだ。我意にも園次にも譲ることはできない。

 

たぶん俺はどうしようもなく星天の碁に魅了されたのだ。あの輝きに心を奪われた。

 

星天の碁がとても好きだ。あの力強くて綺麗な打ち方が好きなのだ。俺もそこへ至りたいのだ。俺は囲碁の世界で生きていくと決めたのだ。

 

だからここは譲れない。我意にも園次にも白棋士の権利は渡せない。普段は温厚な俺だって主張すべき時は黙っていないのだ。よし、いうぞ。さん、に、いち。

 

「失礼致します。旦那様、お客様がお見えになられてます」

 

「後にしろ。今は重要な話し合いを行なっている」

 

「来られたのは周軒様です」

 

「なんだと」

 

父上は大慌てで『すぐにお通ししろ』と使用人に告げる。意気込んでいた気がしゅるしゅると萎む。え、せっかく言おうと思ったのに。てか、周軒様?何しに来たんだろ。爺ちゃんと鍛錬でもしに来たのだろうか。

 

周軒様は父上にとって主君の息子で次期藩主でもあるから蔑ろにできる存在ではない。

 

しばらくすると使用人が周軒を連れて戻ってきたのだが、何故か星天もいた。

 

「急な訪問にも関わらず丁寧な対応をありがとうございます、范繕殿」

 

「いえいえ、大したことではありませんよ。それでどのようなご用件でしょうか?」

 

「用があるのは私ではなく星天です」

 

すっと周軒の後ろから星天が出てくる。今日は白と黒を基調とした服を着ている。なんとなく碁石を連想させる柄だ。また琳華様の手作りかな?星天は琳華様に大事にされているようでよかったね。

 

星天はズンズン歩いてくると俺の前まで進んでくる。

 

「鳴良、本戦まではまだ10日もあるんだって。だから打とうよ。1局や2局じゃなくて何十局、何百局と。私は君と強くなりたいんだ」

 

星天が笑顔で手を差し出してくる。こうしてると普通の可愛い女の子なんだけど、なんで囲碁はあんな破壊神みたいなんだろ。世の不思議だ。

 

それはそうと俺と碁が打ちたい?え、なんで?だって、俺って。

 

「方円杯で俺はもう2度も君に負けてるのにまだ打ちたいって思ってくれるの?」

 

「囲碁に勝ち負けがあるのは当たり前のことだよ。鳴良の碁には私にない世界がある。まだ君の全てを倒しきれてない。だから鳴良と戦いたいんだ」

 

星天の笑顔にはなんの含みもなかった。ただ、純粋に俺と打ちたいって思ってくれているのだ。

 

じんわりした物が胸に浮かぶ。俺も、俺もなんだよ、星天。また君と打ちたいって思ってたんだ。悔しかったんだ。君に負けて本当に悔しかったんだ。だから強くなりたい、君に勝てるくらい強くなりたい。

 

「俺も君を倒したいって思ってるよ」

 

「じゃあ決まりだね。行こうか」

 

星天の差し出した手を取る。3人で出て行こうとした瞬間、後ろから声が飛んできた。

 

「お、お待ち下さい、星天様。囲碁のお相手ということでしたら園次も連れて行ってください!園次はとても強くて星天様の練習相手に相応しいかと」

 

「なっ!それなら我意だって!」

 

目敏いというか太々しいというか銘嬢が星天に園次も連れていって欲しいといい栄国もそれに続く。でも確かに練習相手は多い方が星天にとってもいいのだろうか。

 

星天は振り返ると栄国と銘嬢の方を見る。そして。

 

「いい。鳴良がいい」

 

「でも、園次とは対局されて実力はご存知でしょ?対局相手は多い方が良いのでは」

 

「だから鳴良がいいんだ」

 

とそれだけいうとくるりと背を向けて歩き出す。栄国も銘嬢もそれ以上何も言わなかった。何も言えるわけがなかった。

 

対局した上で星天は我意と園次はいらないとそういったのだ。つまり我意と園次の実力を連れていくに値しないと判断したのだ。

 

「うむ、そうか。鳴良の実力は本物なのか」

 

父上の声がして振り返る。父上はバシッと両膝を叩きながらこちらに向かって話しかけてくる。

 

「壮家から白棋士が出るかはお前にかかっている。頼むぞ鳴良」

 

それは父上が初めて俺を認めてくれた言葉だった。

 

 

 

 

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