本日、星天発売!!!
よく寝た。起きた。おはよ。
ゴシゴシと開かない目を擦っていると女中さんが来て身支度を手伝ってくれる。どうやら私は丸一日眠っていたらしい。昨日、財全との戦いが終わって鳴良に勝った喜びを伝えて、馬車に揺られたあたりから記憶がない。一晩中碁を打っていたから疲れて眠ってしまったのだろう。本当によく寝た。
身支度を整えて女中さんに連れられた部屋に入ると、周軒と鳴良と新羅がいた。
「星天、よく眠っていたようだが、身体はもう大丈夫か」
「うん、元気。寝過ぎて眠いくらい」
「そうか。それならばよかった。だが成長期にきちんと睡眠を取らないのは良くないことだ。これからは一晩中碁を打つのは止めた方が良いだろう」
周軒が窘めるようにそう言ってくる。うーん、確かに徹夜で碁を打つと気怠いし寝ても眠いしあんまり健康的ではないよね。でもあの時はとにかく財全と打つのが楽しくて止まらなかったのだ。
自分の知らない手法が次々と繰り広げられ、新しい世界が目の前に広がる。それを打ち破るために持ち得る力を一滴残らず振り絞り、渾身の一手を打ち続ける。そのやり取りがどうしようもなく楽しかった。
私の中には私の知らない世界があって、それを財全の手によって知覚する。互いに全力で命懸けで盤上に向き合った。四局打ったけど、一局たりとも、一手たりとも手を抜いた瞬間はなかった。全て死に物狂いで駆け抜けた。
最後の一局、隅の大石を殺し切り、『負けました』と頭を下げ項垂れる財全の言葉を聞いた瞬間、ブワッと身体中の血液が沸騰したのかと思うくらい全身が茹で上がった。
ドクドクと鼓動が耳に直接響く。強敵を倒したことによる恍惚感が全身を包み込む。
この時に一番強く生を感じる。何も感じることのなかった身体が熱を帯び命を主張する。
私は生きていると、そう思えるのだ。
財全との戦いは最高だったし後悔はないのだけど、でも周軒の言うように徹夜で碁を打つのはやめよう。最高の碁を打つためには体調管理は大切だ。
「うん、もう一晩中碁を打つのはしないよ」
「そうか。ならばよかった」
安心したように周軒がいう。何も言わなかったら一日中ずっと碁を打っていると思われているのかな。流石にいつもはやらないよ。今回はずっと待ち望んでいた財全との戦いだったから特別だったのだ。
「体調に問題がないのであれば、授与式に行こう」
「授与式?」
「白棋士になったのだと国から正式に告知される式典だ。体調が悪ければ星天だけ別日にしてもらうことも可能だそうだが」
「大丈夫、出るよ。とても元気だよ」
白棋士になれたことの表彰式みたいな感じだよね?でるでるでるよー。これで私も白棋士を名乗れるようになるんだよね。やった。
車で認定式の場所までいく。それもやっぱり白礼堂でやるらしい。車から降りるとザワザワと多くの人が周りに屯していた。んん?この人達はなんなんだ?
『きたぞ。あれが星天か!』
『本当に女じゃねえか。あんな小さいのが序列三位の財全様を倒したのか?』
『隣にいるのが新羅と鳴良か。今年白棋士になったのは全員奎宿藩の奴らだったんだろ?西都出身者が全滅なんて有史以来なかったんじゃないか?とんでもない奴らだよ』
ガヤガヤと噂する声が聞こえてくる。うん、たぶんこの人達は野次馬だ。本戦の時にもいたし皆誰が白棋士になったのか、興味津々なのだろう。
「なんだか俺たち目立ってない?」
「白棋士になったのは僕達三人だけらしいからな。全員奎宿藩出身ということでより注目度が高いのだろう。気にすることはない。胸を張って歩こう」
野次馬は幸い私たちの行手を遮るようなことはしなかったので、三人で白礼堂の中に入る。茶色の服を着た人に案内してもらって、本戦の時にルール説明を聞いた広間に入る。中にはすでに人がいた。
一人は知っている。怕蓮だ。こちらを見てにこりと笑いかけてくる。
あと二人は知らない人だ。一人は灰色の髪の四十代くらいに見える男性で厳しい顔付きをしている。
もう一人は中央に立っていた。二十代くらいの男性で白髪でしゃんと背筋を伸ばした金色の瞳を持った美青年だ。
「序列一位、白凛刹だ。まずはおめでとうと言わせてくれ。この国最難関と呼ばれる白棋士試験を突破した君達は、今日から白棋士となる」
よく通る声で白髪のお兄さんがいう。おお、この人が白虎国で一番強い白棋士なんだ。
『まずは君達に白棋士としての心構えを話そう』と凛刹が切り出す。内容は前に怕蓮に聞いたものと同じようなもので、序列戦をし、棋礼戦をし、碁の発展に貢献せよというものだ。そして、
「何より勝つことだ。君達の勝負の結果が国事に影響して国を動かすこともある。勝利は白棋士の責務だ」
凛とした声が響き渡る。勝つ為に白棋士はいるのだと。それに対しては何の異論もない。生きる為に戦っているのだから、当然、死に物狂いで勝ちに行くよ。
怕蓮が一歩前に出ると何か凛刹に差し出した。凛刹はそれを受け取ると前に向き直る。
「それではこれより授与式を始める。孝新羅、前へ」
新羅が前に出ると凛刹が銀色の小さな板と袋を差し出した。
「上戦を突破し、白神石を三つ獲得したことから序列十位に任命する」
「謹んでお受けいたします」
新羅が恭しく受け取り頭を下げる。なるほど、こうやって白棋士に認定されるのか。
「次に壮鳴良」
「は、はい!」
「君は記録によると棋礼戦を行い、すでに二十一の白神石を得ているのだね」
「えっと、はい」
「授与する三つの白神石と合わせて二十四の白神石を持つことから序列七位に任命する。授与式から序列七位になるなど異例のことだ。その地位に恥じないように精進してくれ」
『つ、謹んでお受けします!』と鳴良が銀色の板と小さな袋を受け取った。六財商の会との棋礼戦をしてきたから鳴良も結構な白神石を持っているよね。
「最後に、奎星天」
「はい」
名前を呼ばれたので前に出る。金色の瞳と目が合った。
「君の場合は異例という言葉では済まされない。上戦で上位棋士を倒し序列三位になり、女性でありながら白棋士試験を突破する、規格外だ。今までの慣例に君を当てはめることはできない」
とつとつと凛刹に言い聞かせられる。確かに言葉にされるとなんか凄いことしてるな私。やっている最中は必死で全然意識してなかった。
「有史以来この国に女性の白棋士はいない。文官や白棋士から本当に君を白棋士として認めるのかという内容の嘆願書も届いている。君の存在を認めるとこの国の在り方を変えることになるだろう」
それは私が白棋士になれないということなのだろうか?この世界の人は皆女性が碁を打つのを嫌がる人が多いと思ってたけど、ここでも言われるのか。えー、でもここまで頑張ったから白棋士にはなりたいよ。
仕方ない。納得できない結果に異議申し立てするのが棋礼戦だよね。駄目だと言われたら凛刹に棋礼戦を仕掛けよう。
「だが、僕は結果が全てだと思っている。君は上位棋士に勝ち試験を突破した。だから白棋士になるのは当然だ。おめでとう、星天。僕は君を歓迎しよう。上位棋士はこの国の顔となる存在だ。その名に恥じぬように精進してくれ」
スッと金色の板を渡される。それは“三”と印字された金板だった。これが序列を表す物なのかな?鳴良達が受け取っていたのも同じようなものだろう。
「謹んでお受けします」
新羅と鳴良の真似をしてぺこりと頭を下げる。棋礼戦仕掛ける機会はなくなっちゃったけど、これで私も白棋士か。なんだか嬉しいな。
「ここからは私が代わりましょう。白棋士となった貴方がたの最初の仕事は、これから行われる四神戦の出場者を決める為に選抜戦に出ることです」
怕蓮が話し始めた。四神戦?なんか聞いたことがある気がするけど詳しくは知らない。
「四神戦は、朱雀国青龍国白虎国玄武国の四ヶ国で行われる碁の大会で、来年一年間の盟主を決める為の戦いです。皆さんもご存知のようにこの世界は黒獣の脅威に常に脅かされています。四ヶ国は手を取り合わなければなりませんが、国も人種も文化も違う者同士が意思を統一するのは中々難しい話です。
そこで、四神戦で国の順位づけを行い意思決定の優先度を決めました。優勝国は年に一度、黒天元に対して行われる四国共同戦線で指揮を取ります。順位によって負担する戦費も変わりますので、四神戦に出る白棋士は自国の立ち位置を決める重要な役割を担うことになります」
怕蓮が四神戦について教えてくれる。四神戦とは四ヶ国で行われる大規模な囲碁の大会で、優勝すると主導権が握れて金銭的負担も軽くなって国にとっていいことがたくさんあるんだと。
国家の大事なのだから、出場するのは各国で最も強い棋士達だろう。世界最強の棋士達が自国の為に必死に戦うのだ。
いいね。正直国の為といわれてもよくわからないけど、世界最高峰の棋士達と真剣に戦えるなんてこんな心踊ることはない。私も出たい。選抜戦とやらは絶対に勝ち抜きたい。
「四神戦の出場者は各序列から一人ずつ選出され、計六人が朱雀国へと赴くことになります。上位棋士は各序列から一人、下位棋士は全体から一人という具合ですね。序列三位は星天しかいませんので、星天の出場は確定です」
「四神戦出れるんだ」
わーい、やった。四神戦に出て各国の最強棋士達と戦えるぞ。
「序列一位と二位の凛刹と万雹も四神戦の出場が確定しています。ひと月後に、序列四位と五位、そして下位棋士内で出場者を決める選抜戦をします。新羅と鳴良は必ずそれまでに西都に戻って来てくださいね」
「承知致しました」
「はい、承知いたしました」
新羅と鳴良が頷く。説明は以上だそうなので、白礼堂を後にする。
外に出ると周軒が出迎えてくれた。選抜戦までひと月あるし一度奎宿藩に戻ろうと言われる。そうだね、奎宿藩に帰ろうか。
次回から帰郷編