あの日の功罪を清算せよ   作:テロン

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昔日の憧憬は色がない-2

 

 

 

「あ」

「あっ」

 

 げきりんの湖に足を踏み入れた時だった。誰かのテントがあるな、と踵を返そうとした瞬間にカレー皿を持ったキバナくんが目の前を横切ったのだ。え、キバナくん?

 

「ロトムロトム、キバナくんのポケッター開いて!」

「はいロト」

「ほんとだ、さっきの投稿キバナくんげきりんの湖にいる〜〜!!」

「え、まあ……」

 

 いるのは見りゃわかるだろと言いたげな視線がキャンプスタイルのルシアの全身を見下ろした。

 

「キャンプ、すか?」

「そのつもりだったけど……」

「あー、ルシアさんさえ良ければ、オレんとこ来ますか?ちょうどカレー作りすぎちまったとこで」

「い、行く!行くけどいいの?キバナくんわたしのこと嫌いだよね?」

「えっ!?まさかですよ、嫌いなんてそんな!そりゃオレの態度も悪かったっスけど、ルシアさんのことは尊敬してます。あとはオレの問題で……」

「キバナくんの?」

 

 まあ、その、と煮え切らない態度。あんまり言いたくないらしい。それならそれで深く追求せず、追い出されないうちにキバナくんのキャンプを堪能するべきだ。こんなチャンスもう二度とないかもしれない。げきりんの湖を選んで良かった。ぐへへ、キバナくんが張ったテント、滅茶苦茶丁寧に建てられてる。几帳面なんだ。

 

「うわぁ生ジュラルドン!ホンモノだあ……」

「この間試合観にきてたじゃないですか。っていうか毎回、エキシビションとチャンピオン戦」

 

 角張ったはがねのからだのポケモンが、静かに興奮しているルシアを眺めていた。気分を害さないように距離を保ちながらその肌ツヤなんかを観察する。近くで見れば見るほど、よく鍛えられた良いポケモンだということが分かる。

 キバナくんの切り札、キョダイマックスができる相棒だ。

 ドラゴンストームという異名からキバナくんをドラゴン使いと捉える人は多い。実際キバナくんは多くのドラゴンタイプのポケモンを育てているし、ナックルジムもドラゴンタイプのジムだけど、それ以外のポケモンも多用する。

 ドラゴンストームの異名は『ドラゴン』と『ストーム』の両要素どちらにも重きがある。最も扱いの難しいドラゴンタイプを育てる才能に恵まれたドラゴン使いという要素と、ストーム、つまり天候を操る戦術を多用する一面、両方持ち合わせるからトップジムリーダーの座に君臨しているのだ。

 目まぐるしく移り変わる天候を支配するキバナくんのバトルは、見た目以上にテクニカルだ。特にダブルバトルという考慮しなくてはならない要素の多いスタイルにおいて無類の強さを誇っている。

 

 このくらいが、キバナくんの基本情報といったところ。

 

「耐久力を調整中なの?」

「分かりますか」

「この間よりぼうぎょが厚くなってるもの」

 

 ルシアの前を通って、カレー皿を持ったままだったキバナくんがジュラルドンの前に皿を置いた。声をかけてスキンシップを取りながら、様子を確認している。理想的なトレーナーの姿だ、邪魔するものではない。

 

「りとちゃん出ておいで。キミはごはんの前にちょっと運動だよ」

 

 こちらもキャンプに来た目的を果たさなければ。あとキバナくんばっかり見ているとまた気持ち悪いって言われそう。いつものユニフォーム姿のキバナくんだから、晒された足が眩しいのだ。

 

 水辺に向かってよちよち進むトリトドンは、野生のポケモンに果敢に喧嘩をふっかけている。あの子はものぐさなところもあるけど好戦的なのだ。

 

「良いトリトドンっすね。よく育てられてるし、動きに無駄もない」

「えっ。そ、そう?キバナくんに褒められると照れるな……」

「最後のエキシビション……ルシアさんの現役時代、当時のナックルジムリーダーとのバトルに出してた子ですよね」

 

 おや、と目を見開いた。いつのまにか隣に立っていたキバナくんを見上げて、その身長差にウヒョーと気絶しかけるからだを気合いで立て直す。

 

「よく知ってるね。その子だよ」

「あの試合、オレもスタジアムで見てたんで」

「エッそうなの」

「はい。当時から変わらないですね」

 

 つよさも、わざのキレも。呟いて、キバナくんはルシアにもカレー皿を差し出した。

 

「うひょ、キバナくんの手作りのカレー!?これ記念に持って帰っても良い!?」

「あ、お腹すいてなかったっすか?」

「空いてる!いくらでも食べれる!」

 

 むん、と力んだルシアに目を丸くしたキバナくんは、すぐにへにょりと目尻を垂らして「おかわりならいくらでもあるぜ」と笑った。マズいふいうちだ!ルシアはいつも警戒されててキバナくんのスマイルを直に食らったことがない……!

 

 そこから数分間の記憶がないが、どうやらルシアは無言でカレーを食べ進めていたらしい。勿体無いことをした。

 

「ごちそうさまでした……。すっごく美味しかった。ふーちゃんもりとちゃんも大満足だって」

「それは良かった……です。まだちょっとありますけど、そっちの子は良いんですか?」

 

 そっち、とルシアの腰元のボールが指差された。今日のルシアは三匹を手持ちにいれていて、確かに出してない子がいる。

 

「ああ、この子は……。そうだ、専門家だし、キバナくんにも評価してもらおうかな。ほら起きて、ののちゃん」

 

 もうお昼だというのにボールに入ったままスピスピ眠っているその子。

 

「オノノクスか!」

 

 突然のドラゴンタイプの出現に、キバナくんが目を輝かせた。

 眠たげに頭を振っているオノノクスを宥めるように撫でてあげる。

 

「この子、生まれてまだ一週間しか経ってないの。だからまだカレーも食べたことないのよね」

「一週間!?生まれて?」

「うん」

 

 オノノクスに進化したのも一昨日だ。生まれたばかりの頃の癖が抜けなくて睡眠時間は長いし、今みたいに見境なくじゃれつきに行くようきな子。

 じゃれつかれたキバナくんは慎重にその額を撫でたあと、顎の下に手を差し伸べた。本当にドラゴンの扱いに手慣れてるし、ドラゴンに好かれてる人だ。

 

「良い調整だな。まだ荒削りな部分はあるけど、もしかして対ドラゴンタイプを想定してる?」

「そう!ダンデのオノノクスを想定してる」

「ダンデのか……!うん、耐久もちゃんと調整してある。つるぎのまいとげきりんは覚えてるよな。いや、にしても一週間でこれか……」

 

 しげしげと観察していたキバナくんは、気が済んだところで誰に話しかけてたのか気付いてピャッと固まった。

 

「す、すみませんルシアさん、つい……」

「いーよ。キバナくんが良ければ、敬語も要らないし」

「いやそういうわけには……」

「なんで?わたし、いまはただの一般人だよ?」

 

 チャンピオンでもなければ、ポケモントレーナーですらない。

 キバナくんからすれば、年に数回試合後に会う皮肉みたいな感想を言ってくるよくわかんない奴でしかないはずだ。

 まだ眠そうなオノノクスをボールに戻して、ルシアはキバナくんの前でこてんと首を傾げた。

 

「言ったじゃないですか、ルシアさんのことは尊敬してるって。ガキの頃に試合見に行くくらいには」

「あれ、ナックルジムリーダーの試合見に来たんじゃないの?」

「それもありますけど。エキシビションはみんな、チャンピオンの試合を観に行くもんすよ。この間のだってそう」

 

 投げやりに言ったキバナくんの笑顔の裏に、ほんの少しの綻びを感じた。今年で九年。来年で、十年になるのだ。そういう葛藤が、無いはずがない。ルシアはずっと、彼のその部分に魅せられているのだから。

 

「わたしはキバナくんを観に行ったわよ?」

「え」

 

 言われた言葉を消化しきれなくて、キバナくんがあどけない表情を見せた。可愛い。

 

「ダンデじゃなくて?」

「なんでわたしを負かした奴の試合を観なきゃならないの?キバナくんの方がかっこいいのに」

「え?でもルシアさんって……。え、オレのファン?」

「そうだよ?ずっと言ってるつもりだんだけど。わ、もしかしてこれって認知してもらったってこと?ファンサ貰ってもいい??」

「えっ……!」

 

 キバナくんの褐色の肌がぶわりと色付いた。照れているのかな、ファンなんて掃いて捨てるほどいるのに。

 

「キバナくん?」

「あ、えっと、ルシア……さん」

「ルシアでいいよ?」

「え。あの、ルシア?」

「うん、なに?」

「近い……」

 

 近い?

 首を傾げて、キバナくんの顔を覗き込む。まつげすっごい。肌きれい。でも一番は瞳かな。目尻が淡く色付いてて、今日の空みたいに夏空を思わせる深いブルー。あれ、なんだかキバナくんの至高の顔面がドアップじゃないか。

 

「う、うわぁぁキバナくんが近い!!」

「だから言ってんじゃん!」

 

 脳裏でダンデが「過剰摂取だぜ!」とホイッスルを吹いていた。

 

 

 

 

 

 

「お騒がせしました……」

 

 ペコペコと頭を下げれば、キバナくんはルシアのイメージに沿わなかったのか変な顔をしていた。「この人謝れたんだ」みたいな表情である。ルシアは確かに他人に謝らないが、相手がキバナくんだからね。

 

「いや、オレの方こそ。あー、サインとか要りま……要る?」

「要る!!わたしキバナくんのサイン会出禁なの!!」

「なんで!?」

「ファンミーティングも出禁なの!!」

「だからなんで!?!?」

 

 なんでもなにも、ルシアはキバナくん関連のほぼ全てが禁止されている。出来るのはシュートスタジアムで行われる試合の観戦とポケッターの監視くらい。グッズを買おうとリーグショップに近付こうものなら高確率でルシアを知る人間に出くわし、その場でポケモンバトルではないバトルが勃発して騒動になる。

 

「まあ確かにサイン会にルシアが来たら大変なことにはなりそうだけどな」

「そうなの。あ、サイン腕にしてもらってもいい?自慢しながら歩くから。もうお風呂入らない……」

「それは流石に……」

「ふーちゃんもからだにして欲しいって」

「それはもっとマズイかもな……」

 

 結局キバナくんは着替えに持って来ていたドラゴンパーカーにサインしてプレゼントしてくれた。フワライドには新品のポケモンボールをわざわざ出してきてそちらに。こ、これがファンサの神……!家宝にする……!

 

 キバナくんの態度が軟化したおかげか、彼の手持ちたちも近寄って来てくれるようになった。きゃー、生フライゴンだ。一回軽くじしんを撃ってみてほしい。フィジカルで受け止めるから。

 

「いまとんでもないこと考えてんな??」

「ふつうだよ」

「ルシアって実はポケモンだったりする?」

 

 すごい、キバナくんが目を見て話してくれている。これってルシアは並み居るキバナファンの中で明確に一歩リードしたってことじゃないだろうか。あ、でもキバナファンって括りだと案外ダンデが対抗馬に上がってくる。

 クソ、ことキバナくんに関してはダンデに勝てない!それ以外も勝てないのにあいつめ!なーにがライバルだ、なーにが「一緒にランニングしてキャンプもしたぜ!」だ、とっとと負けちまえ!

 

「キバナくん、一緒にランニングしよう!」

「は?今から?」

「いや、朝の日課がいい」

「朝の日課がいい??」

 

 キバナくんがルシアとランニングしてるところがネットの海に流れようものなら大炎上するだろうけど、いまのルシアは無敵なので燃やしたやつを片っ端からアカウント凍結に追い込む準備はできている。やり方は分からないけどロトムが上手くやってくれるだろう。

 

「オレさま、今日はこの後巣穴巡りでもしようかなって思ってたんだが、ルシアはどうする?」

「一緒に行く!!ふーちゃん連れてきてよかった。相手次第でののちゃんも戦えるかも」

「そりゃ、そんだけ育ってたら百人力だよな。仮にもチャンピオンのポケモン……」

 

 言葉を濁して、キバナくんはルシアの後ろでプカプカ浮いているフワライドに目を細めた。ルシアを知っていてこの子を見た人は、だいたいみんな同じ反応をする。

 『これがあの時の』、だ。

 

 先日のバウタウンの住民も、フワライドとルシアと言う組み合わせに恐慌を見せた。この子もルシアにとっては特別な子で、チャンピオンルシアの最後のバトルで最後に出した相棒だ。

 そしてこの子は、あのバトル一回で代名詞が────。不名誉なものに、なった。ルシアが指示したわざのせいで。

 

「あのわざは使わないよ?」

「いや、そうじゃなくてだな。ルシア、今でも実戦で通用するほど手持ちを鍛えてるだろ。トリトドンもわざのキレが悪かったからって言ってたが、見た感じ競技シーンで、それこそチャンピオン戦レベルでないと露呈しないような誤差だ」

 

 褒められたと認識したのだろう。ちょっと離れたところで日向ぼっこをしていたトリトドンが嬉しそうにからだをくねらせた。

 

「いつもくれる批評も、的確だし。オレから見ても、ルシアは毎回試合の流れを決定づけた采配を指摘してる。バトルの勘が鈍ってない証拠だ」

「批評じゃなくて、純粋に褒めてるつもりなんだけど……」

「え。不甲斐ないって指摘してんじゃなくて!?」

「なんでえ?いつもかっこよかったよって言ってるよね??」

「そ、そっか……」

 

 褒められ慣れてるだろうに、キバナくんは照れ臭そうに頬を掻いた。こういう!こういう隙を見せるからファンがクラっときちゃうのだ。狙ってやってるのだとたら勲章もの。これでふたつ歳下って詐欺でしょ。

 

「オレ、ダンデのライバルって言われてて。勿論オレもそのつもりだし、いつか絶対あいつに一泡吹かせてやる気だけど、ダンデには、ルシアがいるんじゃないかって思ってたんだよな」

「え、わたし?」

 

 照れ臭ついでに、とキバナくんが予想外の話をしてきた。

 ダンデのライバルがキバナ、なんてガラル全員の共通認識なのに。

 

「だって、さ。ルシアは唯一、()()()()()()()()()()()()()トレーナーだ。ライバルって言うなら、そっちの方が余程相応しい」

「──────」

 

 口を噤んだルシアのことに気付いているだろうに、キバナくんは口を閉じなかった。

 

「あの年、本来ならルシアがダンデに挑んで、ちゃんとした決着をつけて、その結果がどうであれライバルとして語り継がれるんだって思ってた。でも、興行的はオレとダンデで一回チャンピオンマッチをやっちまったから、今更取り下げるわけにもいかないだろ?だからあんま不甲斐ない試合ばっか見せるんじゃねえって怒ってるんじゃないかと思ってて」

 

 それで、ルシアへの態度がぎこちなかったと。ルシアを見るたびに、ダンデのライバルだという自負が揺らぐ。

 

「情けねえよな、変なこと言ってごめん」

「謝らなくて、いいよ。わたし、ダンデのライバルなんてごめん。ていうか、出来ない。キバナくんにしか、出来ないよ」

 

 その称号は、重すぎる。負け続けることが、ルシアには出来ない。

 

 だってルシアは最後の試合、お互いダイマックスも使い果たして地力の殴り合いになった場面、役割を終えて引っ込んでいたフワライドまで引き摺り出され、ダンデのリザードンを前に敗北がほぼ決まった段階で。

 相棒に、だいばくはつを指示した。

 

 世界共通で定められたバトル規定において、ポケモンのわざ『だいばくはつ』で勝負が決した場合、仕掛けた側が負けとされている。

 

 チャンピオン戦で、それも迎え撃つ側のチャンピオンが、パートナーであるポケモンに、忌み嫌われる傾向のある自滅技を指示して判定負け。

 ガラルリーグ始まって以来初めての、チャンピオン戦決着時に双方のポケモンがひんしになっているという異常事態。

 それが、『簒奪者』ルシアの最終試合。最後までみっともなく足掻いたヴィランがヒーローに敗れ去った瞬間。シュートスタジアムに二回の沈黙を齎したチャンピオンが、表舞台を離れた最後のバトルだった。

 

「キバナくん、わたしの最後の試合を見ても、まだ尊敬してるって言ってくれるの?」

「……ああ。あの判断は誰もが出来ることじゃない。ただで負けるわけにはいかないって感覚はオレにも理解はできる。元来負けず嫌いなのがポケモントレーナーだ。その頂点に立つチャンピオンに相応しい戦いだったと思う。ルシアこそ、オレが内心こんなこと考えてるって知っても応援してくれんの?」

「もちろん。キバナくんの不屈さ、わたしは本当に大好き。ずっと応援してるよ」

 

 ルシアの言葉に、キバナくんはにぱっと笑った。あーダメですお客様、近すぎます!んかわいい!!

 

「おう、ありがとなルシア」

「……あ、でもね。ダンデが言うには、わたしの性癖は終わってるんだって」

「へ?」

 

 ふとこの間言われたことを思い出してそのまま伝えてみると、かくっと面白いくらいキバナくんの片側の肩が落ちた。

 

「性癖?なんて?」

「だからキバナくんの思ってる応援じゃないかも……」

「え?」

「わ、わたしね、キバナくんならなんでも好きだけど、キバナくんが負けるとこ、すんごい好き……」

 

 笑顔がピシリと固まった。かわいそう。でも可愛い。

 優しいキバナくんは何かフォローするための言葉を捻り出そうとして、多分失敗して、半笑いのまま思いついた言葉をそのまま口にした。

 

「じゃ、邪悪〜〜!」

 

 

 

 

 

 

 キバナくんは優しいので、邪悪の権化たるルシアを連れて巣穴巡りをしてくれた。なんならこれまでの言動がルシアの性癖一つで納得出来たらしく、態度も気安い感じになっている。

 これって距離が縮まったってコト!?

 

 ワイルドエリアを北から南に移動しながらせっせと巣穴の探索を進め、日が傾き始めた頃。

 

 聞き覚えのある羽ばたきにルシアとキバナくんが同時に空を見上げた。

 

「ダンデ!」

「あ」

 

 そういえば朝、ダンデが何か言っていたような。リザードンの上から不服そうなダンデがこちらに向けて手を振っている。

 

「キバナ、ルシア、なんでキミたちが一緒にいるんだ?一言教えてくれたって良いだろう」

「おーダンデ、なんか約束してたっけ?」

「今日わたしオフだよ」

「オノノクスを見せてくれって約束したじゃないか。なのに職場にも家にも姿がないから探したんだぞ。見つけたのは奇跡と言っていい、リザードンに感謝してくれ」

「お、えらいなリザードン。よくダンデを迷子にしなかった」

 

 地上に降り立ったリザードンを、キバナくんが慣れたように撫で回している。

 

「あれ、そういえば今日開会式だよね。キバナくんもいたんじゃない?」

「ああそれ、昼前には終わったからその後すぐキャンプしてたんだ。こっからジムの方は忙しくなるから、その最後の息抜きでな」

「ん?キミたち仲良くなったのか?ルシアの顔が緩みきってないぜ」

「うん、偶然げきりんの湖で会ってね。一緒にキャンプしたの」

 

 半日一緒にいれば流石にルシアの表情筋も鍛えられるってもの。

 

「へえ、良かったじゃないか。言ったろ?キバナ。ルシアは邪悪だけど悪いやつじゃないって」

「そんなこと吹聴してたの!?」

「ああ、ジムリーダーとか絶対出来ないタイプのトレーナーってことは把握したぜ」

 

 ルシアの転職先候補がまた潰れてる。

 確かにキバナくんの言う通り、チャレンジャーを見極めて手加減しつつ時に負けなきゃいけないジムリーダーをルシアが出来るわけないけれど。そもそもルシアはもうトレーナーじゃないし。

 

「で、ののちゃんだっけ。いいよ、多分そろそろあったまってきたと思うし」

 

 おいで、とオノノクスを呼び出した。ぶんぶんと首を振り、気合十分といったところ。

 現在地はエンジンリバーサイドのあたり。平地だからバトルに支障はない。

 

「え、ルシアっていまもバトルすんの?」

「バトルじゃない、模擬戦」

「ああ……模擬戦」

「だぜ!」

 

 ダンデもオノノクスを繰り出して、すっかりやる気だ。

 

「じゃあオレは観戦してるな」

「ああ。オノノクス、胸を貸してやれ!」

「さー行くわよののちゃん。相手がおやだからって遠慮する必要はないわ。ぶっ潰してやりなさい!」

「バトル中の言動はナチュラルにヴィランなんだよなぁ」

 

 一対一、しかもドラゴンタイプ同士の対面だ、長期戦になることはない。

 お互い同時につるぎのまいを指示した後はすばやさとわざを当てるセンスと耐久の勝負になる。

 

「ののちゃん、げきりん!」

「オノノクス 、げきりんだ!」

 

 これ以降はトレーナーの指示が通じない戦いになる。別の局面を演出することもできたが、こういう場面こそポケモンの地力が試される。

 今日初実戦のオノノクスにはそういう経験が必要だ。

 

 お互いの刃状の顎を打ち合って、ノーガードの殴り合い。

 

「ののちゃん、教えたことを思い出して!」

「オノノクス、そのまま押し切れ!」

 

 二度目のげきりん同士のぶつかり合い、ルシアの方のオノノクスが僅かに身を屈めた。ガードを抜いて急所に抉り込む。

 

 けど、ダンデのオノノクスはそれを耐え、上から捩じ伏せた。後一歩だったが、ここまでだ。

 

「お疲れののちゃん、良くやった!ダンデは加減しろ!」

「お疲れオノノクス、良くやった!キミのオノノクスも良く育ってたな。流石ルシアだぜ」

 

 倒れたオノノクスにすぐげんきのかけらを使い、様子を確認する。負けたことを悔しがってる感じはあるから、将来有望そうだ。

 

「ダンデ、そっちのオノノクス」

「ああ、頼むぜ」

 

 あちらのオノノクスも少なからず傷を負っていた。急だったから手持ちは少ないが、ケアはしてあげないと。

 そっちに手を伸ばした瞬間、離れたところで観戦していたキバナくんがダッと走ってきた。

 

「まっじか、おい!」

「わ!」

「良く育ってるとは思ったが、ここまでとは思わなかった。おっまえやるなあ!」

 

 ルシアのオノノクスを労わるように撫でる手つきは、言葉と裏腹に丁寧なものだ。

 

「こいつ、ダンデのオノノクスがおやって言ってたよな」

「そうだぜ!思った通り、ルシアは良く育ててくれた」

「一週間でこれかあ……どうりで。女帝の強さの所以ってわけか」

「女帝?」

 

 なんだそれ、と首を傾げたルシアに、「キミのことだぜ」とダンデが面白そうに言った。

 

「ガラルの女帝。キミを評価してる声もあるってことだ。ジムチャレンジの期間だけで三十体以上のポケモンを実戦レベルまで鍛え上げたトレーナーをオレは他に知らないぜ。加えて、チャンピオン時代はエキシビションやバトルイベントが例年以上に開催されたが、毎回新しいポケモンを登場させて意表を突いている」

「そうそう、みんなもう頭抱えてたよな。最頻出のフワライドでさえ毎回戦法が違うんだ。先代のナックルジムリーダーも、最後までルシアに文句言ってたぜ。チャンピオンなんだから対策させろってな」

「利敵行為なんかするわけないじゃない。対策させてどうすんのよ」

「そう。キミはそういうやつだ。オレはルシアを雇った判断を全く後悔してないぜ。このバトルジャンキーが、あやうく無職になりかけてたんだ」

「転職しようとしてたのよ!!」

 

 失礼なやつだ。

 これはルシアの育て方の問題じゃなくて、もう生来の性格というやつ。

 

「はは。ムリだな、キミは根っからのトレーナーだ。バトル以外はからっきし。ポケモントレーナーをバトルが強い奴とするなら、確かにオレが強かった。だが古来よりの文字通り、ポケモンと心を交わして育て上げるもの、とするならば、キミ以上の人間はガラルにいない」

 

 へえ、と思った。ダンデがルシアを評価するような物言いをストレートにするのは珍しい。だいたい嗜めたり皮肉ったりすることが多いからだ。

 まあルシアがそれで心を動かされることはないけれど。ともかく一度コテンパンに負けて泣き顔晒すくらいじゃないと、ダンデという人間を気に入ることはない。

 

「性格は終わってるけどな!」

「いまのキミに言われたくないんだけど!?」

 

 ははは、と笑うチャンピオンを前にルシアは恥もなく地団駄を踏んだ。

 

 

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