♢張手山一発
控室内は、先ほどまでとは打って変わり静まり返っていた。ムシャラ・ガムシャは料理を食べる手を止め、聖マリア0.01は目隠しと口に咥えたボールを外してテレビ画面を食い入るように見つめ、久光織衣も苦虫を嚙み潰したような表情で画面を見ている。その画面の先に映るのは、ゴージャス麗麗麗の死体。さすがの張手山一発も、この状況には稽古の手を止めて皆と同様にテレビ画面を見つめていた。
「⋯⋯ガムシャ様。テーブルの上にあるナイフを渡してくださいませんか?」
「構わない。が、何をする?」
静寂を打ち破ったのはマリアの声だ。ナイフを渡すよう要求されたガムシャは、即座にナイフを投げ渡し、使用用途を問う。そのナイフを天井から吊るされた姿勢のまま足の指で受け取ったマリアは、器用な足運びで、太ももの内側にナイフで傷を刻む。よく見ると、そこにはほかにもいくつか傷跡があり、傷は正の字となってずらりと並べられていた。
「麗麗麗様はとても見目麗しく素晴らしい方でした。いつか、裸でまぐわいたいと願い、股を濡らす日々でした。しかし、今はただ、冥福を祈りましょう。わたくしが刻むのは、魂の記憶。この傷に触れる度、きっとわたくしは麗麗麗様のことを思い出すのです」
そう言って涙を流し黙とうするマリアの姿は、それが天井から鎖で縛られた全裸の姿でなければ、とても神秘的に見えたことだろう。そして、意外なことに、ガムシャがそのマリアの言葉に共感する姿勢を見せた。
「我は、死は恐れない。しかし、忘却は恐ろしい。忘却とは、すなわち知性の消失。考えることを止めた生き物は、ただの獣。我は、獣になりたくない。我も、忘れないようにしよう。考えることを止めないようにしよう。我らが忘れぬ限り、レレレは生き続けるのだ」
張手山一発は、思わずガムシャの方を見ていた。マリアがこういうことを言う奴なのは何となく知っていた。こんな変態でも、魔王塾では一応同期にあたる魔法少女だ。しかし、ガムシャに関してはほとんど知らない。その鎧に包まれた素顔も見たことがなければ、会話したこともほぼない。普段の言動からまるで獣のようだという印象を抱いていたので、今の発言はかなり意外なものであった。
「はっ! いつも獣みたいに食うことしかしてねぇお前がそんなこと言うとはな。私はあいつが死んでくれてせいせいしたぜ? 大した実力もないくせに目立ちやがって、嫌いだったんだよ」
そして、そういった印象を抱いていたのは久光織衣も同様だったようで、口悪く死んだ麗麗麗のことを罵る。なんとも情けない奴だ。死人は反論すら許されない。死者を罵倒するのは卑怯者のすることだ。その点、死者へのリスペクトを持っているマリアとガムシャには好感が持てる。
「⋯⋯おや、おっく・ろっく様は不戦勝ですか。では、次はわたくしの順番ですわね。張手山様、ちょっと天井から降りるのを手伝ってくださいませんか?」
「よいですの」
ガムシャと久光織衣が話している間、テレビで会場の様子を眺めていたマリアが、張手山一発にそう頼み込む。特に断る理由もないため天井から吊るされたマリアを床におろしたが、触れただけで大げさに喘ぐので最後はやや乱暴に床に叩きつけてしまった。
「あら、ごめんなさいですの。変態さん」
「いえ、ご褒美ですわ。それでは、イって参ります♡」
マリアは、頬を上気させながら、控室を後にする。その様子は、これから戦いの場に立つというのにあまりにも平常通りだ。これが、マリアの強さ。どんな状況でも自分の欲を優先するその生き様は、張手山一発も共感できるものがある。
だからこそ、その背中につい声をかけていた。
「この試合、勝ったら次はあたくしとですの。もし負けたら尻の穴に焼けた鉄串ぶっ刺してやりますの。だから、絶対勝ちなさいな」
「それは魅力的な提案ですわね。でも、安心してください。わたくしはここに来たその時から、優勝しか狙っておりませんので♡」
柔らかな笑みに闘志を乗せて、マリアは答える。その答えに安心した張手山一発は、戦いの舞台へ臨むマリアを、手を振って見送ったのであった。
☆☆☆☆☆
『さあ始まります第6試合! 左手から登場するのは、アブララ・ララ選手~!』
「ま、『魔法のターバンで戦うよ』という魔法を使うようです。どんな戦いをするか、楽しみですね⋯⋯」
控室のテレビが、マリアの出場する第6試合目の開始を告げる。TV唱は通常通りのテンションだが、解説をしているお茶たちょ茶田千代とかいう魔法少女のテンションは明らかに低い。なんなら少し涙目だ。まあ、あんなことがあったあとで解説席に座り続けなければいけないのは相当なストレスだろう。同情する。
「ふふふ⋯⋯。いい声だ。しかも、解説がぴったり10秒で収まっている。なんと素晴らしい時間管理能力。さすが、私の惚れた女だな」
しかし、そんなテンションの低い解説とは裏腹に、先ほど控室にやってきたおっく・ろっくのテンションがおかしい。いつの間に作ったのか、『茶田千代♡ 解説して♡』と書かれた団扇を振りまわし、テレビ画面を食い入るように見つめている。その異様な様子に、他の控室の面々は張手山一発も含め皆どん引きしていた。
「おい、おっく・ろっくの奴、あんな感じだったか? もっとなんかこう⋯⋯賢そうな感じだったと思うんだけれど」
「あたくしに聞かれても知りませんの」
「きっと腹が減ってる。食すべき」
気を利かせたガムシャが食べかけのまんじゅうを差し出すと、おっく・ろっくは嫌そうな顔でそれをはねのける。
「やめろ。私は今茶田千代を応援することに時間を費やしているのだ。他のことに時間を回す余裕はない」
「いいから食え。お前、頭おかしい」
さらっと失礼なことを言いつつまんじゅうを口に押し込もうとするガムシャに対し、おっく・ろっくは額に青筋を浮かべ、時計に手を伸ばそうとする。しかし、そんな二人のやり取りを打ち消すような悲鳴が、テレビ画面から控室へと届けられる。
「ぎゃあああああ!? あ、あの人、なんで服着ていないんですかぁぁぁ!?」
『⋯⋯えー、右手より登場。”世紀末大変態”聖マリア0.01選手です。ふざけんなよマジで。頭いってんだろこの変態野郎』
茶田千代の悲鳴と、TV唱の罵倒に迎えられ、それでも一切動じることなく、この控室から出た時のままの姿⋯⋯つまり、全裸で舞台上に上がったマリアは、穏やかな笑みを浮かべながら会場を見渡し、手を振る。すると、そのやや控え目なサイズの胸がぷるんと揺れ、会場からは悲鳴が湧き上がる。先ほどゴージャス麗麗麗が死んだ時とは別の恐怖が、会場中を包んでいた。
マリアの対戦相手であるアラブラ・ララも、正面からやって来た変態相手にどうすればいいか分からず、視線を明後日の方向へ向けている。マリアは、そんなララに対してにっこり笑いかけた。
「──わたくしは、あなたにすべてを曝け出します。だから、あなたのすべて、わたくしにぶつけてください。遠慮も、恐怖も、そんな余計な感情は捨て、全力で戦いましょう」
その声は、張り上げた声ではなかったが、やけに会場内に響いた。落ち着いたその声色に、会場の喧騒が一瞬静まる。そのタイミングを見透かしたかのように、マリアは両手を広げると、今度は観客全員に向け呼び掛ける。
「会場の皆さん、わたくしを見てください!! このわたくしの身体を、このわたくしの戦いを、舐めまわすように、たっぷりと!! 皆さんの視線にさらされると思うだけでこのわたくし、興奮でびしょびしょでございます!!」
頬を上気させ、股を擦り合わせるマリア。その様子に、観客全員がドン引きしつつも、悲鳴を上げるものは最早いない。人質にされた恐怖すら忘れ、全員がこの変態が作り上げた空気に吞まれていた。
張手山一発は、画面越しに会場の空気を感じ取り、思わず笑みを浮かべる。これだから、この変態は侮れない。一瞬で、会場を自分色に染め上げてしまった。今あの場は、TV唱の用意した舞台ではない。あの変態の独壇場だ。
『⋯⋯それでは、試合始め!』
やや不機嫌な声色で、TV唱が試合開始を告げる。そして、その合図と同時に、マリアの身体を光が包み込んだ。
「⋯⋯それでは、最初から全力でイかせてもらいます♡ 『
光が消えると、マリアの姿は大きく様変わりしていた。シスター風のコスチュームに身を包み、背には大きな純白な羽根を背負った清浄なる姿。マリアは、その姿に付けた名を、対戦相手に厳かに告げる。
「──『
マリアは、羽根を大きくはためかせ、宙に浮かび上がる。突然の変貌に驚きを隠せていない様子のアラブラ・ララであったが、頭上を取られてはたまらないと、魔法のターバンを解き、それを伸ばし鞭のようにしてマリアへと攻撃する。
「──『
しかし、その攻撃はマリアに届かない。まるで、目に見えない結界に阻まれたかのように、ターバンは弾かれ、地に落ちる。
「こ、これはいったいどういうことでしょうか? 空を飛んでいる上に、アラブラ・ララ選手の攻撃が弾かれてしまいました!」
『⋯⋯よく見れば分かりますよ。あれは飛んでいるのではありません。透明な膜の上に、乗っているだけ。あれが、あの変態の魔法です』
「なるほど、これが『絶対に破れない膜を張れるよ』という魔法の力というわけですか! 変態とは思えない見事な魔法の扱いっぷりです!!」
司会と解説が、マリアの魔法について語る。張手山一発は何度か戦ったことがあるのでよく知っているが、相変わらず見事なものだ。
マリアの魔法で張られた膜は、決して破れないだけではなく、場所を問わずどこにでも張ることができる。だからこそ、あのように空中に膜を張って足場にし、まるで飛んでいるかのようにふるまうこともできる。
しかも、それだけではない。マリアの張る膜は、色や形も自在に変えることができる。つまり、今のあの姿も、全身に張った膜の色と形を変えることで作り出しているのだ。
戦う相手、場所に応じて、その姿を変貌させる。まるで、蛹から羽化する蝶のように。ゆえに、付けられた二つ名こそ、”世紀末大変態”。もちろん、マリアの性癖もその異名の由来であることは間違いないが。
「あなたの攻めは、それで終わりですか? では、こちらからイカせてもらいます♡」
マリアは、まるで聖女のような微笑みを浮かべながら、天を指さす。その指先に、ピザ生地を広げる要領で膜が張られ、くるくると円盤状に広げられた膜は、舞台の上空を覆いつくし、昼間の空に夜空を映し出した。
「──『
技名を唱えると同時に、マリアは自分で膜に作り出した天を叩く。その衝撃で凹んだ膜は、しかしながら破れることは絶対ない。だが、マリアはご丁寧にも叩いた瞬間に膜の上に描いた夜空を粉々に砕いてみせた。
そして、凹んだ膜がもとに戻る際の反動で押し出した空気が、地上のアラブラ・ララを押しつぶす。衝撃でうめき声をあげるアラブラ・ララ。その背後に静かに降り立ったマリアは、股からひねり出した巨大な太刀で、アラブラ・ララの背中を一閃した。
「『
鮮血を上げ、倒れるアラブラ・ララ。急所は外したらしくまだ息はあるらしいが、あれでは戦闘は不可能だろう。勝利を確信したマリアは、血でぬれた太刀をそのまま股に突っ込み、ゾクゾクと身震いして
再び現れた全裸の変態に対して、観客はやはり若干引き気味な様子ではあったが、悲鳴を上げることはない。その見事な戦いぶりに、戸惑いながらも拍手を贈り、マリアはその拍手に絶頂を感じ、さらに身体を震わせたのであった。