【書籍化】『星天』   作:空兎81

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第8局 白棋士

 

「やっ、あり得ぬ。残句(ざんく)が敗れるなどあり得ぬ話だ!」

 

終局後、倚楽(きらく)の喚き散らす声が辺りに響き渡る。それをぼんやりと眺めていると誰かの手がポンと肩に置かれた。

 

「星天、よく戦ってくれた」

 

それは周軒の手だった。周軒は私の手を取るとゆっくりと立たせてくれる。

 

「ありがとう、本当にありがとう。星天。お陰で我が藩は救われた」

 

周軒がそういった瞬間、バキッと何かが壊れる音が鳴り響いた。

 

「このっ、よくも私に恥をかかせてくれたな!薄汚い野良棋士風情が。勝つというから薄汚い身なりの貴様を雇ってやったのに負けるとはなんたる失態だ!」

 

それは怒りを露わにした倚楽が残句の座っていた椅子を蹴り飛ばしたものだった。

 

衝撃に残句の身体は投げ出され床に倒れこむ。それでも気が済まないのか倚楽は(むくろ)を蹴りつけた。

 

残句は対戦者だった。首筋に鎌を突き付け命が奪われそうになった相手だった。

 

だけど敵ではなかった。むしろ囲碁を打つことで通じ合えた理解者だった。

 

それを足蹴にする行為は見ていて胸がむかむかする。

 

衝動的に目の前にあった椅子を手にした瞬間、横で風が靡いた。周軒が倚楽に掴みかかっていたのだ。

 

「己が為に戦った棋士に対しての扱いがそれでいいのか」

 

「やっ、こやつは私に大損をさせたのだぞ。ここまで手を回したというのに女なんぞに負けおって、屑には当然の扱いではないか」

 

そう叫んだ瞬間、倚楽の身体が宙に浮いた。周軒が投げ飛ばし床に叩きつけたのだ。周りの兵士が駆けつけようとするが、それよりも速く周軒が剣を抜く。

 

そしてダンと倚楽のすぐ横に剣を突き立てた。

 

「ひっ」

 

「命を賭けて戦った戦士を愚弄するなど仁義に反する。これ以上その行為を続けるというならばどのような罰が下ろうとかまわない。ここで斬る」

 

それほど大きな声ではなかったがその言葉には圧があった。声自体に重さがあり意思が感じられる。やるといえばやるとはっきりと伝わった。

 

『わ、わかった』という倚楽の言葉に周軒がその場から退く。よろよろとした足取りで倚楽は壁の方に下がっていった。

 

「さて、結果は出ましたね。星天の勝利です。お互い異論もないでしょう」

 

ちらりと怕連が倚楽を見るも黙って震えている。刃物を突き立てられたのがそんなにも恐ろしかったのだろうか。この人は結構小心者だ。

 

「最初の取り決め通り奎宿(けいしゅく)藩には元柑夫妻の死亡に関して何の罪もありません。勿論賠償金も支払う必要はありません。参宿(しんしゅく)藩には朝廷から検士が訪れ徹底的に領内を検めるでしょう。問題ありませんね」

 

「あ、ああ」

 

ぼそぼそとした口調で倚楽が同意する。周軒の圧にもう反対する気力も尽きたのだろう。

 

「星天、貴方の実力は見せていただきました。個人的なことを申しますと、女性が囲碁を打つことは反対なのですが、貴方はどうもそういった物を超えた所にいるようです。白棋士になることを勧めます。世界を賭けた本当の勝負ができますよ」

 

「白棋士ってなに」

 

白棋士になったほうがといわれても知らないものになることはできない。ここまで何度も聞いた言葉であるが、正確に何であるかは知らないのだ。

 

「白棋士を知らないのですか」

 

「とても強い人たちというのはわかる」

 

「白棋士はこの国の最高峰の棋士達のことです」

 

驚いた顔をして怕連が話を始める。白棋士とはこの白虎(びゃっこ)国1億人の碁打ち達の頂点にいる、選ばれた300名程度の棋士達を指す称号らしい。

 

白棋士は年に1度試験があり、受験者1万名に対して合格できるのは10名にも満たないという狭き門。さらに白棋士となった者達には位が与えられ、勝利と貢献によって序列が上がっていく。

 

白棋士の仕事は主に以下の3つである。

1、序列戦を行う。自己研鑽に努め強くなることが白棋士の最大の仕事である。その成果を序列にて示す。

2、棋礼戦を行う。白棋士以外にも猛者は国中にいる。重圧の中で戦い実戦経験を積むべし。

3、棋礼戦に立ち会う。棋礼戦を成立させるためには対局者の立会人が必須である。碁の発展に貢献せよ。

 

「残句は元序列八位の白棋士でした。棋礼戦を行うためにはそれ以上の序列の白棋士が必須でしたので、今回は序列五位の私が立ち会わせていただきました」

 

怕連がにこやかにそう言った。あれほど強かった残句が元序列八位ということは、怕連はかなりの強さではないだろうか。藩主たちが言うことを聞くのも頷ける。

 

「白棋士の最終試験は秋ですが、それまでに本戦、選定を勝ち抜く必要があります。まずは選定の基準を満たす必要があるでしょう」

 

「なるほど。わかった。教えてくれてありがとう」

 

「どういたしまして。貴方と首都でお会いできるのを楽しみにしていますよ」

 

怕連は一礼すると付き従っていた2人の白服と共に部屋を出ていった。

 

つまり白棋士は私の世界でいうプロ棋士のような者達のことだろう。囲碁を生業として生きていくと決めた者達の中で、倍率1000倍という最高難易度の試験を突破した者だけがなることのできるこの世界の頂。それが白棋士なのだ。特別視されるのもよくわかる。

 

怕連が出ていくと部屋の中にいた者が順に外へ退出する。逃げるように倚楽が出ていき、しっかりとした足取りで藩主と兵士が外へ出る。

 

『行こう星天』と周軒が言う。その手を取ろうとした時、ふと足元の残句の躯に目が行った。

 

残句の身体はうつ伏せになっていて表情はわからない。頭部まで近づき顔を覗き込む。前髪で隠れてて目元は見えない。

 

だけど口元には笑みが浮かんでいた。

 

残句は満たされたのだろう。命を賭けた真剣な勝負をすることができて満足して死んでいった。

 

私も貴方との勝負は楽しかった。

 

身体を起こし残句の躯に背を向ける。これからも私はこういう勝負をしていくのだろう。

 

互いの全てを賭けて戦いたい。

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