あの日の功罪を清算せよ   作:テロン

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こちらはエピローグです。15分差で2話投稿していますのでお間違いなきよう。
これにて終幕。お付き合いいただきありがとうございました。


epilogue or introduction

 

 

 

「ダンデ〜〜!!」

 

 デロデロに溶けた声がダンデを呼ぶ。「うわ!」と17歳の純朴な青年であるダンデは叫んだものの、すぐに口を覆った。

 むせ返るようなアルコールの匂いがする。まだ成人を迎えていないダンデの肌に、幾許かが吸い込まれていった。

 

 ルシアに預けていたロトムから救援要請を受け取ってすぐ、ハロンタウンの実家からシュートシティの酒場まで超特急で帰ってきていたダンデは、個室の扉を開けた瞬間ベロベロに酔ったルシアと対面していた。

 青と紫が混じった不思議な色の髪がテーブルに散らばり、インペリアルレッドの瞳は熱に潤んでいる。彼女の瞳と同じ色のマントを揺らし、ダンデは溜息と共に中へ踏み入った。

 

「ルシア、キミ成人はまだ先だって言ってたじゃないか。一体どれだけ飲んだんだ?脅して出させたんじゃないだろうな……」

 

 テーブルには空のグラスが二つ。それ以外は片付けられたのか見当たらないが、これだけで済んでないことは容易に想像がつく。

 

「さてどうしたものか。オレはまだ二日酔いの対策なんかは知らないぞ……。ローズさん、この時間に連絡しても来てくれるだろうか。ロトム、ちょっとかけてみてくれないか」

「はいロト!」

「ダンデ〜〜」

「はいはい、キミは酔っ払うと甘えたになるのか?普段もそうだといいんだが」

 

 眠い時なんかもうこんな感じだったか、と考えながらダンデはグデグデのルシアを運ぶ方法を考えた。リザードンに手伝ってもらうか、それともルシアが誰か連れてきているか。

 

「ちょっと失礼するぜ。誰かいないか、フワライドあたりが一緒だと運んでもらえるんだが。あー、エルフーンか、キミも呆れてるよな」

 

 さっさとどうにかしてくれ、と言わんばかりに片目を瞑ったエルフーンが、ボールの中でこちらを見ていた。流石にエルフーンに運べとは言えないし、リザードンも弾丸帰宅で疲れているだろうからダンデが背負おう。最近背も伸び、ルシアを抜かして久しい。マンションに戻るくらいはできるだろう。

 

「さあ、帰るぜルシア。背中で吐くのだけは勘弁な────っと。ルシア?」

 

 かがみ込んだ瞬間、思ったより素早い動作で頭を抱き込まれた。両手が耳を塞ぐように顔の両側に回って、子供にするように目線を合わせる。育てているポケモンに対して、ルシアがよくする仕草だった。ダンデも、もう何度もこうされている。その度に心臓を掴まれたような気分になった。

 

「うへへ。わたしのダンデ。わたしの理想。わたしの完璧。どうして今日は家にいなかったの?」

「実家に……。弟の、誕生日で」

「へえ。わたしよりも大事なんだ?」

「勘弁してくれ、比べさせないでくれよ。どちらも同じくらい大切だ。その種類が違うって話で」

「それじゃあまだ足りないね」

「ん?」

 

 うっとりと微笑んだルシアは、その昔ガラルを虜にした少女の姿から成長し、大人になっていた。街を歩けば周囲を釘付けにし、ダンデをずっと焦らせる。本人は向けられる視線の意味に気付いちゃいないし、容姿にも無頓着。

 

「何よりわたしを優先出来るようになるまで、キミのその想いは受け取ってあげないよ」

 

 甘く蕩けた唇が、意地悪く囁いた。

 

「な、んの……」

「だってダンデ、わたしのこと好きでしょう?」

 

 恐ろしい、と感じた。

 突然冥府の蓋が開いたような。ただでさえ低いルシアの体温が、氷のように感じられる。

 それなのに、ダンデの頬はどんどんと紅潮していった。

 

「キ、キミそれ自覚して……?」

「さあ?酔ってないわたしはどうだろう。でもいまのわたしは彼岸の淵にいる。ゆらゆら揺れて、少しこちら側に振れすぎたかな。キミがちゃんと捕まえておかないから」

「死にかけってことか!?」

「ふふ、そうじゃないよ。そのうち分かる」

 

 赤い瞳がダンデを真っ直ぐに見つめていた。愛おしいと全身で伝えているようだった。

 そんなことは、あり得ない。ルシアはダンデに振り向かない。勝者を愛してくれない。どれだけ繋ぎ止めても、どれだけ懐に潜り込んでも、こうやって一心にその才覚を注いでくれていても。ダンデが恋した少女は、ダンデに応えてくれない。愛を伝えることすら、許してはくれないのだ。

 

「ねえ、キミはわたしのどういうところが好き?」

「オレ、は……」

 

 夢を見ているようだった。或いは、熱に浮かされているような。

 

「目が離せないんだ。キミはガラルのトレーナーを強くしたチャンピオンで。オレの憧れた、理想のチャンピオンだ。最初はそれだけだったはずで。キミに会いたくてジムチャレンジを駆け上がった。キミと戦いたくてトップジムリーダーを倒した。けど。キミがオレを見た瞬間から、オレはおかしいんだ」

 

 ルシアのポケモンを三体倒すまで、彼女はコート全体を見渡して冷静な指示を送っていた。もう一体倒したところで指示の飛ぶ数が劇的に増え、ダンデのポケモンを射抜くように見ていた。五体目、彼女のエースポケモンとのダイマックスでの削り合いを制した時。

 ルシアの赤が、とうとうダンデを見た。その瞬間千切れ飛んだダイマックスバンドに、ダンデは願いが叶ったのだと悟った。叶ったから、もうねがいぼしは必要無くなったのだ。

 

「オレを見てくれ、ルシア。どんな形でもいいからそばにいてくれ。オレが失った何か大切なものをキミが埋めてくれるのだと、根拠もないのにそう信じているんだ」

 

 縋るように懇願したダンデに、ルシアは鼻先が触れ合いそうな距離で微笑んだ。

 

「よく考えて。どうしてわたしがずっとキミを呼んでたと思う?どうしてわたしはずっとキミのそばにいると思う?ハロンタウンのダンデくん。バトルにかまけてキミのことを大好きな女の子の後を追わなかった、チャンピオン志望の少年」

「なんの、話だ?まて、キミは誰だ?ルシアじゃないな」

 

 何か得体の知れないものと会話をしている。悪意は感じないが、この世のものではないと直感が囁いていた。触れたままの両手は、そろそろ痛みを発するほどに冷え切っている。

 

「わたしもルシアだよ、ダンデ。罪を犯した少年。いつかキミがわたしをこちら側に引き戻してくれると信じてる。そうしたらわたしはキミに……」

 

 なんと続けようとしたのだろう。ダンデの顔を離したルシアが、とっておきの秘密を告げるように笑みを深める。吸い込まれそうだ。警鐘を鳴らす理性と、それに抗う本能。

 

 ぷわ、と聞き慣れた鳴き声が背後から届いた。

 

 ハッと振り返れば、ルシアのフワライドが半開きのドアの向こうに佇んでいる。帰りが遅いから、迎えに来たのかもしれない。

 

「フワライド、いまルシアの様子が……!」

「ぷわ!」

 

 促されるように再びルシアの方を向けば、彼女は来た時と同じようにむにゃむにゃと酔い潰れていた。

 

「ルシア?寝たのか?……なんだったんだ今の。まさかキミの悪戯じゃないよな、フワライド」

「ぷわわ〜」

 

 ゴーストタイプのポケモンは時に人の理解の及ばないことをする。その類かと思ったが、フワライドから邪気は感じない。悪気のないケースもあり得るが、その場合はこの子のトレーナーではないダンデに出来ることはなかった。

 

「ならいいが……。っと、ルシアを運ばないとな」

 

 そう呟いて肩に手をかけたダンデは、さっきの再演のようにグイッとルシアの手に引っ張られた。

 

「ダンデだー!お腹すいてないー?メニューの端から端まで注文しようねえ!」

 

 今度は陽気なルシアだ。ダンデの首をヘッドロックしたままメニュー表を振りかざしている。ダンデは酔っ払いのタチの悪さを舐めていたかも知れない。ロトムが「ローズに連絡ついたロト!」と励ましてくれていた。

 

「ちょ、ルシア!なんでこんなに力が強いんだ!?」

「ふふ。がんばれー」

「応援じゃなくて!」

「頑張ったらねえ」

 

 そうしたらわたしはキミに、というさっきのルシアの言葉と、何故か重なって聞こえた。冷え切っていたルシアの体が、ダンデの体温を移されて普段のものへと戻っていく。

 ダンデが恋した少女は、こちらの気も知らずに無邪気に笑っていた。

 

「ぜーんぶ、キミにあげるね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーやっぱ楽しい!あと十回くらいボコボコにしたい!」

「次はオレが勝つけどな……」

 

 諸手を挙げて喜んでいるルシアの前で、泥だらけになったダンデが悔しそうに唇を噛み締めていた。本当にサイコー。頬を挟んでそのぐちゃぐちゃな顔を持ち上げて、うへへと気味の悪い笑みを溢す。鼻先に噛み付くようにキスをして、ムッとしてやり返そうとするのを笑いながら押しのけた。

 観客のいないスタジアム。何度となく繰り返された、永遠に終わらない遊戯。勝ちもあるし負けもある。ルシアはポケモンバトルを覚えたての子供のようにダンデを連れてスタジアムに篭っていた。

 

「だーめ。わたしのポケモンたち、あとまだ四百体くらいキミと戦ってないんだから、全員がキミに勝つまでキミの勝利はありませーん!」

「そのうち百体くらい、フワンテとフワライドじゃないか……?」

「はー楽しい!今度ユウリ主催のトーナメントに出て全員ボコボコにしてやろうと思ったんだけど、リーグ会議と被ってるのよねえ。サボっていい?ていうか仕事面倒だから辞めていい?」

「ああ、辞めていいぞ。というか、リーグ規定上辞めてもらわないといけないんだ」

「は?」

 

 思ってもない回答が返ってきて、ルシアはキョトンと小首を傾げた。

 

「キミには来季のジムチャレンジの推薦状を渡す。委員長と副委員長は推薦状を出す側だから参加資格がないんだ。だから、キミは今日をもってリーグ委員会は退職だ。バトルタワーの方は引き続き頼むぜ」

「ジムチャレンジ?なんで今更」

「言ったはずだぜ、ルシア。オレの次のチャンピオンが現れたら、そいつは一年しか王座を守れないと思ってるってな」

 

 そういえばそんなことを言っていたかもしれない。ダンデの顔を挟んだまま、ルシアはつまり、と噛み砕いた。

 

「奪われた王座、取り返してくれるよな?『簒奪者』ルシア。オレの理想、オレの愛、オレの星。輝くガラルの王冠よ」

「またチャンピオンやれって言ってる?」

「ああ。十年くらいやってくれると助かる。キミがオレにしたように、オレがキミという悪辣を存分にガラルの隅々まで届けよう。せっかくリーグ委員長になったしな」

「言ってることヤバいなあ。若者の芽を摘むつもりかな?」

「彼女が真にチャンピオンであるなら、この程度の波乱は難なく跳ね返すだろう」

 

 片側の口角だけをつり上げて、欲を丸出しにした男が意地悪く笑った。

 さて。ガラルの太陽にここまで悪役の顔をさせたのは、ルシアの功と罪、どちらだろうか。

 

「キミを全部くれるんだろう?オレの功績を塗り替えてくれ、ルシア。悪を討つというチンケなストーリーから、キミに敗北を教え、最強のチャンピオンを生んだ功労者へと」

 

 きっとこれから、その答えが明かされる。

 

「それがオレたちの功罪の、最後の清算だ」

 

 

 

 

 







余談

前半サブタイトルはルシアの重ねた罪を表してます。

1.栄光の轍は泥濘に沈む:勝ち取った栄光を手放したこと
2.昔日の憧憬は色がない:捧げられた賞賛を正しく受け取らなかったこと
3.キャンディータフトを踏みしめて:キャンディータフト(花言葉:初恋)に向き合わなかったこと
4.銃後の安寧よ、その犠牲を忘れること勿れ:戦場を去り平穏を享受したこと

その全てを精算するまでの話でした。
改めて、最後までお付き合いいただきありがとうございます!


最後になりますが、支部のキャプション部分に乗せていた蛇足を、相応しい場所が思いつかなかったのでここに置いておきます。


↓↓↓




元ジムリーダーNのインタビュー

 ──先々代チャンピオンについて、ですか。悪評は散々擦り倒されてきましたから、オレからは今のガキどもが知らない話を一つ。キザな言い方になりますが、実のところ『簒奪者』という蔑称はこうも言えるわけだ。初恋の簒奪者。当時のオレくらいのガキどもはあの時、みーんなテレビに食いついて道を踏み外しちまいましたよ。ああ、記者のお兄さんも?かくいうオレもクラっときました。ビスクドールみたいに綺麗な女の子が、顔を歪めてガラル中を罵倒する。そんで奪いに来いと誘うわけだ。
 実際、その翌年のジムチャレンジ志願者は長蛇の列だったのを覚えてる。同世代の子供たちの他、一度はジムチャレンジを諦めた大人たちまでもが再びスタートラインに立った。マ、その全てをなぎ倒したのがダンデなんですが。
 今となっては、オレはあれもチャンピオンの姿だったと思いますよ。
 ガラルのポケモントレーナーの頂点の椅子を最大限に魅力的に演出し、絶対的な王者として君臨する。それがチャンピオンの役割だ。奴はこれ以上ないほど完璧にその役をこなした。問題は演技じゃないってとこだが。

 ──それで、聞きたいのはそこじゃないでしょう?そう、昨日の発表について。
 ええ、まあ予想通りというか、予想外というか。荒れてますよね。分かっててやってるんでしょうけど。
 勿論、あいつらが自分たちの影響力を把握していないはずがない。ガラルスタートーナメントへのタッグでの出場、悪名高い『簒奪者』のリーグ復帰。あいつら、新チャンピオンの話題を全部掻っ攫うつもりですかね。来年のチャンピオン防衛戦、これで全く予想が出来なくなった。
 マ、オレに言わせればこんなの全部前座ですよ、前座。これから三日……いえ、一週間。ガラルの地方紙まで含めた全てのメディアをチェックした方がいい。多分出ると思いますよ、デカいのが。

 ──何かって、ガラルの大半は薄々勘付いてるでしょ。清廉潔白、完全無欠のチャンピオンの唯一の欠点。ああ、方向音痴を入れると二つか。ともかく……女の趣味が悪い!
 正直もうウンザリなんすよねえ、本人がいないところで毎度毎度『オレの』って枕詞を聞かされるの。誰もあんな性格破綻者に手ェ出す勇気ねえっつーの……。


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