【書籍化】『星天』   作:空兎81

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週間ランキング1位ありがとうございますぅ!!!!!(土下座)




第7局 残句

 

互いに黒と白の石をニギル。黒は1つ、白は6つ、外れ。私は白番、後攻だ。

 

打ち始める前に大小2種類の砂時計が出された。今回の対局には制限時間があるらしい。最初は大きい砂時計をひっくり返し、この砂が全て落ち切った後は1手打つごとに小さい砂時計をひっくり返すという。いわゆる()ち時間と秒読みということだろう。

 

時計は怕蓮(はくれん)と同じように白い服を着た2人の男がそれぞれ持っている。砂時計の管理は彼らがするのだろう。

 

相手の砂時計が先にひっくり返され、勝負が始まる。私は星、相手は星と小目に打って序盤は進む。

 

黒のかかりを無視して相手の小目にかかる。それに対してハサまれたのでケイマにかける。

 

ここでの相手の出方は主に2通り、かけられた黒を押して1(けん)に飛ぶか、それともケイマを出切ってくるかのどちらだろう。

 

個人的にはケイマを出切ってくる方が戦闘に発展して好みだなと思っていると、黒は予想外の所に打ってきた。2(けん)にひらいたのだ。

 

2(けん)はその名の通り石と石の間隔を2つ空けること。足が速いという利点があるが、1(けん)より間隔が広い分手薄になる。

 

それをこの隅の密集地帯で打ってくるのか。黒石が死ぬぞ。

 

ケイマにかけた黒石から2(けん)の間を引き裂く。相手はハネてきたが、これを押さえたら隅の黒は死ぬ。

 

碁笥から白石をひとつ掴む。そしてまさに今石を打とうとした瞬間、身体に稲妻が走った。

 

いや、待て。これは駄目だ。この黒は殺しては駄目だ。

 

ブワッと身体から汗が噴き出る。今私は死地に立っていた。鎌が首にかかっていた。

 

この黒を殺した後の未来が見えた。確かにこの攻め合いは白が制す。ギリギリの戦いで一手差で隅の黒を殺し切る。

 

その代わり制空権と手番を奪われる。

 

相手の石を殺せたとしてこの黒は小石だ。せいぜい20(もく)程度の価値しかないだろう。

 

それを得た代わりに私は隅に押し込められる。19×19の世界の中で、たかが5×5の隅に閉じ込められるのだ。囲碁は陣取りゲーム。自分の陣地を得ることが目的なのに、これはあまりにも痛すぎる失態。

 

この黒は喰らってはならない毒林檎だ。

 

引き返し、白の傷を1(けん)で補強する。その瞬間相手から声が漏れた。

 

「くっくっ、あー、ばれちまったか。素直に食えばこれでこの勝負もけりがついたっていうのによぉ」

 

「やっぱりこれはハメ手だったんだ」

 

「ああ、そうだ。1手間違えればそのまま奈落行きだ。だけどまだ終わりじゃねぇぜ」

 

パチと相手も自分の傷を補強する。これで形勢は五分だというのに相手の不穏な空気にジリジリと肌が焼かれる。

 

「俺の()め手は極上だぁ。一手の判断が後に取り返しの付かないことになる。それをこれからお前は何度も味わうんだぁ。自分とそこのお貴族様の首がかかった状況で選択を迫られる。大概の奴は途中で気が変になっちまうが、お前は最後まで正気でいられるかね」

 

くっくっと喉の奥で残句(ざんく)が笑う。やっぱり私の予想は当たっていたようだ。あの黒を殺していれば最終的に敗北していたのは私だった。

 

相手はハメ手使いのようだ。ハメ手とは一見隙のあるような手を打ち相手を誘い込ませ、逆に大きなダメージを与える罠のような手のことだ。

 

ハメ手の弱点は2度目は通用しないということ。1度知ってしまえば2度目は対処されてしまう。いわば初見殺しのような手なのだ。

 

つまり対戦が初めての私に対してはとても有効ということだ。

 

パチパチと互いに石を打つ。すると残句(ざんく)はまた定石にない手を打ってきた。これもハメ手だろうか。手を止め先を読む。

 

けれど、どんなに考えてもハメ手は見つからない。考えた末に自分が思いつく最善手を打つ。残句(ざんく)は何事もなかったように次の手を打った。

 

なるほど、こういうパターンもあるのか。ハメ手があると思わせ時間を使わせる。私の砂時計の残りは半分を切った。

 

罠はあるかもしれない。ないかもしれない。知れば対処はわかる。けれど、知らなければそのまま命を刈り取られる。

 

地雷の埋められた土地を限られた時間で歩くような感覚だ。

 

「くっくっ、顔から余裕が消えてきたぜぇ?」

 

「元々こんな顔だよ」

 

「そうかい。じゃあ贈り物だぁ」

 

パチンと残句(ざんく)が打った場所はケイマ。ここはコスミじゃないのか?ハメ手かそれともこちらに時間を使わせる為だけの空手(からて)(何も起こらない手)か。

 

さらさらと砂が落ちていく。普通に考えればコスミを打つべきなのだから、ケイマは無理手なはずだ。やはり何かあると思わされているだけじゃないか。

 

碁笥の中の石を握り締める。時間が減っていく。何もないならばさっさと打つべきだ。けれども駄目だ、打てない。

 

私の中の何かが違和感を訴え続けてる。

 

砂が落ちていく。さらさらと滑り落ち下段に山を作っていく。読む。読む。読む。そして、

 

パチン

 

白石は引いた。黒を攻めない。罠だ。あのケイマを引き裂けば白石が根本から引き抜かれていた。

 

「くっ、はっはっ。すげえ、すげえ。これに気付くのかよ。確実に刈り取る機会だと思ったのにやるじゃねえか。棋礼戦に出てくるだけはあるなぁ」

 

パチと残句(ざんく)が黒石を補強した。やはり罠だった。仕掛ければこちらがやられていた。あのケイマは残句(ざんく)が用意していたハメ手だったのだ。

 

「だが時間はもうあまり残ってないぜ?そんなんで俺の次の仕掛けを読めるのかよ」

 

もう私の砂時計は1/4も残っていない。このままでは終局まで打ち切れないだろう。間違いなく秒読みの小さい砂時計を使うことになる。小さい砂時計がどれくらいで落ち切るのか正確にはわからないが、おそらく60秒といったところだろう。

 

後半は60秒で残句(ざんく)の仕掛けを見破らなければならない。

 

対局は中盤から終盤に移行する。形勢は互角だが盤面は複雑に絡み合っている。何かひとつ要因があれば天秤はあっさりと傾くだろう。

 

「ほらよぉ、もう試合は終盤だぜぇ?さぁ、お前にこの手の意味がわかるかぁ?」

 

パチンと打たれた手は大ケイマ。石と石の間隔が広く、隙は多い。いかにも何かありそうな手だ。

 

ハメ手か空手(からて)か。じっくり考えたいのにもう砂が落ちる。

 

「星天の大砂が全て落ちました。ここからは小砂での計りとなります。次の手を打つ前に小砂が全て落ち切った場合星天の敗北となります」

 

私の砂時計を持っていた白服はそう宣言すると小さい砂時計をひっくり返した。残された時間はわずかな砂だけだ。

 

「ひっひっ、いよいよその可愛いらしい顔も胴とお別れだぜ?心配しなくともよぉ、俺は慣れてるんだ。痛くはねぇ、一瞬で終わらせてやるぜ」

 

残句(ざんく)が勝利を確信して笑っている。負ければ死ぬ。首を切られて死ぬ。私だけでなく周軒も死ぬ。

 

この碁の勝敗には2人の命が賭けられている。けれども盤上には見えない罠が仕掛けられていて、それをほんの僅かな砂が落ち切る間に見破らなければならない。

 

とんでもないプレッシャーだ。重い。身体にずっしりとした圧がのし掛かる。

 

1手間違えればそれで終わりだ。緊張で胸が痛くて呼吸すら苦しい。それなのに何故だろう。

 

私は今笑っている。

 

パチンと指先が鳴る。打った先から痺れて身体が熱くなった。盤上が輝いた。

 

「へー、よく分かったな。じゃあ、次はこいつはどうだ」

 

パチンと残句(ざんく)が2(けん)に飛ぶ。すぐ様打ち返す。それは空手だ。何もない。

 

パチ、パチと応戦する。ハメ手は確かに嵌ると強い手だが、多くの人は使わない。理由は2つ。同じ相手に2度通じないからと、もう1つは結局のところ正道には及ばないからだ。

 

「ちっ、これをひと目で見抜くのか。なら、これは」

 

「それも何にもない手だね」

 

残句(ざんく)の手に即座に正着を返す。ハメ手とはやはり捻れた手なのだ。だから正道を打った時に比べて幾分か損がある。互角だった形勢はじわりじわりと開いていく。

 

そして、それまで淀みなく打っていた残句(ざんく)の手がピタリと止まった。

 

「強えな。星天、お前強いわ。ガキで女なんか連れてきて何なんだと思ったが、そこの貴族のご子息様とやらは見る目があるわ」

 

「どうも」

 

「目の前に鎌チラつかされて負けたら首を斬られるっていうのによくもまあ、まともでいられるもんだな。間違えたら死ぬんだぜ。怖くはないのか?」

 

「慣れているからね」

 

残句(ざんく)は次の手を打たずくるくると石を回して手遊びをしている。まだこの問答を続けたいらしい。

 

「命を賭けるのに慣れているのか」

 

「負けたら死ぬ身体で1000局打ってきた。私にとって生きるとは勝つことだ。負けたら死ぬのは当然のことだよ」

 

「はっ、負けたら死ぬのが当然か。はっ、はは。ははは」

 

急に残句(ざんく)が高笑いをする。そしてバシンと自分の両膝を打つとギラギラと血走った目を向けてくる。

 

「俺も同じだぁ!真剣勝負だ。結果に命を賭けるのは当然のことだろ?なのに白棋士の奴ら、どいつもこいつも命懸けで囲碁を打っているだの国の為に大きな試合で活躍したいだの言うくせによう、いざ首を賭けて勝負すると重圧に負けて気が狂っちまう。あり得ない手を連発して自滅する。あれで何で国を賭けた戦いに臨みたいなんて言っちまうんだろうなぁ」

 

はははっ、と残句(ざんく)が笑う。こうしている間にも残句(ざんく)の砂は減り続けていく。まだ半分以上残っている残句(ざんく)にとってはたいしたことはないかもしれないが。

 

「挙句、負けると命乞いをしやがる。はっ、有り得ねえ。自分の打った碁には責任を持てよ。構わず首を斬ってたら人格に問題ありってことで白棋士を追放されちまったけどよぉ」

 

「白棋士?」

 

怕蓮も確か白棋士といってた。なんとなく囲碁のすっごく強い人の称号みたいなものだと思っていたけど、残句(ざんく)も白棋士だったらしい。

 

「おう、序列八位だったんだぜ。まあ、結局のところ野に降ってどっかの貴族に雇われながら首賭けた棋礼戦しているのが俺の性に合ってたみたいだがな」

 

残句(ざんく)がチャリと碁笥から碁石を掴む。どうやら雑談はここまでらしい。

 

「なぁ、星天。お前は最高だったぜ。女だがちゃんとわかっている。さあ、最後の勝負をしようじゃねえかぁ!」

 

バチンと放たれた一手は全く意味のわからない一手だった。なんだこれ、何かあるのか。

 

「教えてやる。これはある(・・)ぜ。正着を打たなければお前の首とあの貴族の首をもらう。さぁ、俺が創り出した最高の仕掛けを解いてみろよぉ!」

 

砂時計がひっくり返される。この勝負の勝敗は砂が落ち切るまでに残句(ざんく)の仕掛けを見つけられるかにかかっている。

 

盤面を見つめる。何の意味もないような手に見えるが残句(ざんく)はあると言った。ここまで打っていてわかる。それは嘘ではない。あるというならば必ずある。

 

ケイマからの小スミ、いやそれは押さえで済む。では当てからのかけつぎ?いい手だけれど勝敗が決まる程のことではない。それならば一(けん)に飛んでからのノゾキ?いや、それで形が悪くなることはない。

 

さらさらと砂が落ちてゆく。私と周軒の命のカウントダウンは始まっている。

 

小スミもかけつぎもノゾキも私の命を刈り取るとは思えない。でも確かにこの盤面に何かがあるのだ。何か、何かが。

 

ああ、身体が重い。重くて重くてのし掛かるプレッシャーに沈み込みそうになる。

 

ならばそのまま落ちていけばいい。盤上に潜り込む。入り込め。読み切るんだ。

 

この手に終局図を掴むのだ。

 

一瞬、盤上の石が光出す。それは線と線を結びそして。

 

……そうか、そうだったのか。 残句(ざんく)の狙いは。

 

パチン

 

砂の一粒が落ちるという前に白石を打つ。ケイマだ。それに対して残句(ざんく)が小スミを打つ。

 

そして黒を当てる。黒がかけつぐ。白が一(けん)に飛ぶ。黒がノゾキを打つ。

 

パチパチと互いに石を置き合う。大分、互いの領地の隙間が埋まってきた。まもなく終局する。そうこれで。

 

残句(ざんく)の見据えた未来に追い付いた。

 

「これが貴方の作り上げた罠だった」

 

パチンと中央左下の黒に切り込みを入れる。残句(ざんく)の用意した手はすぐに動き出すものではなかった。

 

コスんでかけついでノゾキを打って、そして10数手後に白を切断する手が仕込まれていた。中央の白は分断すれば目がなくなる。この終局スレスレの局面で命が無くなるのだ。

 

仕掛けられた罠は先を見据えて用意されていた。終局図まで見えていなければとても見つけられなかった。あの僅かな砂で最後まで読み切れというのが残句(ざんく)の仕掛けだったのだ。

 

「見つけたよ」

 

「ああ、見つかったな。まじかよ。あの短時間で本当に読み切ったのかよ」

 

「石の読み合いは得意だからね」

 

残句(ざんく)がジャラリとアゲハマを握った。後ろから『待て、やめるんだ』と誰かの叫び声が聞こえたが、残句(ざんく)はそのまま石を置いた。

 

投了したのだ。

 

「楽しかったぁ。ああ、心から楽しかったぜ星天」

 

「私も楽しかったよ」

 

残句(ざんく)が横に置いてあった鎌を手に取る。そして刃を首元に当てる。

 

『俺はずっとこんな碁を打ちたかった』と言って残句(ざんく)が持ち手を引いた。周りが赤に染まる。

 

残句(ざんく)の両手がだらりと垂れ下がる。ああ、私もこんな碁をずっと打っていたいよ。

 

 

 

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