♢TV唱
「名前ってもんは、とても大事なもんでございます。たった数文字、与えられた文字によって、そのあり方が決まってくる。かくゆう我ら魔王塾出身者が技名を唱えるのにも、技に名を与えることでより強いイメージを思い描くことができるといった理由がございます」
壇上の洒落亭流音が、前口上をすらすらと述べ始める。さすが本職、マイクを通していないにも関わらず、よく通る声だ。しかし、気に食わない。この武闘大会は、TV唱のものだ。勝手に公演を始めてもらっては困る。
さっそく野次を飛ばして妨害しようとしたが、それを邪魔するがごとく、TV唱の眼前に紙が飛んでくる。その紙に炭で豪快に書かれた文字が、でかでかと主張してきた。
『公演中はお静かに!! 録画・撮影等も固く禁じております!!』
なんだこれは。ふざけているのか。こんな注意書きで報道の自由は止められない。気にせずマイクを握りしめ、TV唱は声を張り上げた。
『皆さん、こんな時代遅れの娯楽よりも、私のトークショーの方が何百倍も面白いですよ? さあ、公演は中止。皆さんテレビ画面に着目してください!!』
大げさな身振りも合わせて観客に呼び掛ける。しかし、思ったような反応が来ない。それどころか、TV唱にブーイングが飛んでくる始末であった。
「ふざけるな!! 洒落亭流音の演目を聞かせろ!!」
「五月蠅いんだよ! 静かに出来ねぇのか!!」
おかしい。先ほどまで恐怖に震えていたはずの観客が、今は純粋に洒落亭流音の落語を楽しもうとする姿勢になっている。これ以上はTV唱も妨害ができない。あまりやりすぎては、炎上して信用を落としてしまう。信用を失ったマスメディアは、終わりだ。
「前口上だけでこんなに盛り上がってくれるたぁ、噺家冥利に尽きるってもんでございます。これ以上盛り上がるか怪しいし、今日はこれで終いにしようかね?」
洒落亭流音がおどけた口調でそう言うと、会場から笑いが湧き上がる。完全に奴のペースだ。こうなってしまえば、この話が終わるまではおとなしくするほかないだろう。TV唱は壇上の上の洒落亭流音を、殺意を込めて睨みつけた。
「さて、話を戻しましょう。名前といってもいろいろありまして、ああああなんてふざけた名前を付けられた日には、その人の人生は困難の連続であるこたぁ間違いねぇ。だからこそ、名前を付ける時は慎重にならないといけない。ここにも、そんな名づけに迷う一人の魔法少女がおりました」
洒落亭流音は、手に持っていた扇子を背後に回し、勢いよく広げる。たったそれだけの動作にも関わらず、TV唱にはその扇子が黒い羽根に見えた。あの大きな4つの黒い羽根。そしてあの表情。壇上に、魔王が降臨していた。
「ふむ⋯⋯。新たな卒業生に与える二つ名はどうすればいいか。そろそろ名前の候補も尽きてきたな。そういえば、これでちょうど100人目か。折角だから、響きのいい名前を並べてみることにしよう」
話の流れ的に、『寿限無』の導入に近いものを感じる。寿限無は、落語に疎いTV唱でも知っている話だ。知名度が高い分、観客にも受けはいいだろう。そして、魔王パムが出たということは、これは寿限無の魔王塾verといったところだろうか。
洒落亭流音は、扇子で羽根を作った姿勢のまま、うーむと顎に手を当てて考えるそぶりをみせる。やはり、その動きも声色も、魔王そのものだ。思わず魅入ってしまいそうになる気持ちを振り払い、反撃の機会を静かに待つ。
「響きのよい名前といえば、フレイミィの技名はいい。『
それは、突然だった。洒落亭流音が話の流れで口に出した技名。その技名を唱えた瞬間、洒落亭流音がこちらに向けて手を振るう。すると、TV唱を上下に囲むようにして、炎の壁が生成された。
『なっ!?』
つい驚いて声を出してしまったが、警戒していた分対処はすぐできた。炎の壁から抜け出すようにして飛び上がり、新聞で出来たマントをはためかせて風を起こし、炎を掻き消す。
「そうだ、彼女の名前も捨てがたい。『変幻する真実を宿せしフリルと幽玄なる荊棘を纏いし黒の終焉、或いはブラック・ロゼット』。あの2つ名を提案された時はその手があったかと膝を叩いたものだ。2つ名に『或いは』を付けるセンスが素晴らしい」
なんだその名前は。
TV唱の知らない魔王塾出身者の2つ名が出てきた。その長すぎる2つ名に困惑している間に、TV唱に向け炎を纏ったスカートと刃物を纏ったスカートが襲い掛かる。刃物を纏ったスカートはマイクスタンドで受け止めたが、炎を纏ったスカートが当たったせいで新聞紙のマントが燃えてしまった。
洒落亭流音の魔法の詳細はさっきまでの攻防で何となく理解した。ギャグを具現化した時と同様に、落語の中で出てきた技名や単語を具現化させているのだ。問題は、詳細が分かったところで対処ができないことだ。身体を動かすよりも先に、洒落亭流音の口はぺらぺらと言葉を紡いでいく。
「双龍・雷将・双子星。終末の
二つ名と共に繰り出されるその魔法少女が扱う魔法の数々を、客席の狭いスペースでかわしていく。いくつか避けきれずに直撃し、ダメージが蓄積される。洒落亭流音は森の音楽家の事件によってイメージが悪化した魔王塾の自虐ネタまで入れて笑いを取り、絶好調だ。その笑いを受け、洒落亭流音の姿がより一層大きく、輝いて見える。
「そうだ。折角だから私の技の名前も候補に加えよう。名づけの際に聖書などを参考にしているからな。縁起がいいはずだ」
洒落亭流音はそう言って、ばさりと扇子をはためかせる。同時に襲い来るすさまじい威圧感。まさか、いや、間違いない。洒落亭流音は魔王パムの技を使うつもりだ。
「
洒落亭流音が扇子を上空に投げる。その扇子は、TV唱の目線の先で流れ星に形を変え、こちらに降り注ぐ。直撃を避けるため、客席の下を這うようにして移動すれば、先ほどまで立っていた位置に流れ星が墜落し、大きな穴を空けた。その穴も、洒落亭流音がパンと膝を扇子で叩くと元に戻っている。何故扇子が手元にある。先ほど投げたばかりではなかったか。
「
目の前を塞ぐように巨大な壁が出現し、その壁とTV唱を挟み込む位置に槍が出現する。こちらに襲い掛かる槍を何とか寸前のところで回避したが、掠った箇所が焼けるように熱い。まさかと驚く暇もなく、槍は洒落亭流音の声と共に炎に姿を変える。
「
全身が炎で焼かれる。とてつもなく熱い。こんな攻撃、普段なら報道すればなかったことにできるのに、洒落亭流音が話をし続ける間はTV唱はメディア媒体を使えない。
それにしても、あまりにも理不尽すぎる魔法だ。TV唱の魔法もたいがいなんでもできるが、制限はある。一度に複数のメディア媒体に対し魔法を行使できないことと、報道を直接見聞きしなければ効果を発揮できないことだ。おそらく、洒落亭流音の魔法にも何らかの制限はあるはず。しかし、その弱点を把握する前に、限界が来そうだ。
「おっと、少々やりすぎたか。つい興が乗ってやりすぎてしまったな。許してほしい。
洒落亭流音は、怒涛の魔王の技名連発の締めに、空中に巨大な目を出現させ、その目を瞑ってウインクしてみせた。その不気味な見た目とアンマッチなお茶目な仕草に、客席からは笑いが起こる。こちらは満身創痍だというのに、気楽なものだ。もう全員この場で殺してしまおうか?
「うーむ、いろいろと候補は出してみたが、一つに絞るのは惜しいな。そうだ、せっかくなら全部足してしまおうか!」
洒落亭流音はいよいよ寿限無の醍醐味、物凄く長い名前を付けるフェーズに突入しようとしている。先ほどまで出していた名前をすべて出されてしまえば、もう対処は不可能だ。だが、TV唱はひとつ活路を見出していた。
何故、洒落亭流音は
あくまで推測でしかないが、それに賭けるしかない。TV唱は、洒落亭流音の公演を中止させるために、意図的にハプニングを作り出すことにした。
『ぎゃー!? 転んで頭をぶつけてしまいました!! 頭から血が出ています。誰か、救急車を呼んでくれませんか!?』
TV唱は、わざと目の前の椅子に頭をぶつけ、テレビ画面に大量の血を映し出してみせた。飛び散る血はスリリングに。効果音も派手に大胆に。これは妨害の意図のないただの自傷行為を大げさにしただけ。予想通り阻害されることはなかった。そして、テレビ画面に映し出された凄惨な光景は、観客を洒落亭流音の舞台から現実へと引き戻す。
TV唱の姿を見てざわつく観客。洒落亭流音が一瞬顔を顰めるのが見え、TV唱の魔法に制限をかけていた舞台の空気が薄れる。今なら、魔法が使える。すかさずマイクを握りしめ、会場に設置されている巨大テレビに自分の姿を放映。切羽詰まった口調で報道を開始する。
『えー、ニュース速報です。洒落亭流音さんの公演会場にて、怪我人が出た様子です。舞台は中止!! 救急車が至急会場へと向かっています!!』
報道が終わると同時に、洒落亭流音の座る壇上に救急車が現れ、突撃をかける。猛スピードで通過する救急車にはねられ、洒落亭流音の身体が宙を舞う。勝った。TV唱は勝利を確信し、追い打ちをかけるべくマイクを構える。
しかし、洒落亭流音はまだ扇子を手放していなかった。
「⋯⋯えー、遠路はるばるわざわざ救急車で駆けつけてくださったようで、大変ありがたいことでございます。でも、駐車場の位置を間違えるたぁよくねぇな。免許返納したほうがいいんじゃねぇか?」
血まみれの身体でも笑顔を浮かべ、飄々とそう言い放った洒落亭流音に対し、客席からどっと笑いが巻き起こる。不味い。またあいつのペースに戻されてしまう。奴が話し始める前に、再びテレビに姿を映して⋯⋯。
「あっはっはっはっは!! 洒落亭流音さん、滅茶苦茶面白いです~!!」
なんでお前がテレビに映っている!?
TV唱が報道するより先に、会場のテレビ画面にお茶たちょ茶田千代が解説席で爆笑する様子が無駄にドアップで映し出されている。右上のワイプには、見慣れないモノクルをかけた半透明の魔法少女が、腕組みしながら満足げにうなずいている。その胸元には、でかでかと『茶田千代をいつも見つめてい隊隊長AIレンダ』と書かれていた。
「怪我をしたとは、誰が怪我したんだ? それが、TV唱って奴らしいんでさぁ。何!? TV唱だと!? それは、先ほど私が2つ名を付けたばかりの奴じゃないか。病院に運ぶなら正式名称が必要だ。2つ名からちゃんと呼んであげなければ!」
TV唱が思わぬところからの妨害によって動揺している間に、洒落亭流音はオチの準備が整った。魔王と救急職員を一人二役で演じ、勝手にTV唱を噺に巻き込んでいる。そして、この話が寿限無モチーフならば、あれが来る。そして、もうTV唱には対処するすべがない。
「
ラストスパートの怒涛の2つ名詠唱と共に再度繰り出された技のオンパレードを一身に受けたTV唱は、全身を真っ黒こげにしながら倒れ伏す。バチバチとショートを起こすテレビの頭で、TV唱は最後に洒落亭流音が扇子を折りたたみながらこう締めるのを聞いたのであった。
「こいつぁなんとも、洒落てるねぇ」
──第七試合、勝者洒落亭流音。敗北したTV唱は姿をくらましたものの、観客と会場にかかった魔法は解除された形跡はなく、どこかに潜んでいる様子。武闘大会は続行され、司会席にはTV唱の代理として突如現れたアナウンス魔法少女パミーが座ることになった。