【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第34局 可楽

 

「ふはははっ、やっと会えたな星天。貴様と戦えるこの時を待ち侘びたぞ!」

 

高笑いしながら全身金ピカの派手な服装の男が話しかけてくる。この人が2回戦の相手らしい。向こうはこっちのこと知っているみたいだけど私はこんな目に入れて眩しそうな知り合いに心当たりはないな。

 

「誰?」

 

「はっ、可楽だ。貴様が痛めつけてくれた参宿藩の藩主の息子だ」

 

ギラギラの男が名乗りをあげる。参宿藩?ああ、残句がいた棋礼戦したところだ。ジャラジャラと装飾品をたくさん身につけ成金っぽい格好をした倚楽の息子らしい。言われたら確かに血のつながりを感じさせる装いだ。

 

うん、思い出した。思い出したけど痛めつけたのは私じゃなくて周軒じゃない?倚楽の首根っこ捕まえて床に叩きつけて横に剣突き立てたのは周軒だ。私は何もしてないので、これは濡れ衣ですな。

 

「貴方のお父様に何かした記憶はないよ」

 

「ふんっ、何を言う。お前が棋礼戦に勝ってくれたせいで我々親子は大変な目に遭ったんだぞ。あの屈辱をいずれ返してやると思ったが、思ったより早く機会がきたようだな」

 

可楽が鼻息荒くそういう。なるほど。棋礼戦に負けたせいで酷い目に遭ったというならば敵討ちの相手は私であっているね。でも棋礼戦に負けたからといってそんな酷いことになるのかな。私と残句は命を賭けていたけど倚楽自身は結局何も失っていないよね?酷い目に遭ったとはなんのことだ。

 

「奎宿藩から受け取れるはずだった10万両を当てにして骨董品の買い付けや装飾品の注文、棉花への投資といったものが全て出来なくなったのだ!おまけに違約金や滞った支払いをする為に屋敷の物を売り払い、借金をする羽目になった。私が今、こんな安物を身につける羽目になったのも全て貴様のせいだ。どうしてくれる!」

 

「それは知らない」

 

可楽がすごい剣幕で捲し立てて来るが全くこっちに関係ない話だった。棋礼戦に勝って得られる賠償金を当てにして散財したけど、負けたからお金がなくなって貧乏になりましたなんて言われても知らないとしか言えない。もっと計画的にお金は使った方がいいんじゃないかな。

 

「はっ、ここにいるということは白棋士になりたかったのだろうが、お前と同じ組に私がいる限り無理な話だ。この戦いを制し上戦に勝ち抜けるのはこの私だ。棋礼戦での怨みをここで晴らしてやる!」

 

ドカッと可楽が席に着く。なんか理不尽な因縁をつけられた気がするけど真剣勝負できるならまあいいか。これだけ自信満々なのだから可楽は強いのだろう。強い相手と本気で戦えるのはワクワクするね。でもそんなに自信があるならなんで棋礼戦に可楽じゃなくて残句が出たのだろう?

 

『それでは定刻になりましたので、試合を始めてください』と白棋士の人がアナウンスしたので、挨拶をして勝負を始める。ニギって、先攻後攻を決めると私が黒だった。茶色の服を着た時計係の人が砂をひっくり返し勝負が始まったのでいつもと同じように星と星に打つ。

 

パチパチと互いに打ち進めていく。まだ状況は序盤、序盤なんだけど、

 

……なんかこの可楽って人弱くない?

 

その黒と白の別れは絶対に白が損しているし、そこのケイマは白の傷を守っているようで守れてない。実質一手パスしているのと同じだ。

 

まだ30手くらいしか打ってないけどもうすでに盤面で20目くらい黒がいい。白の守りもところどころ弱いし何か狙いがあるとも思えない。ここから逆転するのはかなり難しいだろう。

 

こんなこと言ってはなんだけど、この世界にきて戦った人の中で一番弱い気がする。可楽が本戦に来れるほど参宿藩では囲碁があまり盛んではないのだろうか。棋礼戦で残句が出てきたのも納得だ。

 

左下の白が死んだ。たぶん、盤面で50目くらい勝っている。うーん、ここからどうするんだろうこの人。

 

「ははっ、星天。おそらく貴様は自分の勝ちを確信しているのだろう」

 

「うん。だって白石死んでるし」

 

「ふんっ、そんなことは関係ない。貴様は負けるのだ。私の勝負はここからなのだ」

 

驚くことに可楽はこのズタボロの盤面を逆転するつもりらしい。え、嘘、本当に?私には全く思いつかないけれどそんな凄い手があるのか。どうしよう、楽しみすぎる。50目負けている碁をひっくり返すそんな奇跡のような碁を是非とも見てみたい。

 

ワクワクしながら待っていると可楽は近くにいた白棋士の人を見てニヤリと笑う。

 

「葉簡、この碁は終局した。見ての通り白が勝っているな?」

 

ニヤニヤしながら可楽がそういう。何を言っているんだろう。どう見たって盤面は黒の大勝だ。

 

「はん、葉簡。今はもう西都に移り住んだが元々お前は参宿藩の人間、親や親戚は未だに参宿藩にいる。私の言葉は藩主の言葉だ。お前がどうすればいいかわかるだろう?」

 

この葉簡という白棋士の人は参宿藩出身の白棋士らしい。そして、私の解釈違いでなければ可楽は葉簡を『この勝負を白の勝ちにしなければ家族に危害を加えるぞ』と脅しているのだ。勝負の結果を無理矢理捻じ曲げようとしている。

 

どうやってここから逆転するのかと思ったけど、まさかの盤外から仕掛けてくるとは思わなかった。え、どうしよう。困った。碁なら100回戦っても負けない自信はあるけど判定役を買収されてしまうと打つ手が思いつかない。

 

対戦表に黒星を書かれること、それ自体にはそこまで困ってない。大事なのは戦い抜いて勝ち切ることで、私がそれをどう思うかということ。この人達がどれだけ捻じ曲げたとしても私は自分が負けたとは思わない。だからこの不正は私の勝負には関係ないことなのだけど、

 

だけどムカつくね。なんで勝った碁で勝ち誇った顔をされないといけないのだろう。うん、やっぱり許せない。勝っているのは私だぞ。

 

可楽のいう通りに判定役の人達が判断を下すというならばこの人達にまともな判定を期待するのは無理だろう。というわけで全力で駄々をこねてみようと思う。ヤダヤダ言って全力で暴れたら人が集まって1人くらいまともにジャッジしてくれる人が来てくれるかもしれない。目立つし皆注目せずにはいられないよね。よし、この方向でいこう。

 

そんなわけでジタバタ暴れるため立ちあがろうとした瞬間、葉簡が口を開く。

 

「いや、どう見ても黒が勝ってますよ。無茶言わないでください可楽様」

 

はぁーと息を吐きながら葉簡がいう。黒は私の石だ。あれ、それは私の勝ちだよ。この葉簡って人は可楽の味方じゃないの?

 

「なっ!葉簡!貴様、父上から『くれぐれもよろしく頼む』と書簡をもらったのではないのか!なんなんだその態度は!」

 

「頼まれたから貴方の代わりに宿泊場所の手配をしたり本戦までできる限り参宿藩の棋士達の面倒をみたりしてるんじゃないですか。同郷の奴らには万全の状態で本戦に臨んでもらいたいから別に嫌ではなかったですが、これ本当は藩側の仕事ですからね。白棋士のやることではないですから」

 

「なっ、なっ、なんなんだその態度は!いいのか、私は藩主の息子なんだぞ。藩にいるお前の一族がどうなっても構わないのか!」

 

「一族に手を出されたくなければこのひっどい碁を自分の勝ちにしろってことですか?本戦で不正を働いた白棋士は良くて資格の剥奪、悪かったら首を切られて一族皆処刑されるんですけど、そっちの方が重いでしょ。それに本戦の結果はこういった不正が行われないよう白棋士ひとりに棋譜係1人と時計係1人の最低3人の立会人がいないと勝敗が記録されないんです。俺一人脅したところでなんともなりません。目論見が甘すぎです」

 

葉簡がバッサリと可楽の脅しを切り捨てる。盤外工作にて負けるのかとドキリとしたけど本戦の仕組みがしっかりしていたのと葉簡がまともだったので助かったっぽい。

 

「なっ、ちょっと待て。ということはそこの棋譜係と時計係は買収できてないのか!?私の計画が聞かれてしまったぞ!」

 

「可楽様が処刑されて藩主に恨まれても嫌なので、2人には今話していることを口外しないようにいい含めてあります。大丈夫ですよ」

 

「棋譜係と時計係も買収できてるではないか!ならば私の勝敗を勝ちにすることもできるであろう!」

 

「それ、事が発覚したら俺も2人も九親族まで首切られますし、おそらく貴方も処刑されますよ?世間知らずの藩主の御子息がタチの悪い冗談を言うかもしれませんが聞かなかったことにして下さいというのと、勝敗を変えろというのはまるで違いますから。それに不正が行われたと奎宿藩に訴えられたらどうするんです?棋礼戦を挑まれると、貴方の腕だと絶対に不正したのバレますよ。貴方と星天にはそれほどまで差があります。こんな酷い碁を打っておいて白棋士になるなんて無理なんで諦めてください」

 

バッサリとそういうと葉簡が棋譜係の人と時計係の人を見て頷く。

 

「可楽対星天の碁は星天の勝ちということで記録しました。問題ありませんね?」

 

葉簡がそう宣言する。可楽は何か言いたそうに『あ、うっ』と音を漏らしたがどうにもならないことを悟ったのか、口を真一文字に締め黙り込んだ。盤上も状況も逆転はできないだろう。無事私の勝ちだと認定された。

 

「星天殿にはご迷惑をおかけしました。このことは上に報告いたしますので、おそらく可楽様は失格になるでしょう。それ以上の処分をお望みでしたら藩から訴えて下さい」

 

「わかった。ありがとう」

 

私の勝ちを認めてもらえるのなら他はいいかな。不正ができないように白棋士本戦の制度がしっかりしていてよかった。

 

では、私はこれで。といって葉簡と役人2人は去っていった。本戦が囲碁に集中できる環境でよかったよ。これからも囲碁にだけ全力で向き合うことができるね。

 

 






囲碁で不正する奴は死刑です。


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