※財全視点①
俺の前に天才が立ちはだかるのはこれで三度目だ。
お前達はいつだって己の才覚という絶対的な刃を振り翳して来る。持たざる者はただ失うのみ。だけども仕方のないことだろう。勝者が全てを得るのがこの世の条理なのだから。
だが不条理を嘆くのはとうに飽きている。戦うさ。奪われない為に奪う。
天才どもめ。お前達が地位、名誉、金、才能、何を持ち得ようが構わない。だが勝利だけは譲らない。
才がなくとも人は戦うことができる。
山岳の麓にある小さな村、
村人は狩りと僅かな畑を耕すことで生計を立てていた。俺はこの村が嫌いだった。何故なら生殺与奪権を他者に握られているからだ。
一番近い街に行くのにどんなに急いでも三日はかかる。生きて行くための食料、衣、薬、武器、そういったものは全てひとつの商家に委ねられていた。
西都でも指折りの豪商人、
俺の家もそうだ。7つ歳の離れた妹がいる。名前は
薬を飲ませれば体調は落ち着いたが薬代は高額だった。そして希少性が高く胡岩を通さなければ手に入らない。
父も母も俺も必死に働いた。昼は母ともに畑を耕し夜は父の狩ってきた獲物の肉を裂き皮を鞣し売り物になるように整える。爪の間には常に土が入り込み血と油が身体に染み込んでいた。
日々の生活はカツカツだった。花琳はいつも『私のせいでお金がなくてごめんね』と泣いていたがお前が謝ることなど何もない。家族なのだ。その苦しみを取り除いてやりたいというのは当然のことだろう。
金がいる。母と共に畑を耕し父ともに狩りに赴いたとしてもこの底辺を抜け出すことはできない。この生活を一変させるには、人生を覆すには纏まった金が必要だった。
自分の才能に気付いたのは十の時だった。柯端では山に入らず作物の実らない冬は皆碁を打った。食べ物や酒を賭け昼夜碁に勤しむ。村長が主催する大会なんてものもあった。
白と黒の石を打ち合うよりも籠でも編み内職でもしてた方が金になる。そう思って集まりに参加せずにいたが、男なら碁のひとつでも打てた方がいいと父に言われしぶしぶ碁を習う。
碁を覚えて三ヶ月で父に勝ち、半年で村の誰も俺に勝てなくなった。俺にはとてつもない碁の才能があったのだ。
自分より歳上の大人達も村1番の腕前だと自慢していた奴も簡単に倒すことができた。村人達が『十年に一度の天才だ』や『これほどの強さならば白棋士になれるぞ』や『柯端から白棋士が出るとは村が始まってから最大の吉事だぞ』など持て囃す。
碁は金になる才能だ。白棋士になることができれば毎月給金が支払われ棋礼戦の結果によっては十分な報酬を受け取ることができる。家族を養うことができる。妹に存分に金をかけて治療することができる。
俺は白棋士を目指すことにした。
学び力をつけ白棋士試験の選定に挑む。流石白棋士試験を受ける者となれば実力者も多く、選定の基準を突破するのもすぐとはいかなかったが十五になった時、烏鷺杯で優勝した。白棋士試験の本戦への権利を勝ち取ったのだ。
村人も家族も俺の本戦出場を喜んだ。十五という年齢で選定を突破した者は街にもいなかった。村の者も家族も俺自身も当たり前に白棋士になれると思い込んだ。自分には才能があると信じ込んでいた。
だが、本戦の壁は俺が思うより遥かに高かった。
勝てない。全くもって勝ち進むことができない。ひとつかふたつ、勝ちを拾うことはできてもとても本戦突破に絡むようなところまで行くことはできなかった。西都の者にどうしても勝つことができない。
西都と藩とでは棋力に天と地ほどの差がある。耳にしたことくらいはあったがこれほどまでに絶対的な力の差があるとは思わなかった。
その年、本戦を突破したのは全員西都の者だった。翌年も選定を突破し本戦に臨んだが、九戦のうち半分も勝てなかった。
勝てたのも同じ地方の者との対戦、西都の者は他と一線を画す程強かったのだ。
それでも諦めきれず臨んだ十七の年、噂が流れた。皇太子である凛刹が白棋士試験を受けるのだと。
凛刹はまだ十になったばかり。かつて序列一位で歴代最強の棋士と呼ばれる玄雪でさえ白棋士試験を突破したのは十三の時だ。そうであるにもかかわらず皇太子がこの国最難関である白棋士試験に臨むのだと?
おそらく箔付けか何かであるのだろう。白棋士試験を受けたという実績があった方が皇帝争いに有利なのかもしれないが俺達下々の者には関係ない話だ。ただ重要なのは勝敗がどうなるかということだ。
皇太子だろうが貴族だろうが勝敗には遠慮するつもりはない。この本戦の勝ち星ひとつに俺達がどれほど飢えているか。権力や圧力に屈するつもりは毛程もなかった。本戦で当たることがあれば自分の持ちうる全てを賭して勝つつもりだった。
だが、俺は負けた。凛刹に完膚なきまでに叩きのめされた。何が悪かったとか何が間違っているとかそんな次元ではない。完全に棋力が違った。
単に地を囲われて石を攻められてヨセを打って負けた。王道にして正道を進む凛刹の碁に真正面から挑まれ敗北したのだ。
凛刹は本戦を全勝し最年少棋士として本戦を突破していった。地位も財も権力も生まれた時から全てを持ち合わせているにも関わらず碁の才まであるのか。
碁を始めて三ヶ月で父に勝った。村の人間には誰にも負けなかった。
街に行けばそれなりの実力者は大勢いたがそれも全て捩じ伏せてきた。十五の時には大人を含め街の者は誰も俺には勝てなかった。
十年に一度の天才だと、ほかに類を見ない最高の才能だと、
でもそうではなかったのだ。本当の才能というものを嫌というほど突きつけられた。
俺は凡人だった。
だが諦められなかった。俺には養うべき家族がいた。両親は健在ではあるが危険な山仕事と重労働の畑仕事だ。いつまでも働き続けられるとは限らない。現にそうなってしまった村人を幾人も見てきている。
そうすれば胡岩の餌食になる。奴は無類の女好きだった。働き手を失った家は金と引き換えに女を差し出すように言われる。年頃の娘がいれば娘を、娘がいなければ母親をと言った具合にだ。
母は見目がよく何度か胡岩に取り引きを持ちかけられていた。娘を医者に見せる代わりに一晩を、と。母は毅然としてはねつけたが嫌がらせは何度も受けた。薬が届かない、品物を買い叩かれる。金がないということは立場が弱いということ、これが永遠に続くのだ。俺が白棋士になるのを諦めるわけにはいかなかった。
毎年、試験を受験した。選定の突破は手間取らなった。
本戦では六勝までは安定して勝ち取ることができるようになった。問題は西都の者達との対戦、相変わらず奴らには黒星をつけられ続けている。
ただひたすら西都の者達を打ち取ることだけを考えて過ごす。西都の本戦出場者は入れ替わりが激しいから全てを予測することは難しいことであったが、年を重ねるごとに精度は上がっていった。
そして二十になった歳、ついに本戦で八勝するまで至った。残念ながら全勝した者がいた為本戦突破とはならなかったがそれでもあと一歩のところまできたのだ。
来年こそは白棋士になるのだと意気込んだ二十一の年、俺はまたしても圧倒的な才能を目にする。
快燕、齢九つ。突然何処からともなく現れた若き才は俺に再び深い絶望を齎した。
訳のわからない棋風だった。どのような意図があってそこに打つのか、定説や定石といった物を一切無視した打ち方だった。だけどもそれがカッチリと嵌まっていく。
俺には快燕の考えがわからなかった。わかったのはこいつが凛刹にも及ぶだろう天才だということだ。
俺は負けた。快燕はあっさり白棋士試験を突破して最年少棋士の称号を塗り替えていった。心の中にあった俺の芯となっていた何かがポキリと音を立てて折れていく。
俺はまだ二十一、ここから白棋士になった者などいくらでもいる。だけども凛刹は十で白棋士となりもう上位棋士になっている。快燕はまだ九つというのに白棋士の仲間入りだ。
俺はこいつらに追いつけるのだろうか。白棋士になれたとしてこの天才達と同じ世界で生きていくことが出来るのだろうか。俺は凡人だ。それを嫌というほど身に染みてわかってしまった。
おそらく真っ当な者ならここで一区切りをつけるのだろう。自分の才に見切りをつけて別の人生を模索する。今年白棋士試験を受けた者達の中にもその選択をする者が多くいるだろう。
凡人は凡人らしく生を全うすべきなのだ。あの村で父の跡を継ぎ狩りに勤しみ畑を耕し嫁を貰いそして朽ちていく。毎日必死に働き小金を稼ぎ金のある者に頭を下げ権力者に媚びへつらう。幸せではないが生きてはいける。多くの者がそうしているのだから俺も倣えばいい。
なのに何故、何故は俺はまだ碁盤の前に座り込んでいるのだろうか。碁石を掴み盤上に打ち込んでいるのだろうか。
わからない。あれだけ圧倒的な才を目にしたというのに引くことができない。戦うことの無意味さをわかっているはずなのに諦められないのだ。
山は高いからこそ登るのだと誰かが言っていた。つまりはそういうことなのだろう。
勝てないからこそ勝ちたいと思う。才能なんて物が無いからこそ才能のある奴らを打ち負かしたいと願う。
俺は凡人だ。凡人だからこそもう一度あいつらと戦い、そして勝ちたいのだ。
二十二歳、白棋士試験に臨み、全勝する。本戦を突破し、上戦に勝利し白棋士になった。
この天才どもの世界に足を踏み入れることとなった。