「あちっ、あつ、あつ」
「蒸したてだからだいぶ熱いな。火傷しないように気を付けてくれ」
福々亭の主人が何かお礼をさせて欲しいというのでお言葉に甘えた西都一おいしいという肉まんを作ってもらった。でも熱くて食べられない。
困ってると周軒が肉まんを2つに割ってくれた。中から湯気がわっと立ち上がりいい匂いがする。ふーふーと冷ましてからかぶりついた。うまっ!
え、何これすっごくおいしい。外はもちもち、中はジューシー。本当においしい。何個でも食べられる。保伸がお腹壊したのってあまりのおいしさに食べ過ぎたからではなかろうか。
「そんなに気に入っていただけて嬉しいですよ。この店があるのは星天様のおかげなのでいくらでもお召し上がり下さい」
「そうですね。星天はとても小さいので、大きくなれるようにたくさん食べた方がいいですね」
私の分も食べても良いのですよと怕蓮が皿に乗った肉まんを差し出した。それは食べるのだが、明らかに小さい子に接する扱いだ。2人は私のこといくつだと思っているのだろう。
「怕蓮、私もう13歳だよ」
「13歳?その小ささでですか?」
「なんだと。9、10歳くらいだと思っていた」
びっくりした顔で怕蓮と周軒がこちらを見てくる。え、10歳くらいに思われてたの?なんか悲しい。
「13歳というと早ければ親が婚約者を探す歳ですからね。とてもそうとは見えませんでした」
「そうか。星天は全てを囲碁に費やしてしまったのだな。だから囲碁が強いのか」
周軒が可哀想な生き物を見る目で私を見てくる。いやどういうこと。身体にいくはずだった栄養が全部碁に吸い取られたってこと?そこまでひどくはないよ。身長だって確か最後に測定したときは138cm、いや139cm。とにかく140cmくらいはあったんだから。13歳の女の子の平均身長知らないけど。…あれ?ひょっとして私小さい?
「今が成長期だからこれからにょきにょき伸びるよ」
「そうですね。きっとそうなりますよ」
「ああ。私の分の肉まんも食べるといい」
スッと周軒が自分の分の肉まんを差し出してくる。それももらうけど、なんか笑みが生暖かい気がする。今まではベッドの中で一日が完結してたから大きくならなかっただけなので、運動して頭使って太陽の光いっぱい浴びている今ならすくすく成長するはずだ。1年後はきっとチビを卒業しているから見ててよ。
怕蓮と周軒の分の肉まんも食べてお茶を飲む。あー、お腹いっぱいになった。じゃあ他の六財商の会が仕掛けてる棋礼戦でも探しにいくか。
「星天、貴方に聞きたいことがあります」
「なに?」
先ほどまでのほんわか雰囲気をぶった斬ってシリアスな顔で怕蓮が急に話しかけてきた。え、何ごと?そんな真剣な顔でする話とかあったっけ?
「貴方は何故囲碁を打つのですか?」
「囲碁を打つ理由?」
「ええ。貴方の戦いは2度見ました。1度目は残句との戦い、あの時は藩の将来がかかっていた一戦だったので、命懸けで戦う貴方は愛藩心の強い人物かとそう思っておりました。ですが今日の回恢との一戦は藩にとってなんの利点も与えないどころか、火種を撒いた可能性があります。貴方は何のために碁を打っているのですか?」
真剣な顔で怕蓮が問いかけてくる。え、理由も何も、打ちたいから打ってるのであってそれだけなんだけど。みんな理由があって打ってるの?
「白棋士の序列はそれに付随して権力が舞い込んできます。名誉、金銭、利権、地位が上がれば望むものを何でも手に入れられます。それこそ国を変えられるほどの力を得られるのです。さあ、貴方の望みは何なのです?その返答によっては貴方に棋礼戦を申し込みます」
「え、怕蓮と棋礼戦!?」
なんだと。とんでもないチャンスが飛び込んできた。序列5位の怕蓮、その強さはこの国でも指折りのはずだ。その怕蓮と真剣勝負ができるのだ。是非とも戦いたい。
返答によっては棋礼戦をしてくれるらしい。なんと答えたら戦ってくれるのだろう。えっと、えっと、うん。
全然思いつかないや。
「今序列1位と2位の白棋士が国外に出ていて情勢が非常に不安定です。財全もそれをわかっていて行動を起こしたのでしょう。これ以上囲碁界に混乱は起こさせません。さあ、貴方の目的はなんなのです?」
「えーと」
「はい」
「どういう目的なら棋礼戦してもらえるの?」
『え』とだけ音を出して怕蓮が固まる。どうしたら怕蓮と戦えるのか思いつかなかったので本人に聞いてみることにしたんだけど、怕蓮は固まったまま動かない。おーい、もしもし。聞こえてる?
「私と棋礼戦をしたいですか?何故です?」
「怕蓮と戦いたいからだけど」
「戦いたいから?それが理由で棋礼戦をしたいのですか?」
怕蓮が目を丸くする。何かおかしいこと言ったかな。戦いたいから戦うっていうのも立派な理由だよね。
「もしかして、残句と戦いたいから棋礼戦を受けたのですか?今も回恢と戦う為だけに福々堂の主人の代わりを買って出たのですか?」
「そうだよ」
「何故、何の見返りもなく命を賭けることができるのです?残句との戦い、負ければ貴方は間違いなく首を斬られていました。そこまでして何故戦いたいのです?」
「戦うことが生きることだから。温かいご飯も快適な寝床もあると嬉しいけどなくても生きていける。でも囲碁はないとダメだ。碁を打っている時だけが生を実感できる」
初めて碁石を握り、盤上に打ちつけた時に私の人生は始まった。モノクロだった世界に色をつけたのは間違いなく白と黒の石なのだ。
「私の生はこの盤上にある」
私はこの盤上で生き、そして死ぬのだ。
怕蓮は茫然とした顔で立ち尽くす。言葉を発しない時間が続く。そして、
「周軒が貴方を神様だという理由が少しわかりました」
静かに笑みを浮かべた。
「誰もが地位を名誉を利権を求めて身を削るように戦っています。勝負するのは大いなる対価を求めるため、調停人と呼ばれる私は何度もその様子を目の当たりにしました。だからこそ驚いています。こんなにも純粋な意思で戦う者を見たことがありません。貴方は本当に囲碁の為に生きているのですね」
怕蓮の笑みは柔らかい。機嫌が良さそうだ。これなら棋礼戦受けてくれるんじゃないの?
「じゃあ、棋礼戦をしようか」
「いえ、戦いません」
「え、なんで」
私の誘いはバッサリと断られてしまう。あれ?今のって受けてもらえる流れじゃないの?私の話に頷いていたじゃないか。
怕蓮はゆっくりと立ち上がると私の方へ向き直る。シャランと怕蓮の耳に付いていた装飾品が揺れた。
「貴方のことをとても好きになってしまいました。だから戦いません」
また、会いましょうと言って怕蓮は店を出ていってしまった。どうやら私の棋礼戦チャレンジは失敗に終わってしまったらしい。すごく残念だ。どうしたら戦えたのかな。
「怕蓮と戦えなかった」
「囲碁を打つ目的を知りたかったら棋礼戦をしろと言えば良かったのではないか?」
がっかりと肩を落としていると周軒が話しかけてきた。あー、なるほど。囲碁を打つ目的を賭けて棋礼戦を仕掛ければよかったのか。うん。
もっと早く教えてよ。