【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第29局 真剣

 

※鳴良視点

 

多分なんだけど、俺ってとんでもなく運が悪い人間なんだと思う。

 

星天に出会った瞬間が人生の頂点だったな。星天の碁に心奪われて星天にも俺の碁が好きって言ってもらえて、自信が持てて小さい頃からボコボコにされていた我意と園次にも勝てて、ついに父上に認めてもらえて、あそこが俺の全盛期だったよ。

 

そこからは下り坂を急降下してるわ。まずは星天に連れて行かれた禍旋亭が酷い。なんで負けたら奴隷みたいな恐ろしい条件の賭け碁が横行してるの?人権が消失しかかっているけど、これ本当に何かの藩法に引っかかってないの?仕事して周軒様。今ひとつの命が失われかけているから。

 

周軒様のお屋敷で星天と碁を打って検討して『鳴良の教え方はわかりやすいね。鳴良と打つのはとても楽しいよ』って言われてた時は幸せだったのになぁ。どこで道を間違えたのだろう。つらい。

 

なんでかわからないけどこの碁会所の人間は誰も彼も俺と打ちたがった。これが俺のモテ期なのだろうか。世の中にはこんなにも嬉しくないモテ期があったんだね。俺、もう二度とモテたいなんて口にしないから今すぐこの地獄から誰か救い出しください。

 

なんて俺の願いは誰にも届かず星天に連れられて禍旋亭に通う日々が続く。星天も同じ条件で戦っていて、しかも心底楽しそうなんだけどどういう感性なんだろう。俺、星天のことも星天の碁も好きだけどその感覚だけは理解できない。命は一個しかないよ。大事にしようよ。

 

もう本当に禍旋亭での日々はつらかったわ。脂ぎったおっさんに『鳴良くんってかわいいねぇ。僕が勝ったらお家で飼って可愛がってあげるからね』と言われた時は負けたら舌噛み切って死のうと本気で思った。俺の人生であんなに死ぬ気で碁を打ったことはなかったわ。

 

ちなみにこのおっさんは星天にも同じこと言って『じゃあ、私が勝ったら貴方を飼わないといけないってこと?』って言われて、『そんなのご褒美ですやん!ありがとうございます!!』って土下座してた。星天は勝ったけどおっさんを飼うのは周軒様が許さなかった。

 

禍旋亭通っている時の俺はたぶん本当にやばかったんだと思う。あまりのやつれ具合に我意と園次が『鳴良、お前顔色悪すぎないか?』『星天と碁打ってるだけでなんでそんな顔になるんだよ。大丈夫なのか?』と心配してくれたもんな。我意と園次が俺のこと気にかけてくれるなんて人生初だぞ。俺の方も禍旋亭で負けたらもう二度と我意と園次に会えないのかと思うとなんか切なくなって2人のことが大事に思えた。心なしか兄弟仲がよくなった気がする。ありがとう、星天。でも禍旋亭に連れて行かれたことには感謝しないから。

 

そんな日々も本戦に出場する為に西都に行かなければならないので終わりを告げる。人生でこんなに嬉しいと思ったことはなくてガチ泣きした。なんて喜ばしい。生きててよかった。

 

馬車に揺られて西都に向かう。馬車がガタガタ揺れるのにつられ頭もグラグラしてすっごく気持ち悪かった。星天も周軒様も平気そうだったからすごい。無礼かもしれませんが横にならせてください。死にそうです。

 

途中、黒獣が現れたが周軒様と護衛の方々が全て倒したらしい。確か周軒様って個人武術力が国一番じゃなかったっけ?国軍に引っ張ってきたかったけど、藩主の一粒種の跡取り息子だから渋々諦めたって話聞いたことあるわ。この馬車には人智を超越した人ばかり乗ってるな。俺は凡人だけど。

 

1日経って西都にはついたけどあんまりにもしんどかったので宿屋で休むことにした。星天と周軒様は西都を見て回るそうだ。元気だね。俺も回復したら西都を観光したいな。取り敢えずおやすみ。

 

起きて元気になってご飯を食べて休んでいると星天と周軒様が帰ってきた。六財商の会という序列三位の財全の作った組織と棋礼戦して、ついでにこれからも積極的に喧嘩売っていくねと言われた。

 

いや、半日出かけただけで事件起こりすぎじゃない?なんで棋礼戦に出てるの?六財商の会って何?それに喧嘩売るってどういうこと?

 

話を聞くと六財商の会っていうのはあまり良い組織じゃないらしい。白棋士の地位を金儲けの為に利用して、逆らう者を棋礼戦を仕掛けて潰すって感じだ。天下の白棋士様がそんな破落戸みたいなことすることある?そんな卑劣な行為から小店を守る為に棋礼戦受けた星天はかっこいいわ。

 

と思ったら、六財商の会を敵に回したら財全が出てくるぞと言われたから棋礼戦に出たらしい。強い人と戦いたかったから出たんだって。ぽいわ。星天って全力で囲碁打つために命費やしているところあるもんな。なんかそういう戦闘民族の家系から生まれたの?

 

というか星天がそう言う思考なのはわかるが周軒様はそれでいいの?星天は奎棋士だからやることなすこと全て奎宿藩に関係すると思われる。つまり奎宿藩が六財商の会に喧嘩売ってると認識されてしまう。多くの白棋士が所属する組織を敵に回すって藩的には良くないよね?周軒様的にはどう思ってるの?

 

と聞くと星天が白虎国一の棋士になると思っているから問題ないと言われた。あー、なるほど。確かに星天が一番になったら大丈夫ですね。理不尽な棋礼戦挑まれても勝てるのなら全てが解決する。

 

問題は星天が序列1位の白棋士になれるかということ。この国全ての碁打ちの頂点に立てるかという点についてだけど、

 

……俺もそれはできると思う。星天がこの国の最高位にたどり着くとそう思っている。

 

これまで俺は何十もの星天の碁を見てきた。方円杯で2回、周軒様のお屋敷で十数回、禍旋亭でも割とたくさん。その度に思った。

 

こんなにも力強くて真剣で深くて、そして美しい碁は他にはないと。

 

星天の碁には命を感じる。俺はこんなにも感情を揺さぶられる碁を他には知らない。初めて対局した時からずっと俺は心を奪われ続けているのだ。

 

周軒様は星天の碁の中に白虎神がいると言った。その考えはわかると思う。星天の碁には神様が宿っている、神域の碁だ。

 

星天も周軒様も納得しているなら俺に止める術はない。頑張って六財商の会を倒してきてね。俺は元気になったし明日から西都でも観光してくるよ。

 

と思ったら六財商の会に喧嘩売るのに鳴良も行くんだよと言われた。喧嘩するなら人数多い方がいいからだって。西都に来ても星天式武者修行は続くんだね。しくしく。涙が止まらなくて朝食に食べた漬物はちょっとしょっぱかったよ。

 

そんなわけで殴り込みに行くために『財』の文字を掲げる碁会所を探していたのだけど、それは割とすぐに見つかった。『碁』と『財』の文字の旗を掲げて、『柑石教室』という名前の碁会所だった。割と大きいしここなら六財商の会な人もいるんじゃないかな。というわけで『たのもー』と言いながら入る星天の後に続いて中に入る。

 

すると別の人がすでに喧嘩腰で怒鳴り込んでいた。こんな道場破りが被ることある?しかも星天と周軒様の知り合いらしい。

 

来生という名前を聞いて俺も誰だかわかった。えっと、去年白棋士になった新進来生だよね。白棋士の試験は一発合格、おまけに序列戦も全勝するもんだから新しい時代が来たとかで“新進”の二つ名がついたとかなんとか。ここ数年の白棋士の中では群を抜いて強いらしく序列上位に入るのは確実と言われている。

 

でもそんな来生にも星天は勝ったんだよなぁ。確か来生が仕掛けてきた棋礼戦で返り討ちにしたんだよね。すごい具合で言うならば星天の方がやばい。

 

で、話を聞いていると来生のお姉さんの嫁ぎ先が六財商の会に酷い目に遭わされたらしい。六財商の会の息のかかった役人が生糸を差し押さえて取り返すには棋礼戦をするしかない状況にしたっぽい。星天から話聞いていたけど六財商の会って本当に悪どいじゃん。来生の姉さんが可哀想だ。

 

と思ったら来生のお姉さんは六財商の会を返り討ちにしたらしい。序列七位の柑斗に勝ち、序列戦無敗の来生よりも強いんだって。え、何者??白棋士って何千、何万という才能ある人間が目指して、それでもなることができるのが300人程度っていうこの国の頂点の人達だよ?一日中碁のことだけ考えて努力を怠らず人並外れた才能を持ち、勝ち抜くだけの精神力を持っている人達のことだからね。絶対にそんな軽く倒せないから。来生のお姉さんって才能が人外じゃん。いや、人間辞めてる子は俺の隣にもいるんだけど。

 

お姉さんに迷惑かけたことが許せないから戦いたい来生と、負けてむしゃくしゃしてるから相手になっているという柑斗と、全然関係ないけどとにかく勝負したい星天が話し合った結果団体戦をすることが決まった。待って、それ俺も入っているの?え、白棋士相手に戦うの?無理無理無理、向こうは本業、雲の上の人達だって!勝てるわけないじゃん!

 

だけど俺には決定権なんてないから勝負が始まってしまった。俺の相手は背の高い庄作って人、お願いしますといって試合が始まる。

 

俺が黒、相手が白を持って始まったのだけど、なんというか終始押されている。

 

ただただ打っているのがつらい。俺も精一杯の手を打っている。だけども相手はそれ以上の手を打ってくる。

 

例えていうなら俺が99点の手を打ち続けているのに対して100点の手を打たれる。じわじわと差が開いていく。

 

知らない布石を打たれたわけではないし、何か凄い手筋を打たれたわけでもない。単に手合い違いなのだ。向こうのほうがはっきりと棋力が上なのだ。

 

ダメだ、勝てない。向こうは毎年一万人近く受けて合格者が数人しかいない試験を突破した白棋士様だぞ。俺が勝てるわけない。

 

そう考えると今回の勝負は団体戦でよかったかもしれない。俺が負けても星天と来生が勝っていれば俺たちの勝ちってことになるからね。よかった、よかった。競技の規定に救われたよ。

 

2人の様子はどうかなとチラッと横目で見ると、星天はいつも通りギラッギラの目で口元を吊り上げながら打っていた。相手の顔には汗が浮かんでいるし、大丈夫だと思う。白棋士相手でも問題なく勝っちゃうんだ。すごいなぁ、星天。来生はどうかなと思って視線を遠くへ飛ばす。

 

来生は歯を食いしばって目を大きく見開きながら碁盤を見つめていた。それとは対照的に柑斗はニヤニヤと笑みを浮かべながら余裕そうな顔で来生を見ている。

 

え、来生負けてるの。

 

あの雰囲気はどう見ても柑斗が優勢だ。ということは来生が負けて星天が勝って俺が負けたら。

 

俺達側の敗北っていうことになる。

 

えっ、待って、嘘。負けた時の条件ってなんだっけ?白神石十二個?正直それはどうでもいいや。別にあってもなくても今の俺には関係ないし。

 

問題は白棋士本戦の出場権だよね。俺の出場権がなくなるのはもう仕方がない。そりゃ俺も本戦出たかったしあれだけ大騒ぎしたのに一戦もせずに帰ってくるなんて恥ずかしすぎるけど、自分が負けて出れないのは自業自得だ。

 

だけど星天は駄目だ。俺が負けたせいで星天が白棋士になれないなんてそんなことはあってはならない。

 

今更ながら俺は恐ろしい物に参加してしまったことに気付いた。俺の戦績が星天の人生に影響するのだ。星天は勝ったのに来生が負けて俺も負ければ星天も敗北するのだ。

 

駄目だ。だめだ、だめだ、ダメだ。それは絶対に駄目なのだ。

 

俺は勝たなければならない。星天を敗者にさせない。あの煌めきをここで終わらせるわけにはいかないのだ。

 

状況を正確に理解しろ。不利だというなら俺はどれだけ負けているのだ。

 

40、41、42。黒地が42目に対して白は43目。盤面では1目、コミを入れたら7目半足らない。今から俺はこの7目半をひっくり返さなければならない。

 

拳をギュッと握り力をこめる。相手が格上だとかそんなことは関係ない。勝たなければならない。それだけが今の俺がなすべきことなのだ。

 

深く深く盤上に入り込む。一手たりとも間違えたりしない。あらん限りの力を振り絞る。ここから俺は最善手しか打たない。そう、誰がみてもこれしかないという絶対の一手。

 

神様の正解を打ち続ける。

 

俺の一手に相手が打ち返す。でもそれは一目損している。これで差は6目半。

 

相手がノゾキを打つ。でもそれは無視できる手だ。先にハネツギを打って3目得する。これで差は3目半。

 

庄作が間違えた手を打った。それでは中央の2目は助からない。2目を切り取り4目得する。これで逆転だ。

 

その後も緩めない。常に最善手を打ち差は開いていく。『こんな、白棋士が素人に負けるわけにはいかぬのだッ!』と庄作の打つ勝負手も冷静に対処する。相手の本気が伝わって空気がピリピリとして痛い。

 

だけれども俺は力の限りの一手を打ち続けている。これ、本当にお礼を言いたくないんだけど、今の俺があるのは禍旋亭のおかげだと思う。

 

真剣に戦うとか本気でやるとか口で言うのは簡単だけど実際にやるのはかなり難しい。真剣にやっているつもりでも力を出し切れてないとか集中力が保たないとかそういうことはよくあることだ。

 

だけども禍旋亭での対局は本当に必死で全力でとにかくがむしゃらに戦っていた。あの経験のおかけで俺は力の出し方を知った。

 

だから俺は今、血の一滴までこの一局に絞り切れるのだ。

 

終局した。相手は項垂れている。整地はしていないがもうはっきりと勝敗はついていた。

 

黒の7目半勝ちだ。

 

 

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