「星天、無事だったのか!!」
誰かが私を呼ぶ。周軒だ。周軒は立ちすくんでいる私を見て無事なのを確認すると笑顔を見せた。
「良かった。方淡から星天と別れたと聞いて気が気でなかったよ。本当に無事でよかった」
「方淡も無事なの?」
「ああ。全身傷だらけで負傷しているが、命には問題はない」
周軒に話を聞いてホッとする。良かった、方淡も生きているんだ。正直、今生の別れも覚悟してたから生きててくれて本当に嬉しい。
「鳴良と新羅は?」
「わからないが、ここに来るまでに2人の死体はなかった。おそらく無事であろう」
『ここは危険だから移動しよう』と周軒に言われたので素直に頷く。だけども疲労の為か、それとも恐怖で足がすくんでしまった為か、うまく歩けない。そんな私に周軒が両手を差し出す。
転んでドロドロになってしまったというのに周軒は何も気にした様子なく私を抱え上げてくれた。周軒の体温を感じる。あったかい。そのことにどうしようもなく安心感を覚えた。
「あ、周軒様!星天!2人とも無事だったんですね!」
「良かった。全員生きているようだな」
しばらく周軒に抱かれながら揺られていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。鳴良と新羅だ。二人も無事だったんだ。
「星天は抱えられているんですけど、怪我したんですか?」
「いや、おそらく疲労が溜まっただけだろう。こんな目に遭えば肉体的にも精神的にも疲弊するのは当然のことだ」
「今回の黒獣は何故現れたのでしょう」
「わからない。黒獣が何処から来てどういった存在というのは何も明かされていないからな。わかっていることは我々の敵であるということだけだ」
ふと、浮遊感。周軒に下ろされてポンと頭を撫でられる。
「私は少し国軍と話してくる。黒獣が現れた経緯など向こうも知りたいことがあるだろう」
「わかりました」
「それから予定通り今日中に華樂街を出立する。西都に近い華樂街でこれほどまでの事件があれば通常通り本戦が行われるかはわからないが、それでも戻っておいた方が良いだろう」
そういうと周軒は剣やら槍やら武器を持った集団のところへ行ってしまった。鳴良が心配そうに話しかけてくる。
「星天、大丈夫?こんなの大人だって参る状況なのに星天は堪えてて偉いよ」
「黒獣って喋ると思う?」
ずっと頭の中を回っていた疑問を鳴良に問いかけてみる。なんか頭がいっぱいいっぱいになっていて周軒に聞きそびれてしまった。黒獣から黒鶫の声が聞こえた。あればなんだったのだろう。
「え、喋らないと思うけど」
「そんな話は聞いたことがないな。星天大丈夫か?やはり疲れたのか?」
鳴良と新羅が心配そうに聞いてくる。確かに黒獣は喋っていなかった。ただ、黒獣から黒鶫の声が聞こえてきただけだ。でもそんなことが本当にあるのだろうか。幻聴?だけどもあの声を聞いた瞬間黒獣達は姿を消した。あれが夢だったとは思えない。
黒鶫のことを思い出す。私の世界で一番強い棋士で、そして私を碁にのめり込ませてくれた人だ。
プロの勝負なんて高次元の争いで互いの実力が拮抗しているはずなのに、黒鶫はいつも相手の石を殺しにいく。白と黒、交互に打っていれば相手の石なんて中々殺せるはずがないのに黒鶫は相手の息の根を止める。その強烈で破壊的な碁の内容に私は強い憧れを抱いた。私の碁は間違いなく黒鶇の影響を受けている。
私に碁の師匠はいない。私に碁を教えてくれたのは源爺ちゃんだけど師匠って感じではないし、私はずっとひとりで囲碁を勉強してきた。テレビを見たり棋譜を並べたりアプリを使ったり。
だけどももし誰かに『貴方の師匠は誰ですか?』と聞かれたならば私はきっと黒鶫名人だと答えるだろう。直接何かを教わったことはない。だけども何百何千ともいえる黒鶫の碁を並べ、学んだ。だから黒鶫に碁を習ったのだ。
黒鶫が私の師匠なのだ。
黒鶫もこの世界にいるのだろうか?その不可思議さに疑問を持つより先に私の身体に湧き上がったのは歓喜の感情だ。
黒鶫は私の人生最後の相手だった。自分でも信じられないほど力を出し切って私は勝ったのだと思う。あの勝負は私の半目勝ちだと確信がある。でもなんで勝てたのかはわからない。今思い出してもとてもあんな碁は打てないと思う。
盤上に光り輝く道筋ができて打つべき手が全てわかった。身体が勝手に次の手を打った。燃え尽きる蝋燭が最後に大炎を上げるように私も自分の力以上の一手が打てたのかもしれない。今打てば黒鶫に勝てるかはわからない。黒鶫は私の世界で一番強い棋士だった。
だけども勝ちたいと思う。自分の全てを賭けて、全て出し切って黒鶫と戦いたいと思う。
目標だった。憧れだった。師だった。だからこそ勝ちたいのだと思う。
黒鶫はこの世界にいるのかもしれない。なんでかはわからない。でもそれはとても良いことだ。
貴方ともう一度戦えるなんてこんな嬉しいことはない。
周軒が戻ってきた。そろそろ西都に向けて出発するらしい。
来た時の華やかさは見る影もない瓦礫の街と化した華樂街を背に私達は西都に戻る。
私はもっと強くならなければならない。もっと、もっと。
世界一の棋士を倒せるほどに。
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