あの日の功罪を清算せよ   作:テロン

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interlude-5




「もし、オレに罪があるとすれば」

「それはキミを殺したことだろう」

「もし、オレの功績を挙げるとすれば」

「それもやはり、キミを殺したことだろう」






あの日の功罪を清算せよ-1

 

 

 

「キバナくんはね、わたしの戦術が理想だって言ったことがあるんだって」

「ああ、うん」

 

 デヘデヘと照れているルシアを前に、うんうん唸っているダンデは曖昧な返事を返した。これは多分話を聞いていない。

 

「それいま知ったんだ?尊敬してるって何度か言ったつもりだったんだけど」

 

 キバナくんの方はスマホを弄っていた顔を上げて返してくれる。場所はいつもの仕事場。に、キバナくんが遊びに来ていた。チャンピオンカップが終わると休息期間に入るのはどこも同じだ。ふかふかソファーをキバナくんに提供し、ルシアはダンデの執務机でダラダラしていた。ダンデの方はローテーブルの横であぐらをかきながらポケモン図鑑を眺めている。

 

 応接室がちゃんと応接室として使われる稀有な例だ。少なくともルシアがこの部屋で働き始めてからキバナくんがここを訪れるのは初めて。ポケモンの育成風景なんてふつう他人に見せるものじゃないし、ライバル同士なんて余計お互いのそれを知りたがらないものらしい。

 ルシアの根城になっているから連れてこれなかっただけの可能性もあるが、指摘したくないので真実は分からない。

 

「当時キバナくんって子供じゃん?ネズによるとわたしの戦法は子供の教育に悪いらしい」

「あー……多分教育に悪いのって戦術だけじゃねえけど。ネズと接点あったんだ?つーか、当時のルシアがまず子供だろ?」

「そうだね。まあわたしの戦い方は真似しない方がいいとは思うけど」

「自覚あるんだ?」

「他人の戦法を真似するようなステージの人間が、わたしと同じことをやって勝てるはずがないもの」

 

 言い切れば、キバナくんが腹を抱えて笑った。ロトムに激写しておいてもらう。

 

「ルシア、こっちも真剣に考えてくれよ」

「それまだ半年以上先の話でしょ?」

 

 ダンデがさっきから図鑑とにらめっこしてるのは、弟とその友達に渡すポケモンの選定だ。今のところ選定条件としてルシアとダンデが同意しているのは二段階進化するポケモンであること、極端に扱いが難しすぎないポケモンであることの二点くらい。つまり全然絞れていない。

 

「確かに先だが、最近月日の流れが早く感じるようになってきたんだ」

「あー分かるその感覚。オレさまも、あれっもう月末か!って思うことあるし」

「歳下二人で年齢トーク始めないでくれる?」

 

 ルシアはチャンピオン引退後はイマイチ時間が流れている感覚がなく、気付けば一年経っているような有様だ。最近というかもう十年くらいそうだよと言うしかない。

 

「ドラメシヤはどうだろう」

「ドラゴンタイプもゴーストタイプも充分扱いの難しいポケモンだろ。それでいくとナックラーもヌメラもダメか。ココガラとかはどうだ?アーマーガアはかなり頼りになるだろ」

「ハロンタウンだからなあ。ココガラは多分その辺に沢山いるぜ」

「あー、田舎か。そりゃ確かに」

「ラルトスとかは?」

「進化がなあ。こちらで性別を決めることになるのは申し訳ない気がするぜ」

「一応オスを渡すという選択肢もあるが」

「バトルをする意志があって別のトレーナーのパートナーになる気があって初心者向きな性格で尚且つまだあまり育っていない幼い子で、さらに特定の性別となると……」

「難しいな?」

 

 意外と選択肢がない。一般的なトレーナーがどうやって最初のポケモンを手にするのか、ルシアはよく知らなかった。

 

「ヒトモシ……はゴーストタイプか。もしかしてオレさまたちが重用してるポケモン、初ポケモンには向いてないのか?」

「ヒトカゲは結構いい選択肢だと思うんだが、いかんせんオレの相棒だからな……」

 

 ペラペラと捲られていく図鑑がヒトカゲのページを示した。確かに炎単タイプでタイプ相性を学びやすく、ゆくゆくはリザードンに進化するポテンシャルを秘めている。ただ、今回ポケモンを渡す相手は今後ジムチャレンジに挑む可能性があるとのこと。ダンデの推薦を受けたチャレンジャーがヒトカゲを連れているとなると不要なやっかみを買う可能性もあるし、本人たちも比べられるような気持ちになるかもしれない。

 

「ダンデはマスタードさんのとこでもらったんだったか」

「そういうキバナは親御さんから譲られたんだろ?」

 

 頷いたキバナくんが「ルシアは?」と話を振った。

 

「最初のポケモン誰だったんだ?やっぱフワンテ?」

「うん、ふーちゃん。懐いてくれたからボール貰って捕まえたの」

「自分でゲットしたのか、珍しいな」

「いや、ゲットされたのわたしの方かも」

 

 物理的に。

 

「なんて?」

「そういえば、もう攫われてるとか言ってなかったか?あの時はキミがフワンテ系列が大好きだって話だと思ったんだが、キミの家族の情報が一向に出てこないことと関係があるか?」

「わたしの家族になんて興味あったの?まあ、そうだよ。わたしふーちゃんに色々と持ってかれてるの。だから家族もいないし、記録もないし、記憶もないから生まれて十年何してたかよく分かんないのよね。ポケモンのちからってふしぎ」

「キミそれ十年来の付き合いの人間に今初めて言うことじゃないぜ」

 

 半目になったダンデが文句を付けてから、何かに気付いたように瞬いた。

 

「待て、本当に何も覚えてないのか?」

「うん。名前くらいは覚えてたけど、ルシアっていうのが本当に自分の名前かは分からない。面白いよね、昔のわたしがどういう人間だったのか、知っている人は誰もいないの」

「それって。キミが最強だったのは十一年じゃなくて……。一年じゃないか」

 

 何時ぞやかの夜の話だ。十一年という節目でルシアの人生を区切ろうと提案された。根拠は、ルシアが十一の時にチャンピオンを降りたこと。

 

「まあ、そうだね」

「その時言ってくれて良かったんだぜ。十一年待っても意味がないって」

「は?一年でも十一年でも今更変わらないし。そもそも一年経った時に辞めようとしてたわたしを引き留めたのキミの方でしょ。意味がないと思ったらその時言ってるわよ」

 

 大体最強だったのが一年って、充分自覚してることを今更言わないでほしい。煽ってるのかと文句をつけようとして、ルシアは見えた光景に座っていた椅子を蹴り飛ばした。勢い余ってダンデの執務机の上にあったタブレットとマグカップが吹っ飛んでいくが、そんなことはどうでもいい。

 

「どうしたの、ダンデ」

 

 ぐちゃぐちゃに崩れた笑顔をしていた。罷り間違ってもチャンピオンがするものではない、何かを堪えるような、堪え切れずに溢れ出てしまった膿のような。あの日、チャンピオン戦で刹那浮かべたものと同じ。

 

 やっぱり、どこか悪かったのか。机を乗り越えてダンデの前に立っていたルシアは、その顔を包むように持ち上げた。育てたポケモンのケアをする時と同じ手つき、同じ動作。ルシアに与えられた天賦の才が、触れ方一つ、声の掛け方一つに最適解を告げる。同時に、思い描く理想形との差異を告げる。

 普通なら、そんなことはあり得ない。ルシアが勝ち取った栄光も名誉も自負も価値も全て奪い去った男。ルシアが完璧以外を許さず、超然とした偶像を作り上げた男。チャンピオンという形の無い輝きを、人の形に落とし込んだような無敵の男。そこに一点の翳りも許されない。緩く揺れる黄金の光が、ルシアの眼差しを受けて少しずつ元の光を取り戻していく。

 ピクリと頬が震えたのを最後に、ルシアはそっと両手を離した。

 

「ああ、冷たかったね、ごめん」

 

 幽霊のように、ルシアの指先は冷たい。ルシアの理想のチャンピオンは、常に火傷しそうな熱を放っていた。欠けた部分をまざまざと見せつけられるように、熱に触れた指先が痛みを放つ。

 

「大丈夫だぜ、ルシア。少し情報の処理に手間取ったんだ」

 

 嘘はない。隠したいこと、秘密にしたいことを暴くのが必ずしも正解でないこともある。仮面の下に何を抱えていようとも、それが剥がれないようにするのもトレーナーの役目だ。ルシアだってダンデのパーソナルな部分にまで干渉する気はない。

 

 そうだとして。ダンデにこの顔をさせたのは、ルシアか。

 

「外でその顔をしないで」

「ああ、オレが悪かった。大丈夫、キミの手腕に手落ちはないぜ。ただ、オレにも何かを間違えることとか、失敗することがあるんだ。未だにシュートシティですら迷子になるしな」

 

 そろそろ故郷のハロンタウンよりシュートシティの在住歴の方が長くなる青年が、そう言って笑った。

 

「せめてもう少し前に知りたかったぜ、ルシアのその話。それこそ、十年前とか」

「そう?でも大したことじゃないでしょ。多分ポケモンバトル以外は要らないなーってなって、余計なものをたまたま出会ったふーちゃんに持ってってもらったの。ねー、ふーちゃん?」

 

 呼びかければフワライドは嬉しそうに寄り添ってくれる。ルシアとこの子の間で取り交わされた約束の結果が今なんだろう。この子からは確かにルシアへの愛情を感じる。ポケモンの善悪は人間には測れないものだ。

 

「バトル以外は、か」

「ん?何か言った?」

「……いいや。キミの性癖と性格が終わってる理由の片鱗が見えたなと思ってな」

「なんだって?」

「記憶がなくなって人格すら曖昧なところで()()()と出会ったんだろ?キミのエース、なかなか性根がアレだからな……」

「アレって何よ。まあ本当に擁護できないんだけど……」

 

 ダンデはほぼ見えたことがないはずだが、まあ随分な言い草だ。ルシアのエースは確かにパンチの効いた子だけど。

 

「あ、初ポケモンはサルノリとか良いんじゃない?」

「いまの流れで話戻ることあるんだ!?」

 

 キバナくんの足元にじゃれついていたヌメラが、驚いて角をピンと立てた。この子はルシアのヌメラだ。進化する気のない子で、ヌメラのままではあるが見た目以上に鍛え上げられている。この部屋に入って初めて顔を合わせたキバナくんが苦笑いするくらいには。

 何か言いたげにモニョモニョしていたキバナくんは、結局溜息と共に首を振ってソファーに逆戻りした。ヌメラが抱えてもらってご機嫌な表情をしている。

 

「サルノリか。確かに良さそうだ。好みのタイプも人それぞれだし、あと二つくらい候補を出しておくか」

「あー、まあゴーストやドラゴンは危ないって遠ざけるのもこっちの過干渉だしな」

「で、キミらたまごを提供してくれそうなゴリランダーに心当たりはあるか?」

 

 周囲を見渡したダンデにルシアとキバナくんがぴゅーっと口笛を吹いた。一応ルシアは育てているけど、ルシアのとこの子は初心者向きじゃないので論外。

 

「野生のゴリランダー見たことある?」

「一回だけ」

「めっちゃレアじゃん……」

 

 頑張れダンデ。早いうちに考え始めて正解だった。

 

「てかこれ今日何しに集まったんだっけ?ダンデの弟たちに渡す用のポケモン捕獲計画?」

「そうだぜ」

「そうなんだ」

 

 なら家で良かったんじゃないの、と呟く。ダンデの方でもルシアの方でも良いが、キバナくんに来てもらえればいつでも今みたいな話が出来る。でもキバナくんがルシアの方じゃなくてダンデの部屋のベルを鳴らした場合、ルシアは憤死する可能性があった。

 

「家だとキミ、パジャマから着替えもしないじゃないか」

「そうだけど、それがなにか?ダンデだって部屋じゃたまにダルダルのスウェット着てるじゃん」

「あれはドラメシヤたちが引っ張るから……。じゃなくて、来客があった時用の部屋着は持ってるのか?」

「来、客……?」

 

 それはたしかに。キバナくんの前にパジャマで出て行く勇気はルシアにはない。そもそもルシアの家は訪問を想定していないので客を出迎える準備なんてない。

 

「ちょっと待ってくれ。お前らご近所さんなワケ?」

「そうだぜ!隣の部屋なんだ」

「あのマンションの?ワンフロアふた部屋しか無かったじゃねえか!」

 

 そういえばキバナくんはちょこちょこダンデの部屋に遊びに来ていたらしい。プライバシーに配慮してかそういうことがポケッターにアップされることはないので、壁一枚隔てた先にキバナくんがいることにルシアは全く気付いていなかった。だが隣にルシアがいることくらい、キバナくんが知っていても良いだろう。

 

「ダンデ、キミさあ。わたしのことあまりにもキバナくんに話してなさすぎ。どう考えても仲立ちするのはキミなんだから、むしろキミがわたしのことをキバナくんに売り込まなきゃいけなかったんじゃない?」

「再三重ねてルシアに悪意がないことは伝えてフォローしてたぜ。むしろ板挟みになっていたのはオレの方だ。個人的にはキバナの方に同情的だったけどな」

「なんでよ!」

「言わなきゃ分からないか?会う機会がある度にキバナ相手にやらかしてたのはどう考えてもキミの方なんだが」

「はは、まあまあ昔の話だろ」

 

 笑うしなかったキバナくんが半笑いで取りなした。腕の中のヌメラがもっと撫でろと言わんばかりに体を擦り付けるせいでパーカーが粘液まみれになっている。毎度思うけれど、キバナくんがドラゴンタイプのポケモンに触れる手付きはさすが専門家と惚れ惚れするものだ。ルシアがポケモンとの触れ合い方に煩い方だから特に目に留まるのだろう。愛情深さと気高さが両立するドラゴンポケモンに対して、同じ巣の仲間のようにするりと懐に入り込む。生来の人懐こさと人の良さがなせる技だ。

 この善性溢れる陽だまりのような温かな人が、ちょっと前までルシアを見かけると笑顔を痙攣らせ言葉少なに視線を泳がせていた。思い出しただけで胸が熱くなってくる。

 

「困らせて楽しんでただろ、キミ。それをもうちょっと隠せてたらまともな会話になっただろうに」

 

 十年分くらいの凝り固まった鬱憤を晴らすように、ダンデが重苦しい溜息を吐いた。ルシアとキバナくんの複雑な関係にダンデも相当気を揉んでいたらしい。

 

 実際ちゃんと話せばキバナくんとルシアはすぐにいまの関係になれた。数年ぶりにワイルドエリアへ向かったルシアの行き先にたまたまキバナくんがいたというミラクルはあったけれど、試合抜きで話すような場があればルシアの愉悦指数も控えめで、キバナくんのメンタルも穏やかだったというカラクリ。気付いていただろうに場をセッティングしなかったのはダンデだが。

 

「うへへ、わたしって選手時代から相手を困らせたり絶望させるの好きだったもの。キバナくんが気まずそうにしてたところも可愛かったよ」

「嫌がらせ戦法とか言われてたけど、実際それで勝ってたもんな」

「キミも慣れてきたな、キバナ」

 

 によによしているルシアを完全にスルーしたキバナくんに、ダンデが思わず拍手を送った。

 

「あれ、でももしかしてこういうところ見てキバナくんは幻滅した?尊敬してくれてたんでしょ?」

 

 ルシアの態度込みで尊敬してると純粋に言い切れるほどの妄信は感じない。強さだけを信奉する層も一定数いるけれど、そういう奴等ほどルシアの敗北で掌を返した。

 

「幻滅っていうか、直接話すとホンモノなんだなぁと思ったというか。テレビで見ていたルシアが目の前にいるんだなって感心してたぜ」

 

 面白い感想だと思った。

 かつて、「キミは直接話すと案外普通だ」と言い放った少年がいた。まあそこの顎髭のことだけど。キバナくんが今言ったのはそれと真反対の意見だ。

 

「オレはルシアの勝ちに貪欲な戦い方、好きなんだ。全部の手が勝つためだって叫んでるみたいで。ルシア、あんま見るからに強そうなポケモンを使わないじゃん?いやまあ、一体やべえのいるけどさ」

「まあ、そうかな?」

 

 相棒のフワライドも、アタッカーを張るタイプのポケモンじゃない。ルシアも基本初手で繰り出して後続にバトンタッチするような戦い方をしていた。磨いたわざは最後の一体までもつれ込んだ時に初めて牙を剥く。

 キバナくんの言ったやべえの、というのは今日も不貞寝しているあの子のことだろう。頻繁に構成に組み込んでいたわけじゃないが、要所要所でルシアが局面を託していたエース。簒奪者ルシアの代名詞。

 

「だから、バトルの戦術ってこういうものを言うんだってルシアのバトルを見て初めて知ったんだ」

 

 懐かしいな、と目を細めたキバナくんが絵になりすぎで集中が途切れたが、ようはポケモンの地力じゃなくて戦い方で相手を追い詰める姿が新鮮に映ったということだろう。

 キバナくんの言葉に、ダンデが僅かに反応を見せた。図鑑を完全に手放して、くすりと笑う。随分と、大人びた笑い方をするようになったものだ。

 

 実際、キバナくんの一つ上なのだから、ダンデから見たキバナくんはルシアから見たダンデのように、どこか未熟に映るのかもしれない。

 

「キバナは、ルシアとバトルしたことはなかったな」

 

 周知の事実を改めて口にして、ダンデはゆっくりと口元を覆った。

 

 

 

 

 

 

 また、ジムチャレンジの季節がやってくる。再三に渡るローズからの食事の誘いを今年に限ってはズルズルと引き伸ばしていたルシアは、とうとうキレたオリーヴに連行されてロンド・ロゼにいた。

 

「相変わらずですね、ルシアくん。この挨拶を去年もした気がします」

「相変わらず、じゃないでしょ。ここぞとばかりにわたしをこき使ってた癖に」

「きみはこのジムチャレンジで退職する予定なんでしょう。少しくらい良いじゃないですか」

 

 少しくらい、というレベルではなかった。従来ダンデのチャンピオン業務はリーグから要請と共に人員が寄越され、ダンデとリーグの間で遂行されるべきものだ。ダンデと直接契約しているルシアはリーグの仕事とは一定の距離を置いている。

 勿論完全に無関係というわけにもいかず、リーグ側の手が追いつかないところやダンデのキャパを超過した分なんかはルシアがカバーしていた。が、今年に限ってはそれがあまりにも多すぎる。ちょっとしたインタビューからコラボ商品の企画、初心者向けのバトル教室の手配、なんならそこで使うレンタルポケモンの準備までルシアに降ってきていた。レンタルポケモンについては完全にリーグ側の采配ミスで、当日ルシアが用意したポケモンたちはフリーダムに暴れ散らかして公民館をひとつダメにした。

 

「今年はダンデが張り切っててここ十年で一番迷子なの。連れ戻すだけで大変なんだから、臨時手当くらい出てもいいのに」

「ダンデくんに言えばいくらでも出すでしょう。交渉してみては?」

「迷子手当一回十万円、とか?」

「十万で良いんですか?きみも案外金銭感覚は普通ですね」

 

 普通じゃないぞ、とこの場に第三者がいれば口を挟んだだろうが、生憎と貸切のレストランには感情を排したウェイターしかいなかった。

 

「それで、ダンデくんが張り切っているというのは、弟くんのことでしょうか?」

「知ってるなら疑問形にしないでくれる?」

 

 結局選んでもらうポケモンはヒバニー、サルノリ、メッソンの中から一匹に決まった。ついこの間ようやくたまごが孵ったところで、今頃ダンデは初心者トレーナーのパートナーになって欲しい旨を熱弁しているところだろう。彼らの気が向かなければ、ダンデの知り合い総出で孵化作業に励む事になるようだった。ルシアは手伝う気がないのでキバナくんから聞いた話だが。

 

「わたくしも今日は忙しいので要件は早めに終わらせましょう。退職後の進退は決めましたか?」

「さあ?ダンデが紹介してくれるらしいから知らない。そもそもわたし、辞めるなんて一言も言ってないけど」

「おや、辞めないんですか?」

「さあね。どっちだとしてもあなたに関係ないでしょ」

 

 ダンデとローズの間のやり取りがどのように交わされたのかルシアは知らない。そもそもローズが握っている情報がダンデから出たものだという確証もない。ローズに悪感情がある訳ではないが、好感情がある訳でもない。情報を渡す義理もなければメリットすらなかった。現状、ローズとルシアは無関係の人間だ。

 

「昨年も言いましたが、わたくしはひとりのガラルを愛する者として、きみがガラルを滅茶苦茶にしないか気に病んでいるだけです」

「いつか爆発するって話?いつになるんだろうね」

「案外近いんじゃないかと思っています」

 

 いえ、推測している。

 

 訂正して、ローズはいつも通りテーブルにキバナくんグッズを積み上げた。出すもの出してもらえばルシアも穏やかだし、後は帰るだけ。

 

「ひとつ聞いておきましょう。チャンピオンダンデは、きみの理想のチャンピオンになりましたか」

 

 立ち上がったルシアへ向けられた言葉に、暫し答えを模索する。

 元はと言えばこの男に鮮烈なチャンピオンのイメージ像があって、それがルシアのそれと重なっていたが故に協力を求められたと理解している。ローズとルシアはお互いの脳内にある理想図を一度も擦り合わせたことがなかった。この点について意見を交わしたことすらないが、それで上手く回っていた。

 

「見ての通りだ。あの子は生まれついてのチャンピオンだよ」

 

 果たしてローズとルシアが注いだ心血が、どれだけダンデのチャンピオンとしての姿に影響を与えただろう。何をせずともガラルはダンデに熱狂したのかもしれない。

 

 完璧だった。チャンピオンとして、これ以上を望むべくもない。

 

「おかげで、理想のチャンピオンほど最悪なものはないって思い知らされた。結局わたしはあなたが言った通り、負けてぐちゃぐちゃになっている人間が好きなんだ。あれはわたしが育てた子じゃないから……完璧であればあるほど、勝てば勝つほど憎たらしく思えてくる」

 

 この世で最もルシアの好みから外れた人間が、ダンデだ。そうあれかしと望みながらも、勝ち続ける姿を疎ましく思う。

 

 十年分の記憶が飛んでいるルシアの人生において、ダンデが占める割合は大きい。生活にこれ以上もなく食い込んでいて、ルシアにとってダンデは幼馴染と言ってもいい存在だった。

 けれども、ダンデにとってルシアはそうじゃない。ダンデには本当の幼馴染がいて、弟や両親がいて、ライバルで親友な存在がいる。前二つにルシアは会ったことがないし、最近まで最後の一つですらまともに話すことはなかった。

 どれも、ルシアがダンデに沸々と怒りを抱えているからだろう。ルシアは常に誰かを滅茶苦茶にしたい衝動を抱えている。手綱が緩めば、ダンデが大事に思う人間へ容易に牙を剥くだろう。だからダンデの対応は正しいし、ローズの懸念も正しい。

 

 ポケモントレーナーとは、少なからず勝利に酔いしれるもので。ルシアは、誰かを負かすことで自分の価値を確かめていた。

 

「ありがとう、ルシアくん。きみがそこまでお墨付きをしてくれるのであれば、わたくしも安心しました」

 

 自分も席を立ったローズが、ルシアの漏らした感情を拾うことなく朗らかに笑った。

 

「チャンピオン戦まで暇でしょう。ヨロイ島にでも行って羽を伸ばしてきたらどうですか?」

「いきなり何。エキシビジョンは見るし、チャンピオン戦まではダンデとポケモンの調整があるんだけど」

「そうでしたね。どちらにせよ、もうきみの動向は関係ありません。わたくしはチャンピオンダンデの勝敗に影響を受けないプランを組みました」

「どういう意味」

 

 ダンデが負ける可能性を考えているような言い方だった。だが同時に、ダンデの勝利を心から信じている人間のようにも見える。

 

「きみは舞台から降りたんです。知る必要はないでしょう」

「無かったらあなたは態々わたしを呼び出してこんな話をしない。あなたが今何かの算盤を弾いたことは理解できる」

「ええ、その通り。ダンデくんには何度も断られましたが、わたくしは諦めていなかったという話です。ここ数年、きみの知らないところでわたくしとダンデくんは百回にも渡る話し合いを重ねました。何故わたくしがきみとダンデくんの間の個人的な約束ごとを知っていると思いますか?ダンデくんに今年まで待てと指定されたからです」

 

 何の話をされているのか、ルシアにはてんで理解出来なかった。

 

「かつての仇敵が手を取り合うシチュエーションも魅力的だとわたくしは考えました。ダンデくんはそうは思わなかったようですが」

「そう」

 

 少なくともローズが何か大それたことを考えていて、ダンデがその共犯者であり、二人の間ですら合意が取れていないということは理解できる。ローズが何かを企むとしたらそれはガラルに関わることだ。ダンデが拒むとしたら、それはきっとチャンピオンとしての責務を阻害するもの。

 チャンピオンの責務はいくつかある。ガラルリーグの頂点としてふさわしい姿を見せること。決して敗北をしないこと。人々に好かれる好青年であること。超然とし、なおかつ親しみを見せること。あらゆるトレーナーの規範であること。

 

「ガラルを滅茶苦茶にするって、わたしじゃなくてあなたの話なのね」

「いいえ、ルシアくん。わたくしは千年先のガラルの未来を夢見ています。それをあなたに踏み潰されては堪らない。そういう話ですよ」

「へえ、そう言われると滅茶苦茶にしたくなってきた」

「再度いいえを返します。トレーナー、ルシア。わたくしはダンデくんありきでことを起こします。きみはダンデくんに挑みません。自分のチャンピオンに決して恥も敗北も許さない。であればもう、きみは脅威ではないんですよ」

 

 ふう、と息を吐いた瞬間、ポケットに入れていたボールから銀色の光が飛び出してきた。

 

「ギルガルド!?」

 

 ダンデのギルガルドだ。ここに来る前彼から預かっていた。こういう場面を想定していたとは断言出来ないが、ダンデにもルシアの知らない一面はある。ルシアの苛立ちに反応して出てきたということは、この子は。

 ──ルシアを肯定している。

 

「……せいなるつるぎ!」

 

 わざを指示すれば、ロンド・ロゼの最上階フロアの床に亀裂が走った。ルシアを守るように浮遊するギルガルドがその剣を納める。飛び退いたローズが両腕を掲げて降参を示していた。

 

「すみません、些か煽り過ぎました。ダンデくんにも謝罪しておきます」

「わたしは侮られるのが嫌いだ。次は首を狙う」

「落ち着いてください。チャンピオンのポケモンに前科をつける気ですか?」

「わたしは何に置いても自分を優先する。ポケモンたちがそれに応えたなら、わたしが何よりも正しかったということだ」

 

 睨みつけているルシアに対して、ローズは寛容だった。苦笑するくらいで、大した動揺も怯えも覗かせない。

 

「そうですね。きみはそういう人です。ポケモンたちが応えないなら、きみは間違っていたということだ」

「煽るなと言ってる」

「これは失礼。その時だと思ったら、どうぞナックルシティへ。最後ですから、きみの出禁は解いておきます。存分にガラルを見て回るといい」

「わたしに何をさせたいの?あれこれ言って興味を引いて、抱き込もうとしたり遠ざけたり。そのくせ肝心なことは口にしない」

 

 それはきっとダンデも同じだ。勝手に期待して勝手に失望して、勝手に祈りを向けている。気に食わない。はらわたでうねる怒りを飼い慣らして、ギルガルドをボールに戻す。

 

「きみはその人生の全てをガラルリーグのチャンピオンという存在のために費やしてくれました。わたくしがきみに報いることが出来るとすれば、きみが失ったものを取り戻す手伝いをすることくらいです。それがわたくしにできる唯一の罪滅ぼしでもある」

「罪、ね」

「はい。わたくしたちは皆、同じ罪を抱えている」

 

 ずっと違う話をされ続けているような気がした。けれどもローズにとって、全ては繋がっている話なのだろう。

 

「きみに接触するのはこれで最後にします。ですので、最後に感謝を。ありがとうございました、チャンピオンルシア。ガラルリーグに輝く星のひとり。きみが生み出した熱狂を、ガラルは忘れないでしょう」

 

 はは、と乾いた笑いを零す。もう話すこともないと窓ガラスを蹴り砕いたルシアは、躊躇うことなく夜の闇に身を投げた。

 

「言う相手を間違ってるよ」

 

 シュートシティの空に赤い炎の線が引かれる。しっかりとルシアの体を抱きとめて飛び去っていく後ろ姿を見送りながら、ローズはぐちゃぐちゃになったフロアでひとり、修理代に思いを馳せていた。

 

「全く、嫌いだと公言する相手をあそこまで信頼するとは、どういう気分なんでしょうね」

 

 

 

 

 

 メッソンが帰ってきた。帰ってきたと言うか、選ばれなかったというか。二匹を選んでもらう都合上、一匹はあぶれてしまうものだ。ダンデの弟はサルノリを、その友達はヒバニーを選んだという。まだまだ先だ、なんて言っていたが、ダンデは弟たちに推薦状を渡したらしい。今年のジムチャレンジはチャンピオンの推薦状を持ったチャレンジャーが二人参加することになった。

 

 ジムチャレンジの開会式も終わり、ダンデの元で育てられることになったメッソンはぴいぴい泣きながらも楽しそうに修行に励んでいる。トレーニングルームで跳ね回るメッソンを見守りながら、ダンデもルシアも忙しなく手元のタブレットを操作していた。ポケモンの強さを数値化したり、トレーニング計画を立てたり。いつもの光景だった。

 

「ホップとユウリ、もうターフジムを突破したらしい。良いペースだな」

「ターフジムって何番目だっけ?」

 

 ルシアの言葉にダンデはちょこんと首を傾げた。知らないらしい。それで何で攻略ペースの話をしたのだか。

 

「一応聞いておくがルシア、今年はジムチャレンジに何も仕込んでないよな?」

「今年はって何。何もしたことないけど」

「去年はターフジムにウールーを仕込んでただろ。忘れたとは言わせないぜ?」

「あーあれ。混ざりたいって言ってたから見送っただけで、わたしは何もしてないわよ?」

 

 シュートシティから自力でターフタウンに向かって、ジムのウールーと仲良くなって遊んだ後、自分で戻ってくるかと思えばダンデに捕まって護送されていた記憶がある。ルシアのポケモンたちはみんな自由気ままだから、それぞれがやりたいことを好きなようにやっている。一匹ほど十年拗ね散らかしてる子がいるけれど。

 

「今年はきみの子たちはみんな家にいるんだな?」

「ええ。みんなそういう気分じゃないみたい」

「なら良いんだが」

 

 そんな会話から舌の根も乾かぬうちに、ルシアは夜中にこっそりと、育てているフワンテたちを空に放った。気の向くまま、風の向くまま、ガラルの空に飛び立っていく。

 

 ローズとの会合がどういう意味であったか、ルシアは空中でルシアを受け止めたダンデに聞かなかったし、ダンデもどういう話の流れでルシアが窓からの帰宅を決行したのか問わなかった。ナックルがどうとか言っていたけれどルシアは疎まれてまであの街に近寄る気はないし、ガラルを回れと言われても従う気はない。調べてもないし、備えてもない。多分ローズはこうしたルシアの動きを全て読んだ上であの日の言葉を選んだんだろう。

 つまり、本気だ。

 本気で、ローズは今年のジムチャレンジで何かを起こすらしい。ローズはその場にルシアがダンデと並んで参加することを望んでいて、ダンデはそうじゃない。

 

「ルシア」

 

 風の冷たい夜だった。起きているだろうなと思ってはいたけれど、隣のベランダから声がかけられる。コンクリートの壁が隔てていて様子は伺えない。声の響き的にルシアと同じく空を見上げているような気がした。ベランダの窓を開ける音は聞こえなかったから、ルシアが出てくるより前から。彼もまた、ルシアがどう動くか読んでいるような雰囲気があった。

 

「わたしはどうも、キミという存在から逃げられないねえ」

「逃げたいのか?もう逃げた後なのに?」

「はは、煽るなよ」

 

 手すりに寄りかかって、ルシアは星空に出鱈目な線を引く。昔の人は星を繋げてポケモンや道具の形を見出したとか。どういう形だとしても、ルシアが描く形が理想形だ。そういう自負に縋って、ルシアはここまで生きてきた。ルシア以上に何でも上手くこなす人間のそばで。

 

「約束、忘れてないよね。今年のジムチャレンジが終わったら、キミはわたしに幸せな人生というやつを用意するんだよ」

「勿論、忘れてないさ。期待してくれと言っただろ」

「キミに期待するのは嫌だなあ」

「オレはどこかでキミの期待を裏切ったか?」

 

 さあ、どうだろうか。チャンピオンとしての姿はこれ以上もなく。トレーナーとしての姿も同じく。隣人としても仕事相手としても遠ざけるほどではなくて、ただ人としてルシアには受け入れ難い人間だった。それはもう、本能的に。ルシアは勝者が好きじゃない。

 

「で、実際誰を紹介してくれるの?キバナくん?」

「キミ、キバナと結婚したいタイプのファンなのか?」

「え。あんま考えたことなかったけど……。あれ、結婚するならキバナくんってあまりにも好条件過ぎない?」

 

 バトルの腕は言わずもがな。仕事はジムリーダーということで知名度も稼ぎも良いし、宝物庫の管理人でもあるから歴史に造詣が深く、インテリ属性も持ってる。浪費家でもないし、女遊びの噂も聞かないし、ポケモンへの接し方を見ていれば愛情深い性質なのは容易に想像がつく。人懐こいし子供にも人気があって、ファン対応も神懸かってるから家族サービスも豊富そう。

 

「え、完璧じゃない!?」

「オレも今考えて同じことを思ったが、キバナって凄かったんだな……」

「その点わたしたちって……」

 

 バトル以外に何か誇れるものがあるだろうか。ルシアなんか惨憺たる有様で、ダンデについてもバトル抜きの人間性は想像し辛い。ルシアの前だとこれでもバトル関連の話を控えているが、ひとたび解き放たれると日が暮れるまでバトルの話をするしバトルのことばっか考えている人間だ。そういう人間がチャンピオンになるのだと言われたらそれまでだけど。

 

「……まあ。オレはキバナとキミにはそういう仲になって欲しくないけどな」

「それはまた、なんで?」

「怒らないってことはキミにもそのつもりはないんだな。安心したぜ、これでキバナは永遠にオレのライバルだ!」

「盗られると思ってんの!?というか、キミも大概キバナくんへの感情ぶち壊れてるよね!?」

「そりゃそうだろ、キミにだって分かるはずだ。キバナは、特別だ」

 

 まあ、分かる。なんでルシアがこうもキバナくんに執着してるのか。何故ダンデが一度も負けたことがないのにキバナくんをライバルとしているのか。

 人間には二種類いて、高すぎる壁を前に心が折れる奴と、自分とは違うのだと納得してしまう奴がいる。前者は例えばルシアのように、ポケモンバトル自体を辞めてしまう。後者はジムリーダーたちのように、チャンピオンという壁を認識しながらも己のスタイルの中で最強を目指している。

 キバナくんは、そのどちらでもない。目の前の壁が見えていないわけでも、ぶつかったことに気付いてすらいないのでもなく。ガムシャラに壁に向かって走れる人間は、ある種の理想形だ。

 

「すごいよなぁ、キバナくん。キミのライバルをもう十年やってるんだ」

「キミは十年経たずに現状に根を上げたもんな」

「顔見えてないからって棘が多くない?誰だって今があと十年続くと言われたら恐ろしくなるものでしょ。キミだって。勝つのが嫌になったんじゃない?」

 

 ルシアの言葉に、すぐには返事が返らなかった。多分、気分を害したんだろう。ルシアが言われたらバチギレする自信がある。

 

「すまない、ちょっとキミから出る言葉だとは思えなくて、飲み込むのに時間がかかった。ローズさんやキバナあたりの言葉とも思えないな」

「スパイクジムリーダー」

「ネズか、なるほど。そういえばこの間曲を贈られたんだが、どうすればいいと思う?」

「わたしに聞かれてもなあ。ダンデ個人に贈られたんならプライベートでしょ。好きにしなよ」

「せっかくのネズの曲をオレの中だけで眠らせておくのはあまりに勿体無いんだが、公表するにはこう、余りにも赤裸々すぎて」

 

 恥ずかしくて最後まで聞けてないらしい。一体ネズはどんな曲を贈ったんだろうか。

 心底困り果てたようなダンデの声色にひとしきり笑って、ルシアはふうと息を吐いた。夜風に晒されたからだを摩る。ルシアは体温が著しく低いからいいとして、子供体温のダンデはそろそろ中に入らないと身体に障る。

 

「そうだ、最後に一つ。ちょっと前にねがいぼしが降ったんだ。キミは知っているか?」

「知ってるわけないでしょ。確かに珍しいけどそこまで話題になるほどじゃない」

「キミの元にも降ったと聞いたぜ。キミはほしに、どんな願いをかけたか覚えているか?」

 

 ルシアの返答を意に介さない問いかけに、手すりを離れて星空に背を向けた。

 ルシアの元に降ったねがいぼし。ルシアの最初の記憶。

 

 ダンデと最後のバトルをした時、両者のねがいぼしを加工して作られたダイマックスバンドは余波で千切れて吹き飛んだ。ダンデは修復して今も使っているが、ルシアはもう手放している。強い願いを持った人の前に降ってきて、手にすれば願いが叶うとされているその石は、ルシアの願いは叶えなかった。

 

「負けたくなかったの。誰にも」

 

 それだけだったのだ。あまりにも軽い。風船のようにふわふわと飛んでいってしまいそうなくらい。

 負けたくないと、空っぽになったルシアは純粋にそう願ってねがいぼしを拾い、一年後に投げ捨てた。

 

「それは多分、キミの願いが()()()()()()からだぜ」

「なにそれ。じゃあなに、キミはわたしの願いを知ってるの?」

「ああ。キミの願いは、オレと同じだ」

「へえ?じゃあわたしと違ってキミは願いを叶えたんだね」

 

 ルシアに足りないいくつもの要素が、ダンデを構成している。ほんのり嫌味を込めたルシアの返事に、壁越しのダンデは小さく笑った。

 

「いいや。キミの願いは叶ったんだ。オレはずっと、そう確信してる」

 

 

 

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