快燕がいなくなってからは花院楼のお姉さんと打っていた。新羅は蘭玲にリベンジしたいと言っていたから私は明玉というふわふわな髪に細い目の穏やかそうなお姉さんに碁を打ってもらった。
明玉は『碁はちょっと快燕に習っただけなの。本戦に出てる星天ちゃんと打てるほどじゃないから腕前を見せるのが恥ずかしいわ』と照れたようにふわふわ笑っていたのに物っ凄い力碁だった。ゴリゴリと力押しですべて解決しようとしてくる。見た目とのギャップがすごくあるね。あのふわふわの衣を脱いだら実はムキムキマッチョだったりしないだろうか。
「あらあら、私の石が取られてしまったわね。私の負けね」
「どうしてこの妓楼の女性は皆囲碁を打つのです?」
対局は私の勝ちだった。右上の黒は逃げ場がなくなって息を引き取った。
勝負は勝ったけどそれとは別に気になっていたことを聞いてみる。女で囲碁を打つのはこの世界ではあまり許されてないみたいだけど、蘭玲や明玉はどうして囲碁をするのだろう。
「星天ちゃんはどうして囲碁を打っているの?」
「囲碁が好きだから」
「素敵な理由ね。私が囲碁を打つのはお客様の受けがいいからよ」
にっこりと明玉が笑みを浮かべる。受けがいいとはどういうことなのだろう。
「この国の男性のほとんどが囲碁を打てるわ。でも女性は全くと言っていいほど囲碁を知らない。一般的な女性の仕事は嫁いで子どもを生むことだからそれでいいのだけども私達は違う。男性を楽しませることがお仕事なの」
明玉が隣の小さな机に置いてあった急須を手に取ると湯呑みにお茶を注いだ。『星天ちゃんもいるかしら?』と言われたので頷く。激しい戦いの碁を打った後だから喉が渇いていた。
「お客様を楽しませる為に琴を習い詩を学び、そして囲碁を打つの。意外と女性と碁を打ちたいと思っている男性は多いのよ?だから私達が必要とされるの」
お茶を飲む。熱くて身体がポカポカしておいしい。私は熱いお茶が好きだけど鳴良は温くなるまでふーふーしている。猫舌なんだって。
「明玉は白棋士になりたいと思ったことはないの?」
「ふふふ、無いわね。私にとって碁は人生の全てを注ぎ込みたいものではないの。でも将来は碁好きな旦那様に身請けされてゆるりと碁を打つ余生を送りたいわね」
明玉もゆったりとお茶を飲む。そっか、明玉は囲碁を打つけど白棋士になりたいわけではないんだ。
「残念」
「あら、どうして?」
「明玉が強かったから白棋士になってまた戦いたいなって思ったの」
明玉が白棋士になるのに興味ないならないでそれは仕方ない。でも女性でも囲碁が強い人はやっぱり強いのだ。この世界は損している。もっと女の人が囲碁を打つのが当たり前になればいいのにな。そしたら明玉みたいに強い人が出てきてたくさん戦えるだろうに。
「でもいたわよ。昔の姐様で囲碁を打つのに全てを賭けていた人」
「そうなの?」
「ええ。婆にどれだけ詩や楽器を学びなさい言われても囲碁しか興味なくて、本当に強くて白棋士にも勝っちゃったりしてたわ」
白棋士に勝ったならかなりの腕前だ。そんなすごい人がこの妓楼にいたんだ。
「すごく強かったんだね」
「ええ。よく『私の恋人は囲碁だけよ』って言って婆に怒られていたわ。でもそんな彼女を好きだという白棋士が現れて、最初は意地を張っていたけど最後は想いを認めたわ。でもその白棋士を好きになったのも『こんなに美しい棋譜を他に見たことがないから』って言うのよ。何処までも囲碁が好きで笑っちゃうでしょ?」
クスクスと明玉が口元を押さえて小さく笑う。えー、でも棋譜が好きでその人を好きになってしまう気持ちはわかるかもしれない。私も鳴良の棋譜が好きで鳴良とまた打ちたいと思ったからね。自分にない強さを持った人は惹かれてしまう。
「その人は今もこの妓楼にいるの?」
そうであるなら是非打ってみたい。囲碁が好きで仕方ないということころには共感しかない。きっととても楽しい碁が打てると思う。
瞬間、明玉の顔が翳った。
「妓楼には悲しい物語も多いわ。
「どうして?」
「……病気になってしまったの。貴方を見ていると姐様を思い出して懐かしくて、少し話し過ぎてしまったわ。お話はここまでにしましょう」
明玉が茶器の片付けを始める。囲碁が好きだった小雀という女の人は幸せになれなかったのかな。そうだとすれば悲しいな。自分が囲碁が好きで囲碁が好きな旦那様に会えても幸せになれないこともあるんだ。
外が暗くなって、外の提灯に灯りがつき始めたくらいの頃合いに『そろそろ宿に戻ろう』と周軒に言われた。えー、まだ打っていないお姉さんがたくさんいるのに。
明玉に『碁を打ちたいだけであればまた明日明るい時間においでなさい。花院楼には西都から様々な棋士の棋譜も取り寄せてあるので、ここで棋譜の研究をしていただくこともできますよ』と言われた。あ、いいね。棋譜もここにあるんだ。綺麗なお姉さんと碁が打てて勉強もできるなんて妓楼っていいところだね。
そんなわけで今日はここらでお暇させてもらう。ちなみに新羅はしっかり蘭玲にリベンジを果たしたらしくてご機嫌だった。
宿に帰ると顔色の良い鳴良が出迎えてくれたので、快燕に会ったこととお姉さん達にいっぱい碁を打ったことを話すと、
『また事件が起こっている。こんな遠出してきているのに序列四位と遭遇することある?あ、でもお姉様と碁が打てるのは良いな』とブツブツ呟いていた。
『明日からも花院楼に通うよ。囲碁の資料がたくさんあるしお姉さん達と打ちたいからね』というと『え、嘘。明日も妓楼に行けるの?何この天国、俺幸せ過ぎて死んじゃうかもしれない。いや、でも待って。星天もいるんだよね?星天と妓楼に行くんだよね?え、え。俺どんな顔したらいいの?』と大混乱していた。笑えばいいんじゃないかな?碁が打てるって嬉しいことだよね。
今日も温泉に入ってのびーと身体全体で湯につかる。温泉があって碁も打てて華樂街っていいところだなー。
妓楼通いにハマる星天