結婚相手を妥協してはならない。湊花と出会ってその考えに納得した私は考えて考えて考え抜いて、そして答えに辿り着く。うん、私が結婚したいと思える人はこの人しかいない。
「琳華様、結婚したい人が決まりました」
「あら、それは良かったわ。正直、この滞在中に決まるとは思わなかったもの。貴方に選ばれた幸運なご子息はいったいどなたかしら?」
琳華様が嬉しそうにそういう。なんとなく疲れ顔だ。毎日お見合いお茶会でしんどいのは琳華様もだったかもしれない。色んなところから問い合わせが来て大変だったのだろう。
その労力からはこれで解放できると思う。
「私が結婚するのはですね」
「どなたです?」
「私に碁で勝った人です」
「……はい?」
自信満々にそう答える。これが私の出した答えだ。結局のところ囲碁以外のことは何もわからないのだから結婚相手も碁で決める。
負けた相手には大人しく嫁ぐ。私に勝つほどの相手なら尊敬できるしそんな強い人とずっと一緒にいられるなら願ったりだ。
戦わないと駄目だと湊花は言った。その言葉通り私の結婚相手は戦って決める。
「貴方らしい答えですね」
うちの周軒は厳しそうですね、と琳華様が苦笑する。自分で戦わなくても別に棋礼戦でも構わないから周軒が参加したい場合は誰か代理人を立ててね。
琳華様はこの話をすぐに周知したらしく、つまらないお茶会は全くなくなった。代わりに良家の子息とやらは自身、もしくは代理人を立てて私に勝負を挑んでくるようになった。
挑戦者はもちろん真剣に勝ちにくるから私は質の高い勝負をできるようになった。最高だね。
そんな感じで求婚者を蹴散らしているとそろそろ選抜戦のため、西都に戻る時期になった。あー、奎宿藩にいるのも楽しかったのにな。でも四神戦が始まればもっと強い人たちと勝負できるからその方がいいよね。
出発の日、周軒と鳴良と新羅が揃っていた。このメンバーが集まるのは久しぶりだ。
見送りには湊花も来てくれた。『私、戦い抜いてくるからね』『がんばって星天!』といい固く抱き合う。『え、いつの間にそんなに仲良くなったの?』と鳴良が驚いているが、あの後もちょくちょく会って友情を深めていたのだ。甘いものを食べに行ったり湊花の馬に乗って一緒に遠乗りもした。
湊花の馬術の腕はかなりなものだったらしく、一緒についてきた方淡が『な、速い!このままでは追いつかない!まて、まてぇぇーっ!!』と引き離されていた。はやーい。
あと武術の腕もかなりのものだ。花畑でピクニックをしていたら狼が現れたのだけど(黒獣ではない)、湊花は腰の剣を抜いてあっさり斬り捨ててしまった。お強い。
確か壮家は武芸の家系なんだっけ?鳴良は全然見込みなかったとぼやいていた気がするけど、その才能は全部湊花が受け継いだらしい。湊花自身も『お前が男だったら家を継がせてたって爺ちゃんに言われた』って言ってたもんなぁ。ひょっとしたら湊花は周軒並に強いのかも。
親友に別れを告げ西都に向かう。道中の馬車は別だったが途中休憩がてら取った昼食の時に鳴良と新羅とこの一ヶ月どう過ごしていたのか伝え合う。
「やはり親戚回りやお礼回りばかりしていたな。僕が白棋士になる為にかなり多くの人に協力してもらったのだから、感謝は示すべきだ。だが、どこへ行っても嫁を取らないかという勧めばかりで、正直疲弊したよ。僕には婚約者がいるのだが、ならば第二夫人、第三夫人でもと言われて結婚する前から妾ができそうな勢いだった」
「俺もだよ。父上に何処ぞの令嬢から見合いの話が来ているって言われても、断ったのに『顔も見ずに断るのは失礼だぞ』って色んなところに連れ回されたよ。俺は三男なんだから我意か園次が先にお嫁さんを貰えばいいのに」
「私もいっぱいお見合いのお茶会に連れてかれたよ」
どうやら皆お見合い祭りだったらしい。白棋士になるとすごくモテるんだね。
「うわあああっ、やっぱり星天のところにも縁談たくさんいってたんだ。え、まさか婚約したの!?」
「ううん。お茶会はつまらなかったし、湊花にも結婚は周りになんと言われようが自分が納得できる相手にすべきって言われたから、戦って決めることにした。私は私に碁で勝った人と結婚するよ」
「君らしい答えだな」
新羅が納得した顔でうんうん頷く。鳴良は『ああああっ、良かった。星天婚約しなかったんだ。でも、星天と結婚するには星天に勝たないといけないってこと?え、まじで?』とあわあわしていた。うん、そうだよ。だから皆真剣勝負を申し込んでくれて非常に充実した里帰りになったね。
今回の移動は順調で、黒獣には出くわさなかった。でも空に浮かぶ月を見ると会いたかった気持ちが込み上げてくる。
黒獣からは黒鶫の声が聞こえた。聞きたいことがたくさんあった。何故黒獣から黒鶫の声が聞こえるのか。黒鶫もこの世界にいるのか。いるならば何処にいるのか。
そして、もう一度対局したかった。人生最後の一局だった。あの日の私は神がかっていて盤上の全てを理解することができた。天上の世界を見通すことができた。人生最高の一局だった。
この世界に来ても私はまだあの日の私を超える一局を打てていない。何が足りないのだろう。対戦相手か、私の練度か。いやそれだけではない。あの一局はあの状況だから打てた気がする。
命を燃やし尽くすほどの極限の状態だったからこそ、あの一局は生まれたのだ。
この世界でも魂の震えるような勝負はあった。命を賭け、矜持を差し出し、血の一滴まで絞り出すように戦ってきた。それでも、まだ満ち足りてなんかいない。
健康になって時を得て明日を生きられるというのに私の中から焦燥感が消えることはない。もっと生きたかった。もっと碁を打ちたかった。その後悔が残り続けている。
叶うならば、この盤上に永遠に生き続けたい。
貴方もこの世界にいるならばまた私と戦ってよ。また魂の震えるような勝負がしたい。
私にとって生きるとは戦うことだ。
次回から選抜編