※財全視点③
快燕を倒し俺は序列五位となった。快燕は序列六位と下位棋士に落ちることとなったがすぐにまた上位棋士へと昇格していた。この天才がくそが。
俺の序列も上がっていった。上位戦では白神石ではなく
違うのは上位戦では黒審石を用いないこと。下位戦では黒審石十個で白神石一つとしたが、上位戦では白神石十個で天虎石一つとする。さらに天虎石も白神石も使い果たしてしまった者はどうすれば良いかだと?そんな弱者のことなど知ったことではない。大概はそんなことになる前に入替戦で消えていくのだがな。
俺の序列が四位となり六財商の会も信頼を得て、組織もますます大きくなっていった。西都にある商会の半数は六財商の会に所属している。
だがそれでも所詮まだ半分だ。これでは強制力が低い。俺の最終的な目的は全ての商会が六財商の会に所属し会の承認が無ければ棋礼戦が出来なくなること。この国の棋礼戦に対する認識を根本から変えることだ。
だが、たかが一組織にそのようなことはできないだろう。もはやこれは国の変革といえる大それたこと、一個人に成し遂げられるものではない。
普通だったら考慮に値すらしない空言だ。だがそれを成し遂げられる可能性があった。凛刹だ。将来国の実権を握る皇太子が白棋士であるいうのはとんでもない好機であった。棋礼戦を行い勝つことができれば少なくとも凛刹の在位中は六財商の会を国の機関として認めさせることができる。
その為には凛刹が棋礼戦を受けざるを得なくなる状況を作り上げる必要があり、組織の発展は必須だ。文官も引き入れ政治にも関わりを持たせておく。柵が多ければ多いほど国は六財商の会を蔑ろにできないだろう。
俺が上位棋士になって三年の月日が流れた。俺は序列三位となり凛刹は序列一位となり白棋士としても頂点に立っていた。ちなみに快燕は序列四位だ。あいつは実力はあるが不真面目過ぎる。序列戦に最低限しか参加して来ずほとんどが華樂街で過ごしていると聞く。才能を無駄にしやがって阿呆が。
夏頃、凛刹が今年度の四神戦の打ち合わせの為に朱雀国に行くという。しかも今回の同行には序列二位の
これは千載一遇の機会かもしれない。俺より序列の上の者が全ていなくなり残る者で気になるのは凛刹の兄で皇族の怕蓮くらい。しかし怕蓮は平和主義で向こうから何かしてくることはまずない。
凛刹がいなくなった瞬間、西都の商家に猛攻を仕掛ける。一つでも多くの商家を取り込み、拒否する姿勢を見せる家には棋礼戦を仕掛け潰す。見せしめを行うことで他の日和見している商家に圧力をかけた。
西都にある商家を全て取り込むことができればそれを盾に棋礼戦を仕掛けることができる。断れば流通を止めると脅せば凛刹も棋礼戦を受けざるを得ない。対凛刹の戦略は三年以上練っている。棋礼戦に持ち込むことさえ出来れば後は思うようにことが進むだろう。俺はこの国の棋礼戦を掌握することが出来るのだ。
もう二度と商家の豚どもを肥え太らすようなことはさせない。失った物は取り返せない。それでも、あの日の後悔を少しは取り戻せるのかもしれない。
計画は順調に進んだ。だが、西都の商家の八割を手中に収めたところで小さな商家に一つ棋礼戦で敗北したという。
街外れの小さな茶屋だ。あまり重要視した場所でもなく差し向けたのも本戦出場者で白棋士ではなかった。それでもあんな小さな茶屋に西都の本戦出場者を退けられる実力者の知り合いがいるとは思わなかった。計画にケチが付いたことに苛立ちは覚えたが全体として見た時に大した損失ではない。そう思っていたのに翌日から次々と六財商の会に由縁がある碁会所が棋礼戦を仕掛けられた。
初めは凛刹の手の者かと思った。国を空けるにしてはあまりにも不用心だと思ったが後を守る者を残していたのか。
だが、調べてみればそれは奎宿藩出身の本戦出場者で幼い
本戦を説明をする為に白礼堂へ行けば確かに一人幼い女子が着飾ってこちらを見上げている。恐らくあれが星天、あんな子供に手間取らされているとは怒りしかない。
六財商の会の息のかかる碁会所に星天と名乗る幼子が白神石を賭けて棋礼戦を挑んでくるから討ち取れと回覧を出すが被害は増えるばかり。誰も倒せないとはどういうことなんだ?女がどうこうという以前に本戦出場者に白棋士が負け続けている現状に違和感しかない。しかも足跡を追ったらこいつは華樂街に行っているぞ。全てが理解できない。
奎宿藩に人をやり星天について調べ上げる。公式戦の棋譜は全て入手したが禍旋亭で打った碁はまともに棋譜を覚えているやつがおらず手に入らなかった。それ以前の足取りは追えない。禍旋亭も荒くれ者の集う陰気な碁会所であるという報告だったのだが、本当にこいつの出自は謎過ぎる。他国から来た者なのだろうか。
目的は何か調べさせれば俺と戦う為に各地に喧嘩を吹っかけているという。俺と戦いたいというならば戦いに勝った後の利益について何かある筈なのにそれ以上は何も出てこない。結局こいつの目的はわからないし本当に俺と戦いたいが為に自身の本戦出場権を賭けているというならば非効率で非現実的で阿保の極みとしかいえない。頭が痛くなる。
何にしてもこの星天という奴は必ず潰さなければならない。今は商会を取り込む大事な時期、それなのにも関わらず幼い女子に六財商の会が負け続けているなどの噂が立てば離脱者が出て計画が頓挫する可能性が高い。
本戦や華樂街で星天が打った碁も取り寄せ研究する。恐ろしく攻撃に特化した打ち手だ。相手の弱点を見抜く力がずば抜けており息の根を止めるのに躊躇いがない。攻撃力だけでいえば上位棋士に相当する。
だが、対策のしようはある。攻め合いが得意というならばそもそも戦闘が起こらない盤面を作り上げれば良い。攻撃力以外の要素は全て俺が上回っていると言えるだろう。対策さえできれば容易に対処できる相手だ。
問題は何処で仕掛けるかだ。黒獣が出て西都は混乱しており棋礼戦を仕掛ける余力はない。黒獣が現れたことで白棋士試験を取りやめにするかという意見も出たがあんな物は予測の出来ない天災のような物だ。死ぬ時に人は死ぬ。西都に現れた時はこの国が滅ぶ時だ。そんなどうにもならないことを考えても仕方ないのだからただ自分の責務を全うしろ。
六財商の会の者達にも計画は続行すると告げる。現状最大の問題は星天で対応については思案中である、とも。
そうだな、星天の上戦の相手を俺に指定するか。怕蓮あたりは文句を言ってくるかもしれないが向こうから仕掛けてきたことに何か言われる筋合いはない。二者間の合意が取れれば怕蓮も同意せざるを得ないだろう。
問題は星天が拒否してくる場合だがそれならばそれで星天は財全から逃げたという噂を流すことが出来る。六財商の会が幼子一人に蹂躙されているような印象を持たれているのが問題なだけで、それを払拭できるなら方法は問わない。まあ、持ちうる白神石と本戦出場権を賭けて棋礼戦を仕掛けてくるような奴だからおそらく受けると思うが。本当にこいつは何考えているんだ?白棋士にならないと全く価値のない白神石と一年に一度しか機会のない本戦出場権を天秤に乗せるなど釣り合いが取れないだろう。訳がわからん。
だが六財商の会の者の一人が暴走した。星天を排除しようと本戦中に身柄を攫い殺そうとした。幸いなことに事の顛末に柑斗が気付き未遂に終わったが、しでかしてくれたことの大きさに目眩がし怒りが湧き上がる。
星天を殺したところで六財商の会に対する懸念を払拭することは出来ない。小さな女の子にしてやられたという噂は一生付いて回るだろう。それを消すには圧倒的な力を見せつけ勝つしかない。
事を企てた石真には相応の報いを受けてもらわなければならないと探した所、既に奴は事切れていた。現場には血塗れの奎宿藩の領主の息子、奎周軒がいた。
『我が藩の者に危害を加えようとした狼藉者を処罰した。問題はなかろう?』
淡々とした口調で周軒がいう。真っ当な事を言えば西都で起こった事を勝手に他藩の者が処理することは問題しかない。しかし落ち度はこちらにありどちらにしろ極刑になった者だ。結末は変わらないし何よりこの周軒という男を敵に回したくない。
数年前、国内武闘大会で優勝した男だ。国軍から熱狂的な誘いがあったが藩のたった一人の跡取り息子であった為軍部も泣く泣く引いたという。個人戦闘力でいうならば今でも国一番かもしれない。相対などしたくない。
『問題はないな。こちらで処理しようとしていたのだが、手間が省けた』
『本戦の最中星天が襲われたのは運営側の落ち度であろう。明日からは私が中に入るか真っ当な者を付き添わせて欲しい』
周軒が要求してきたことは尤もな物だった。神聖なる白棋士試験の最中にこのような事件が起こったのはこちらの落ち度でしかない。石真は本当に厄介な事をしでかしてくれた。
白棋士の誰かを付き添わせることを約束する。人選だが、六財商の会に所属する者を選んでも納得はしないだろう。さて、誰にするか。
『その役目、私が受けましょう。星天が勝負とは別の所で被害を受けるのは本意ではありませんので』
いつからいたのか何処にいたのか、声のした方を見れば怕蓮がいた。どんな馬鹿だって皇族に連なる者に手を出そうとはしないだろう。これ以上ない良い人選だが今の言い方だと星天と怕蓮は面識があるように思える。やはり星天は凛刹に関連がある者なのか?いや、あの堅物が女を手先として使うわけはない。
星天のことは怕蓮に頼み、ついでに明日の本戦に星天が勝てば上戦の相手は俺だと伝える。怕蓮は驚き慣例では上戦に出る者は序列十位の者の筈だと言い募ってきたが、そんな決まりはないし俺と戦いたいのは向こうの希望だろうと言って無理矢理押し通す。
本戦を勝ち抜けた星天に『いい加減けりをつけるぞ』と言葉を投げかけ上戦に備える。
いよいよ本当に時間が無くなってきた。凛刹が五日後に戻ると連絡が入ってきた。上戦は三日後、星天を下し商会を纏め上げそのまま戻ってきた凛刹に棋礼戦を挑む。準備は整った。
ここで勝てば豚どもの言いなりには二度とならない世界になる。あの日、全てを清算した日から歩き続け、それだけを目指してきた。
これは誰かの為ではない。そう願っても一番幸福になって欲しかった人はもう救われない。
これは自分自身の為にする事である。だが、やり遂げたとしても幸せになれるわけではないし、生産的な物ではない。自己満足に浸れるだけの物である。
それでも、豚どもが蔓延るのは、ただ憎らしい。
上戦が始まった。念の為確認したがやはり凛刹の手の者ではないらしい。ただの頭がおかしいだけの奴だな。
星天の碁は研究し尽くしていた。星に打たない。弱い石を作らない。そして戦わない。これだけを遵守していればいい。他の要素で俺に負ける物はない。
案の定、星天は段々と鈍くなっていった。一手一手に熱が篭っていない。何処に打てば良いかわからず混迷しているようだ。ジリジリと盤面も俺に傾いていった。
このまま順当に行けば俺が勝つだろう。こいつも凛刹や快燕と同じような天才なのだろうが、残念だったな。俺は凡人だが天才を殺す事に長けている。天才に力を発揮させないようにするのが俺の碁なのだ。才能があるのがお前でも勝つのは俺なのだ。
盤面は三択だ。中央を広げるか、右隅に打ち込むか、上辺で自分の地を守るか。星天の棋風ならば右隅に打ち込んで戦いを仕掛けてくるだろう。だが、それに対しての対応策は用意している。踏み込めば更に差が広がり決定的な物になるだろう。
星天は熟考した。そして、砂が半分落ちるまで考え込むと上辺に打った。自分の地を堅実にし地を得る一手、それ以外の手を打てば決着まで行く可能性もあったが、案外冷静だったな。だが、特段こちらが不利になるようなことでもない。
次の手を打とうとした瞬間、ふと違和感を覚えた。対面にいる星天の気配を感じない。
顔を上げれば星天は目の前に座っている。だが空気に溶け込んだかのようにまるで存在を感じない。姿は見えるのにそこにはいないように思えるのだ。
勝負が始まったばかりの星天は目をギラつかせ口元を吊り上げていた。全身から闘気が立ち上り熱量の塊だった。だがそれが見る影もない。
何かがおかしい。目の前に座っているのはまるで別の人間のようだ。本当にこいつは先ほどまで俺と戦っていた星天なのか?
いや問いかけなど無意味なことだったな。知りたければ盤上で語り掛ければいいだけのことだ。
下辺の手を入れ自地を強化する。星天も自分の領土を強化する打ち方を続ける。
前半戦と一転して互いに地を守り合う動きとなる。それならば最初から地を得る動きをしていた俺が有利であるだろう。このままの戦い方ではまずいと思って戦法を変えただけのことだろうがそもそもが手遅れである。俺に勝とうと思うのならば一手目からその打ち方をしなけらばならなかった。
形勢はやはり俺がいい。黒が有利である。
だが、星天は粘る。集中力を切らさず淡々と最大限の利益を享受できる場所に打ち込んでくる。
星天は静かだ。音はなくもはや衣擦れの音すらしない。奴の碁も静寂に包まれており淡々と盤面を進めるだけの手が打たれる。それだけがずっと続いている。
なのに、気づけば差はほとんどなくなっていた。
何故だ、何故俺がいつの間に追い詰められているのだ。僅かに損したと思う手を打った時があった。星天に上手く打たれ後手に回らされた。
だがそれも精々一目、場合によっては一目にも満たないような本当に僅かな誤差だけだ。概ね俺は最善手を打ち続けたし致命傷になるような悪手はけして打っていない。
それでも差が詰まったということは向こうがより良い手を打っているということ、ほんの僅かな得を積み重ねて俺の背後まで迫った。
やはり違う。これは星天の打ち回しではない。精密で緻密で間違いがなく、耐えて忍んで利を得る打ち回し。なんだこれは、一体これは誰の碁なのだ。
いや、これが誰の碁だろうが俺の目の前にいるのは星天なのだ。俺の倒すべきはこの非凡なる才女だ。
耐える。耐える。耐える。息苦しくて叫びだしたくなるような盤面だ。だけど声を殺し息を潜め圧迫感に耐える。
逆転の一手を模索したくなる。この盤面を一撃でひっくり返せるような革新的な手の存在を望んでしまう。
快燕なら見つけられるのかもしれない。凛刹ならばそもそもこのような盤面になることはない。才能の違いという奴を見せつけられて嫌な気分になる。
だが俺は快燕でも凛刹でもない。だから天才的な一手は探さない。今は沈黙しているが星天は元々相手を屠ることを得意とする好戦的な打ち手だ。中途半端な一手はそのまま敗北に繋がるだろう。
だから顔は上げない。例えこのまま息が止まるのだとしても耐え続ける。苦しくとも喉を搔きむしりたくなるほどの焦燥感に駆られたとしても忍んでみせる。
何があっても最後まで諦めない。この気持ちは絶対に切れない。
絶望的で圧倒的で悲劇的な世界だとしてもこの執着だけは消えなかった。
勝利だけを望んでいる。
「自分を知られるということはこんなにも恐ろしいことだったんだね。自分の弱さを突き付けられて初めて私は自分の碁を知ったよ」
「ふん、自分の碁もわからぬ奴が白棋士になれるわけがないだろう。もっと勉学に励め」
星天の言葉に負け惜しみを返す。盤面には僅かなヨセのみが残っており俺も星天も間違えることはない。決着はついていた。
本当に本当に僅かな物だった。手を伸ばせば届きそうで永遠に届かない。俺と
それでも、諦められない物だったのだ。
俺の一目半負けだ。俺はまたしても天才に敗れたのだ。
「負けました」
「ありがとうございました」
「星天の勝利ですね。おめでとうございます。これで晴れて白棋士となり計69個の白神石を手に入れたことになりますよ」
怕蓮が嬉しそうに星天に話しかける。そうか、白神石も失ったのか。まあ上位棋士の俺にはあまり意味のないものではあるがな。それよりもこれで六財商の会も終わりであろう。いくらなんでもこのような幼子に負けて大量の白神石を奪われた者が代表である組織に未来などない。
「私は69個の白神石を手に入れたんだよね?」
「ええ。白神石は50個集めると上位棋士に入替戦を挑むことができます。白棋士になって早々ではありますが、上位棋士に挑むこともできますね」
「上位棋士と戦えるのも魅力的な話だけど、それよりも白神石69個と私の白棋士になれる権利を賭けるよ。もう一度棋礼戦をしようよ、財全」
…は?
失意の中に沈んでいるとあり得ない内容の言葉が聞こえてきた。もう一度棋礼戦をしようだと?疲労で耳がおかしくなったのかと思ったが、怕蓮もギョッとした顔をして星天を見返している。
「何故、棋礼戦をもう一度するのですか?貴方は通常ではありえない最大難易度の上戦を突破したのです。それなのにその権利を失うようなことをされるのはどうしてですか?」
「私は今までにこれほどまで追い詰められて苦悩した碁を打ったことはなかった。財全との碁で私は自分を知った。だからもっと知りたい、私は私を知りたいんだ。教えてよ財全。私は他にどんな戦い方ができるの?」
『貴方の全てを食らい尽くしたいんだ』という星天は目をギラつかせ餌を前にした猛獣のようだった。
理解ができない。上位棋士と戦い白棋士になる権利を手に入れた。上位棋士にも容易になれるだろう。その全ての権利を捨てて何故再び戦地に向かおうとするのだろうか。
どちらにしても俺には受けるという選択肢しかない。ここで棋礼戦に勝ち星天の白神石を奪い白棋士への道を断つことができれば先ほどの敗北などなかったことになる。これはただ俺が再び機会を得ただけの話だ。
だけども目の前の幼子を見る目に脅えが入ったことを自覚する。もう一度戦って勝つ自信はある。だがこの女子の得体が知れないところには恐怖する。
天才なんて言葉では生ぬるい。こいつは、化け物だ。
『 勝負の後は骨も残さない』