「星天、よくぞ強敵相手に勝利していただいた。心から感謝する」
「うん、楽しかった。またあんな戦いがあったら教えて欲しい」
戦いが終わり
「それは我が藩の棋士になってもらえるということか?」
「なるとどうなるの?」
「藩が請け負う棋礼戦に出て頂くことになる。関税、街道の権利、物流、他藩との諍いは常にある。強い棋士が藩内にいるということは心強いことだ」
藩の棋士になるとまたあんな戦いがあったら呼んでもらえるらしい。いいことだね。断る理由はない。
「じゃあなるよ」
「感謝する。これからは奎宿藩の棋士、
奎宿藩に戻ると私はお屋敷にひとつ部屋をもらった。それから屋敷にある書斎は出入り自由で中にある囲碁の書物は全部読んでいいらしい。おー、異世界の碁の本には興味ある。
そんなわけで戻ってから一日中部屋にこもっていた。字は読める所と読めない所があって全部漢字でひらがなはない。あと見た事ない漢字も結構ある。でも数字は読めるし碁盤の絵がついているからあまり困る事はなかった。
本の虫となって、時折
ずっと囲碁漬けの日だった。知らない詰め碁を解いて、強い人の棋譜を並べて実に有意義な一日だった。うん。
でもずっとはいられないな。
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「星天っ!やっと見つけた!ここにいたのか!」
ぜえぜえと息を切らしながら周軒が扉から勢いよく入ってきた。パチと次の手を打ちながら思う。ああ、見つかってしまった。
結局1日で書斎には飽きてしまった。やっぱり囲碁は実際に打たないとだめだ。
最初は屋敷の中で歩いている人に声かけて打たないかと誘っていたのだけど、『仕事がありますので』とか『星天様と打つなんて畏れ多いです』とか言われて相手してもらえなかった。
困った時は相談していいと言われてたので早速爺に対局相手が欲しいと言うと『町の師範代達にすぐ様屋敷にくるように申し付けます。また、藩主様に近隣の
自分の意思でそうしたいからする物なのだ。
そんなわけで藩主の屋敷を出て町にきた。とは言っても囲碁を打てる場所は限られているので真っ直ぐ禍旋亭にやってきて
羅間は細い目を少し大きくしながら『藩主の息子に連れてかれたろ』と驚いていた。
『うん、棋礼戦に出た』
『ここにいるってことは負けたのか』
『勝った』
『なんでいるんだ。奎棋士になれただろ』
『なれたけどここの方がいい』
羅間は呆れた顔でジャラジャラと金属の詰まった音のする袋を取り出し『ほら、お前の預かってた勝ち分だ。これ持って帰れ』と言ってきたので受け取って『これ賭けて誰か勝負しない?』と袋を掲げると店に歓声が沸いた。
『大金じゃねえか。その金は俺がもらった!』やら『星天じゃねえか!俺が打つ前に消えやがってよう』やら『俺が先だ!この間の雪辱を果たしてやる!』やらギラギラした目で押し寄せてくる。そうそう、こういうの。
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性別も身分も関係ない。皆、この首を取ろうと必死に盤面を駆け巡る。そういう戦いが私は好きなのだ。
だけど周軒に見つかっちゃったね。
「星天、何故屋敷を出たんだ」
「囲碁が打てないから」
「棋士なら屋敷に呼びつけたらよかっただろ。強い者と戦いたいのなら父上の
「そういうのはいい。囲碁って人に強制されるものではないから」
打ちたいから打つのであり、誰かに命令されるものではない。
相手がパチと次の手を打つ。私の手を受けずにかかりか。何か狙いがありそうだな。
『へへっ、振られてやんの。星天は俺らの星天なんだよ』やら『お貴族様なんぞお呼びじゃねえんだよ。星天はこっち側の人間なんだよ』やら周りが野次を飛ばす。別に間違ってないけどこの小汚いおっさん達と一緒にされるのもなんかやだな。
「星天、君の行動を制限するつもりはない。だがこの辺りは治安が悪い。これからは私も供をさせてくれ」
「わかった」
相手の狙いがわかった。左辺に切りを入れた時にシチョウを有利にするために先に手を打っていたのか。狙いが分かれば対処はできる。
相手の石に被せるように石を置くと項垂れて投了した。よし、今日も勝った。
「ちょうど終わったな。まもなく日が暮れる。今日はここまでで戻ろう」
「わかった」
「貴方が衛兵に星天の居場所を知らせてくれた者だな。感謝する」
禍旋亭を出る間際、周軒が羅間に声をかけた。ちょっと、待って。羅間が周軒に私を売ったの。
じとーとした目で羅間をみるとシッシと追い払うような仕草で『ここは荒くれ者が多いんだからひとりでくんな』と言われた。心配してくれてたのか。この人は人相めっちゃ悪いのに意外といい人だよね。もうひとりでは来ないよ。明日からは周軒とくる。
そんな感じで1週間くらいは禍旋亭に通っていた。時折町を一緒に見回って肉まん食べたり行商人の屋台をみたりなんかもした。病院しか活動範囲がなかったからこうして町を歩くのも楽しいね。でも囲碁は打つよ。
「星天、君に棋礼戦の申し出がきている」
ある日の朝、皆で朝食を食べていると藩主にそう言われた。おー、いいね棋礼戦。勝負は歓迎だ。
「どんな相手?」
「相手は
なんと、白棋士が私と戦いたいと言っているのか。元白棋士の残句はとても強かった。なら現白棋士もとても強いはずだ。是非とも戦いたい。
「とてもいいですね。内容は?」
「女が白棋士になるなど絶対に許さない、と。互いの矜持を賭けて勝負しようとのことだ」
藩主が条件が書かれているだろう書物を読み上げる。なるほど。また女だから囲碁を打つなということか。この世界の人はなんでこんなにも女が囲碁を打つのを嫌がるのだろうな。
でもそのおかげで強敵にありつけるのだからいいことだね。私は対戦相手が女嫌いでもいいや。
「わかりました。受けて下さい」
「いいのか、星天。受けたところでこちらに何も利はないぞ」
「強い相手と戦うこと自体が目的だから問題ないです」
「……そうだな。君はそういう者だったな」
ふーと藩主が息をはいた。そういう者ってどういう者だ。まあ何にせよ本気の勝負ができることはいいことだ。次の棋礼戦も楽しみだ。