【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第70話 天才の一手

 

序盤は互いに穏やかな立ち上がりとなる。左辺は黒地、右辺は白地となりつつある。快燕の打ち筋に異質な物はない。

 

だけども気を抜いてはならない。快燕は齢九つで白棋士となった天才棋士だ。間違いなく卓越した才能を持っているのだろう。そんな相手と戦えるなんて幸せだ。私も全力で戦い抜いてみせる。

 

先手必勝、相手の出方がわからないのでこちらからしかけていく。右辺の二間にツケを打つ。右辺の黒模様を消して黒の分断を狙う。戦闘を望む一手だった。

 

だけども快燕は冷静に受けた。下からつけて黒と黒を連絡させる。穏やかに場を収めた。快燕はあまり戦闘を好まないタイプの打ち手なのだろうか?

 

戦闘にならないのは残念だったけど中央は白模様となった。形勢は白が有利だろう。

 

そこからはずっと白が形勢がいい。白地を減らすために入ってきた上辺の黒石もまだ目はないし、何より下辺の黒は周りを白に囲まれ追い詰められている。

 

黒に逃げ場はなく、目もひとつしかない。この黒を殺せばもう形勢が揺らぐことはないだろう。

 

決定的な一打を打つ。欠け目を作り黒の命を奪う。この黒は部分的には死んでいる。

 

「星天ちゃんは攻めが強いって聞いていたけど、強烈だな〜。上辺の黒石は死んじゃいそうだね」

 

『困ったな』と呟いて快燕が次の手を打つ。私もそれを受ける。状況は深刻なのに口調は軽い。

 

「うん、殺すよ。快燕は余裕そうだけど平気なの?」

 

「全然平気じゃないよ。流石にその石を取られたら俺の負けだからね。だからちゃんと助けてあげないと」

 

快燕の言葉に首を傾ける。この下辺の黒を快燕は助けるつもりらしい。だけども部分的には間違いなく死んでいるし、周りは白石に囲まれていて封鎖されている。いったいどうするつもりなのだろう。

 

チャリと快燕が碁笥から石をつかむ。くるりと快燕の手の中で石が回り、人差し指と中指に挟まれた黒石は碁盤に打ち付けられた。

 

瞬間、閃光が走った。

 

全身がビリビリと痺れ、まるで雷が落ちて体中を駆け巡ったような感覚に襲われた。身体中からブワッ汗が吹き出し血の気が引いていく。その一手を打たれた瞬間、はっきりと理解した。

 

この一手は心臓に突き刺さっている。

 

打たれた場所はコスミの狭間。ふたつの白石に埋め込むようにその黒石は置かれた。取るのは簡単だ。一見すれば、死に石を増やしたようにしか見えない。

 

だけども読めばわかる。この黒石は取れない。取れば白の要石が奪われ、下辺の黒の生きが確定してしまう。

 

だからといって引いたら白の包囲網を突き抜けられる。白石が左右に分断されて最悪の場合だと左の白の大石が死ぬことさえありえる。もうこの黒はこの場では殺せない。

 

完璧な一手だった。

 

「……すごい手だ。最初からこの手が見えていたの?」

 

「そうでもないかな。何か手があるような気がしてたけど確信があったわけじゃない。いつもそうなんだけど、絶体絶命の危機的状況になると盤上が光って見える。起死回生の一手が俺にはいつもわかる」

 

『だから俺は負けないんだ』と快燕がいう。言っていることが本当なら快燕は無意識下の発想力が突出しているのだろう。そんなことは誰にもできはしない。

 

快燕は本物の天才だった。

 

選択をしなければならない。白の要石を諦めるか、包囲網の突破を許すか。

 

要石を取られるのは目数だけでいえば五目ほどの損失だ。下辺の黒石は完全に生きてしまい、攻める石を失うが地合的には大したことはない。中央も厚くなるしまだ立て直しは可能だろう。鳴良的にはこっちが正解かな。

 

包囲網の突破を許すと黒に中央を食い破られてしまうが、まだ生死は決まらない。変わらず黒は目のない石だ。また仕留めるチャンスも巡ってくることもあろう。

 

その代わり左の白の大石の命を天秤にかけねばならない。

 

左の大石は繋がっているから安全なのだ。中央を食い破られれば孤立し、目のない弱い石となる。黒を追い立てれば白も命を落とすかもしれない。中央の突破を許すのはハイリスクハイリターン、この戦いが勝負を決めることになる。

 

深呼吸する。私の中で答えは決まっていた。逃げるのは好きじゃない。戦うことでしかこの命は繋ぎ止められないのだ。

 

それに快燕は天才だった。圧倒的なセンスと才覚を持つ神に愛された棋士、こんな相手と戦えるのに守りに徹するなんて勿体ないじゃないか。私の全てをぶつけて戦い抜こう。

 

本物の強者と戦えることに心が震える。

 

武者震いで身体が震える。なんか視界も揺れてきた。

 

あれ?碁盤も揺れていない?

 

「わっ!!地震!?」

 

「これ、やばいね。かなり揺れているよ」

 

「全員伏せろ!」

 

周軒の叫び声に全員が一斉に体を伏せた。窓がガタガタ揺れて棚に飾られていた小物が落ちてくる。あ!碁石が崩れている!盤面ぐちゃぐちゃになっちゃった。

 

しばらくすると揺れは収まった。ゆっくり起き上がると部屋はしっちゃかめっちゃかになっていたが、全員無事そうだ。

 

「外に避難した方がいいな」

 

「だねー。一旦建物から出ようか」

 

「わっ」

 

身体が宙に浮く。ガラスが割れて危ないかもしれないということで周軒に抱きかかえられた。

 

小走りに外へ向かうと途中お客さんと思わしき人や妓楼の姉さん達が互いに手を貸し合い同じように外に向かっている。大きな怪我をした人はいなさそうだけど、妓楼は物が散乱してぐちゃぐちゃだ。

 

外に出ると通りに大勢の人が出た。取り敢えずひと息つく。大きな地震怖かったな。奎宿藩も揺れたのかな。みんな無事だといいけど。

 

「取り敢えず大丈夫そうかな。じゃあ俺は花院楼に戻るよ。人手が必要な人がいるかもしれないし」

 

「俺達は一度宿に戻って宿に残った者と合流しよう。方淡達が無事なのか確認したい」

 

「星天ちゃんとの戦いが途中なのは残念だけど仕方ないね。運が良ければ四神戦で当たるかもしれないしそれに期待かな」

 

『またねー』と手を振って快燕は中に戻っていく。こんな状況じゃ碁の続きを打つわけにはいかないよね。それにしても大きな地震だったな。白虎国ではよく地震が起こるのかな?

 

「この国ではよくこんな地震が起こるの?」

 

「いや、そんなことはない。少なくともここ十数年は全く地震は起こっていないはずだ」

 

「俺は初めて経験したよ。こわぁ、地面揺れるってこんな感覚なんだ」

 

鳴良がぶるぶる震えている。え、そうなの?日本みたいに一年に何度も起こるわけではないんだ。じゃあ久しぶりの地震で皆びっくりしただろうな。

 

『黒獣の出現率が高すぎることといい、最近のこの国の状況は些かおかしい』と周軒が呟く。この世界に来たばかりの私でも様子がおかしいのは感じ取っている。なにか異常事態が起こっているのだろうか。私にできることがあるかはわからないけどやれることはやるよ。こんな好きなだけ囲碁が打てる世界がなくなっちゃうなんて絶対嫌だもん。

 

取り敢えずは宿に戻ろうと周軒に言われ頷く。早く方淡達と合流した方がいいからそれには賛成だ。

 

みんなが歩き出した瞬間、ふと振り返って花院楼をみる。あの中には盤面の崩れた碁盤がひっそりと置かれているのだろう。

 

快燕の実力は本当だった。彼の一瞬の閃きの感性は誰にも真似できない至高の物だった。まだ手は残されていたし私は全力で戦い抜くつもりではあった。

 

でも、もしあのまま打ち続けていたら、負けていたのは私かもしれない。

 

 

 





(めずらしく)元となった棋譜があるので、Xに載せときます〜。
一力先生 vs 六浦先生の対局で、一力先生の93手目を参考に今回の話を書いてます。

神の一手って実在するんだな。


【お知らせ】
星天の更新は今後週一更新になります。
毎週月曜更新を予定してます。
次回からついに四神戦に突入!


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