【書籍化】『星天』   作:空兎81

48 / 76
第48局 凡人

 

「助けてくれてありがとう」

 

何はともあれ柑斗のおかげで石真から逃れられたのだからお礼は言うべきだろう。ぺこりと頭を下げる。

 

「話を聞いていただろ?石真のやることは財全の為にならないと思ったから止めたんだよ。お前の為にやったわけじゃねえよ」

 

ぶっきらぼうに柑斗がいう。私を殺さないことが財全の意向だったかもしれないが、それでも柑斗には見殺しにするという選択肢があったはずだ。助けてくれたのはやっぱり善意だと思う。なんかこの人いい人っぽいよね。でもそれならなんで柑斗は六財商の会にいるのだろう?六財商の会ってヤクザの元締めみたいな組織のことだよね?

 

「柑斗はなんであんな不当な方法でお金を巻き上げようとする危ない組織に入ったの?」

 

「いや、ちょっと待て。それ、六財商の会のことだよな?おまっ、俺達のこと悪の組織かなんかだと思っていたのかよ!」

 

柑斗がギョッとした顔で叫ぶ。違うの?

 

「そうじゃないの?」

 

「全然違えよ!六財商の会は不当かつ不平等な棋礼戦を無くすのが目的だ!」

 

柑斗が必死の形相で叫ぶ。んん?なんか話が変わってきたね。

 

「お前だってそれだけ棋礼戦してたら、こいつの為に戦うのは嫌だと思う試合の一つや二つあるだろ?」

 

「んー、んん。なかったけど逆側として戦うのは嫌だと思う勝負はあるね」

 

初めての棋礼戦、私は奎宿藩側の棋士として出たけれどもあれが参宿藩側だったらどうだろう。真剣勝負はしたいけど自分の好きな人達が困ったことになるのはとても嫌な気持ちになる。

 

「棋礼戦に白棋士を呼ぶには金か(つて)が必要だ。だが、普通の奴らに上位の白棋士を呼ぶほどの縁故はない。それどころか白棋士を呼ぶだけの金銭や人脈さえもないだろう。棋礼戦は平等なんかじゃない。財力と権力を持っている奴が勝つようになっている制度だ」

 

言われたことに目を丸くする。全く気付かなかった考え方だが、言われてみれば納得できるふしがある。福々亭の店主は棋礼戦を挑まれた時に対局者を見つけられず、自分が戦うしかないと言う状況に追い込まれていた。普通の人は代理人を立てることなどできないのだ。

 

「その結果、勝つのはいつだって過去の栄光にすがり続けている貴族と金を溜め込んだ肥え太った商会の豚だけだ。この腐り切った仕組みを変えたくて財全は六財商の会を立ち上げたんだよ」

 

六財商の会の目的を知って驚く。そっか、財全は誰もが公平に棋礼戦を行えるように尽力していたんだ。ヤクザの若頭っぽいなとか言ってしまったけど思ったより悪い人でもないかもしれない。

 

だけども良い人だとも言い切れない気がする。

 

「でも福々堂も来生のお姉さんの実家も悪い人達じゃないよね?なんで酷いことをしたの?」

 

福々堂の店主は店を売らなければならないところだった。来生のお姉さんの実家は仕入れが出来なくて約束が守れなくなってとても困っていた。六財商の会は罪なき人に酷いことをしている気がする。

 

「組織を維持するには金と人と、見せしめが必要だ。そいつらは再三の勧誘に応じず、あげく六財商の会に所属する他の商会に対して『六財商の会に入る必要などない』と説いていた節がある。財全が凛刹に挑みこの国を変えて行こうという時に余計な不穏分子を残しておきたくなかったんだよ」

 

「だから福々亭を潰そうとしたり、裏から手を回して不正の証拠でっち上げて来生のお姉さんの商会が商売できないようにしてたりしたの?なんか酷くない?」

 

「…そうだな、やり過ぎてるかもな。だが、俺達は自分達がいい奴だなんて思ってない。俺達に味方をしない他人に親切になんかしない。自分がそうしたいが為に戦っているだけだ。納得できないことに対して戦いを挑んでいいのがこの国の仕組みだろ?」

 

柑斗が静かに言葉を紡ぐ。六財商の会のやっていることは難しすぎてよくわからない。不平等な棋礼戦を無くすために六財商の会は活動しているというがそれによって不幸になっている人も産まれている気がする。何が正しいかを判断するのは私にはできそうにないね。うん、だから納得できなかったら戦おうっていうのは凄くいいね。わからないことは碁で白黒決めよう。

 

「柑斗はそれで六財商の会に入ったんだ」

 

「いや、六財商の会に入ったのは自分が嫌いなクソ野郎の為に戦うのが御免、ってのもあるが一番の理由は財全の碁に心酔しているからだよ」

 

さらりと柑斗が意外なことをいう。え、財全の碁が好きだから六財商の会に入ったの?

 

「そんなに財全は強いの?」

 

「強くないな。白棋士試験も最後の最後までもつれ込んで何とか合格したような感じだったし、序列十位になってからも全然芽が出なくて下積みは長かった方だ。むしろ碁の才能はあんまりないと思うぜ」

 

柑斗が傾倒するほどの打ち手ならてっきり凄く強いのかと思ったけどそうでもないみたいだ。あれ?でも財全は序列三位だよね?弱いわけはないよね。

 

「じゃあ、なんで財全は序列三位になれたの?強くないと無理だよね?」

 

「財全の碁は全て努力でできている。あの人は対戦相手の棋譜を何百、何千と徹底的に研究し対策を立ててくるんだ。対局者の強み弱みは勿論、何故こういう碁を打つようになったのかという流れや人生観まで調べ尽くしてくる。執念の碁だ」

 

言われたことを聞いてびっくりする。私もこの本戦では対戦相手の碁を研究したけどせいぜい十数局だ。それでも結構大変だったのにそれを数百、数千局?文字通り桁が違う。

 

「そうしてちょっとずつ序列が上がっていったんだが、上位に上がった時に快燕と戦うことになった。快燕は天才だよ。たぶん、才能だけでいうならばこの国一番の棋士だ。誰もが財全の敗北を想像したよ」

 

知っている名前が出てきた。快燕って華樂街で出会った桃色の髪のお兄さんだよね?え、碁の才能が国一番って言われるほどの棋士だったの。やっぱりあの時戦いたかったな。

 

「だけど、財全が勝ったんだ。派手な手とか冴えた一手があるとかそんなことはなった。ただ堅実に一目を齧り取るような碁だった。才能と感性は快燕の方が上なのに研究と粘り強さで勝ったんだよ。泣いたよ。ほんと感動した。あんな熱い戦いは他になかった」

 

力をこめて柑斗がいう。え、すごい。そんな熱い碁があったんだ。私も見てみたいな。確かこの世界の棋譜は全部しかるべき手続きをしたら誰でも見れるんだよね?後で周軒に頼んで取ってきてもらおう。

 

柑斗がそこで言葉を切る。急に生まれた空白の時間首を傾げると柑斗が薄く笑った。

 

「星天は俺が強いと思うか?」

 

「強いと思うよ。来生との戦いを見ても強かったし、序列七位なんだよね?強いんじゃないの?」

 

「弱くはない。でも強くもないんだ。白棋士の中では中の下くらいだが俺の才能はそれまでなんだ。自分でわかるんだよ、俺の才能は頂点で争うには至らないんだと」

 

自嘲気味にそう言う柑斗に驚く。柑斗は白棋士だ。しかも序列七位のちょっと強めの白棋士だ。それでも上位棋士になれるほどではないと柑斗はいうのだ。

 

「お前も来生も天才だよ。だが、俺は違う。凡人だ。上にあがれる器じゃない。だけども諦めきれないんだ。俺もまだ戦えるんじゃないかって足掻いてしまう」

 

柑斗の言葉には切実な思いが込められていた。柑斗は強いのにそれでも上位には上がれない。白棋士の世界はとても厳しい。

 

「財全の碁を見てると希望を持てる。凡人でも天才に勝てるんじゃないかって夢を見れるんだ。俺は心から財全を尊敬している。だから六財商の会に入ったんだ」

 

静かに、だけどどこか力強く柑斗がそういう。柑斗が六財商の会に入った理由は思ったよりも誠実だったかもしれない。

 

その人の碁が好きだから一緒にいたいというのはとても共感できる理由だ。

 

『そろそろ戻った方がいいな。って、お前血だらけじゃんか。これで拭いとけ』と言われ手拭いっぽい物を受け取る。でも擦っても全然落ちないや。血が固まっちゃってるな。着替えたいけどそれほどまでの時間もないだろう。仕方ないから次の対局はこのままいこうか。

 

『この廊下を真っ直ぐ進めば元の会場に戻るぜ』と言われたのでもう一度お礼を言って背中を向ける。結構時間経っちゃったな。二回戦がまだ始まってないといいな。

 

「星天」

 

「うん?」

 

歩き出したと同時くらいに後ろから柑斗に呼び止められる。何かあるのだろうかと思って振り返る。

 

瞬間、柑斗の大声が身体を突き抜けた。

 

 

「負けろ天才!凡人でも努力すれば報われると証明させてくれ!」

 

 

柑斗は笑っていた。笑っていたのに何故か泣きそうに見えた。

 

「……やだ」

 

嫌だよ。勝つために生きているんだ。だから負けてなんかあげないよ。

 

前を向いて走り出す。もう後ろは振り返らない。

 

負けろなんて願わないでよ。諦めないでよ。

 

貴方自身が私を倒しにきて欲しい。

 

 

 





空兎81は月に一回、プロの先生に碁を習っているのですが、先生に

「もう一度人生があったらプロにはならないかな」

と言われて衝撃を受けました。囲碁棋士450人、だけどもタイトルに絡むのはひと握りの人だけ。

私にとっては神のように強くて尊敬する先生なのに、プロにはプロの葛藤があるらしい。

それでも、私は先生のファンです。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。