【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第53局 開始

 

いよいよ上戦の日になった。今日でいよいよ白棋士になれるかが決まる。

 

鳴良は表情が死んでいて、新羅はちょっと緊張気味。ここまで来たら皆で白棋士になりたいね。それで白棋士になったら序列戦で戦おうよ。

 

白礼堂に着くと怕蓮に出迎えられる。『星天は私が案内しますね』と言われ、鳴良と新羅と別れて怕蓮と共に奥に進む。

 

本戦をしていた一組の部屋よりさらに奥に進むと白い扉があった。躊躇いなく怕蓮がその扉を開くと目の中に広がってきたのは壁一面に描かれた白い虎、部屋の中央に置かれるひと組の碁盤。

 

そしてその前に座るひとりの人物。銀髪に緩くウェーブのかかった髪質、眼鏡をかけているがその眼光は誰よりも鋭い、

 

私が待ち焦がれていた対戦相手、財全だ。

 

「来たな、星天。座れ」

 

財全に促されて前の席に着く。ちょっとドキドキしてきた。いよいよ勝負が始まるのだ。

 

「上戦を始める前に確認することがある。何故六財商の会に敵対した?」

 

「貴方と戦いたかったから」

 

なんかこれって告白みたいで照れるね。ずっと戦いたくて貴方のことを考えながら棋礼戦に挑んでいたよ。

 

「凛刹の手のものではないのか?」

 

「違うよ?」

 

「怕蓮と面識があり、六財商の会に敵対する動きを見せることから凛刹の関与を疑ったが、本気で俺と戦うためだけにこんな馬鹿げた行動を取っていたのか」

 

財全が目頭を指でギュッと押さえる。なんか疲れてそう。勝負が始まるのはこれからなんだからがんばろうよ。

 

「今、白神石はいくつ持っている?」

 

「33個だよ」

 

「それを全て賭けろ。こちらも上戦に勝てば得られる3つに加えてお前と同じく33個、合わせて36個の白神石を賭ける。勝った奴の総取りだ」

 

「わかった」

 

負けたら白棋士になれないだけでなく白神石も全部なくなってしまうのか。計69個の大勝負だね。白神石がないともう六財商の会は棋礼戦してくれなくなるのだろう。それはヤダな。これはお互いにとって大勝負になりそうだ。

 

「怕蓮、お前が立会人をしろ」

 

「ええ、承知いたしました」

 

「お前は俺の組織に多大なる損害を出した。だが、俺の手の者がお前に迷惑をかけた。互いに思うことはあるだろうがここまで来たならば碁の勝敗で白黒つけよう。この世では囲碁が強い奴が一番偉いのだ。文句があるなら碁で勝て」

 

「わかった」

 

財全の手の者が迷惑をかけたって石真のことかな?まあでもたぶん石真のことは周軒がボコボコにしただろうし、もう二度と私の前に姿を現さないって言ってたから正直どうでもいい。思うことはない。

 

それよりも今、財全が目の前に座っていることだけが喜びだ。

 

「長話が過ぎたな。始めるぞ。俺が握る」

 

財全が白石を握った。私は黒石を二つ盤上に置く。二、四、六、七。財全が出した白石は奇数、外れたね。私が白番だ。碁笥を手に取る。怕蓮が側に立ち時計係が砂時計を構えた。

 

「お願いします」

 

「お願いします」

 

互いに挨拶をしていよいよ勝負が始まる。一手目は財全は左下隅小目を打った。

 

私は勿論右上隅星だ。財全は左上隅小目。私は右下隅星。

 

「星天への対策その一、“星には打つな”」

 

左下の小目にしまりを打ちながら財全が静かに言葉を発する。んん?星には打つな?どういうことだろう。

 

「私は星に打つよ?」

 

「だろうな。お前のこれまでの対局を全て見たが、全局一手目と三手目は星に打っている。星定石の理解が深いのは明らかだ」

 

言われたことにおお、と関心する。財全は事前研究をやり込んでくると柑斗が言っていたけど、ちゃんと私の碁も見てきたっぽい。

 

「私の碁を研究してきたの?」

 

「ああ。禍旋亭の分はあまり得られなかったが、棋礼戦、選定、本戦、花院楼での対局と可能なだけ集めた」

 

淡々とそう言う財全にびっくりする。え、禍旋亭の頃の棋譜も収集したの?白棋士試験の分は当然見られていると思ったけど奎宿藩にいる時の分や花院楼での棋譜まで取られてるとは思わなかった。すごく大変だっただろうに。執念を感じる。

 

「だが禍旋亭より以前の分は棋譜はおろか足跡さえ追えなかった。お前はひょっとして他国から来たのか?」

 

「そうかも」

 

異世界から来たのも他国に含むよね。それなら他の国から来たという認識で合っているといえる。嘘はついてない。

 

「ふん。かつても他国から我が国に移住してきた棋士はいる。お前が何処から来たかなど、どうでも良い話だ。ただ、俺の前に立つなら潰す」

 

眼鏡の奥でギラリと眼光が光りゾクゾクしたものが身体を駆け抜けていく。今までここまで真剣に私を倒すために向き合ってくれた人はいなかった。ああ、本当に嬉しいよ。私と戦ってくれてありがとう。

 

私も全力で貴方を倒すね。

 

さて、盤面だ。えっと、左下の小目はガードが固いから取り敢えず今は置いておく。左上の小目にかかりを打つ。これに対する受けは様々だ。挟んだり飛んだり付けたり、どの手にもメリットやデメリットが存在し選択によってその後の展開が大きく変わるだろう。財全は何処に打つのだろうかとわくわくしながら見てるとパチリと財全がコスミを打った。

 

秀策のコスミだ。

 

一時期はコミ六目半に対してコスミは足が遅く緩いのではないかという意見が多かったのだが、AIにおける研究でコスミは盤面によっては最善手という評価が出るようになった。だからコスミ自体は良い手だし打たれてもおかしいものではない。

 

問題は財全がどういう意図でコスミを打ったかだ。

 

「星天への対策そのニ、“弱い石を作るな”」

 

財全の言葉に顔を上げると眼鏡ごしに視線がかち合う。その眼光は相変わらず鋭い。

 

「切れる隙があれば必ず切る。入り込める隙があれば打ち込みにくる。弱い石を作るということはお前に逆転の機会を与えることになる。だから俺はけして隙を作らない」

 

財全の意図がわかった。ケイマの方が地は多く稼げた。それでもコスミを打ったのは命に強い形だからだ。この先左上は戦闘となったとしても殺すのはかなり難しいだろう。

 

戦いにくいと感じる。財全は本当に私の碁を研究してきているのだ。

 

だけど碁はまだ序盤も序盤、勝負はこれからだ。

 

パチパチと打ち進めていく。互いに価値の高い手を順番に打って地を確保していく。穏やかに盤面が進んでいく。穏やか過ぎるほど緩やかに盤上に石が置かれていく。……あれ?

 

戦いを仕掛けに行くところがない。

 

「星天への対策その三、これが最も重要なことだ」

 

淡々とした口調で財全がいう。背中に汗をかいていた。もう言われなくてもわかっていた。財全の用意した戦略は盤上に嫌というほど示されていた。

 

私は研究の深さを知らなかった。特定の1人に対して時間と気力と執念を注ぎ込めばこれ程までに相手を追い詰める物なのか。

 

「“絶対に戦うな”、だ。お前の碁はいつだってその深い読みと破壊力によって勝利を得ていた。瞬間的な戦闘力で言えばお前はこの国最高峰の棋士だ。だから戦わない。俺はこの局で決してお前に戦闘をさせない」

 

その静かに綴られた言葉は私の根幹を貫く。戦わせてもらえない、それは私に深い絶望をもたらした。

 

財全の言う通りだ。私はいかなる不利も石の攻めぎ合いによって覆してきた。相手を殺すことによって生き延びてきた。それをさせないと、純粋な陣取り合戦で勝負しようと言われた。

 

おそらくその言葉は事実なのだろう。財全ほどの実力者が戦わないといえば本当にそうなる。守備に徹されたならば、それを突破するのはほぼ不可能だ。つまりこの財全との勝負、私は戦わずに勝たなければならない。

 

盤面は互角でどちらが良いも悪いもない。勝負はこれからだ。

 

なのに石を持つ手が重い。どこに打てば、どうすればいいのかわからないのだ。

 

私は自分の碁がわからなくなってしまった。

 

 

 

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