第23局 六財商の会
太陽が高く昇った頃、西都に到着した。周軒はとある建物の前に馬車を停めると『この宿所を奎宿藩で借りているから、本戦中は好きに出入りしてくれ。また、宿での宿泊費や飲み食いした等の費用は奎宿藩が負担するため気にしなくて良い』と告げた。本戦に出ている9人分の滞在費を全部奎宿藩が出してくれるのか。太っ腹だな。
宿に入る者や何処かへ出かける者など、皆パラパラと散っていく。鳴良は『目が回って世界が回ってるからお部屋で休んでる』って青い顔で宿に入って行った。お疲れ様、早く良くなってね。
さて、西都に来たならやることはひとつだね。碁会所に行こう。西都の打ち手はどんな人達か楽しみだ。
「じゃあどの碁会所に行く?」
「その前に昼食にしないか?西都で一番うまい肉まんを作る店があるんだ。餡は1種類なんだが、それがうまい」
「食べる」
碁を打つ前にご飯にしようと周軒が言うので同意する。藩主の家のご飯もおいしかったけど西都で一番おいしい肉まんか。それは食べたい、すっごく食べたい。腹が減っては戦はできぬというしご飯はしっかりいただきます。
周軒と2人、街中を歩く。奎宿藩も栄えていたけど西都は規模が大きい。石畳の道が続いており、その両脇に屋台や店が立ち並んでいる。人通りも多い。
あと、財って文字を掲げている店が多いな。なんだろう、財産が築けるようにっていうおまじないみたいなものかな?
しばらく歩くと西都一の肉まん屋さんのところに着いたらしいんだけど、店が暗い。中に活気はなく何かを蒸す良い匂いもしない。私の肉まんは?
「場所あっている?」
「前に来た時は間違いなくこの店だった。中を覗いてみるか」
周軒に続いて中に入る。いくつものテーブルがあり棚にはお茶の見本が置かれている。その奥には段差に座り込む男性とその脇を支える女の子の姿があった。
「もう駄目だ。やはり財全様に逆らっては駄目だったのだ」
「お父さん」
取り敢えず人はいた。でもとても肉まんを作っている雰囲気には見えないな。
「すまない、ここは福々堂でよかっただろうか?我々は肉まんを食べに来たのだが」
「ああ、お客様か。申し訳ない、うちはもう廃業になるんだ。品物は提供できそうにない」
「こんな立派な店があるのに何故できないのだ?」
周軒に聞かれると、俯いていたおじさんは『まあ、今更どうしようもないことですし』と小さくため息をついて話し始めた。
「財全様がお作りになられた六財商の会に入らなかったからです。六財商の会とは棋礼戦が行われた時に六財商に所属する白棋士がそれを請け負う代わりに儲けの3割を六財商の会に納めるという物です。うちのような規模の小さい食事処では棋礼戦など生涯一度あるかないかというくらいの話、その為に儲けの3割を毎月取られるわけにはいかないとお断りしたのですが」
「何か問題があったのか?」
「1週間ほど前、白棋士の
「六財商の会の報復で間違い無いのか?」
「保伸様は六財商の会に所属する白棋士です。おそらくは六財商の会に入らない他の店への見せしめでうちの店に棋礼戦を仕掛けてきたのでしょう」
店の主人が事情を教えてくれる。六財商の会に入らなかった報復に今から棋礼戦を仕掛けられるらしい。毎月儲けの3割を納めると守ってくれるけど、入らなかったら嫌がらせをされた上報復がくるのか。まるでヤクザのみかじめ料みたいな制度だな。
その時表が騒がしくなり、中に誰か入ってきた。ゲジゲジの太い眉に顔の濃い男を先頭に白い服を着た3人の男達が入ってくる。その中に見知った顔があった。
「あ、怕蓮」
「おや、星天と周軒様ではないですか。こんなところで会うなんて不思議な縁もあるのですね。ひょっとして福々堂側の棋士として棋礼戦に出るのは貴方なのですか?」
「ううん。肉まん食べにきたらたまたま居合わせただけ。怕蓮はまた立ち合いの白棋士?」
「ええ、そうです。本当ですとこれくらいの内容でしたら序列の低い白棋士が担当するのですが、あまりにも棋礼戦がたくさん起こり過ぎて数が足りず、また六財商の会に関わりのない白棋士ということで私まで駆り出されることになりましたよ」
ふーっと怕蓮が息を吐く。白棋士って囲碁ばかり打ってればいいわけじゃないのか。結構大変そうなお仕事ですね。
「よくも俺の師匠に腐った肉まんを食わせてくれたな!師匠の雪辱を果たすために棋礼戦を申し込む!」
「我々の作った肉まんが腐っていたなど何かの間違いです。店を継いで20年、食品の管理を怠ったことは一度もありません。どうか信じて下さい」
後ろでは回恢が福々堂の主人に棋礼戦を申し込んでいる。福々堂の主人は必死に無実を訴えかけているが回恢は意に返さない。
「保伸様がここの肉まんを食されて体調を崩されたのは事実だ。なんと言われようが俺は信じんし、この不毛なやり取りを決めるために棋礼戦があるんだ。お前も男なんだから囲碁の嗜みくらいあるだろ?」
「それは、勿論休日に友人達と打つくらいのことはありますが、今年の本戦に出場される回恢様に敵うほどの腕前ではありません。どうかご勘弁願いたい」
「ふんっ、だから六財商の会に入ればよかったのだ。そうすればこういう時に会から白棋士が派遣されたのにな。保伸様の失われた一戦は戻らない、棋礼戦は必ず行うぞ!お前が勝てば福々堂の肉まんに問題はなかったと謝罪する。負ければ慰謝料として500両を支払うんだ」
「そんな、そんな大金はこの小さな店にはありません。店を売れば払えるかもしれませんが、住処と店を失っては我々は明日から生きてゆけません」
お父さん、といって女の子が店の主人に抱き、主人がギュッと女の子を抱きしめた。
2人の話は聞いたが真実はわからない。回恢のいう通り保伸の食べた肉まんは傷んでいたかもしれないし、店の主人のいう通りこれは六財商の会の仕掛けた陰謀で福々堂には落ち度がないのかもしれない。部外者である私達にはわからないことだ。
だけどひとつだけわかることがある。本戦に出場するということは回恢は碁が強いのだろう。
強い碁打ちとは戦いたい。
「その棋礼戦、私が受けるよ」
「何故だ、星天。福々堂の主人に同情したのか?」
「いや、回恢と戦いたい」
棋礼戦というならば真剣勝負だ。真剣勝負で強い棋士と戦いたい。
星天らしいな、と言って周軒がふーと息を吐いた。周軒も賛同してくれたね。よし、棋礼戦をするぞ。
「はぁ?誰だお前。女が囲碁を打つとか何を言っているのだ」
「私も白棋士の本戦出場者だよ」
「女が何言って、ああっ!まさかお前奎宿藩の女棋士か!?首切り残句や新進来生を倒した女がいるって噂になってたが、こんなガキなのかよ!?」
ギョッとした顔で回恢がいう。なんか西都でも噂になっているらしい。それなら奎宿藩にいた時みたいに私を倒したいっていう強い打ち手がたくさん押しかけてきてくれないかな。真剣勝負はいくらでも歓迎だ。
「はぁ、こんな幼子に負けるなんて残句も来生も大したことなかったんだな。おい、田舎もん。わかってないようだから教えてやるが俺は六財商の会に所属している。この棋礼戦に出るってことは財全様を敵に回すってことだぜ?」
回恢が物知らずに諭すように言い聞かせてくる。財全様っていうのはさっきからちょくちょく出てくる名前だけど強いのだろうか。
「財全様って強いの?」
「おまっ、財全様を知らないのかよぉ!これだから田舎者は。財全様は序列3位の白棋士だ」
回恢の言葉に驚く。序列3位?今まで出会った中で一番高い位だ。ということは残句よりも来生よりも怕蓮よりも強いってこと?
え、戦いたい。すっごく戦いたい。
序列3位というのがどれほどの強さなのか想像もできないが強者と戦うのが私の生だ。これはなんとしても戦いたい。どうしたらいいんだ。
「はっ、田舎者であるお前にも財全様の凄さが伝わったようだな。わかったな、六財商の会を敵に回すってことは序列3位の財全様を敵に回すってことになるんだよ」
「六財商の会を敵に回すと財全様と戦えるってこと?」
「まあ、そういうことだな。序列が上の白棋士を敵に回すってことは棋礼戦の相手にそいつが出てくるかもしれないってことだ。それがいかに藩や自分の人生に損かわかるだろ?強者となるべくぶつからないようにするのが上手く世の中を渡っていくコツってもんさ」
田舎もんにも伝わったようでよかったぜと回恢がいう。うん、わかった。すごくよくわかった。
つまり私はこれから六財商の会に片っ端から喧嘩を吹っ掛ければ良いということだね。
そうすれば親玉の財全が出てきて私と戦ってくれるというわけか。よし、六財商の会の仕掛ける棋礼戦に全部出よう。そして財全様とやらと戦うのだ。
まずはこの棋礼戦からだ。
「じゃあ、早速棋礼戦を始めようか」
「お前全然わかってねぇじゃねえか!良いのか!このことを俺は報告するぞ!奎宿藩の女のガキが俺達の邪魔をしたって!そうしたら財全様に目をつけられるぞ!いいのか!」
「財全を引き摺り出すのが目的だからね。序列3位の白棋士と戦うのは楽しみだ」
さあ、勝負を始めようというと『頭おかしいんじゃねえか』といって回恢が前の席に着く。おかしい?何がおかしいのだろうか?
囲碁の強い人と戦ってみたいと思うのは当然の欲求じゃないか。