【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第60局 想い

 

※鳴良視点

 

 

打ち込む。殴る。切る。俺達は互いに殺し合っている。

 

左辺から始まった攻防は中央へと広がり盤上全体に影響を及ぼしている。この石の絡み合いで決着は付くだろう。ヨセまで行くことはない。今、勝敗が決まるのだ。

 

熱い。身体が燃えるように熱い。このまま打ち続ければ全身が燃え尽きて消し炭になってしまいそうだ。

 

喉元から吐き出される息の熱さに火傷しそうで、破裂しそうなほど脈打つ胸の鼓動に喘いでいる。

 

でもなんでだろう。口元は上がったままだし、来生も笑っている。この苦しさが少し、心地よい気がする。

 

目を見開き、愉悦に満ちた表情で来生がパチンと盤上に石を打ちつける。音は小さいが突き抜けた衝撃は胸を貫いた。致命的な一撃を貰った。急所に置かれたそれは間違いなく黒の逃げ場を奪う一手で、中央の石に生きる道はない。

 

殺しに来た。いよいよこの勝負を終わらせに来たのだ。だけれどもまだ、命は潰えてない。俺が死ぬ前に来生を仕留め切れば良いのだ。

 

構えた刃は互いの首元に添えられ食い込んでいる。血が流れあと一歩押し込めば命を断つことができるだろう。

 

この息が絶える前に相手を屠ればいい。守ることなど一切考えていない。ただ、一秒でも早く相手を殺し切る。

 

来生も退路など考えてない。互いに捨て身の攻防が続く。

 

そして、終わりが来た。一手差だった。黒と白の攻防は本当に僅か一手の違いで決着が付いた。何かほんの僅かなかけ違いがあっただけでこの盤面にはならなかっただろう。俺達の攻防の終局図がこれとなる。

 

力任せに来生の首を刎ね飛ばし、その命を奪い取る。黒の攻め合い勝ちだった。

 

「見事だ、鳴良。君は紛うことなき強者だった。僕をこれ程までに殴り抜いてくれてありがとう」

 

「それ、本当にお礼言うところです?いやでも本当にギリギリのギリ、なんとか勝てた感じだったし」

 

「謙遜するな、鳴良。君の実力だ。白棋士試験突破おめでとう。次は序列戦で戦おう。それまでに僕ももっと強くなっておく」

 

『負けました』といって来生が頭を下げる。瞬間、唐突に実感が湧き上がってきた。勝った、あの来生に勝ったのだ。俺は白棋士になったのだ。

 

駆け出したい衝動を抑えて急いで白礼堂を出る。すると笑顔の周軒様が出迎えてくれた。

 

「おめでとう鳴良。白棋士になったのだな。君は藩の誇りだ」

 

そういわれた瞬間ぶわっと涙が湧き上がった。嬉しくて胸がいっぱいで涙腺が止まらない。泣きながら言葉に詰まって喋ることもできない俺に周軒様はずっと『よくやった。頑張ったな』と声をかけてくれる。うううううっ、ありがとうございます。俺、俺、白棋士になれました。

 

その時白礼堂が開きまた一人誰かが出てきた。新羅だ。新羅は門から出ると拳を握り今まで聞いたこともないような大声をあげた。

 

「やったぞおおおおっ!!僕はついにやり遂げたんだ!白棋士になったんだ!」

 

「新羅も勝ったの?」

 

「鳴良も勝ったのか?やったな!これで遂に僕達は白棋士になったのだ!!」

 

叫び声を聞くに新羅も対戦相手の先斛に勝ったらしい。思わず新羅と抱き合い喜びを噛み締める。お互い強敵を倒しての昇格だ。苦難に喘いだ分喜びが次から次へと押し寄せた。

 

新羅と互いの試合の内容を話したり周軒様にこの吉事を伝書鳩で藩に伝えるから三日もしないうちに皆に知れ渡るだろうと言われ照れたりしながら時を過ごす。ポツリポツリと白礼堂から人は出てくるが一番伝えたい人の姿がまだ見えない。中ではまだ戦いが行われているのだろう。

 

星天、君に心からの感謝を伝えたい。君が見つけてくれたから俺はここまで来ることができた。あの日君が俺の囲碁を好きだと言ってくれたから、君の碁に強く憧れたからここまで来ることができた。星天に出会えなければ絶対に来生を倒すことはできなかった。ありがとう星天。君がいてくれたから今の俺がある。

 

星天の相手は序列三位の財全だ。この国で三番目に強い上位棋士、普通であれば勝つなんてことは考慮にも値しないことだけどそれでも星天ならばと思ってしまう。きっと今も財全と死闘を繰り広げているのだろう。頑張って星天。すっごく応援している。

 

白礼堂からぽつり、ぽつりと出てくる人も途切れ門は完全に締め切られている状態となる。それまではがやがやと騒がしかった人通りも減り、俺と新羅と周軒様以外はほんの僅かな人とたまに通る通行人だけだ。段々と周りも静かになっていく。

 

そして、日が傾き始めた。

 

いや、おかしくない?いくら激戦だからと言ってこんなに時間かかることある?俺の勝負なんて日が真上に来る前に終わったんだけど、もうお日様沈んじゃうよ?え、盤面って三百六十一個しか打つとこないんだけど本当に何しているの?

 

あまりの遅さに周軒様が調べに出かけた。財全は六財商の会を作り出した張本人、ひょっとしてまた星天を誘拐して酷いことしようとしている?

 

は?許せないんだけど。一度ならず二度までも星天に酷いことする商会は潰した方がいい。

 

剣の腕にはあまり自信はないけど星天を助けるためなら武力行使も厭わない。俺の命に代えても星天は救い出してみせる。

 

周軒様が帰ってきた。周軒様、星天はどこですか!俺も助けに向かわせてください!

 

「星天は棋礼戦をしているらしい。上戦は終わっていて二戦目を吹っ掛けたとのことだ」

 

「なんか凄く納得しました」

 

言われた言葉に脱力する。よく考えればその可能性が一番あったわ。目の前に強い棋士がいたら全てを賭けて戦いを挑むのが星天だものね。納得はしたけど、それ今じゃなくても良くない?上戦終わって立て続けにやる物じゃないでしょ。

 

『一度試合が始まれば中には入れない為、詳しいことまではわからなかったが』という前置きと共に始まった周軒様の話によると。

 

上戦も互いに三十個程の白神石を賭けた棋礼戦だったらしく、接戦の上、星天が勝利した。

 

で、財全と戦うのがあまりにも楽しかった星天が全白神石と白棋士になる権利を賭けてもう一回棋礼戦を挑んだのが今の状態とのことらしい。っぽいわ。星天だったらやりかねない。普通だったらあんな恐ろしく困難で長い道のりだった白棋士になる権利を賭けるとか絶対にしないんだけど、星天は追い込めるだけ自分を追い込んでいくもんな。退路を断って背水の陣で戦うのが好きだもんね。怖い。

 

周軒様に時間かかりそうだから一度宿に戻って休むように勧められたが、このまま星天を待つと伝える。身体は疲労感でいっぱいだし頭もぼーっとするし身体は睡眠を欲していたけど、そうしたかった。上戦が終わった星天にいの一番に会いたかった。

 

俺の痩せ我慢に新羅と周軒様も付き合ってくれるらしく三人で門の前に佇む。

 

日は完全に暮れ辺りに灯りが点き始めた。周軒様が再び状況を聞きにいくと、三戦目の棋礼戦が始まったらしい。もう笑うしかない。

 

星天は百三十個の白神石と白棋士になる権利を、財全は十三個の天虎石を賭けた勝負とのことだ。

 

天虎石一つは白神石十個分に相当する。賭ける石の相場は相当であると言えるだろう。

 

『疲れたなら中で休むといい』と言って周軒様が車を呼んでくれた。『僕は少しだけ休む』と言って新羅は車に乗り込む。暫くしたら音が聞こえなくなったので新羅は寝てしまったのかもしれない。

 

月が明るい。夜まで開けていた店閉まっていき月明かりだけが辺りを照らしている。この暗闇の中で星天は戦っているのだろう。

 

周軒様が再び様子を窺いに行った。今は四戦目が始まったらしい。もう何も言うことはないよ、うん。

 

星天が天虎石十三個と持ち得る全ての白神石と白棋士になる為の権利を、財全が全ての天虎石二十五個と、上位棋士の地位を賭けた。

 

この四戦目はただの棋礼戦ではなく、入替戦を含んだ物になるらしい。入替戦とは下位棋士が上位棋士になる為の公式試合で、普通だったらまだ白棋士にもなっていない星天には全くもって関わりのない話だ。だけども星天は五十個以上の白神石を持っていて入替戦に臨む条件は満たしているし、全ての白神石と天虎石を賭けた財全は負ければもう上位棋士とは言えない。状況は整っているといえる。

 

負ければ星天は全てを失う。ここまで白棋士になる権利も、ここまで集めてきた白神石も何もかも失う。

 

しかし、勝てば上位棋士だ。

 

君は何処まで上っていくのだろう。

 

命と藩の未来を賭けた棋礼戦に勝ち、初めて出た白棋士試験で合格するどころか上位棋士になろうとする。そんな英傑は世界中何処を探してもいやしない。間違いなく歴史に名を遺す伝説の棋士となる。

 

才能に圧倒的な差を感じる。俺は凡人で君は神様みたいだ。だけど不思議と追うのを止めようという気にはならない。

 

今は背中を見ているだけだけど並び立ちたいと思っている。俺は君と碁を打ちたいのだ。

 

ならばいるべきは対面だろう。

 

周軒様が『伝書鳩を飛ばす準備をするから少しばかり席を外す。すぐに戻る』と言って行ってしまった。白礼堂の前に佇むのは俺一人となる。

 

空が白み始めた。辺りが薄っすら明るくなり門が照らされる。

 

朝が来た。

 

ギィという音と共に門が開く。朝日に照らされ光り輝く門の内側から君が歩いてくる姿が見えた。

 

星天が来たのだ。

 

「鳴良!勝ったよ!私、財全に勝ったんだ!」

 

無邪気な笑顔で星天が駆け寄ってくる。それを温かい気持ちで出迎えた。

 

「おめでとう。これで白棋士になれたね」

 

「鳴良のおかけだよ。私が財全に勝てたのは鳴良がいてくれたからだ」

 

いわれた言葉にびっくりする。え、俺のおかげ?いやいや、序列三位のこの国で三番目に強い棋士と戦うのに俺の存在が足しになるとかないよ。勝てたならそれはすべて星天の力だ。

 

「そんなことないよ。全部星天が頑張ったから勝てたんだよ」

 

「ううん。財全は私の棋譜を研究し尽くしていて、最初全然勝てなくて、でも鳴良ならどう打つんだろうって考えたら良い手がするする浮かんできた。鳴良みたいに打てたから勝てたんだ」

 

『貴方がいたから私はここまで来れた』という星天の言葉に、胸が震えた。

 

違うよ、星天。それは俺の台詞なんだよ。君がいたから俺はここまで来れたんだよ。今までの俺は本当に駄目で中途半端で誰にも期待されないような奴だったんだ。君に出会えたから、君に憧れたからここまで来ることができたんだよ。君の碁を知って来生に勝つことができて白棋士になることができたんだ。

 

胸が締め付けられて身体が震える。朝日に照らされて笑う星天は綺麗で輝いていて神様みたいだった。

 

この先俺は君以上に心奪われる人に出会うことはないだろう。俺の世界には君しかいない。

 

君の碁が好きでそれ以上に君のことが好きだった。これからも君に振り回され続けるのが俺の人生になるだろう。

 

神々しいまでに美しい君の笑顔を見て思う。

 

俺は神様に恋をした。

 

 

 

 

 

 

 





ラブコメぇぇぇーーーッ!!!!

星天、明日発売!

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