第62局 帰宅
奎宿藩に帰って来た。一日馬車に揺られたから相変わらず鳴良はぐったりだ。
馬車から降りた瞬間、『星天だ!すげぇ、本物だ!』『新羅!新羅!お前やっぱり天才かよ!』『鳴良、お前そんなに強いやつだったのかよ!?でも凄いぞ!』と歓声が上がる。大勢の人間が周りを取り囲んでいて、身体がビクリと反応する。え、なになに?なんでこんなに人がいるの?
「奎宿藩中の人間が君達をひと目見ようとやって来たのだな」
「なんで?」
「我が藩から白棋士が、それも三人も出るなど藩始まって以来の快挙だからな。皆、我が藩の才傑をひと目見ようとやって来たのだろう」
周軒の言葉にふむふむと納得する。みんな有名人に会いに来たんだね。手を振るとさらに歓声が大きくなった。おー。
周りを見ると鳴良が『よくやった鳴良!我が家から白棋士を、それも序列七位の白棋士を輩出できるとは、お前は荘家の宝だ』と髭の生えたおっさんに肩を叩かれていた。たぶん、鳴良のお父さんだ。後ろには我意と園次もいて、不貞腐れた顔をしている。
近くを見れば新羅が『兄ちゃん、おめでとう!白棋士になったなんてすごいよ!』『やった!やったやっ!兄ちゃんが白棋士試験受かったぞー!』『わー!新羅兄さんすごい!俺も、俺も兄さんみたいな白棋士になりたい!』と小さい子ども達に囲まれていた。新羅ってお兄ちゃんだったんだ。揉みくちゃにされている新羅は笑顔だしなんか幸せそうだった。
「星天も報告したい人があるならば、行ってもかまわないぞ?」
周軒に声をかけられる。報告したい人か。勿論、藩主と琳華様には会いに行きたい。藩主様には住むところを用意してもらって、旅費も出してもらって、琳華様には素敵な服をたくさん持たせてもらった。当然お礼は言いたい。
だけど、一番に言いたい人は別かな。
「行きたいところあるよ」
「では、向かおうか。何処に行きたい?」
周軒の質問にはっきりと答える。
「禍旋亭」
羅間に会いに行こう。
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「ただいま。白棋士になったよ」
いつも通り遠慮なく禍旋亭に入る。すると対局していた荒くれどもの視線が集まり、羅間がギョッとした顔でこちらを向いた。
「はぁ?星天、なんでこんなとこにいるんだよ」
「白棋士になったから報告にきた」
あと、序列三位にもなったよ。すごいでしょ。
「そうじゃねえ。白棋士になって上位棋士にもなったんだろ?」
「うん」
「もうお前はお貴族の仲間入りなんだ。いつまでもこんなゴミ溜めのようなとこに来るんじゃねえ」
シッシと追い払われるような仕草をされる。いつもながら対応が塩だ。というか貴族ってなんだ。
「貴族?」
「白棋士になるとある程度の特権が付与されて、上位棋士となれば下手すれば貴族以上の力を持つことになるな」
周軒に説明される。へー、白棋士にはそんな付加価値があったんだね。碁がたくさん打てる職業としか認識してなかった。
でもそうだとしても禍旋亭に帰ってこない理由にならない。
「私の地位とか関係ないよ。私はここを実家だと思っているから帰ってきた」
この世界に来て初めて辿り着いた場所が禍旋亭だ。右も左も分からない世界で、碁を打ってご飯をくれて、寝る場所をくれた。ここが初めての家だった。
本当の家は前の世界にあるけどももうあそこには帰れない。だから、この世界の帰る場所はここなのだ。
『はぁ!?』と羅間がひょうきんな声を出す。ついで、頭をかきながら『物好きなガキだ。勝手にすればいい』と言って奥へ行ってしまった。羅間に何を言われようが禍旋亭は特別な場所なのだ。私はここに帰ってくるよ。
「ぷぷっ、羅間のやつ、照れてやがるよ。あんなこと言ってるけどお前が西都行っている間ずっと気にしてたんだぜ?」
「そうそう。自分じゃ食わないくせにお前の好物の肉まんとか饅頭とか用意してるし、お前が寝ていた寝椅子をいつも掃除していたぞ」
「俺たちが『流石に星天といえど白棋士試験は無理だろ』とかいうと『あいつはやる奴だ』とか言って庇ってくるしな。本当は帰って来て嬉しいんだよ」
「おい、余計なこと言っている奴ら、それ以上しゃべると出禁にするぞ!」
奥から羅間の怒鳴り声が聞こえてくるが、まったくもって怖くない。そっか、気にしてくれてたんだ。
「おい、何ニヤついているんだ」
「別に、なんでもないよ」
「ちっ、まあいい。俺もお前に渡したいもんがあったんだよ」
奥から戻って来た羅間がどさっと何やら重そうな袋を机の上におく。なんだろう、これ。
「ほら、今までお前が勝負で稼いだ金だ。いい加減持って帰れ」
「どうせまたここで勝負するから置いといてよ」
「ここでお前と真剣勝負する奴はもういねぇよ」
羅間に衝撃的なことを言われる。なんだと。勝負してくれる奴がいない?
「え、なんで?」
「当たり前だろ。何処に序列三位の白棋士様と大金賭けて勝負する馬鹿がいるんだよ。うちの連中も頭足りない奴ばかりだが、そこまで身の程知らずじゃねえよ」
後ろから『誰が頭足りないだよ!』やら『いやまあ確かに星天と金賭けて戦えねぇよな』やら聞こえてくる。え、ほんと?皆、私と勝負してくれないの?
「誰も戦ってくれないの?」
ぐるっとひと周り見渡すも皆目を逸らす。『いや、星天と碁は打ちたいけど賭け碁はちょっと』という具合だ。がーん。
白棋士になると禍旋亭の皆が碁を打ってくれなくなるのか。これはちょっと考えてなかったな。予想外の事態にショックです。
「碁も打てないし今日は帰る」
「おう、帰れ帰れ。そんでもってもう来るなよ」
「また遊びにはくるよ」
「……はぁ、好きにしろ」
羅間がため息を吐く。後ろで荒くれ者達も『星天またこいよー』と言ってくれる。居心地はいいんだよな。でも碁を打てないのか。うーん。
四神戦始まるまでの一ヶ月、どう過ごそう。