あの日の功罪を清算せよ   作:テロン

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銃後の安寧よ、その犠牲を忘れること勿れ-2

 

 

 

『わたし、コミュニケーションが出来てないらしいんだけど』

 

『まあ……。ルシアはちょっと振る舞いが()()かもな』

 

 文面越しだけどキバナくんだ。流石のレスポンス速度。

 ロトムの離れたスマホを手に、ルシアは自宅でポケモンたちとのんべんだらりと怠けていた。なんと今日はもうジムチャレンジの開会式。つまりルシアがキバナくんとまともに言葉を交わすことができるようになってから一年の記念日。

 エキシビジョンはいつも通り観戦したけれど、ルシアと違って忙しいキバナくんとは中々会う機会が作れず、そういえばローズに何か言われたな、というのを思い出したのとキバナくんと話したかったので連絡してみたのだ。

 コミュニケーションツールとしてはSNSを使うことが一般的らしいので、ルシアが唯一キバナくんチェックのために保有しているポケッターアカウントにて。

 

『ねえなんか通知止まらない』

 

『ルシアのアカウントに気付いてなかった奴が多いんじゃねえの?

 オレさまもダンデから連絡来なきゃ気付かなかったぜ』

 

『あいつはあいつでキバナくんとキバナくんの投稿をいいねしてるだけのアカウントを両方フォローして何してんの?』

 

『ダンデに聞いてくれ』

 

『キバナの投稿が二倍見れてお得だぜ!』

 

 なんか割り込んできた。ロトムが入ってたら目を回しそうな通知の羅列を無視して、ポケッターの通知を切った。こうするとキバナくんの通知も見えなくなっちゃうんだが、鬱陶しさが勝る。

 

『通知切った。こいつら全部ブロックしたら通知止む?』

 

『鍵をかけたら良いんじゃないか?』

 

『なんでわたしが隠れなきゃならないの?取り敢えず全員誹謗中傷で報告してるけどこれで良い?』

 

『良くないぜルシア!』

 

『だいばくはつ動画を無言でアップするのやめてくれ!いくらオレさまでも対処に困る!持ちネタなの!?それとも自虐ネタなの!?』

 

『ポケッターってキバナくんの自撮りみたいに可愛い写真や動画をアップするとこなんじゃないの?』

 

『だいばくはつ可愛いと思ってやってんだ!?分かった、ルシアはちょっと一旦ポケッターを閉じよう!いまダンデがそっち向かった!』

 

『じゃあうちのひぃちゃん。この間ダンデにあげたヒトモシの妹。わたしと同じ色で可愛いでしょ?』

 

『本当に可愛いものはあげちゃいけません!!ダンデ!!早く!!』

 

 ヒトモシと並んで撮った自撮りを送ったらキバナくんに怒られてしまった。可愛いものをあげちゃいけなかったらキバナくんはどうなるんだ?

 

 さて、ルシアはキバナくんとの連絡はダンデ経由で行っていたのでその他の連絡手段がない。取り敢えずスマホにロトムを戻して通知の整理をしてもらう。

 

「ひとまずアカウントは非公開にしておいたロト!」

「勝手なことしなくて良いのに」

 

 一応文句はつけたけど、ルシアはポケッターに熱心じゃないのでどうでも良かった。ベランダ側のガラス戸を開ければ、遠くの空にリザードンらしきシルエットが見える。本当に帰ってきてるし。

 

「ようルシア、ご機嫌だな!」

「もう終わったの?開会式」

「終わってなかったら流石にポケッターは触れないぜ」

 

 それもそうか。頷いて、ルシアはベランダのサンドバッグ相手にじゃれついていたヌメラを抱き上げた。

 

「せっかくならキバナくんも連れてきてくれたら良かったのに」

「キバナはジム側の雑務が残ってるらしい。また今度な」

「そっかあ。相変わらずこの期間、キミは暇だよね」

「まあな。また鎧島に行こうかと思ってるところだ」

 

 そのままトレーニングの予定や新たに育成する予定のポケモンの話に移行して、意見を交わして最終的に途中経過のチェックの日取りを確認する。あとはチャンピオン戦の一週間前から最終調整に入る流れ。十年もやってれば慣れたものだ。

 

「そうだ、次のジムチャレンジの時期の話なんだが」

「次?気が早いね」

「ああ、帰省するときに弟にプレゼントをあげる約束をしたんだ。近所の友だちも一緒にな。そこでポケモンを渡してあげようと思ってるんだ。ホップはもうウールーを捕まえてるんだが、これも兄心だぜ」

「推薦状も?」

「いいや、それはまだ早いだろう。いずれは、とは思ってるがな」

「ふうん。チャンピオンの推薦状は下手な相手に渡せないんだけど、ちゃんとセミファイナルまで上がってこれるんでしょうね」

「きっとな。ホップはいいトレーナーになるぜ!その友だちも、きっといいライバルになる」

 

 まあダンデの血縁なら下手なバトルはしないか。ルシアは会ったことないけど。

 

「それで、渡すポケモンを迷っていてな。良い案があったら聞いておこうと思ったんだ」

「最初のポケモンに相応しい子、ねえ」

 

 ルシアの場合フワンテだった。ダンデはヒトカゲだろう。キバナくんはナックラーだと聞いた。最初のポケモンをいかに育てられるかでそのトレーナーの質が決まる。

 

「まあ、考えておくわ」

 

 あと一年あるし、急ぎでもあるまい。いくつかの候補をピックアップしながら、ルシアはポケッターでの騒動のことをすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 スタジアムの盛り上がりは最高潮だった。ここを決めればダンデのチャンピオン記録が十回になるのだ。良い節目と言える。

 

「アンタ、今年は変装やめたんすか」

「どうせバレるんなら最初から堂々としてた方がマシ」

 

 シュートスタジアムの関係者席の隅っこ。つまりはいつもの席に腰掛けたルシアは、今度は一つ離れたところに座ったネズに視線も上げずにそう言った。

 チャンピオンカップ最終戦。ルシアがこの十年、年に二度だけ観戦するバトルのうちの一つ。チャンピオンダンデの防衛戦だ。

 

「ポケッター、騒動になってましたよ。鎮火がいつもより遅れるくらいには。女帝がキバナのファンだったって」

「今更の事実に何を盛り上がってんの」

「結構面白かったですよ、アンタの過去の奇行が掘り返されて、これが女帝の推し活だって晒されてました。ナックルでジムトレーナーを市中引き摺り回してキバナを呼び出したとか」

「尾鰭ついてるしいつの話よ。ガラル民暇なの?」

 

 ルシアはただナックルジムに行けばキバナくんに会えると思って、本人証明のために手持ちたちをなるべく後ろに引き連れてナックルに向かっただけだ。そしたらなんかサイレンが鳴り響いて篭城戦の構えを取られ、遊びだと思ったルシアのポケモンたちが街中に散らばってところ構わずじゃれつき始めた上に当のキバナくんは留守だったってだけ。今ではナックルの百鬼夜行事件と呼ばれているとか。

 

「むしろ噂の方がマイルドになってんだよな。まあ、良かったんじゃないですか、キバナが奇特な側の人間で」

「は?キバナくんの何が奇特だって?」

「知らないんです?あいつ、インタビューで理想の戦術形を聞かれた時にアンタをあげたことのあるガラル唯一のトレーナーですよ」

「え!?」

 

 初めて知った。キバナくんのインタビューは欠かさずチェックしてるはずなのに。

 

「どこで?なんかの地方紙?」

「有名どころの雑誌ですが、発売前に流石に危ういってなって差し替えられました。まあ当時公言してたこともあってネットには流布してますがね」

「誰よ差し止めたの!余計なことしやがって」

「アンタの戦術は子供の教育に悪いんですよ」

「言ってくれるわ。ふーちゃん、出番よ!」

「アンタのその堪忍袋の尾と実力行使が直結してるところ、よくこれまで捕まらずに生きてこれましたね!?」

 

 ルシアの呼び声に合わせて飛び出してきたフワライドは、口元に発射寸前のシャドーボールを構えたままプンスカと怒りを露わにしている。

 

「そんでマジで撃つんですね!これ誰が弁償するんです!?」

 

 手加減の上手いフワライドはルシアの隣の椅子だけをきっちり吹き飛ばした。一つ開けて座っていたネズは無傷だ。満足したフワライドはボールに戻っていく。ネズだって、弁償がどうとか言いながらひしゃげた座席は見ないふりだ。

 始まったバトルの方に意識を向けながら、ルシアは吹き荒れる砂嵐に目を細めた。

 

「にしても、本当にわたしを尊敬してるんだ。あんま参考にならないと思うんだけどなあ」

 

 我ながら。好む戦術は人それぞれだし、ルシアも天候を弄る時がないでもなかったが、どっちかというと相手に不利を強いる戦いが主だ。強力なドラゴンタイプのポケモンを使うキバナくんとは少し毛色が違う。

 

「戦術家って意味じゃあ今のガラルだとキバナの名が上がりますけどね。因みに、あのインタビューが載りかけたのは九年前、キバナが初めてダンデと戦った時です」

「それは……また、随分と古い話を」

 

 九年前。キバナくんのデビュー当時。あの時もルシアはシュートスタジアムの隅っこの方の席で、ダンデのバトルを観戦していた。

 

 

 

 

 

 

 ダンデがチャンピオンに就任してから初めてのチャンピオンカップ。ジムチャレンジ前のエキシビジョンは危なげなく勝利を収め、朗らかに初の防衛戦への意気込みを語るインタビューも掲載済み。会場内は幼いチャンピオンへの期待半分、チャレンジャーへの応援も半分。ひとつ違いの男の子同士の対決は、前年に似たような構図のチャンピオン戦を行ったばかりだというのにガラル中の注目を集めていた。

 ここで勝てれば、ダンデはその王位を絶対のものにできる。逆に負ければ全てがパーだ。前回のような消化不良の決着でもなく、悪竜の退治でもなく、チャンピオンとチャレンジャーの戦いを観客は求めている。強者として、ダンデは挑戦者を完膚なきまでに叩き潰さなければならない。

 そして、それは為されるだろうという予感があった。このガラルで最強のポケモンたちと最強のトレーナー。憎たらしいことに、ダンデはその両方を兼ね備えている。ルシアは決して強者の感覚を誤らない。

 

「ま、わたしはキミがコテンパンに負けるところを楽しみにしてるんだけど」

 

 それくらいしか、ルシアがダンデに賭ける楽しみがない。

 どうもその望みすら叶わないようだが。早速始まったバトルは互角とは言い難い。最初の勢いこそ悪くなかった。ダンデのポケモンたちも何体も倒されていったが、どんどんと地力の差が露わになっていく。

 いよいよ両者がダイマックスを切るか、といったところでオリーヴがルシアの隣に立った。

 

「前チャンピオン、伝言です」

「なに」

 

 誰からとは言われなかったが、十中八九ローズからだろう。

 

「先程あなたの退会申請が受理されました。今後ガラルリーグとあなたとの契約関係は白紙になりますので、三日以内にユニフォーム、リーグカード、ダイマックスバンドの返却をお願いします」

「どれも手元にないんだけど?」

「はい、こちらで保管しています。ダイマックスバンド以外は処分して構いませんか?」

「勝手にして。どれも一年前からわたしには必要ない」

 

 当時ルシアは、退会と共にダンデの元からも離れるつもりだった。一年でダンデのチャンピオン像はかなり出来上がった。言動も叩き込んだし、意見交換という形ではあったがポケモン育成について知り得る限りの知識や感覚も共有した。ルシアは一体のポケモンをたまごから育てるのに一年もかけない。転職先が見つかる気配は無いが、しばらくはチャンピオン時代の貯蓄で食いつなげる。

 

 つまり、残る理由もなかったのだ。

 

「ダイマックスバンドは、保管しておくとの伝言です」

 

 オリーヴはそう言って、「では」と踵を返した。

 

「待ってよ。保管って、要らないんだけど」

「ですが、あなたのもとに降ったねがいぼしです。であれば何か意味がある。少なくとも、ローズ委員長はそうお考えです」

「そ。勝手にすれば。あれはもうわたしのものじゃない」

 

 ジムチャレンジの参加直前に降ったものだった。フワンテに誘われて夜の道路をふらふらと歩いていたルシアは、落ちてきた星を拾い上げた。それがちょっと噂になって、ルシア専用のダイマックスバンドを作ってもらって、ついでにジムチャレンジの招待状をもらった。

 

 さらについでの話をすると、発見時ルシアの隣にいたフワンテはあの世だか何処かに子供を引っ張ろうとしていた野生のフワンテで、偶々星が降ってきたおかげで保護されたルシアは自分のことをなーんにも覚えてなかったわけである。近隣の街にもルシアの家族だと名乗り出る人はいなかった。完全な記憶喪失ではなくて、普通に生きていたような感覚はあるし、知識の方は問題なかった。本当に、パーソナルな部分がごっそり抜け落ちただけ。

 

 幸いフワンテとは気が合ったし、なんとなく、自分から「連れて行って」と望んだような記憶も朧げにあった。

 ルシアはこの性格なのでバトルには向いていて、すぐに勝利にのめり込んだし、十歳を迎えれば一人前みたいな風潮もあるので問題にもならなかった。きっとあまりにも退屈な日常だったのでルシアには必要なかったのだろう。

 

 気づけばオリーヴはとっくにいなくなっていて、目の前のバトルも佳境だった。あとわざ一発で勝負が決まるだろう。これはダンデの勝ちだ。つまらない。

 

「オレさまは!!」

 

 倒れていくジュラルドンに駆け寄った少年が、ダイマックスしたポケモンよりもよく通る咆哮を上げる。実況のアナウンサーがチャンピオンの勝利を高らかに宣言しようとして、その叫びを前に吐息だけをマイクに入れた。会場中が息を呑んでいる。

 

「いつか絶対、オマエを倒してやる!!」

 

 たった今絶対王者への道を歩み始めたチャンピオンに向けて、結果から見れば明確に負けを演じたチャレンジャーが吠えた。笑える。ローズ、オリーヴ、ルシア、リーグに関わる数多の人間が心血を注いだ無敵のチャンピオンダンデ相手だ。

 

 どうして。

 

「どうして、そんな無謀なことを言い切れる……!?なんでそんな楽しそうなのよ。クソ悔しそうなのに、わたしより悔しそうなのに、あれに負けてその、表情……」

 

 初めてバトルをした子供のような表情だった。分かる、理解できる、ルシアだってポケモントレーナーだ。いや、だった。バトルって楽しい。ポケモンの体力が削られるごとに自分の身が削り飛んでいくようで、研磨されて五感以外の感覚が研ぎ澄まされていく。負ければ目の前が真っ暗になって、一寸先すら見えなくなる。その危ういギャンブルのような感覚に病みつきになった。でもこれは、負けを知るまでの楽しみだ。少なくとも、ルシアにとってはそうだった。

 初めて超えられない壁を目にしたはずなのに、勝てないという事実が海のように横たわっているだろうに、ルシアの目の前ではキラキラ目を輝かせた少年が二人、健闘を讃えて抱き合っていた。

 

 わっと歓声が轟く。今後十年のガラルリーグを予感させるような、伝説的なバトルだった。勇者が悪を倒す絵物語のストーリーは終わり。これから先は悪役の存在しない永遠のエンドロールが続いていく。

 

「誰よあのチャレンジャー!名前なに!?ロトム!」

「チャレンジャーの名前はキバナ、背番号241番、ナックルシティ出身ロト」

「顔が可愛い!!クソ、理想的過ぎる!あの子は、あの子だけは勝つための負けを知っている……!そうか、これが。これがわたしに、無かったんだ……」

 

 今更知ってもどうにもならない。ルシアはなんのためであろうと負けは嫌。

 でもいま、ルシアの心の奥底が燃え盛っている。ああいう、強い子が負けるところが好きだったんだ。叶うなら自分の手で跪かせたかった。でもあれは、ダンデのだ。ルシアの手には入らないけれど。何かの、動機にはなりそう。

 

「ルシア、着信ロト」

「は?電話?誰から?」

 

 そもそも顔と名前を知っていて面と向かって話した記憶のある人間がローズ、オリーヴ、ダンデしか存在しないルシアに着信。たった一名の連絡先しか入ってない、そのためだけにルシアに与えられたスマホに入ったロトムが当然の名を告げた。

 

「ダンデからロト!」

「はあ?じゃああそこでインタビュー受けてるダンデは……受けてないじゃん!受け答えの練習までしたのに!!」

 

 キバナの肩を抱きながらコートの外周を回っているダンデが、スマホロトムを周囲に浮遊させながら四方八方に手を振っていた。半周回ったところで、ピンと立った人差し指が一方向に向けられる。オレこそがナンバーワンだと、そう言っているようにも見えたが。ルシアには、自分が差されているように感じられた。

 

「聞こえるか、ルシア。オレは一年かかってようやく理解したが、キミはどうだ」

 

 スマホからダンデの声が流れ出す。ロトムが勝手に電話に出たらしい。この子はそもそもダンデのポケモンなので、ルシアとダンデならダンデの指示に従う。

 

「オレたちは清算しなきゃならないんだ!あの日、オレは確かにキミの人生を歪めたが、キミも確かに自分を裏切った!ついてはキミと専属契約を結びたい。詳しいことはまた後で!」

「はあ!?」

 

 言いたいことだけ言って切れた。と思えばメッセージが一つ。

 

 ──世界にはまだまだ上が、もっともっと先があるぜ、ルシア!

 

 だからこんなところで満足するな。最強無敵のダンデにはまだ遠い。まだこんなものじゃ満たされない。ぐう、と腹が鳴った。飢えている。ルシアはこの飢餓感がどこから来るのか知らない。

 でも。

 結局チャンピオンという価値を一番手放せないのは、ルシアだったのかもしれない。きっとねがいぼしを見つけたあの日、ルシアが持っていた人として大切な何かはフワンテに連れ去られてしまった。残ったのは簒奪者としての悪性と、一時チャンピオンにまで勝ち上がったポケモントレーナーとしての才能。

 

 それ以外に、ルシアがルシアであると示すものはない。負けた以上それも揺らいで、後はルシアが悪役であることくらいしか。だから確かに、これは証明の過程なのだ。或いは、清算の過程。ルシアは自分の価値を失ってしまった。それならそれなりに、例え悪性だとしても存在を主張しないといけない。

 

「あんにゃろ……キバナくんの写真送ってくれたら許すって言っといて!」

「減るからやだって帰ってきたロト」

「減らねーよ独り占めすんな!ていうか早くインタビュー受けろ!!」

 

 あの日、ルシアは理想のトレーナーであるキバナに出会った。同時に、ダンデも理想のライバルに出会った。中立を保ちながらもルシアとキバナの仲を決して取り持とうとしなかったダンデの姿勢が、それを物語っている。

 

 

 

 

 

 

 あの時と同じように、ダイマックスの解かれた巨体が倒れていく。毎年の光景だ。ルシアがシュートスタジアムの観客席に座るたびに最後に同じ光景を観ているし、これを観にきている。

 

「……ダンデ?」

 

 ここからがルシアのお楽しみタイムのはずで、喜び勇んで立ち上がったはずのルシアはふいの違和感に手を止めた。

 いま、何かチャンピオンダンデには相応しくないものが過ぎった気がする。

 

「体調不良?朝は元気だったのに……。ロトム、ダンデのロトムに連絡してスキャンさせて」

「はいロト」

「ちょ、アンタ!流石にそれはマズイ!」

 

 ネズの叫びに耳を貸さず、ルシアは客席の手すりを踏み越えてコートに向けて飛び降りた。勿論それだけだと前の座席に突っ込むだけなので、フワライドを呼び出して運んでもらう。フワンテの時は小柄だったルシアの手を引くのが精々だったこの子も、フワライドになって頼もしくなった。

 

 トン、とコートに足をついた瞬間、ぶわりと嫌な汗が噴き出してくる。コートってこんなに熱かったか。リザードンのキョダイゴクエンのせいだろうか、嫌な記憶が蘇りそうになる。この芝を踏むのは、十年ぶりだ。

 

「ルシア!?どうしたんだ、急に」

 

 フラついたルシアに目を丸くして、ダンデがコート脇に駆け寄ってきた。よく聞けばルシアに気付いた観客の叫び声がどよめきに紛れている。いまは変装してないんだった。

 

「それはこっちのセリフ。ロトム、どう?」

「正常値ロト!」

「ならどうしたの、まさかメンタルの方?」

「どうしたと聞きたいのはこっちの方だぜルシア。顔が真っ青だ。キバナ、すまない任せてもいいか!」

「ああ!」

「いい、いい、いらない。なんともないなら戻る。さっさとチャンピオンの仕事をしてきて」

 

 ルシアの気のせいならいいのだ。育てるという点においては完璧主義なきらいのあるルシアだから、つい飛び出してきてしまっただけ。

 

「ならいいが……って待て待てルシア、せめてゲートから帰ってくれ。どうやって上まで登るつもりだ?」

「ふーちゃんに運んでもらうから平気」

 

 突然バトルコートがキバナくんのファンサコーナーに様変わりしているのを横目にフワライドにぶら下がる。このままふよふよ戻れば最短距離だ。ルシアも早くあれに参加したい。

 

「その格好不安を煽るからやめにしないか。半年に一回くらい、女性がフワライドに攫われてるって通報が来るんだぜ」

「はは、もう攫われた後なのにね。次は本当に根こそぎ無くなっちゃうのかな?どうなの、ふーちゃん」

 

 ふわわ、と鳴くフワライドは肯定しているように否定しているようにも感じられた。

 

「困るぜルシア、風船みたいに勝手に飛んでかれると。オレじゃあ見つけられない。なんせ、一緒に迷子になるからな!」

「キミは本当にリザードンなしで遠出しないで」

 

 首を振って、さっさと関係者席に引っ込んだ。一部の視線が纏わり付いて煩かったが、出したままのフワライドや声を張り上げて演説を始めたダンデのおかげですぐに消えて行った。

 しかし、一瞬ダンデの表情に過ぎった翳りはなんだったんだろうか。いつも通り、と言ってしまったら成長を否定するようで失礼にあたるけど、同じくらい成長をして縮まらない距離のままいつも通りの熱闘。バトル中は楽しそうに見えたのだが。

 

「何か異常事態でも?」

 

 相変わらず近辺にいたネズが、腕を組むルシアの横で立ち上がった。帰るつもりらしい。そういえばこの男、別に毎度いるわけじゃないから普段は中継で観戦してるのかもしれない。去年のエキシビションや今回は、偶然関係者席に立ち寄っただけか。もしくは、ルシアが毎度ここにいると知って来たか。

 あくタイプ使いということもあって、ネズはルシアにシンパシーを感じているフシがある。ジムリーダーの中ではルシアに最も気安い方だ。勿論、いまのキバナくんを除いて。ルシアが育てているポケモンは数で言えばゴーストタイプが多いが、ゴースト使いというわけじゃない。基本的にタイプは満遍なく。だが強いて専門タイプを語るならば、あくタイプ使い、ということになるだろう。

 

「いいや。勝った瞬間ヘンだと思ったけど、体調は悪くない」

「はあ。傲慢な話ですよね」

「なにが?」

 

 ルシアの言葉にネズは僅かに答えにくそうに唇を引き結んだ後、コート上のダンデを見下ろしながら口を開いた。

 

「そろそろ嫌になったんじゃないですかね。勝つの」

「チャンピオンが?」

「さあ。オレは生憎とチャンピオン経験がないもので。負けたことがない奴の気持ちは分かりませんけどね」

「そう。わたしも分からないわ。負けたことがない奴の気持ち」

「……ただ」

 

 同意したルシアに被せるように吐息のような声を吐いたネズは、「オレは歌手なんでね」と呟いた。

 

「歌にするならアンタよりダンデだ。最近ようやく、それが分かるようになった」

 

 どういう意味だろう。顔を顰めたルシアは隣のフワライドに手を伸ばした。ギュッと抱きしめて、凍るような冷たさに息を吐く。

 

「ダンデの賛美歌なんて掃いて捨てるほどあるわよ」

「掃いて捨てられるような曲をオレが書くとでも?」

「知らない、聴いたことないし」

「とことん周りに興味ないなアンタ」

 

 ネズは不服そうに片眉を釣り上げたものの、それ以上のコメントをしなかった。もう一度コートの方を見下ろして、愉快そうに顔を歪ませる。

 

「良いじゃないですか、負けたことがない男と敗者を愛する女。いい詩が書けそうだ」

 

 

 

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