「ねえ、あれ……」
「やっぱそうだよね?あの噂ホントだったんだ……」
ヒソヒソ。
試合前の緊張感からは程遠く、薄い興奮に満ちたスタジアム観客席。念押し通りに関係者席の隅っこに腰掛けたルシアの耳が、離れた席から届く囁きを捉えた。地獄耳なのだ。
「チッ」
ルシアに向けられたものだ。そう理解して、黒いマスクをずり上げる。サングラス越しに目を細めて、逆向きに被っていた赤いキャップを外した。ここまで変装したのに気付かれるとは。
関係者席から一段低いところに座っていた二、三十代の女性二人はルシアと目が合った瞬間にぱっと顔を背けた。
「舌打ちするくらいなら観に来なきゃいいんですよ」
そんなルシアに迷惑そうに声をかけたのは、スパイクタウンでジムリーダーを務めるあくタイプ使いのネズだ。ロックスターらしく白と黒を基調としたパンクファッションな彼は、皮肉交じりの物言いが通常運転、らしい。ヒール役の自覚はあるようで、特に躊躇なくルシアの隣に座っていた。面識はあるけど、お互い顔と名前とプロフィールを知っている程度。話しかけてくるなんて珍しい。
「年に数回の楽しみをわたしが観逃すはずないでしょう」
「その曇りまくったサングラスで何を観るつもりです?」
「お、いいねえ流石シンガーソングライター。詩的な言い回しだ」
「文字通り曇ってるんだっつの」
マスクのせいで曇ったサングラスをポイっと外したルシアは、そのまま背後に投げ捨てた。続いて行儀悪く前の座席に片足を乗せる。空席なのだ、問題ないでしょ。
「そんなだから嫌われるんすよ、アンタ……」
「いまさらでしょ。ガラルの半分の大人はわたしが嫌い。もう半分は忘れてる。子供はわたしを知らない」
ガラルいちの嫌われ者の名を挙げるとするならば、ルシアが第一候補だ。逆に人気者を挙げるならダンデがトップ。その構図がガラルには必要で、思惑通り完成して数年。
上手く回ってると思う。
ネズだって、ルシアのことをスパイクタウン出禁にしているし。
「アンタという前例のせいでヒール役やるのも大変なんですよ。正直言って営業妨害です」
「もう十年経つのに?」
「十年経ったのに、です」
「そ、まだまだね、ガラルは」
ルシアを超える者も、ダンデを超える者も、十年経っても出てこなかった。
なんて感傷に浸っていれば、バツン、と会場の照明が落とされ、五月蝿いぐらいだったSEが止む。
開始の予感に、騒ついていた観客席が一気に静まり返った。それでも抑えきれずに、押し殺したような悲鳴が上がる。
ガラルにおいてポケモンバトルは最大規模のエンターテイメントだ。
ヒトもモノもカネも、桁違いのものが動く。ガラルリーグの興行成功こそがガラルの未来を支え、失敗はそのまま衰退を示唆する。
その頂点たるチャンピオンはガラルの代表として強く、正しく、清廉でなければならない。同時に、ガラルで最も優れたエンターテイナーでなければならない。
グラリと観客席が揺れた。
叩きつけるような歓声に思わず腰が浮く。スポットライトで照らされるだけで人目を惹きつける男が、バトルコートの芝生を踏んでいた。
チャンピオンダンデの入場だ。
この場にいる大半がダンデの勝利を願っていて、一部は挑戦者による番狂わせを望んでいる。
そして、誰もがダンデのバトルに魅せられていた。
「ちょっと聞いてみたかったんですよね。今年、ダンデがチャンピオン防衛に成功すれば九年目。つまり、あれから十年だ」
平然とした声が、さほど大きくもないのにくっきりと聞こえた。流石アーティスト、といったところか。
あれから十年。子供は知らない話。
「アンタにとって、この狂宴はどう見える?」
それが聞きたくて、ルシアなんかの隣に座ったらしい。
薄く笑みを刷いて、スタジアムの上手側最上段、関係者席の片隅、人が集まっている方と反対側の角に腰掛けたルシアは続く言葉を待つ。
慄くように、最後の一言が告げられた。
────
あれから十年。ルシアがこの国の王座を簒奪した時から、十年が経っていた。
*
「な、なんということでしょう……!我々は今、歴史が変わる瞬間を目撃しています!コートに立っているのはチャレンジャーのポケモンのみ!今年度ジムチャレンジ初挑戦のルシア選手が……ええと、新チャンピオンということになります!」
実況席のアナウンスがやけにはっきりと聞こえる。それはつまり、熱狂が支配するはずのスタジアムが静まり返っていることを示していた。職務に忠実なアナウンサーですら、困惑に声を揺らしている。
「お疲れ、よくやった」
なんの指示もリアクションもないので、ルシアはモンスターボールにポケモンを仕舞った。ギリギリの戦いだった。一手間違えれば負けていた。
ルシアが間違えるはずはないけれど。
そういう自負と肥大した自信を抱えて、ルシアはリーグを駆け上がっていた。ポケモントレーナーなんて多かれ少なかれそんなもので、より勝利を確信した方が勝つのだ。
ふと、視線を感じて顔を上げる。試合が始まってからずっとルシアはスタジアム中の視線を集めていたが、それが最も強烈な視線だった。
目が合った瞬間、全てを理解した。
対戦相手に視線を移す。壮年になってその座を勝ち取ったガラルリーグのチャンピオン。六回の防衛記録を誇る、近年でも上澄みと評判のトレーナー。
対するは新参者の、シンデレラストーリーを駆け上がったヒロイン────
ジムチャレンジとセミファイナル、ファイナルトーナメント全てで手持ちを総入れ替えし、不意打ちや定石のズラし、妨害技の多用に禁じ手の使用。時には持久戦や運勝負にすら持ち込んで、相手の長所や戦法を悉く潰し、ハイエナの如く勝ちを拾う。
ガラルのヒーローには程遠い、ヴィランの戦い方だ。勝ち進むほどにブーイングが飛び交い、対戦相手の応援が増し、そして今全ての声が静まり返っている。
ならば、ルシアのやるべきことは一つだ。
中継用ロトムを素手で捕まえて、自分の下へ引き寄せる。身長が足りない。声ももう少し低い方がそれらしいが、子供の姿じゃ仕方ない。なるべく悪どく映るように口角を釣り上げて、呆けた審判の口元からピンマイクを毟り取る。
スタジアムの大モニターに己の顔面ドアップが映ったことを確認してから、大きく息を吸い込んだ。
「なあんだ。ガラルのチャンピオンも大したことないじゃん。こ〜んなポッと出に負けちゃうんだ、つまんないの」
何言ってんだテメーと、気色ばんだ声が響いた。
バクバクと心臓が高鳴る。チャンピオン。チャンピオンなのだ。今この時から、ルシアはチャンピオンになったのだ。
「事実を言っただけだろ。悔しかったら来年、この座を奪いに来い!チャンピオンルシアはいつでもお前たちの挑戦を待っている!ま、キミらみたいな雑魚には一生かかっても出来ないだろうけどね?さあ、チャンピオンタイムだ。わたしに踏み潰されるだけの負け犬共。来年、この場所で、精々わたしを跪かせてみろ、ガラル!」
最後の言葉と同時、歓声だか罵倒だか分からない声がぶち上がった。スタジアムが揺れる。新チャンピオンの誕生に。ガラルの敵の爆誕に。
高笑いと共にコートを去っていくルシアに向けて、スタジアムの一番高いところからゆったりとした拍手が送られていた。
*
で、その翌年、ルシアと同じく初挑戦で彗星の如くジムチャレンジ、セミファイナル、ファイナルトーナメントと勝ち上がったダンデに『簒奪者』ルシアはあっさりチャンピオンの座を奪われたわけだ。あまりにも悔しすぎて涙も出ない。
先代からチャンピオン業務の引き継ぎが終わったところだったルシアは、隠居した先代の代わりにまだ十歳の田舎っ子だった新チャンピオンの教育を任された。当時ルシアだって十一歳のピチピチ小娘だったんだけど。
それきりトレーナーを引退したルシアは、チャンピオン時代に打ち立てたさまざまな悪名のお陰で一部ガラル民には破茶滅茶に嫌われている。とはいえ、前後のチャンピオンの在任期間が長く、一年天下と揶揄されるルシアのことを忘れている人も多いだろう。
「さて」
リザードンの口元から吐息と共に溢れる煌炎が、熱気冷めやまぬ観客席を炙っていく。その中で一番初めに立ち上がったルシアは、手すりに齧り付き、キョダイマックスが解けて小さくなっていくリザードンを気にも止めずにその対戦相手を見つめていた。今日はこれを観に来たのだ。
「やだ、キバナくんのほっぺ傷が付いてる。ダイロックの余波かしら。は〜血濡れのキバナくんもかっこいい。今日の自撮り、裂けたほっぺも映る角度で……あー撮ってる!撮ってくれてる!ナイスロトム!」
「んあ?え、アンタ……え。マジか」
「ん?」
ドン引きした声に斜め後ろを見下ろせば、さっきまでつまらなさそうにダンデの勝利を観戦していたネズがポカンと口を開けていた。
「アンタ、キバナのファンなんです?」
「そうだけど?」
「ナックルシティ出禁の癖に?ってあー……なるほど、だからか」
「わたしの出禁情報って有名なの?」
「……ダンデが時折、『ルシアは出禁だから安心してくれ』と吹聴しているので」
「何が安心だって??」
まあどうでもいいか。試合後のインタビューに移行する雰囲気のバトルコートを見下ろして、ルシアはさっさと退散しようと踵を返した。
「って、ああそうだ、キミの質問にまだ答えてなかったっけ」
観客席の階段に足をかけながら、見送るつもりかまだ此方を見ていたネズを振り返る。
前チャンピオンとしてこの熱狂をどう思うか。そんなことを聞かれていた。
「分かってないなあ。あれがチャンピオンというものだよ、ネズ」
ルシアが座っていた時より、その席はピカピカと光り輝いていた。
「だからキミはチャンピオンになれないんだね」
「一言余計なんすよね」
*
足早にスタジアムの廊下を進む。足繁く通っていた時からは十年の月日が流れたが、関係者席から選手控え室への道くらいは覚えている。途中リーグスタッフに遭遇したものの、足を止められることはなかった。止めても無駄だと認識されているからだ。
「────だぜ。次は────」
「ああ、この前───」
控え室前の廊下にて、ようやく目当ての話し声を察知した。インタビューを終えたばかりの、僅かに昂ぶった声。
「──待て、キバナ。……ルシアか?」
が、内容を聞き取れる距離に近付く前にピタリと止んだ。確信を持った呼びかけに、ルシアは曲がり角から大人しく顔を出すしかない。
「気付くの早くない?」
「毎年のことだからな」
「あ……」
どうも、とバトル中の獰猛さとは別人のような礼儀正しさで、オレンジのバンダナに覆われた頭がペコリと下げられた。紺ベースのユニフォームにドラゴンを彷彿とさせるパーカー、健康的な褐色の肌にすらりと伸びた長身はモデル体型だ。
今日のダンデの対戦相手。ナックルジムのジムリーダーにしてトップジムリーダー、ドラゴンストーム、キバナ。ルシアの推し。
そして、チャンピオンダンデのライバルでもある。公式非公式を問わなければ彼らの対戦回数は他と隔絶しており、暇ができればお互いを誘ってバトルに明け暮れる始末。いや、それはいいんだけど。
ともかく、ダンデのライバルを語るときキバナ以外の名があがることはなく、キバナのライバルにも真っ先にダンデの名があがる。たとえ、公式記録においてキバナの勝ち星がゼロであったとしても。
ガラルにとって、彼らは特別なのだ。
ジムチャレンジ初回において、チャンピオンへの挑戦権を勝ち取ったチャレンジャー。
初回でそこまで行くなんて、並大抵のことじゃない。バッチを集めるだけでも大変なのに、ジムバッチを八個集めた同期たちの頂点に立ち、並み居るジムリーダーをなぎ倒した者のみにその栄誉は与えられる。
セミファイナルを突破したチャレンジャーがファイナルトーナメントの一回戦を突破するなんてごく稀で、まぐれが起きても二回戦で高すぎる壁に跳ね返される。
そんなガラルリーグの常識は、かつて三年連続で覆された。ルシア、ダンデ、そしてキバナによって。
あの頃、ジムチャレンジは最高潮に盛り上がっていた。
最後にチャンピオンの座に手をかけたキバナは惜しくも敗れ去り、それ以降今に至るまで毎年彼らによるチャンピオン戦が繰り広げられている。
一応彼らに名を連ねるルシアに関してはこのざまなので、尚更二人のライバル対決に期待するファンは多かった。
「はへ。へへ、どうもキバナくん。おつかれさま」
「ルシア、顔をもう少し引き締めた方がいいぞ」
「うふふ、今日もかっこよかったよ。特にヌメルゴンにだくりゅうを指示したときが良かった」
ルシアが褒めた途端、恐る恐る此方の様子を伺っていたキバナくんの表情にピシリとヒビが入る。そんなところもかっこいい。
「観てたんですね。あー、恥ずかしいところを、見せちまいました」
「なんで?キバナくんの今日の戦いに恥ずかしいところなんかあった?」
右、左、と青空を宿したような瞳が揺れて、視線が合わない。本来人付き合いの良いキバナくんにしてはこれは珍しい対応だった。これは自撮りには現れないキバナくんの新たな表情で、ルシアはスマホで激写したいところをグッと堪えるのに必死だ。
「いえ、その……。すみません、オレはこれで失礼します」
「え……」
「え」
名残惜しさが全面に出たルシアの声に、面食らったみたいにキバナくんが瞬いた。うへえ、通常時のタレ目でそういう幼げな顔するともう国宝級っていうか、端的に言って気絶しそう。
「わ、わたしナックルシティ出禁で……。ていうかほとんどの街出禁で……。キバナくんがシュートスタジアムに来てくれた時しか会えないからでしゃばっちゃった。ごめんね、これも迷惑だったかな……」
「えっ。え、あの、ルシアさんナックル出禁なんですか?」
ここで新事実発覚。ナックルの象徴がルシアの出禁を知らなかった。そもそも何故ルシアがナックルを出禁なのかというと、キバナくんのこの態度が原因だとは思うのだけど。あそこ、キバナくんファンの巣窟なのだ。自分の街のジムリーダーが苦手そうにしている奴を、しかもガラルのヴィランを排除するなんて当然の反応だろう。
「あー、全然来てもらっていいっすよ。ってオレが言っていいのか分かんないっすけど。オレが案内するなら大丈夫だろ……と、思うんで」
「え!?」
唐突に耳が悪くなったみたいだ。もしかして今キバナくんがデートに誘ってくれている?
「待ったキバナ、あまり安請け合いするんじゃない。摂取限界を超えている」
「へ?」
「お、おほほ。うへ」
「ルシア。ルシア、分かってると思うがキミはナックル市民から警戒されている。既に複数の器物損壊の嫌疑があり、被害届も何通か出されていて、加えて振る舞いが些か
華麗に言ってのけたダンデは、「じゃあまたなキバナ、後で連絡する!」とライバルの背を押してすぐそこの控え室に避難させた。
「あー、キバナくんが。せっかくちゃんと関係者席に座ってたのに……」
「キミは去年勝手に最前列の一般席のチケットを買って、周囲のファンと取っ組み合いの喧嘩をしてるからな。関係者席に隔離するのは当然の判断だぜ」
「ちょっと黙ってて。今キバナくんの残り香を嗅いでるから」
「流石にそこまでいくと気持ち悪いな……」
グイ、と手にしたタオルで顔を拭いたダンデが、そのまま流れるように腰のモンスターボールを外していく。言葉なく差し出されたそれを、ルシアも同様に疑問なく受け取った。
ルシアは何も推しに対して出待ちを仕掛けていたわけじゃなくて、これでも仕事という名目がある。バトルを終えたチャンピオンのポケモンを預かり、傷を回復し、コンディションをチェックし、万全の状態まで持っていく。
そこから先のメンタルケアはトレーナーであるダンデの仕事だが、そこまでの、通常であればポケモンセンターなどが請け負う業務をダンデに限ってはルシアに任せていた。チャンピオンのポケモンに対して、唯一手を出すことを認められている、と言えば聞こえは良いか。勿論全ての試合に同行するわけじゃないから、ルシアがいない時は緊急の回復だけは別でして、そこからルシアのチェックが入る感じ。
「ロトム〜、いまのキバナくんとのやりとり、こっそり録画してたりしない?」
「してないロト!盗撮ロト!」
「うう、ずっとわたしといるのになんて真面目なの……」
かわいかったのに、と呟けばチャンピオン用の控え室に向かって歩き出そうとしていたダンデが呆れたように首を振った。
「キバナに避けられてる原因くらい、自分で自覚してるんだろ?」
そのまま歩き出すので、六つのボールを抱えたルシアも足早にその後を追う。
「それは、わたしが気持ち悪いから?」
「キミの性癖が終わってるからだぜ!キミは心の底から思ったことを言ったんだろうが、普通外した技の指示を褒められたら落ち込むかギョッとするんだ」
「キミにだけは普通を説かれたくなかったな。だくりゅうを指示したキバナくんがかっこよかったのは本当だよ?あの時はそれが最適解で、あれしか選択肢はなかった。あの体勢からなら外すかもな、と気付きながらもそうするしかなくて、その指示の責任を自分で取ろうとしていた。かっこいいでしょう?」
「キバナを褒められて悪い気はしないんだが、相手がキミだとなんとも言えないな」
チャンピオン用の控え室はすぐそこだった。キバナくん用の隣なのだから当たり前だ。ドア前に立っていたリーグスタッフが一礼してドアを開けるので、ダンデと共にルシアも並んで入っていく。ドアが閉まる瞬間、「え?」と素っ頓狂な声が届いた。新人だろうか。
一人しか使わない癖に、シュートスタジアムのチャンピオン用控え室は広々としている。ロッカーに汗を拭いたタオルを投げ入れたダンデを横目に、ルシアは備え付けの備品を漁り始めた。道具は全てここに揃っているのだ。回復装置にボールをセットして、まずはバトルの傷を癒していく。
「わたし、どんなキバナくんでも好きよ。ポケモンたちと戯れてる時の優しい表情も、ジムトレーナーたちに指導する時の凛々しい表情も、街を歩いている時の慈しむような表情も、バトルの時だけ見せる苛烈な表情も」
ダンデはそんなルシアの言葉を聞き慣れているからか、反応することなく着替えを取り出して奥のシャワールームに向かっていく。汗が蒸れて気持ち悪かったのか、既に上半身のユニフォームは脱ぎ捨てていた。
「でも、ダンデに負けた日のキバナくんがいっちばん可愛い。悔しくて不甲斐なくてポケモンたちに面目が立たなくて、よく頑張ったってひんしの手持ちを抱きしめて泣き喚きたいのを我慢して、次は絶対勝つって吠えて戒めに情けない姿を自撮りするの。それがネットの海に流れてきていつでも見返せるって最高!」
あの日。初めてキバナくんがダンデと戦った日。負けちまえって腐りながらダンデに舌を出してたルシアは、勝敗が決した後に運命に出会った。
悔しさを顔中に漲らせて、それでも次は勝つと吠えて見せることのなんと尊いことか。
「つまりはそう、わたしは闇のオタク」
キバナくんの負け面を拝みにスタジアムに足を運んでいる。
「キミは自分の性癖をガラル中にお披露目する羽目になる前に玉座から引き摺り下ろしたオレに、もう少し感謝をするべきだぜ」
ルシアに慣れているダンデは、そう言い残してシャワールームに入っていった。
すぐにザーッと水音が響き始める。
誰が感謝などするものか。
「さーてと、こっちも仕事しようか」
切り替えて、ルシアも彼のポケモンのメンテナンスを始めた。これがルシアの日常。バトルに負け戦場から去った元チャンピオンの、変わり映えのない現況だった。