【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第64話 友達

 

「粗茶ですが、どうぞ」

 

出されたお茶に口をつける。熱すぎずちょうどいい。茶葉が混じっていないから丁寧にお茶を淹れたのだとわかる。

 

「うん、おいしい」

 

「よかったです。母に習ったのでお茶を淹れるのには自信があるんです」

 

持っていたお盆を抱き抱えにっこりと湊花が笑う。ハキハキとしっかり喋る子だ。鳴良がどこかおどおどしたところがあるから対照的な兄妹だね。

 

「私、星天さんにずっとお礼が言いたかったんです。兄はいつも自信なさそうで一歩引いた感じだったのに、星天さんと会ってからすっごく一生懸命になって、それで白棋士にもなれました。兄が変われたのは星天さんのおかげです。本当に本当にありがとうございます」

 

ぺこりと湊花が頭を下げる。鳴良は元々実力あったから私がいてもいなくても白棋士にはなれたと思うよ。だからむしろお礼を言うのは私の方だ。

 

「鳴良は元々強かったから私のおかげじゃないよ。むしろ鳴良がいなかったら私は財全を倒せなかった。鳴良のおかげで白棋士になれたからすっごく感謝してる」

 

「それ、兄が聞いたらすごく喜ぶと思います。鳴良兄、家帰ってからずっと星天さんのことしか話さないんです。毎日宴に出て帰ってきて酔っ払いながら星天のおかげで勝てたんだ。星天の碁は凄いんだって。星天さんのことが大好きなんですよ」

 

『鳴良兄と星天さんが仲良くてよかったです』と湊花が笑う。うん、私も鳴良が大好きだし我々は仲良しだ。でもライバルでもあるよ。鳴良は強いから倒したい相手だ。

 

今日は会えなくて残念だ。そういえば鳴良は何処に出かけたんだろう?

 

「鳴良は何処へ行ったの?」

 

「お見合いです。白棋士になってから色んなところから娘を嫁にもらって欲しいと言われて、今日はその顔合わせです」

 

言われたことにびっくりする。鳴良もお見合いしているんだ。顔合わせってことはお茶会かな?そっか、白棋士になったから私と同じように色んな人から結婚して欲しいと言われるようになったのか。

 

……なんかもやっとする。鳴良がお見合いしているのが嫌だと思う。鳴良、結婚しちゃうのかな。結婚したら気軽にお家に遊びに行ったり私の道場巡りについて来てくれなくなるんじゃないかな。やだな。鳴良と一緒にいられなくなるのは楽しくないことだ。

 

「むぅ」

 

「どうしたんですか星天さん?」

 

「お見合い嫌だなと思って」

 

お見合いって全然いいことないね。お茶会は楽しくないし、鳴良も取られちゃうし嫌なことたくさんだ。戻ったらまたお見合いのリストが積み上がっているんだろな。うわ、最悪だ。

 

「兄のですか?」

 

「うん。あと、自分のも」

 

「ああ、星天さんでしたらそれはたくさんの縁談がきていますよね。何が嫌なんですか?」

 

嫌な理由か。うーん、なんて言ったらいいかわからないけど。

 

「どうしたらいいかわからないんだ。嫌なら断ってもいいって言われたけど、嫌かどうかもわからない。でも婚約してないと毎日候補者連れて来られてげんなりしている」

 

「嫌ではないんですか?」

 

「周軒と婚約しないかと言われた時は嫌じゃなかった。周軒のことは好きだし、でも結婚がよくわからない。今まで考えたことないし急に言われてもどうしたらいいか判断できない」

 

恋愛もしたことないのに色々すっ飛ばして結婚してもらいましょうって言われても困る。

 

「周軒様は私も何度かお会いしたことがありますが、人柄も良いですし強くて藩主の跡取り息子ですし、誰もが羨むような良縁ですね。普通でしたら何も躊躇わずお受けする話だとは思います」

 

湊花が返答する。うーん、そうか、客観的に見てもやっぱり良い縁談なのか。もう受けちゃおうかな。周軒のことは好きだし毎日お見合いするのめんどくさいし。

 

うんうん悩んでいるとスクッと湊花が立ち上がる。『星天さん、お時間ありますか?一緒に来て欲しいところがあるんですけど』と言われる。時間はあるけど、何処に行くんだろう?

 

『こっちです』と連れて行かれたのは馬舎だった。湊花が一頭の馬を連れてくる。

 

「星天さん、よかったらこの子に乗ってみませんか?子どもの頃から育てたので私の言うことは絶対に聞きます」

 

「え、乗ってみたい」

 

『な、危険です。落馬は命を落とすこともありますよ!』と方淡が叫ぶ。それに対して湊花は『私が手綱を引きますし走らせるようなことはしません』という。私も乗りたいと言う。その言葉に方淡も『……落ちても必ず身を挺して掬い上げます』と返答する。落ちないように頑張ろう。

 

乗せてもらって持ち手をしっかり握る。湊花が手綱を引くとトコトコ進み出した。おー、すごい。目線が高い。馬に乗るってこんな感じだったんだ。

 

「今から少し歩きますね」

 

「うん、馬に乗るって楽しいね」

 

目の前に広がる景色が新鮮でついつい辺りを見渡したくなるけど、時折方淡が怖い目でこっちを見てくるから大人しくする。そんなに見なくても落ちないよ。でもあんまり注意散漫にならないようにしよう。

 

しばらく歩くと街並みから開けた場所に着いた。土が長方形状に綺麗に整備されていて端と端にゴールポストみたいなのがある。サッカー場みたいだ。

 

「湊花、今日は来ないかと思ったよ」

 

「うん、ちょっと用事があったので。一試合しましょう」

 

「ああ、構わないがその子は誰だ?」

 

「見学者です。いても大丈夫ですよね?」

 

馬から降ろされて、代わりに湊花が馬に乗る。馬上から湊花の声が落ちて来た。

 

「星天さんの悩みが解決するかわからないけど、私のこと見ててください」

 

湊花が馬に乗って駆け出す。数人の男性に混じって長い木槌を持って小さな球を追いかけ始めた。あれは何をしているんだろう?

 

「馬球ですね。馬に乗りながら球を打ってあの柵の間に入れる遊戯です。たくさん入った方の勝ちですね」

 

「なるほど」

 

馬に乗ってするサッカーみたいな感じか。楽しそうなゲームだね。

 

女の子は湊花しかいないし、年も一番幼く見える。だけども参加者の誰よりも速く馬を走らせ、まるで馬と一体化しているかのように動き木槌で球を打っている。乗馬については詳しくないがはっきりと湊花のスキルは群を抜いていた。

 

時間にして20分も経っていなかったと思う。その間に湊花は三度球を入れ、二度相手のゴールを防いでいた。時には地面スレスレで球を打ち、跳ねた泥が顔を汚し髪をぐしゃぐしゃにした。

 

それでも湊花が走る姿はかっこよかった。

 

一試合が終わったのか湊花が馬を歩ませこちらに来た。泥だらけでボロボロで、それでも湊花は輝いていた。

 

「戦わないと駄目ですよ、星天さん」

 

馬上から湊花の声が降ってくる。その声には力が籠っていた。

 

「父にはいつもお淑やかで男を立てるような女であれと言われます。その方がお金持ちで地位のある子息との良縁に恵まれ、幸せな結婚ができると。そんなの嘘っぱちです。私の母は奎宿藩有数の貴族である父に嫁いだのに幸せではありませんから。だから私は父の言う通りの結婚をしません」

 

湊花が馬上から降りてくる。目線が同じになる。私と湊花の立ち位置は同じところにある。

 

「一度、父が婚約者だと言って人を連れて来たんです。どっかの武家で結構な名家だったのですが、凄く傲慢で嫌な奴だったので馬球でボコボコにして振りました。父にはこのじゃじゃ馬娘が!って叱られましたが後悔はありません。

 

結婚は妥協でしたら駄目ですよ。どんな素晴らしい良縁だろうが幸せになれるとは限りません。自分が心からこの人がいいと思う人と私は結婚します」

 

『こんなこというと他の女の子には引かれちゃうんですけど、星天さんならいいかなって』と湊花が軽やかに笑う。

 

パチンと私の中で何かが弾けた。湊花の言う通りだ。結婚はそんな適当にしていいものじゃない。一生で一度しかないものだ。悩んで悩んで悩み抜いて、この人じゃないと嫌だという人を見つけるべきだ。

 

そして、障害があるなら戦うべきなのだ。

 

「うん。湊花の言葉にはすごく納得した。私も戦うよ。自分の人生のことだ。一生懸命考え抜いて決める」

 

「ええ、戦いましょう星天さん。自分の人生は自分で決めるんです」

 

湊花は馬球で、私は碁でこの世界で戦う。同じ目線で同じ場所に立ち、同じ志を共有する。こんな相手は初めてのことだった。

 

「貴方のおかげで私の悩みはなくなった。ありがとう、湊花。あとね」

 

私の人生は無いものだらけだった。時間も命も健康な身体もなくて、それをこの世界に来てから得るようになった。

 

満たされたことで心の中で無意識に沈めていた願望がぶくぶくとあぶくを立てて浮上する。

 

望んだこともなかった。私には永遠に得られるものではなかったから。

 

だけどこの世界でなら口にしてもいいだろうか。

 

『友達になって欲しい』という私に、一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、『もちろんだよ』と湊花は笑顔で返答した。

 

 

 





馬球を知りたい人は中華ドラマ『明蘭~才媛の春~』を見るとだいたいわかる。

わいのおすすめ三大中華ドラマ

一位 瓔珞〜紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃〜
二位 月に咲く花の如く
三位 明蘭~才媛の春~

字幕しかないのと時間が無限に溶けるのが中華ドラマの困るところ。
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