※鳴良視点①
正直、俺がここまで来れるなんて誰も予想していなかっただろう。我意や園次や父上に本戦を突破、しかも全勝しました、なんて言っても信じてもらえないだろうし、俺自身も自分のことのように思えない。いや、本当に夢じゃないの?マジで本戦受かったの??
だって、白棋士試験の本戦は組み分けされた十人のうちたった一人しか勝ち上がれないという過酷な物だ。白棋士になった人達も一番辛かったのは本戦だったと口を揃えていう。実力が拮抗する者達の中で白星ひとつ掴むのは並大抵のことではないのだ。
それを俺は九戦九勝という最高成績で勝ち上がった。自分で言ってて本当かと疑いそうになる。よく勝てたな俺。でも正直いうと本戦自体はそこまでつらいという感覚はなかった。
七組に振り分けられた全員が何がなんでも、それこそこの勝負に勝てなかったら死んでやるくらいの気概で試合に臨んできたが、真剣勝負自体は俺の日常だった。禍旋亭では気軽に人生賭けさせられたし、六財商の会との棋礼戦には俺の勝敗に星天の本戦の出場権が載せられていた。しんどい度合いでいうならばそっちの方が絶望的だった。俺の勝敗に一番大切な女の子の未来がかかっていたのだ。そりゃもう必死だったし、あれより心の比重が重い試合はなかったわ。
この本戦では途中で新羅も一緒に行動するようになった。あの有名な新羅が俺達に声をかけてきたことにはすごく驚いた。だって、新羅といえば去年、ありとあらゆる大会を総なめして圧倒的な実力を示し選定を突破した、奎宿藩で最も実力のある棋士だ。奎宿藩で白棋士を目指す者はみんな新羅を目標とし好敵手と呼び、そして憧れを抱いた。俺もめっちゃ尊敬してる。
だけど俺はその新羅に勝った。本戦を突破する為に三人で始めた研究会の合間に対局もしようという話になった。その時珍しく星天が、『鳴良と新羅が打つべきだよ』と俺達に対局するように促してきた。いつもは碁を打つ機会を逃さず全力投球なのに珍しいなと思っていると『構わないが何故鳴良と打つべきなのだ?』『新羅は鳴良の強さを知っといた方がいいよ』と新羅の問いに星天が答える。
星天はいつも俺の強さを信じてくれる。嬉しいけど流石に新羅に勝つのは難しいだろうなと思ったら、あっさり俺が勝った。目を剥いた。うっそだろ。奎宿藩にいた時は一度たりとも勝ったことないぞ。
『ば、馬鹿な。星天はともかく鳴良に負けるだと』と茫然としている。いや、気持ちはめっちゃわかるよ。俺も新羅に勝つなんてことが起こるなんて全く考えてなかったわ。
『強くなった理由はなんだ』と新羅に詰め寄られたけど星天と出会ったことと禍旋亭に行ったことくらいしか心当たりがない。いやまあ、両方とも人生観変わるくらい衝撃的なことだったけど、それで俺新羅に勝てるほど強くなってたの?人権を剥奪されて気持ち悪いおっさんに飼われそうになると碁が強くなるの?いや、それで碁が強くなるのはなんか嫌だ。
『それならば僕も禍旋亭に行く』という新羅を心の底から親切心で止めといた方がいいと引き留めたのに『禍旋亭でするみたいな勝負をしたいなら西都でもできるよ』という星天のひと言で六財商の会の碁会所に行って棋礼戦をすることになってしまった。案の定、全員の本戦の出場権というやばい物が賭けられて、『は?』という漏れた音と共に新羅の思考は停止した。気持ちはめっちゃわかる。だけど星天と一緒にいると背水の陣での戦いが当たり前になるから諦めよう。
棋礼戦は俺と星天が勝ったから団体戦としては勝利した。新羅に『このとんでもない状況の中で耐え凌ぐ君を心から尊敬する』と言われて俺も目頭が熱くなった。いや、そうなんだよ。周軒様は星天の暴走を止めないからこの暴風雨の中を1人で漂っていたんだよ。わかってもらえてめっちゃ嬉しい。
それから新羅とはめっちゃ仲良くなった。研究もそれまで以上に充実した物となり、『その手は僕には思い付かなかったよ。君の実力は素晴らしいな』と俺の考えを絶賛してくれる。なんというか、友達ってこういうものなんだろうか。今まで我意と園次の腰巾着しかしてなかったから俺の交友関係は狭くて、親しい人なんていなかったから友達と言う存在に心がぽかぽかする。一緒に碁を学んで、本戦で真剣に勝負して、その時の思いを共有して、今までにないくらい日々が充実していた。楽し過ぎる。でも人生って良いことばかり続かないよね。
本戦の合間の七日間に華樂街に行くことになった。あまりに生き急ぎ過ぎる星天に対して、『あんな一度の敗北で全て失うような賭け方をしているといずれ破滅するぞ。少し、西都から距離を置いた方がいいのではないか?』という新羅の意見には同意しかなかったけど、華樂街ってめっちゃ妓楼街なんだよね。そんなところに星天を連れて行っていいのかわからないけど、囲碁以外に星天を釣れるものが温泉くらいしか思いつかなかったからどうしようもなかった。案の定、星天は釣れた。温泉以外でも『勝負の結果には従うぞ』と周軒様に言われたけどそっちは無理難題すぎる。六財商の会と棋礼戦してこいと言われた方がまだ勝ち目あるわ。
妓楼街に行くまでの道すがらは馬車酔いで地獄だったが、華樂街に着いて周軒様に妓楼に行ってきても良いと言われた瞬間、全ての体調不良が吹っ飛んだ。
うっそ。え、俺が妓楼に行くの?妓楼って綺麗な女の人にお酌してもらって、えっと、その色んなことしちゃうところだよね?生まれてから十七年、全くと言っていい程女の子に縁のなかった俺にこんな奇跡が舞い降りて大丈夫?しかも周軒様の奢りだって。やっふふぅぅー!
流石に星天に面と向かって『妓楼に行ってくる』というのは恥ずかしかったので、温泉に行っている間に新羅とこっそり出かける。妓楼街に着くと色んなところから呼び込みがかかった。えっと、どの店が良いのだろう?
こんな雰囲気に慣れてなくて赤い提灯に照らされている夜の店にあたふたしている俺とは対照的に新羅は、『落ち着いた店を探しているが良い処はないか?』と冷静に通行人に聞いていた。新羅、頼りになる!
『あんたら、ひょっとして白棋士試験の受験者か?』
『そうだが、何故わかった?』
『この時期は多いんだよ。棋士なら絶対に花院楼に行くべきだね』
数人にお勧めの妓楼が何処か聞いたが、棋士だというと全員が口を揃えて花院楼が良いというので新羅と行く。花院楼は名前の通り花の飾られた建物で、中に入ると華やかなお姉様方が出迎えてくれた。うわあああっ!!女の子がいっぱい!俺、幸せ。
で、そっから俺の記憶は曖昧だ。お姉様方の舞を見て注いでくれた透明の液体を呷るように飲んでいた気がするんだけど、新羅曰くそれは酒だったらしい。二日酔いで俺は死んだ。
俺の意識が曖昧になっている間に新羅は蘭玲というお姉様と碁を打って負けて有り金全部巻き上げられたらしい。あとで知ったんだけど花院楼のお姉様は全員碁が打ててそれが売りの妓楼らしい。
で、それを戻ってきて話すといつもの通り星天が花院楼に行きたいと言い出したんだけど、外聞が悪過ぎると新羅が止める。
だけど星天は『いざとなったら周軒が嫁にもらってくれるから大丈夫だ』という。目を剥いた。
え゛っ、星天が周軒様に嫁ぐの!?
何か言葉が出てくるより昨日の酒が喉元を迫り上がってきて俯く。
星天が周軒様に嫁ぐのは良いことだ。周軒様は権力者だし星天に親切だし玉の輿だ。何の問題もない良縁だろう。
だけどももやもやする。なんか嫌な気持ちになる。
それを口に出すより先に星天達は花院楼に出かけてしまった。俺は色々いっぱいになって寝込んだ。取り敢えず酒に関しては自粛しようと思う。
で、帰ってきた星天から『序列四位の快燕と戦いたかったのに白棋士じゃないと駄目って言われた』という話を聞かされる。うわー、また事件が起きてる。いや、棋礼戦になってないから事件ではないかな?それでもこんな西都から離れた所で上位棋士に遭遇するなんて、なんか星天には引き寄せる何かがあるのだろうか。
それから残りの滞在時間は花院楼に通うと言う話になっていた。花院楼には膨大な囲碁の資料がありお姉様方も手練ればかりだから勉強になるだろうとのことだ。なんでそんなことになったの?と思わなくもないがこれは良い話だったので気にしないことにする。綺麗なお姉様と囲碁を打てて研究できるとか最高だよ?あと、お姉様の膝の上で可愛がられている星天を見るとこころがほわほわして癒される。なんだろう、この感覚。可愛い物にかわいいが合わさるとさらに可愛いのか。
そんなわけで華樂街に行っている間は幸せだったんだけど、西都に帰る最終日、まさか黒獣に襲われることになろうとは思わなかった。
人類の死亡理由に順位をつけるならば断トツ一位の黒獣だ。あの金色の瞳と目が合った時比喩じゃなくてガチで死ぬかと思ったわ。黒点って急に現れるって聞いてたけど本当にあんな唐突なんだね。こんな前触れもなく命の危機って訪れるものなんだね。
周軒様は黒獣を食い止めるといって1人残られて、俺達は街の外へ向かって逃げるんだけどあまりの人の多さに星天と逸れてしまった。
星天!?どこっ!?無事なの!?あ、でも向こうは護衛と一緒だから割と安全なのか。むしろ護衛の方淡と離れてしまった俺達の方がヤバいのか。うわあああっ、誰か助けてえぇーー!!
必死で逃げてたら目の前で女の子が転んだ。しかもその瞬間後ろから黒獣が一匹飛びかかってきた。うっそだろ!?状況悪すぎない!?
黒獣は明らかに転んだ女の子を狙っている。見捨てれば俺は助かるだろうけど目の前の小さな女の子見捨てるほど俺の人間性は終わっていなかった。
砂を一掴み取ると黒獣の顔に向かって投げる。『ギャゥ!』と声を上げて黒獣が怯んだ。黒獣は目が弱点だから目潰しが効き過ぎるほど効くと爺ちゃんが言ってた。
その辺りに落ちていたのぼりを手に取る。布の部分はいらないから引き剥がした。毎年国軍を率いて黒天元に挑んでいた爺ちゃんは白虎国の大将軍だった。黒獣との戦いは耳にタコができるほど聞いている。俺が今なすべきことはわかっていた。
黒獣と戦うのは正直怖い。あの大きな牙と爪に引き裂かれるのではないかと思うと身体が震える。だけど俺は大将軍、壮源頑の血を引いているのだ。国は救えなくとも女の子一人くらい助けたい。
金色の目が見開かれた。瞬間、手に持っていた棒を突き込んだ。
『ギャオオオン』という黒獣の叫び声が聞こえる。だけどまだだ。片目を潰しただけでは黒獣はまだ余力を残している。
棒を引き抜きすぐさま右目に突き刺す。すると黒獣は絶叫して黒い塵のようになりながら消えていった。目の前の脅威は去ったのだ。
だけどすぐにまた黒獣が襲ってくるだろうから泣いている女の子を抱えて全力でその場を離れる。
新羅に『鳴良、お前強かったんだな』と唖然とした顔で言われたけど、強くはないよ?武芸の家系だから齧ってるだけで三兄弟の中では一番下手っぴだったからね。間違っても俺を戦力として期待しないでね!
必死に逃げてなんとか新羅と街の外に出た。女の子は知り合いを見つけたみたいで、何度も俺達にお礼を言って去っていった。照れる。なんかもう、これだけ頑張った甲斐がありましたね。女の子に感謝されるほど尊いことはありません。
ちょっと落ち着いたので辺りを見回すも、星天と方淡はいない。勿論、周軒様もいない。皆無事なのか不安に思っていると周りからざわざわと『黒獣がいきなり消えたらしいぞ』『もう街にはいないらしい』みたいな話し声が聞こえてくる。え、黒獣いなくなったの?現れるのは突然だけど消えるのもそうだとは爺ちゃんから聞いたことないな。
しばらくすると星天を抱えた周軒様がやってきた。星天は身動ぎひとつせずぐったりしているから怪我でもしてるのかと心配になったけど、どうやら疲れているだけらしい。あんな目に逢ったらそりゃ疲弊するよね。
周軒様は国軍と話をすると言って行ってしまったので星天に話しかけると『黒獣って喋ると思う?』と聞かれた。え、喋らないと思うけど。そんな話は聞いたことない。
黒獣に追いかけられて星天も疲れたのだろう。馬車に乗り、華やかな街並みが嘘のように見るも無惨になった華樂街を後にする。花院楼のお姉さん達も無事だといいいな。黒獣は本当にとんでもない災害だったね。