※鳴良視点②
馬車に揺られて(ガタガタ揺れにいつも通り死にかける)西都に着く。西都でも華樂街に黒獣が出た話題でいっぱいだ。中には西都を出て行く人もチラホラいる。これはひょっとしたら白棋士試験も中止になるかもしれない。
なんて思ったけど普通に続行された。財全に『お前達の行動は黒獣の出現に影響をもたらさないのだから碁を打て』と言われて納得する。なんともまあ身も蓋もない言い方だけど合理的で間違いはない。俺だってせっかくここまで勝ち進んできたのだから白棋士になりたい気持ちは強い。だけど、襲われて酷い目に遭った俺達の心情にも少しは配慮して欲しいなぁって思ったり思わなかったり……。え、周りの皆はやる気満々なの?あ、うん。俺も頑張る。
ただ、日程を短縮するらしく今日から三日間で試合を全て終わらせるらしい。急な調整だけど条件は全員同じだから不利には思わない。完全な実力勝負だ。
そんなわけで今日の試合が始まったのだけど、やたらとやる気に満ち溢れた相手に対して自分でも驚くくらい冷静に打ち切ることができた。西都に来てから大切な人の人生を賭けた勝負をしたり黒獣に襲われたりと事件に遭遇してばかりだっただから、なんか大変な思いをするのに慣れた。緊張せずに実力を発揮できるのは良いことだけど、振り返ると最近の俺の人生は本当可哀想すぎる。
そんなわけで今日は俺は二戦とも勝った。星天も新羅も勝ったらしい。三人ともここまで順調だ。このまま三人で白棋士になれたらいいなと思っていると星天が暴漢に襲われた。六財商の会の手の者に連れ去られて危うく命を落とすことになってたかもしれないとのことだ。
ふざけるな。いくらなんでもやっていいことと悪いことがあるだろ!確かに星天にはちょっと暴走戦士みたいなとこがあるけど、真っ直ぐで純粋で一生懸命で、こんなにかっこいい女の子は他にはいない。
星天が酷い目に遭ったと聞いた時、心配で心配で、それと同じくらい怒りが湧いた。星天に酷いことをする奴を心から許せなかった。
周軒様が法的に対処して下さったようなので少し溜飲が下がったけど(明らかに返り血を浴びましたみたいな格好してたからたぶん物理行使もしてる。もっとやっちゃって下さい)、六財商の会のやったことは絶対に許せないことだ。
白棋士本戦、最終日。昨日のようなことがないように星天には怕蓮様が付き添うことになった。星天の安全が保証されたことにほっとした。
最終日の二戦も勝つことができて俺は本戦を突破した。俺の立会人をしていた白棋士の人が『おめでとうございます。鳴良様は最優秀成績で試験を突破されましたね』と話しかけてきた。
え、最優秀成績?俺が?星天や新羅がいるのにそんなことありえる??
どうやら他の人の戦績は関係なく全勝すると最優秀成績と言われるらしい。確かに全勝したら他に全勝した人がいたって一番であることには変わらないもんね。そっか、そっか、……本当に?マジで俺が最優秀でいいの?いや、本戦の成績が良いからといってまだ白棋士試験は終わってないんだけど、でもなんかちょっと嬉しい。
白棋士に連れてかれて最初に説明を受けた広間に行くと新羅がいて、無事本戦を突破できてことを喜んでいた。新羅は去年あと一歩のところで本戦を勝ち抜けなかったことを本気で悔しがっていたから、喜びもひとしおなのだろう。
しばらくするとポツポツと人が増えてやがて怕蓮様に連れられ星天もやってきた。うん、星天は勝つと信じてたよ。おめでとう星天。これで三人とも本戦は突破だね。
広間に本戦を突破した十人が揃うと財全がやってきて上戦の説明をした。上戦の内容は例年と同じように現役白棋士との対戦だった。あとひとつ勝てば白棋士になれる。
ひと通り説明が終わったところで財全が言葉を切る。まだ何か言うことがあるのだろうかと思っていると、刃物のような鋭い視線を星天に向け『いい加減決着を付けるぞ』と言って去っていった。え、それって上戦の星天の相手が財全ってこと?いやいやいや、流石に白棋士試験で序列三位が相手になるのはヤバすぎない??
怕蓮様もそう思ったのか、その後移動した茶屋で『この対戦に不満があれば力になります』と星天にいう。
いや、うん。序列三位の財全と上戦で戦うのはヤバすぎない?とは言ったけど正直星天の答えはわかっている。案の定、『財全と戦いたいからこのままがいい』と言う星天にですよねーと頷く。強い相手に全力で飛び込んでいくのが星天なのだ。その答えには納得しかないし予想通りの展開だったのだけど、帰り際の怕蓮様に『そういえば鳴良の上戦の相手はうちの来生になりますので、よろしくお願いしますね』と言われたのには泡吹いた。ちょ、俺の上戦の相手来生なの!?うっそだろ!?序列戦常勝無敗の来生に勝てないと俺白棋士になれないの?いやいや、来生も上戦に出てきたら駄目な人だろ。俺の白棋士試験終わったわ。
と新羅に嘆くと『鳴良は全勝で本戦を勝ち抜けた最優秀棋士だから、同じく去年全勝していた来生を当てられたのだろう』と言われた。あ、なるほど。本戦全勝しちゃったから来生と対戦することになったのか。
はは、実はね、本戦全勝なんて俺ってすごくない?ってちょっと浮かれてたんだけどね、そんな気持ちは全部吹っ飛びました。上戦で来生と戦わないといけないなら全勝できてもなんも嬉しくないわ。全くもって白棋士になれる気がしない。
しくしくと嘆きながらも来生の棋譜を並べてできるだけの勉強はして当日に臨む。白礼堂につき、案内してくれる役人の人の後ろを歩き対局場へ入る。
中には三人の白棋士の人がいた。立会人だろう。俺が碁盤の前に座ってしばらくすると来生が入ってきた。来生は俺の顔を見るとニッと笑う。
「まさか鳴良と対局することになるとは思わなかったな。一度は共闘した仲だが手心を加えるつもりはないぞ。悪いが今年の試験は運がなかったと思って諦めてくれ」
そう言って俺の前の席に座る。ですよねー。ほんのちょっぴり手加減してくれないかなと期待してたけどそんなわけないですよね。向こうもこの勝負に白神石が三つもかかっているのだから真剣にやりますよね。やっぱり俺が白棋士になる為には全力の来生を倒さないといけないらしい。
『お願いします』と互いに挨拶をし勝負が始まる。俺が黒、来生は白だ。序盤は俺も来生も攻める棋風ではないので穏やかに進む。
互いに隅を打ち、模様ができてきたところで来生が仕掛けてきた。三間ひらきを打った。
定石で言えばここは二間が普通だ。三間ひらきの方が地を稼げるが二間の方が隙がないため安定する。それなのに来生は何故三間を打ったのか。
これが来生の勝ち筋だ。来生はわざと隙を見せるような打ち筋を好む。二間ひらきを三間ひらきにしたりケイマを打つべきところで大ケイマを打ったりする。
こうして見せた隙にこちらが打ち込むのを待っているのだ。垂らされた糸に食い付いた獲物を烈火の如く攻撃し息の根を止める、それが来生の碁なのだ。
来生の棋譜を並べてきたが、全て打ち込んできた石に逆襲することによる勝ち筋だった。ならば罠とわかってわざわざ入り込む必要はない。
来生の見せる隙を無視して自分の地の確保をする。緩やかに打つ。盤面が進む。
中盤に差し掛かった。形勢判断をしてゾワリと背筋がさざめく。
これ、俺が負けている。僅かだけど俺の方が形勢は悪い。
冷静に考えればそれも納得のことだろう。二間よりも三間の方が地が多い。ケイマより大ケイマの方が影響力がある。
来生の打った手をそのまま認めれば白の石の方が働きが良いのだ。俺が地合いで負けているのは当然のことなのだろう。
そうか、今までの来生の対戦相手はわかっていたのか。何故皆罠とわかっていて飛び込むのだろうと思っていたけどそれしか勝ち筋がないのだ。来生の手を咎めることができなければ敗北する。このまま打てばただ差が広がるのみだ。
だが、来生は反撃に強い型だ。見せた隙に打ち込んでくるのを待ち構えている。『ほら、殴ってこいよ』と頰を差し出してきといて、実際に殴ると『よくも殴ってくれたな』といってボッコボコにタコ殴りしてくる。理不尽すぎない?実際、並べてきた来生の棋譜では全員来生の反撃にズタボロにされて負けている。
全くもって勝ち目のなさそうな戦いに見えるが来生が敗北した棋譜を一局だけ知っていた。星天の碁だ。星天は来生の用意した隙に真っ直ぐ突っ込み、そして反撃する来生をそれ以上の力で圧倒し大石を殺し切った。たぶんこれが唯一の勝ち筋なのだろう。
競り負ける前に相手の息の根を止める。来生に勝つには誘いに乗った上で殴り勝つしかないのだ。
俺に星天のように打つことができるのだろうか。始めればどちらかの石が死ぬまで戦うことになるのだろう。
躊躇いがあってはいけない。自分の持ちうる全ての力を振り絞り相手の喉元を切り裂かなければならない。そんな碁を俺が打てるのだろうか。
いや、打ち方は知っているはずだ。俺はずっと星天の碁に触れてきた。未来を、尊厳を、そして命さえも賭けてその隣に並び立とうとした。全てを焼き尽くす豪炎にこの身を灼かれながらずっと食らいついてきた。誰よりも深く星天の碁を思ってきた。それはもう俺の一部になっている。
だから、必要なのは覚悟だけだ。
始めたら引き返せない。来生を殺すか俺が死ぬかの戦いになる。
でもそんなのはいつものことだろ。いつだって星天と共に生きる未来に退路なんてない。真剣に戦うということは骨身に染みている。
ならば一歩前に踏み出すだけだ。この生き方をとっくに俺は選んでいる。俺は来生に勝つ。
そして、白棋士になる君の隣に並び立つ。
三間の真ん中に打ち込んだ。来生の領域に足を踏み入れる。すぐ様来生が待ってましたとばかりに打ち返してきた。戦いが始まった。
ハネる。切る。囲う。互いに殴り合う。
緩めることはできない。きっとこの戦いは最後まで行くのだろう。決着の付く最終局面まで相手を殴り続ける。
身体中が熱くてドクンドクンと指先まで血が巡る。吐息さえも熱を持ちその熱さに頭がクラクラする。一手間違えればそのまま敗北してしまいそうなほど盤面は激しく重い。だけど気持ちは切れない。倒す。このまま来生を仕留め切るのだ。
「良い顔をするじゃないか、鳴良」
顔を上げると来生が嬉しそうに笑っている。盤上は黒と白の大石が絡み合い命削るような殺し合いをしているというのに来生は心から喜んでいる。
「正直、君には期待していなかった。僕は殴られるのが好きだから君の平坦な碁は好みではなかった。だからこんなにも激しい殴り合いを仕掛けてくれるなんて本当に嬉しい誤算だ。もっとだ、もっと殴ってこい。僕の全てを踏み躙ってくれ。殺してみろ、鳴良」
『さもなくば君を殺す』と来生がいう。こっわ。いや、俺は別に君や星天みたいな限界ギリギリを極めたような戦いは好きじゃないよ?でも必要だとはわかっている。人生には逃げてはいけない時がある。それが今なのだ。
頬に手を当てる。良い顔をしていると言われたが、碁を打っている時は感情が表に出ない方だ。よく『碁を打っている時の鳴良は無表情だな』って我意や園次に言われた。いやまあ、緊張して顔が強張り過ぎてただけなんだけど、でもそれを良い表情とは言わないだろう。俺、今どんな顔してるんだ。
触れた瞬間口角が上がっていることに気づく。鏡がないから自分の顔を見ることはできないがおそらく俺は笑みを浮かべているのだろう。そっか。俺笑っているんだ。
ならばきっと、俺は星天と同じような顔をしているのだろう。
星天(鳴良の碁)vs財全
鳴良(星天の碁)vs来生
ファイトーーーー!!!
次は財全視点です。