【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第47局 狂騒

 

朝起きて支度をして広間に向かう。本戦もあと二日だ。さぁ、今日も全力で戦うぞ!

 

周軒が呼んでくれた車に乗って白礼堂に向かう。周軒とは白礼堂の前で別れて、それぞれの対局場所へ向かう。

 

一組の部屋に向かうとすでに対戦相手の傭元は来ていて勝負が始まった。

 

昨日ほどではないけど今日も気が()いている。早打ちをしているとリズムが狂ったのか、相手が手拍子で置いた場所は致命的な悪手だった。

 

『あ』と相手が呟くもすかさず相手の石を分断する。弱い白石が二つ盤上に出来た。

 

相手も奮闘するも二つを両方とも逃げることはできない。下辺の白が死んだ時点で投了した。取り敢えず一戦目は勝った。

 

砂時計は半分も落ちてない。当たり前だけど他の皆は全然対局が終わっていない。次の対局までしばらく時間がありそうだ。

 

「星天様、お話があります」

 

足をぶらぶらさせながら次の対局を待っていると茶色の服を着た人に話しかけられた。知らない人だ。だけども茶色の服を着ていると言うことは時計係か棋譜係の人だろう。

 

「なに?」

 

「火急の用です。周軒様がお呼びですのでこちらへ」

 

言われたことに首を傾げる。本戦中に周軒に呼ばれたことなど一度もなかった。だけども今は黒地点が出来たり黒獣が現れたりとなんだか世界が不安定だ。急いで伝えたい何かがあるのかもしれない。

 

椅子から降りて茶色の服のお兄さんについていく。部屋を出て廊下をズンズン進む。建物の奥に進んでいるようだ。

 

…なんか、変だ。周軒に会いに行くのだから入り口の方に行くのだと思ったのだけれど、むしろ離れていく。白礼堂に入れるのは本戦の出場者だけと周軒は言っていたのに、本当にこんなところにいるのだろうか。

 

足を止める。すると前を歩いていた茶色の服を着たお兄さんもピタリと足を止めた。ピリッとした感覚が2人の間を走る。

 

「周軒は何処にいるの?」

 

決定的な言葉を口にした。足は一歩後ろに引く。目の前の男が信用できないと漠然と感じ取っていた。

 

男が振り返る。瞬間、全身が逆立った。

 

男は無表情だった。

 

私が状況を理解するより早く男が動く。伸ばされた手に強く掴まれ、足が宙に浮いた。そしてそのまま小樽を運ぶようにように傍に抱えられる。

 

「離して!」

 

「お前の存在は財全様の害となる。ここで排除する」

 

恐ろしく冷たい目だった。こちらに対して一切の思いやりなどなく、無慈悲に手を下せるのだと感じさせる氷のような目だった。

 

財全の害になる?この男は六財商の会の者なのだろうか。

 

私を手荒に抱えて男はズンズン奥へ進む。どこへ行くはわからないけどこのままではまずいのはわかる。

 

「本戦を邪魔したら重い罪に問われるんじゃないの?」

 

勝敗を捻じ曲げようとした可楽は本人だけでなく九親族に至るまで死罪になる可能性があるほど重い罪だと、葉簡は言っていた。本戦出場中の棋士を攫うのは軽い罪ではないだろう。

 

「ああ、少なくとも俺は死罪になるだろう」

 

「じゃあ、なんでこんなことをするの?」

 

「財全様の崇高な理念を実現する為だ。その為には星天、お前は白棋士になってはならぬのだ」

 

ゾッとするほど冷たい目で茶服の男がいう。向こうの覚悟は決まりきっている。命を賭けて私が白棋士になるのを阻むつもりらしい。

 

何処かの部屋に閉じ込められるのか、それとももう囲碁が打てないように痛めつけられるのか、ひょっとしたら命を奪われるまであるのかもしれない。

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ。絶対に嫌だ。死んでなるものか。生きたい、やりたいことがまだたくさんあるんだ。

 

倒しきれてない人がいる。黒鶫、貴方を倒したい。この世界にいるとわかった瞬間からそれが一番の目標だ。強くなりたい。誰よりも憧れた貴方だからこそ何に代えても倒したい。私は月を堕としたい。

 

まだお別れをしたくない人もいる。周軒、鳴良、あと新羅も。一緒に碁を打って共に過ごした日々は私にとって本当に本当に楽しくて、何事にも代え難い日常だった。ご飯が美味しかった。共に歩く道のりが輝いて見えた。暖かくて心臓がとくとくと緩やかな鼓動を奏でるこの日常に私は確かに幸せを感じだのだ。私には今しかいなかった。だけど皆といると未来を信じられる気がする。この道のりを歩んでいたいと、大人になりたいとそう思える気がするのだ。だからここで終わらせなどしない。

 

渾身の力で噛みついた。肉を裂く感覚と口の周りを何かぬるりとした物が汚し、鉄のような冷たい味が口の中に広がった。

 

それまで大人しかった私の決死の反撃を茶服の男も予想ができなかったらしく、『ぐぁっ…ッ!』と悲鳴を上げて私を手放した。

 

ゴロゴロと床に転がる。自分の両腕が血まみれなのがわかった。立ち上がると胸元も赤く染まっている。だいぶ深く傷を負わせたらしい。

 

「ぐっ、よくもやってくれたなァ…ッ!」

 

右手を押さえながら茶服の男が血走った目でそういう。もう油断などしてくれまい。次に捕まったらそれで終わりだろう。

 

逃げろ。身体が指令を下す前に足が地面を蹴る。走り出そうとした身体は、だけども温かくて硬い何かにぶつかってしまった。

 

思いっきり顔が当たった。痛い。何かと思って顔を上げるとそこには男性がひとり立っていた。

 

「はぁ。星天がいなくなったと騒ぎになっているから探しに来たらやっぱりこういうことになってんのかよ」

 

三つ編みが揺れる。その顔を見てさーっと蒼ざめる。知っている人だった。以前、団体戦で戦った六財商の会の棋士、柑斗だった。

 

後ろには茶服の男、前には柑斗。両方とも六財商の会の人間で絶望的な状況だった。

 

「良い所に来たな柑斗。その小娘を捕まえろ。二度と財全様の前に姿を見せられないようにしてくれるッ!」

 

鬼のような形相で茶服の男がいう。捕まれば命はないと感じさせる表情だ。

 

ここで柑斗に捕まるわけにはいかない。足を噛みつけば追って来れなくなるかもしれない。黒獣に噛みつかれていた方淡は走れなくなっていたから。

 

覚悟を決めて柑斗に飛びかかろうとした瞬間、柑斗が呆れたように話し出す。

 

「は?何言っているんだ石真(せきしん)。そんなことするわけないだろ」

 

はぁーと溜め息を吐きながら柑斗がいう。目が丸くなる。あれ、柑斗は私を捕まえに来たわけではないの?

 

「柑斗、貴様ァ!やはり裏切っていたのかッ!!星天一行との棋礼戦、貴様の実力で負けるのはおかしいと思ったが、奴らに内通していたということかッ!!」

 

「はぁ?するわけないだろ。俺が負けたのは単に俺が来生より弱かったからだよ。俺の実力不足だ。財全を裏切るわけもないだろう。何が悲しくてこんな勝負に全力出しすぎてるイかれた奴の側につかないといけないんだよ」

 

心底嫌そうに柑斗がそういう。悪口を言われた。イカれてないよ、囲碁が好きなだけだよ。柑斗は助けてくれそうだけど悪口を言ったことにはおこである。

 

「ならば何故邪魔をする!俺は財全様の為にその小娘を始末しようとしているのだぞ!」

 

「お前こそ財全の考えをわかっているのか?財全は星天と戦う準備をしているんだぞ?」

 

柑斗の言葉に状況を忘れて胸がキュンとときめく。え、うそ、財全が私と戦ってくれるの?どうしよう、嬉しすぎてどうにかなりそうだ。待ち望んでいた対局がついに実現されるのだ。

 

「な、わざわざ財全様が戦わなくともここで小娘をどうにかすれば済むことだ」

 

「白神石はどうするんだよ。六財商の会はこいつらに五十ほど白神石を毟られている。取り返さないとならないだろ」

 

「そんな物奪い取れば」

 

「白神石の移動は全て記録されている。出所聞かれたら一撃で終わりだぞ。星天は財全が直接処理をする。これに反対するってことはまさか財全が負けると思ってんのか?」

 

瞬間、石真と呼ばれた茶服の男はとんでもなく衝撃を受けたようで、表情がカチンと固まり、その後とわなわなと震え出した。鳩が豆鉄砲を食らったぐらいではなさそう。トラックに衝突されたくらいの衝撃は浴びた感じだ。

 

「財全様が負けるわけはないだろう!」

 

「なら、星天には手を出すな」

 

「……不本意ながらその意見には賛同しよう」

 

くるりと背を向けると石真はそのまま奥へと行ってしまった。残されたのは私と柑斗だけとなった。

 

「お前はほんと、狂騒の最中にいるやつだな」

 

柑斗が仕方なさそうに話しかけてくる。取り敢えず、私は柑斗のおかげで助かったらしい。

 

 

 

 

 

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