TS転生木製女騎士は静かに暮らせない 作:怪々木々
「女騎士ってのは、着込んでれば着込んでる程エッチなの。これ、世界の真理ね」
目の前で頭の可笑しなサキュバスがカラカラ笑ってる。俺は既にコイツと同席した事を後悔しかけていた。ほの明るい酒場の一角でくだらない事を駄弁るのは良くある光景だが、相手が悪い。
「……相変わらず、何が言いたいんだ」
「貴女のその格好、セッ◯スアピールなんでしょ?」
「バカタレ」
口を開けば猥談が雨霰と降り注ぐ、サキュバスは色魔であっても下品ではないと聞いたんだが、黒髪ロングで見た目だけ清楚、加えて銀縁メガネに肌をベストにシャツとパンツスタイルと言う事務員的で堅物な雰囲気だが、実際はこれだ。
「だって貴女、
「水と光があれば生きる分には問題無い。俺に限ってはそんな欲求も無い」
いつからコイツに絡まれる様になったかは覚えていないが、こんな実のない話に付き合ってしまったのが運の尽きだった。非常に不本意な事に
俺の格好が精巧な
「まさに樹木ね。欲もなく、ただ生きる為に生きてるみたい。それで楽しいの?」
「少なくともお前と話すよりは有意義な時間だろうが」
サキュバスもドライアドもオスの精気を吸い取るのが最高率のエネルギー供給だと言うが、しなくても別に困った事もない。
腕から生やした細い根をジョッキの中の水に浸しながら時間を潰している俺。酒場の男を見繕っているコイツ。極めて不可解な組み合わせだ。
別に経口摂取出来ない訳じゃないが……人前で顔を晒すのは気が引ける。面食いどもにナンパされるからな。
「いいか。俺は植物の様に、静かに平穏で細く長く絶えることなく暮らしたいんだ。そこにお前みたいな劇物は不用だと何度も言ってきた」
「だったら一緒に一晩過ごしましょうよ。それでサヨナラ、どう?」
「そんな軽い貞操ならとっくに捨ててるさ」
「もう、いけず」
「ヤりたいだけならあそこのヤツを誘えば良いだろ」
俺がそっと指差す観葉植物。
「ただの木じゃないの!」
「あの子はアードと言ってな、良い子だぞ」
「名前まであるの……?」
細くとも容易く折れない力強さとどっしりと鉢一杯に根を広げた懐の深さがある彼女ならば、ワンナイトラブだって後腐れなく引き受けてくれるだろう。
酒場の酒気のせいで何時もハイな性格だが、入り口から吹き込む風に揺られて踊る姿は良い目の保養になる。きっと、この体になって一番変わった所は、
「ん、まって、私名前で呼ばれた事ないんだけど。あのアードちゃんより下なの私?」
「……? 何を当たり前な事を言ってるんだ」
「マジなのね……えぇ」
目の前のサキュバスははっきり言って自身の対人関係ヒエラルキーの最下層に位置している。切り捨てすればギリ他人だ。
「で、話したい事があるっていったのはそれか?」
俺は今日、彼女からどうしても話したい事があると言われここにいる。辻斬り紛いの夜の誘いはいつもの事だから、別件だとは思うが。
「……いいえ、それは
彼女が取り出したるは一枚の紙。セピア色の記載内容はここらじゃよく見るギルドの様式だ。俗に言うクエストシート。主に冒険者ギルド、フリーランスな何でも屋こと、冒険者たちを取りまとめているギルドで見かける。
で、内容はと言えば『行方不明の冒険者達の捜索』。場所はグレイブベアーの森。
「森は貴女のフィールド、人探しはお手のものでしょう?」
「なるほど、流石敏腕受付嬢」
信じがたいが、コイツは巷では清楚系サキュバスとしてこの街の冒険者ギルドで看板受付嬢扱いされている。矛盾に服着せた様な存在だが、実際外面も素行も良く、これまた信じがたい事に担当した冒険者とは一切関係を持っていない。曰く『面倒な事になるから』だそうだ。何故その配慮が俺に向かないのか、不思議でならない。
俺がコイツに関わりたくないのも彼女と同じ理由だ。ここのアイドル扱いされているコイツと関係を持てば厄介なファンに夜道で襲撃されかねない。面倒な奴が芋蔓式に増えていく。ああ、恐ろしい。
「依頼発行から経過日数は1日半。まだ生きている可能性はあるが、二次被害を懸念して俺に持ってきた、って所だな」
「えぇ、最後に彼らのクエストを受け持ったのが新人ちゃんでね。ちょっと気を病んでて見てられなかったの」
で、コイツは仕事に関しても真面目な奴で、塩漬けになりそうな依頼があると、彼女のコネを使って冒険者達にその仕事を斡旋している。サキュバスと言うのは、他者から搾取する側面もあれば、それと同時にある種の奉仕を行う種族である。目の前にいるのは、後者の面が比較的強く出た存在なのかもしれない。
「ああ、そう言う事なら任せろ。必ず何かしらは掴んでくる」
「お願いね。帰って来たらサービスしてあげ……」
「
「少しは受け取ってくれても良いのよ?」
「気が向いたらな」
席を立ち、一人分の金を置く。
ああ、そうだ、コレをコイツに渡しておこう。思い出した俺は腰の小箱から瓶を一つ机の上に置く。
「それは何かしら」
「俺の花から作った香水だ。仕事が忙しいのは結構だが、少し臭うぞ」
「……え?」
ここ最近のコイツからは常人には分からないだろうが、獣人などであれば気付きそうな微かな汗の臭いがしていた。ドライアドの五感も植物と侮るなかれ、だな。
目の前の似非清楚が間抜け面を晒している間に、俺は酒場を後にした。きっと騒がしくなるだろう。さてお仕事お仕事。
「なっ、なんて事を……って居ない?!」
♢♢♢
俺の身の上を軽く話そう。
まず俺には、ドライアドとしての今生の前に、とある世界で特段語るべき所もない凡夫としての一生の記憶がある。それは転生と言うべきか、継承と言うべきか。恐らくは前者だ……根拠は無いが。
命が途切れて目覚めた時、俺の身体はこのドライアドの身体になっていた。今は自前の木で作った鎧で姿を隠してはいるが、中身は赤い花がよく似合う緑の髪をした儚げな美女の姿だ、足元がやや木の根の様な質感だが、それ以外はほぼ人と相違ない。人の精気、特に人間のものを主な栄養とするだけあり、釣り餌にも力が入っている。
しかも、ただのドライアドではない、アルラウネの様に花を司る能力も持っている。だったら種族はどっちなんだと思わなくもないが、見た目が少女じゃなく女性だから、多分ドライアドが主なのだろう。
言葉は生まれた瞬間から操る事が出来た。これは恐らくドライアドの人間の部分をより餌として効果的に使用する為の生存戦略だろうと考えたが、実際の所、まだよく分かってはいない。
それから何やかんやとあり、ドライアドである事を一部以外には隠し冒険者となった俺は今に至る。ドライアドは基本的にモンスター扱いの為、素性をバラすのは不味い。不味いんだが、バレかけたのも一度や二度じゃない。それでも冒険者となったのは、身分がなくとも出来る仕事だったからだ。話の分かる受付嬢もいる事だしな。
そして俺は名を『モーグリン』とし、今日も今日とて仕事に励んでいる。
グレイブベアーの森。名の通りグレイブベアーが多く群生する平地の森だ。グレイブベアーとは気性が非常に荒い灰色の大熊であり、一般人が遭遇すれば死はまず避けられない事からグレイブと名前につけられている。
今回はグレイブベアーの森で熊を間引く為にやって来た3人の冒険者の捜索だ。人間の男2人、獣人の女1人、男女混合パーティにありがちな痴情のもつれでない事を祈りつつ、けして歩き易くはない木の根ばかりの足元を進んでいく。
しかし、このままだと時間がかかりそうだ。ここは彼らに協力して貰おう。俺は木の幹に触れる。
「すまないな、この辺りで人を見なかったか?」
すると、脳裏に控えめな声が走る。
『ここから先の小さな池へ向かっていく姿を見た』と──ふむ。どうやらこの辺りに3人が来た事は確からしい。
「ありがとう、助かる」
側から見れば変人だろうか、この世界、動物と会話出来る獣人や
そして俺は彼の言葉を頼りに、この先にあるという池へ向かった。
鬱蒼とした森の中にぽっかりと空いた空間。日の差し込む水面が輝きを放っている。日向ぼっこには最適だな。
──池の中心で水に囚われた3人の姿さえなければ、だが。
「……あれは、ウンディーネか。こんな辺鄙な所にどこから来たのやら」
緩く人の形を取る水精の姿の後ろで水球に包まれた3人。息は、ありそうだ。
魔力を操る生物、モンスターと言われる存在の中で精霊に属する存在であるウンディーネは、スライムに並んで厄介な存在だ。有効打となるのは火や雷だが、逆に言えばそれが無ければほぼ無敵だ。一応精霊は魔力の塊の様な存在である為、魔法ならば多少はダメージを入れられるが……効率は悪い。
当然、こちらが不利と手加減してくれる様な相手じゃない。3人は水に囚われてはいるが、暫くは死なんだろう。死なせたら折角の獲物がパァだものな。
俺は得物を構える。木の槍……見た目は爪楊枝だが、丈夫で身体に良く馴染む。どこからどう見ても爪楊枝だが。
相手も動き出した。ウンディーネの宙に伸びた水がうねり、眼前を薙ぎ払う。挨拶代わりの一発にしてはタフだな。
だからここは受けずに跳んでやり過ごす。足元にしなやかな木を生やし、板バネの要領でジャンプだ。
そして向こうの様子を伺う。観察か、あるいは威嚇か。
目は無いが、のっぺらぼうの透き通る顔がこちらに向けられているのは分かる。着地と同時に迫るピンポイントなウォーターカッターを魔力で強化した蓮の葉の盾で逸らしながら、こちらも相手を観察する。
俺はドライアド、ある程度の植物は自由に操れるし魔力で生成も出来る。だがウンディーネは池のど真ん中、地面から離れた場所から動かない。こちらのテリトリーとあちらのテリトリー、下手に動けば有利不利は簡単にひっくり返る。水草を生やした所で、気付かれてすぐに刈り取られそうだ。
とっておきを切るのも辞さない構えで行こう。どちらにせよ目撃者は居ない、居てもこれから居なくなる。くるりと爪楊枝を回し、一滴一滴が殺意に満ちた水滴を振り払い、漏れた雫は籠手で弾き飛ばしながら、結論を出す。
それから動き出すのは同時だった。俺とウンディーネ、長丁場を嫌った者同士のシンパシーをぶつかり合う木と水の響きから感じる。
始まったのは、息を付かせぬ打ち合いだ。
水の弾丸という点の攻撃と水の鞭という線の攻撃、おおよそ隙と呼べるものを無くした猛攻に、俺は足から地面に植え付けた無数の蔦を用いて迎撃を試みる。
だが、一撃、また一撃と抜け出した攻撃で木の鎧が削られていく。これだから不定形なものは対処が面倒くさい。スライムなら核なんて分かりやすい弱点があるのに、何がどうしてこうも違うのか。
ウンディーネの身体を消し飛ばすレベルの飽和攻撃に出ようとしてもアレの背後には彼ら3人を閉じ込める水球がある。アレに限って攻撃を防ぐなんて考える訳がない。素通りして彼らに攻撃が当たるのがオチだ。
──いや、素通り、か。
「決めた」
思いついた。物理攻撃無効の上で胡座を掻いてるのなら、それを利用するまでだ。
俺は魔力を消費し地面の蔦の一部を変化させ、鮮やかな赤い花を咲かせ、枯らして実を成らせる。俺の居た世界には、実が爆発する事で種子を遠くへ撃ち出す植物もあった。その記憶から再現した植物を使う。
スナバコノキ……ではなくホウセンカで行こう。前者は毒が通じるとも思えないし殺意が高過ぎる。
準備は問題なし、実は魔力で強化済み。
「
突き出した爪楊枝と共に放つ号令。
蔦に実った実が次々と弾けてはウンディーネの身体を貫く。
貫いた種子からは魔力によって空気のない水中でもお構いなしに芽吹き、根を枝を葉を伸ばす。水球はそれらによって広がる前に満たされていく。
そして時は来た。
伸ばして伸ばして伸ばして──水球から3人が押し出されたのだ。
気付いたウンディーネが伸ばした
池の周囲に木々を生やし池に向かって倒れ込む様に伸ばす。そう、木をドームにしてウンディーネを閉じ込める。俺が取り返した彼らに気を引かれていた為か、あっさりとこの封じ込めは成功した。
……俺は暫く、ドン、ドンと内から音が響く木のドームを眺めていた。もう出られないとは思うが、一応周りの木に何かあったら連絡をしてもらう様に頼んでおこう。
自分で作った植物は目や耳の代わりには出来ても自律して動く事はないからだ。あったらあったでやり難いから寧ろ丁度いい塩梅ではある。
後は火の魔法を扱える冒険者にでも頼んで後始末してもらえば、問題は解決だろうか。ともかく、冒険者3人の身柄は確保した、これで俺の仕事自体は終わりだ。
はぁ。疲れた、ここで鎧を脱いで光合成でもしたい気分だが、流石にな。帰ろう、帰って寝ていよう。俺は3人を抱え、グレイブベアーの森を後にした。
♢♢♢
「ふぅ」
今日の仕事も無事終わった。全員生還に加えてウンディーネ発見の報告で報酬にもボーナスがついて万々歳、と言った所だ。
帰って来た宿屋の一室。鎧を脱いで、ソックス一枚で裸になり窓から差し込む夕日を身体に浴びると、とても心地良い。思えば前世では働き詰めでマトモに日光を浴びた試しがなかった。日差しがここまで暖かいものだった事を久しぶりに思い出す。
やはり人は生き物、自然に生きてこそだ。だから将来はお金を貯めて、静かな湖畔で
──そんな俺に面倒な依頼が舞い込むまで、あと少し。
思い付きなのでストックはありません。
リトルビッグプラネット2の木製ナイトのコスチュームが主人公の外見イメージ。