【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第50局 小嵐

 

朝起きた。身体のどこも不調はなさそう。昨日は嫌なことがたくさんあったけど体調はとってもいい。

 

今日は待ち望んでいた西都一強いと噂の小嵐との対局の日だ。やった。小嵐と打てるのが楽しみ過ぎて昨日の嫌なこと全部忘れた。早く勝負したいな。

 

小嵐の成績も私と同じ八戦八勝だった。勝った方がこの本戦を突破することになる。間違いなく互いの全て出し尽くした真剣勝負になるだろう。

 

いつも通り身支度を整え車に乗って白礼堂に向かうと知っている顔が出迎えてくれた。ふわふわの白髪に片目には眼鏡をかけている男性、怕蓮だ。

 

「おはようございます、星天。昨日は大変な目に遭われたようですね」

 

「うん、酷い目に遭った。怕蓮はなんでここにいるの?」

 

「怕蓮殿は星天の付添人を買って出て下さったのだ。白礼堂の中は試験に関係ない者は立ち入れないから私や藩の者が護衛をすることができない。その為白棋士で本戦の運営にも携わっておられる怕蓮殿に星天を見守ってもらえるように頼んだのだ」

 

周軒が答える。ひょっとして昨日、試験終わってからいなかったのは怕蓮に私の付き添いをしてもらうように頼んでいたから?え、てっきり闇討ちしに行ったと思ってた。ごめん。

 

「そっか。ありがとう怕蓮。これでまた石真に襲われても大丈夫だね」

 

「石真は周軒が始末をつけていたのでもう襲ってくることはありませんが、それ以外でも政治的な事情が絡んだ事柄については私で対処できると思いますよ」

 

さらりと怕蓮が周軒の行いを暴露する。やっぱり敵討ちには行ってたんだね。怕蓮が問題視していないから前みたいに白昼堂々ボコボコにはしていないのかもしれない。じゃあいいか。

 

にしても怕蓮が政治的なことに対応できるとはどういうことなのだろう?

 

「怕蓮は政治にも関わっているの?」

 

「そうですね、私は文官の資格も持っていますのでそういった対応もできます。あとは公子なのである程度は顔が利くんですよ」

 

にっこりと怕蓮がそういう。公子ってなんだろう。

 

「星天、公子とは皇帝陛下の御子息という意味だ」

 

「え、めっちゃ偉い人だ」

 

わからないなぁと思いながら首を傾げていると周軒が教えてくれる。つまりは王子様だ。え、めっちゃ馴れ馴れしく接してしまったけど大丈夫だろうか?罰せられたりしない??

 

「正確には皇位継承権を持たない皇帝陛下の血を引く男子のことですね。ですが、白棋士同士は対等ですので畏まらないで下さい。皇太子である凛刹も白棋士同士は対等であると明言しています。星天は白棋士ではありませんが、その実力は間違いなく白棋士相当です。普通に接してくださいね」

 

怕蓮が笑顔のままそういう。よかった、問題ないみたいだ。怕蓮もいいって言っているし今まで通りな感じで話しかけていいよね。

 

『そろそろ時間ですので行きましょうか』という怕蓮に連れられて中に入る。鳴良と新羅と別れて一組の部屋に向かう。

 

部屋に着くと私の対戦相手はすでにいた。

 

「えっと、あの、小嵐です。お姉さんが星天ですよね。よ、よろしくお願いします」

 

おどおどした感じで私より背の低い男の子が話しかけてくる。気弱な印象に想像していたイメージと違って驚いたけど、そっか、君が小嵐か。噂は聞いてるよ。白棋士を除いて西都で最も碁が強いと謳われている。

 

天才少年棋士だ。

 

「星天です。よろしく」

 

「は、はい。握りますか?」

 

私が白の石を持ち石を握る。握った石は九個、小嵐が差し出してきた石は一つ。お互い奇数、当たりだ。私が白だ。

 

『お願いします』と挨拶をして勝負を始める。小嵐のことを調べる上で一番彼のことを知っていたのは意外なことに周軒だった。かつての会話を思い出す。

 

『小嵐のことは私も聞いたことがある。確か軍部が熱望した者だという話だ』

 

『そんなに武芸に優れているの?』

 

『いや、兵士として求められたわけではない。軍師として才を見出されたのだ。小嵐ははまだ九つになったばかりの少年だが、戦術の天才らしい』

 

軍部に行けば希代の軍師になっただろうと周軒は言った。囲碁だって戦略、知略は必要なゲームだ。将来優秀な軍略家になるだろうと言われた人の囲碁が弱い訳がない。どんな戦略がこの碁に潜んでいるのかとても楽しみだ。

 

序盤は比較的順調に進んだ。あまり見慣れない布石を選択してきたがどちらが有利とも不利とも言えない局面だ。今のところ穏やかだけど今後もその展開が続くとは限らないだろう。小嵐の碁は並べてきた。小嵐の棋風は。

 

「せ、星天さんはすごく力強い碁を打たれるんですよね」

 

ボソボソと小嵐が小さい声で話しかけてくる。この感じだと向こうも私の碁をしっかり研究してきてるな。

 

「激しくて、常に戦っている碁です。強いですし怖いです。でも、僕も、僕もなんです」

 

ゆらりと小嵐の手が伸びる。おそらくこれから始まるのだろう、小嵐の編み込まれた知略の戦術が。

 

「僕も、相手の石を取るのが好きです」

 

打たれた手は明らかに下辺の白を意識した一手だった。臆病な言動からは考えられない、小嵐の碁は。

 

攻めの棋風だ。

 

小嵐の碁は当然私も研究してきている。小嵐の棋風は攻めに特化していて相手の石を取ることが多いが、私とは全く違う戦い方をした。

 

私は一手の勝負手から攻めが始まる。相手の石を切ったり打ち込んだり、隙に付け込み勝負を挑むことが多い。急襲から畳み掛け一気に息の根を止める棋風だ。

 

それに比べて小嵐は今ある石全てを活用し攻めてくる。単独では仕掛けて来ることはなく、石全体、面での攻撃が多いのだ。

 

つまりはこの試合は、一騎当千で蹂躙していく私の碁と面という軍隊で統率の取れた攻撃を仕掛けてくる小嵐の、どちらの攻めが上回るかという碁なのだ。

 

小嵐は今はまだ準備を整えている段階だろう。それが終わるまで悠長に待つつもりはない。

 

いきなり相手の陣地に打ち込む。数的なことを言えば私が不利な格好をしている。さあ、仕掛けてくるかな。

 

『も、もう入ってきた。でもまだ早い。このまま真っ向からぶつかっちゃ駄目だ』と小嵐は爪を噛みブツブツと小声で呟いている。

 

小嵐は私の手を受けず全然関係ない下辺に開きを打つ。まだ戦いには乗ってこないのか。私も下辺を受ける。

 

そのままパチパチと互いに打ち局面が進む。うまいこと打てている。左辺は完全に白の地になったし隅も取れている。地合いは私が勝っていると言えるだろう。

 

しかし、制空権は黒に取られていた。

 

「じゅ、準備はできた」

 

その言葉と共に打たれた一手に身体が痺れた。それは急所だった。先ほど打ち込んで、でも放置された私の白石の目を奪う絶大な一手だった。……これはまずいかもしれない。

 

逃げる。追われる。逃げる。追い詰められる。

 

地は私の方が多いけどこの追われている白が死ねば私の負けだ。相手は私を殺しにきている。

 

でもこの中央にくっついて来た黒は取れそうだ。切り取る?いや、駄目だ。そうすると完全に退路を絶たれる。これは捨て石だ。わざと捨てることによってこちらに不利な局面を押し付けようとしてきている。

 

あえて黒を避けるように打つと『これは逃げられちゃうんだ』と言って黒が再び周りを囲うように次の手を打った。やはり、この隙は小嵐の作り込まれた戦略だったのだ。

 

逃げる。回り込まれる。跳ね出す。緩やかに受けられる。いよいよ私の打てる選択肢が限られてきた。

 

今から私は勝負手を打とうと思う。この手が通じなければそのまま私の敗北となるだろう。

 

その前にひとつだけ聞きたいことがあった。

 

「ねぇ、小嵐」

 

「は、はい。なんでしょう」

 

「貴方はどうして囲碁を選んだの?」

 

軍部からも熱狂的な勧誘を受けたと聞いた。正直、軍略のことはよくわからないけれども盤面全体に張り巡らされた様々な戦略から小嵐が智略に富んでいるのはわかる。どうして軍師になるという選択をしなかったのだろう。

 

私の質問に対して小嵐は目線をうろうろ彷徨わせる。そして、

 

「だ、だって人が死ぬじゃないですか」

 

そう答えた。

 

「ぼ、僕の選択で人が死ぬかもしれない。戦力的に死地に人を配置しないといけないかもしれない。誰かに死ねだなんて、そんなことは言えないよ。でも囲碁なら誰も死なないから。捨て石にしても人は死なないから」

 

爪を噛みながらブツブツと小嵐がいう。自分の選択で人が死んでしまうことが嫌なのだと。でも、それが理由ならダメだと思う。白棋士だってそれは同じだよ。

 

「棋礼戦で人が死ぬことはあるよ」

 

「え?」

 

「私は命を賭けて戦ったことがある」

 

残句との戦いは互いの命を賭けた戦いだった。負けた方が死ぬと、正真正銘命懸けの真剣勝負だった。

 

「べ、別にそんな棋礼戦受けなければいいだけじゃないかな。何も囲碁で死ななくてもいいと思う」

 

「私は盤上に命を載せている」

 

え、と音を漏らして小嵐が固まる。いつだって命懸けで囲碁を打っている。明日が来ないかもしれない日常に生きていた私にとって勝利だけが生だった。だから真剣に戦っている。

 

貴方に聞きたかったのは覚悟の程だ。軍部ではなく囲碁を選んだのはこちらの戦場を選んだからかと思った。私と同じく盤上で戦い生きる者かと思った。でも違ったね。貴方は囲碁に逃げてきたのだね。

 

ならば負けられないな。

 

「命を賭けて貴方を倒すよ」

 

打った一手は中央の白からかけ離れた場所だった。中央の白は逃げたとしてもいずれ小嵐に捕まってしまうだろう。だから今はそこには打たない。

 

ならば視点を変えよう。いつものことだ。中央の白が死にそうだというならば先に相手の石を仕留める。左上の黒を狙う。

 

殺される前に相手を殺すのだ。

 

「え、ええ、そこ?え、でも右下は死なないと思うけど」

 

「殺すよ。私はこの一手に命を賭けた。全力で貴方の首を取る」

 

せめぎ合いが始まった。互いに互いの石を殴り合う。左上の石の攻防は左上辺に繋がり、やがて盤上全体を巻き込む争いに発展する。

 

当然中央の白もその渦中へと入り込む。中央とか上辺とか関係ない。この戦いを制したものが勝利を手にするのだ。

 

「む、むちゃくちゃだ。戦略もあったもんじゃない。こんな、ただ殴り合いが強いみたいなのは僕の知っている碁じゃないよ」

 

「これは私の碁だよ」

 

小嵐の攻めは強かった。盤上の黒石がひとつの塊のように白に襲いかかってきた。中央の白をただ逃げていたならたぶん私は仕留められていた。

 

だけど意外と石って一子の一手が力を持っている。盤面全体の攻撃力は小嵐の方が上だったけど、ただ、一部分、一点突破に関しては私の攻めが上だった。

 

棋力がどちらが上かはわからない。だけども気迫は私が上回っていた。何がなんでもお前を殺すという私の意思に小嵐は明らかに怯んでいた。

 

ほんの少しだけ小嵐の手には怯えが混じった。目一杯の手を打てずちょっとだけよれた。それで充分だった。チラリと覗かせた喉元に全力で噛み付く。

 

息の根が止まるまでその喉元から離れない。私はこの黒が取れなければ命を失うことを覚悟した。その差が勝敗を分けたのだ。

 

中央の白に隣接していた黒が死んだ。これで白が生き、さらに黒石まで殺したことになる。

 

『ま、負けました』と小嵐が投了した。勝負は決着したのだ。

 

「お、おかしいよ。なんで命を賭けて戦うの。そんなことしなくても囲碁は打てるでしょ」

 

「これが私の生き方なんだ」

 

小嵐と私は真逆の生き方をしているのだろう。ただ囲碁が打ちたいだけじゃ駄目なんだ。真剣でありたい。一生懸命でありたい。全力で戦い抜きたい。

 

この盤上で精一杯生きていきたいのだ。

 

これで九勝、全ての戦いが終わり私は本戦を突破した。

 

 





コロナで死んだので1週間ほどおやすみします。ごめんなちゃい。

本戦はこれにて完結。

次は上戦ですね。
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