あの日の功罪を清算せよ   作:テロン

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あの日の功罪を清算せよ-2

 

 

 

 ファイナルトーナメントの当日。ルシアはろくにテレビを見ずにシュートスタジアムの上空をポケモンと一緒に飛んでいた。なので、その瞬間を目撃していない。

 どうやら、キバナくんが負けたらしい。それも、ジムリーダーではなくチャレンジャーに。負けちゃうんだったら画面越しでもちゃんと試合を見ておけばよかった。

 

 そういうことならチャンピオン戦を観に行く動機もない。なんか消化不良な終わりだけど、ルシアにとってのジムチャレンジはこれで終わりだ。チャンピオンマッチの時間を迎えて、シュートスタジアム前のモニターにバトルコートの様子が映し出されるのをボンヤリと眺めていた。

 

「家に帰ろっかな。どう思う?ふーちゃん」

 

 ルシアを頭上に載せて漂っていたフワライドに声をかける。試合前にダンデからはフルバトルが出来るくらいのポケモンを連れて来てくれと言われていたので、今ならルシアは大概のことが出来てしまえる。このまま真下のスタジアム前に降りたら大恐慌が起きるだろう。

 

「ってあれ、まだ降りてないのに騒がしいな」

 

 口々にモニターを指して集まった民衆が騒いでいる。ブルリとフワライドが体を震わせた。何かを感じ取ったのだ。頻りに一方向を気にしてる。

 

「あっちは、ナックルシティ……?」

 

 溜息を吐いて一気に地上へ降下する。スルスルと何事もなくチャンピオンマッチまで進むものだから拍子抜けしていたのだが。あのローズが有言実行しないなんて、その方があり得なかったか。

 

「っあ、ルシア……」

「ねえ、なにがあった。チャンピオンマッチはやらないの?」

 

 適当にその辺にいた人間を捕まえて問いただす。もだもだして要領を得なかったが、試合開始直前にローズがモニターをジャックし、ブラックナイトを始めると宣言したらしい。それで試合は中止になったと。なんでこのタイミングなのか。ダンデが勝っても負けても関係のないタイミングって、昨日とかでも良かったんじゃないか。

 

 心の中でローズに文句をつけていると、スタジアムの影から高速で二つの影が飛び出していった。リザードンとフライゴン。言うまでもなく、ダンデとキバナくんだろう。向かう先はナックルシティだ。ローズはルシアに時が来ればナックルへ向かえと告げた。

 

「あの、ルシアさん」

「は?なに、まだいたの」

 

 事情を話させたその辺の青年が、意を決したように両手を握りしめる。気付けば周囲の注目を集めていた。嫌な雰囲気だ。

 

「僕らはどうすれば良いですか?何か、出来ることはありますか?」

「なんでわたしに聞くの?こちとら今日限りでダンデのお守りも卒業予定の一般人なんだよ」

「一般人……??」

「なにか??」

 

 疑問符をつけて鸚鵡返ししてきた青年を蹴り飛ばし、遅れてスタジアムから飛び出てきたジムリーダーたちに目を細める。あちらに聞いた方が余程状況を把握しているだろうが、果たしてルシアがそこまでしてあげる義理があるだろうか。

 

「先代チャンピオン、ルシア」

 

 真っ直ぐこちらに向かってきたネズの言葉を待ちながら、寄り添ってくるフワライドのからだを撫でる。わざわざルシアをチャンピオンと呼んだということは、ルシアを逆上させるリスクを承知でここに留め置こうとしているのだ。

 

「ダンデが一番事情を把握していそうでした。アンタが知っていることは?」

「何も?」

「ここで嘘はやめてくださいね?」

「本当に、何も。ブラックナイトって何ってレベル。わたしが知っているのはローズがダンデの力を借りようとしていたことと、ダンデが拒んでいたことくらい」

 

 そのくらいの概況は彼らも掴んでいたらしい。大して増えなかった情報を元に、各ジムリーダーたちがそれぞれ散らばっていく。ナックルの応援に行くのか、各街の確認に行くのか。

 いい加減周囲の視線が鬱陶しくなってきた。まとめて一掃するのもいいかもしれない。どうせここには止める奴もいないし。

 

「アンタはナックルに向かってください」

 

 多分そうしたルシアの苛立ちを感じて、ネズが口早に畳み掛けた。火に油を注いでどうする。

 

「必要性を感じないな。ダンデがもう向かってる」

「戦力の逐次投入なんて愚の骨頂って奴です。ダンデがブラックナイトを、キバナが市民をとすると主犯であるローズには手が足りない。そうでなくても万全を期する必要がある。現状この場で最高の戦力は先代チャンピオン、アンタです。誰に聞いても同じ答えを返す」

 

 バチ、と空気が裂ける音が走った。ルシアの苛立ちはそのまま、ポケモンたちの苛立ちだ。いかんせんフル装備を連れてきてるのもあって、この場を容易に火の海にできるスイッチがカタカタと揺れていた。

 

「惨めなこと言うねえ、十年も前に引退したトレーナー相手に。どれだけ衰退すればそんな馬鹿げたことを言える地方になれるの?」

「その手には乗りませんよ。ガラルリーグ規定には非常時の命令権に序列が設けられてます。まず委員長、不在であれば副委員長、それも不在ならチャンピオン、次にトップジムリーダー。それでも居なけりゃその年のジムチャレンジの位階順に下がっていきます」

「はあ、それで?」

「つまり今この場の責任を預かってるのは七番目の門番、スパイクジムリーダー、ネズになります。そしてリーグには有事の際に近隣の住民、公的機関、トレーナーに助力を求める権利がある」

「断る権利もあるはずだね。まさかわたしが善意の協力なんてものをするように見えてるわけじゃないと思うけど。わたしに拘ってる暇があるなら出来ることの一つや二つあるんじゃない?」

「キバナも向かいましたが?」

「だから何?」

 

 ルシアの返しは意外だったのか、言葉がやんだ。キバナくんにどうこう言うつもりはないけれど、ルシアが誰かを手伝うだとか、助けるだとか、そういう行為を行うわけがない。常にルシアは敵として立ちはだかる側でありたいし、追い詰められる様をできる限り長く見ていたい。

 

「って返すところだけど、まあいいよ。どうせ今日が最後だ。行くだけね」

 

 本来ならチャンピオン戦の後にするはずだった挨拶をしに、ちょっとキバナくんに会いに行こう。ひょっとするともう会えないかもしれないし。それはそれでどうなんだ。もしかしてルシアはキバナくんと人生を天秤にかける必要があったり?

 

「ダイマックスポケモンが暴れているという報告が入ってます。どうやらブラックナイト下では無闇にダイマックスを行うと危険らしい。まだまだ情報が少ないですが、気をつけて下さい」

「誰に物言ってんのよ。じゃあふーちゃん、ナックルまでお願い」

「いや急げって言ってんすよね!フワフワ漂うんじゃくて!アーマーガアタクシー呼んできますから近場まではそれで……」

「わたし公共交通機関の利用禁止されてるのよね〜。それじゃ、サヨナラ」

 

 プカリと浮いて、歩くよりはマシな速度で空中を漂い始める。下ではまだネズがガミガミ言っていたが、ルシアが気に留めることはなかった。

 

 

 

 

 

 ブラックナイトとはなんだろうと思っていたら、言葉の通り黒い夜のことらしい。まだそんな時間じゃないのに空が暗くなり、雷鳴が轟いている。

 

「よっすー、キバナくん」

「ルシア!来てくれたのか」

 

 雷に撃ち落とされてもなんなので途中からテコテコ歩いてナックルシティ入りしたルシアは、無人の街を歩いてナックルジムの入り口までやってきていた。慌ただしくジムトレーナーに指示出ししている最中だったキバナくんに声をかける。

 

「フワンテ、ルシアのだよな?すげえ助かった。まあビビったけど。トレーナーいねえのに強過ぎて……」

 

 顔を引きつらせているキバナくんの後ろから、四体のフワンテが顔を出した。深手を負った子はいないが、戦いの後らしい様子が伺える。少し前にルシアが空に放ったフワンテたちのうちの一部だった。

 判断は任せていたけれど、キバナくんに助太刀すべきと考えて行動していたらしい。

 ルシアの育てたポケモンたちはそれぞれがルシアと同等の思考を以って最善と思ったように行動する。今ガラルには三十くらいのルシアの意思が点在しているとも言えるから、当の本人がどこでどうしてようと大した話ではなかった。

 

「何と戦ったの?」

「いきなりポケモンがダイマックスして暴れ始めたんだよ。避難は完了したが、街の被害はどうにもならねえな」

 

 ナックルは歴史ある街なので、どこが壊されても文化的損失は大きい。ルシアは放ったフワンテたちがだいばくはつを選択して街もろとも自爆しなかったかを一瞬考えたが、すぐに非常事態だし、と棚に上げた。多分一匹でいるところで自滅した子はいないだろう、多分。

 

「さっきユウリとホップがローズ委員長がいるっていう地下プラントに向かったぜ。ダンデは屋上だ」

「へえ。ユウリとホップってだれ?」

「ジムチャレンジはともかくファイナルトーナメントも見てないんだ?ホップはダンデの弟、ユーリはそのライバルで今年のファイナルトーナメント優勝者だ!」

「ああ……」

 

 ダンデが推薦状を渡した子たちは、見事セミファイナルまで辿り着いたらしい。それで、片方がキバナくんを破ったと。初チャレンジで初優勝。十年前に何度か見た字面だ。そしてここ十年さっぱりと起きなかったどんでん返し。

 

「ダンデは一人で充分だって言うが、やっぱり助太刀に行ってくれないか?あの二人はまだ子供だし、心配なんだ」

 

 キバナくんの表情があまりよろしくない。心配なのは子供たちのことだけじゃないのだろう。二人は親友でもあるし。

 

「えー、でも何かバトル中みたいだったけど。わたし、バトルはもうしないから行ってもできることないよ」

 

 バトルと名のつくものに関してダンデが負けるとは思えないし。

 負けたとしても、そんなに困らないと言うか。ルシアはローズの言う通り、ガラルに愛着などない。土地にも、そこに住む人間にも。ルシアに何も齎さないものに情を注げという方が無茶な話だろう。

 

「どうせまたダンデのヒーロー伝説が増えるだけでしょ」

「それでも、だ」

 

 キバナくんはルシアの言説は否定しなかった。嫉妬やら自棄やらの滲んだ言葉に目を見張ったとしても、あくまでルシアに向けて話をしている。

 

「ルシアにはダンデを見届ける責任があると、オレさまは思うわけだ」

「責任ねえ」

「一度手ェ出したもんには責任があるだろ?ならルシアにだって当然責任がある。ダンデにも、王冠を奪われたこのガラルの地にも、悪辣に身を焼かれたオレさまたち無数のトレーナーにも、チャンピオンという頂にも。そうだよな、『簒奪者』ルシア。ガラルの女帝」

 

 たった一年吹き荒れた嵐が、どれだけガラルに爪痕を残したか。十年経っても未だに警戒を向けられるくらいには、ガラルはルシアを忘れていない。

 

「そんで、ちゃんとダンデを返してくれよ。十年もチャンピオンを奪われたままなんだ、ガラルの恨みは根深いぜ?」

「え、何の話?」

 

 チャンピオンを奪われたのはルシアの方なのに。キバナくんはルシアの疑問には答えずにナックルジムの屋上を振り仰いだ。屋上といっても相当な高さがある。一回登ったことはあるが、かなり時間がかかったと記憶している。

 

「鳥系のポケモンは連れてきてるか?フワライドでふよふよ飛んでったら撃ち落とされるぜ」

「なんか流されたけどキバナくんなら許してあげよっかな」

「お、ありがとな」

 

 ルシアがこの顔に弱いと知っていて、キバナくんがにぱっと笑った。可愛い。

 

 責任。責任か。ルシアには縁の薄い概念だ。ガラルの地にも、そこに住まう人々にも、同じように縁を感じない。だとして。ガラルが完全にルシアを忘れ去るまでは、切っても切れないものがあるのかもしれない。救い、導き、守ってやる対象には思えずとも、自分以外の要因に潰されるのを疎ましく思う程度の。

 シュートスタジアムでわざわざ民衆に状況を尋ねたのも、ネズの言葉に耳を傾けたのも、今こうしてここまで来たことも、そういった情とは呼べぬ何かのせいだ。

 

「しっかたないなー、ガラル。本当に情けない」

 

 それに、キバナくんのお願いもあるし。

 どうせなら超特急で屋上まで飛んで行こう。ちょうど御誂え向きな子を連れてきている。

 ルシアの手持ちの中で唯一ハイパーボールに収まっている、つまりは捕獲に難航した子。というかモンスターボールが気に食わなかったみたいで、取っ組み合いの喧嘩をした末にカッコいいと評判だという説明でハイパーボールを選んだ頭のおかしいやつ。最大戦力を連れてきてくれという要請に、呼ばれないはずが無いだろうと高を括って恩着せがましくしてた奴。

 

「ファイヤー!」

 

 ──ルシアのエース。

 

 呼んだ瞬間、ナックルジムの玄関口にドス黒い炎が吹き荒れる。

 ガラルのなににどう適応したのか、本来炎の化身たるポケモンの筈が、おどろおどろしいまでの黒に塗り潰された姿に変貌した、名前に似合わずほのおタイプを持たない鳥系ポケモン。タイプはあく、ひこう。ガラルの悪役の手持ちとしてこれ以上ないポケモン。この一体だけの影響でルシアをあくタイプ使いと決定付ける、簒奪者の象徴。

 からだの端々にちらりと揺れるきつい赤の炎の最も色の濃い部分は、ルシアの瞳によく似ていた。

 

 ポケモン図鑑曰く、『じゃあく』ポケモン。確かに頗る性格が悪いが、ルシアとはウマが合う。

 

「お、おわ。出てくるかもと思ったが、本当に目の前にいると感慨深いな……」

「おいこらなんで澄ましてるんだよファイヤー、キバナくんの前だから?」

 

 ルシアに向かってギャーギャー吼えたてるだろうと予測していたのに、ツンとすました表情で顔を斜め上に上げている。多分その角度が一番カッコいいと思ってるんだろう。

 

「久しぶりだけど鈍ってないよね、ファイヤー。ダンデのところに行くよ。負けちまえって応援してやろう」

 

 あ、化けの皮剥がれた。ダンデが負けるところを想像して喜び勇んで羽をバタバタ動かしたファイヤーに飛び乗り、瞬く間に最高速へ達した背の上で笑みを一つ。

 動機はアレだけど、この子がちゃんとルシアの言うことを聞いてくれるシチュエーションには比べ難い喜びがある。頂点に立つのが好きで、相手を貶めることも大好きな底意地の悪い奴で、チャンピオンを降りてバトルをやめたルシアへの不満をずっと態度で示していた。それでもルシアの元を去らず、力を貸してくれと頼めば従ってくれる。フワライドとはまた違った形で、ルシアにとって特別な子だ。

 

「んー?遅かったかな。ブラックナイトの正体って一体……」

 

 数秒とかけずに屋上の高さまで上がり、勢い余って足場の周りを旋回する。その一瞬の交錯で知らない子供二人とダンデ、リザードンの姿を視認した。他に人やポケモンの姿はない。

 

 いや。揺れているモンスターボールが一つ。

 

「っ、ファイヤー!」

 

 叫ぶのとファイヤーが仇敵であるダンデに突っ込むのと、リザードンが翼を広げるのが同時だった。

 

「っあ、づ……!」

 

 次の瞬間、ルシアとファイヤーは数百メートル離れたワイルドエリアを眼下に捉えていた。速度に耐えかねた体が軋む。それから。

 

「バカなにやってんの!自分の身くらい守りなさい!」

 

 爆発するモンスターボールから咄嗟に子どもたちを庇おうとした男。ダンデがファイヤーの脚に掴み上げられて揺れていた。間一髪で離脱出来たからいいものの、もし間に合わなかったらと思うとゾッとする。

 

「ルシアにファイヤーか!?すまない、助かった……いや待て、もしかしてオレはこのまま上空から投げ捨てられるんじゃ?」

 

 ルシアが文句をつける前に憤慨したファイヤーが、ギャーギャー吠えながら脚をブンブン振ってダンデを振り回した。そんな勝利は望んでないってか。

 

「あんま揺らさないでファイヤー。でもお灸を兼ねて一回げきりんの湖に浸して来てもいいよ〜」

「ま、待ってくれ、まだ屋上にムゲンダイナとホップたちが!」

「キミはなんでその状態で喋れんのよ……」

 

 ダンデの指示で子供たちを庇ったリザードンはひんしの重傷、庇われた子供たちが爆発を引き起こした骨格標本のようなポケモンとバトルをしているのが遠くに見える。確かにキバナくんを下した実力者なのだろう、指示に淀みが無く繰り出したポケモンも鍛え上げられていた。

 元チャンピオンとしてそれくらいのことは一眼で分かる。相手のポケモンも不気味とはいえダンデが遅れを取る程とは思えないが、ダイマックスがどうたらとネズが言っていたか。そもそもこれがローズの手によるものだとしたら、あのポケモンは一体でガラル全土の未来を左右する力を持つということだ。

 

「ファイヤー」

 

 短く名を呼べば、未だ暴れ散らかして上下左右にダンデをシェイクしていたファイヤーが一声鳴いて答えた。

 

 同時にナックルスタジアムの屋上で連鎖的な爆発音が響く。その場に舞い戻って、ファイヤーにしては丁寧な動作でダンデが、それからもう少し優しくルシアが滑り降ろされた。異様な色の空に最も近いところで、ルシアはまずカバンからいくつかのモンスターボールを取り出す。

 

「キミ……!」

「ありがとう、よくやってくれたね」

 

 こちらの姿を認めて目を見開いたダンデは後回しだ。ひんしで倒れていた五体のフワンテを回収し、手持ちのげんきのかけらを投与していく。自己判断で子供たちの援護をしてくれたらしい。まだ再会していない子たちは他の街だろうか。勢い余ってバッグの中身が散乱したが、うまく拾い集められない。

 

「アニキ!リザードンをありがとう。アニキの方に怪我はないか!?」

「ああ、オレは大丈夫だ。ホップ、ユウリ。すまない、任せてもいいか」

「もちろんです!そちらは任せました!」

 

 吐いた息が乱れた。ムゲンダイナとかいうポケモンかどうかも怪しい生き物は倒されたわけではないらしい。一度活動を止めたものの、猛烈な圧を放ちながら巨大化していく。ブラックナイト。たった一体のポケモンが、この地を蹂躙するだけの力を奮う夜。

 

「ルシア」

 

 散逸しかけた思考を強制的に束ねさせるような、有無を言わせない口調だった。へたり込んだルシアの前に膝をついて、乱れた髪に手を伸ばす。ルシアの黄金が、損なわれることなくそこにあった。

 

「意識はどうだ。どこが痛む?見えていない箇所に傷はあるか?」

「わかん、ない」

 

 右半身が全体的に、ジンと痺れていた。さっきからぽたぼたと血が垂れて鬱陶しい。爆風をまともにくらって傷を負ったようだ。気丈に振る舞っているが、ファイヤーも右翼がひしゃげている。

 

「触るぞ。痛かったら教えてくれ」

「このくらいどうとも、ない、から」

 

 伊達に手持ちにだいばくはつを覚えさせて運用していない。もういっそばくはつソムリエと言ってもいいくらい。まあちょっと、至近距離すぎたけど。脳を揺さぶられたせいか、どうにも意識がはっきりしない。

 

「キミなあ、流石に自分の状態に鈍感過ぎるぜ。って、ちょ、ファイヤー、キミのトレーナーを虐めてる訳じゃないんだ、突かないでくれ!」

 

 ダンデがルシアに触れた瞬間、猛烈な勢いでファイヤーがダンデを攻撃し始めた。

 お前のせいだぞ、と言ってるみたい。でも、ルシアが叫ぶ前にムゲンダイナとダンデの間に身を滑り込ませたのも、ダンデを掴んで離脱させたのもこの子だろうに。

 

「いいから行って。何を望まれてるのか理解して。キミが。これはキミがやらなくちゃならない仕事だ」

 

 間に合わないな、なんてルシアもファイヤーも理解して助けに入ったのだ。

 だって、ダンデに負けは許されない。地に伏せることも、膝をつくことも、わたしたちは許さない。

 

「もちろん、チャンピオンとしての責任は理解してる。どんな形であろうとも、この事態の収拾には死力を尽くそう。でも今は、若く有望で力のある協力者たちがいる。ならばオレは、キミの手を取っても許されるだろう」

 

 そう言ったくせに、ダンデはルシアの手は取らなかった。いつになく真面目な顔で、ボーッとしているルシアの肩や背中をあちこち触りながらこちらの反応を確かめている。

 

「わたしの頼みは聞きたくない?」

「その言い方はズルいな。でも、そうじゃないぜ、ルシア」

 

 また、変な顔をしている。クラクラ揺れる視界の中で、完全無欠を意味する黄金がゆるりと弧を描いた。

 

「オレはキミの願いそのものでありたい。だからオレがこうしているのは、キミが望んだってことだ!なんせキミは、オレのことが大好きだからな!!」

「……はあ!?なんて!?」

 

 ガラルの命運を分ける戦いが繰り広げられている真後ろ。緊迫する現場の真っ只中で、自分の出した大声で気絶した前チャンピオンとその手持ちにぶっ飛ばされてノックアウトしたチャンピオンがいたらしい。

 

 

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