♢久光織衣
久光織衣は、一番が好きだ。それは、子供のころから変わらない。学校の徒競走ではずっと一着だったし、テストでも一位を取り続けた。
一番というポジションのいいところは、自分より下の順位の人間を思いっきり見下せることだ。誰よりも上の立場から、悔しそうに顔を顰める敗者たちの姿を見ると最高に気分がいい。
魔法少女になってからも、久光織衣の最高の日々はしばらく続いた。久光織衣の『どこにでもレールを敷けるよ』という魔法は、誰よりも先を走れる魔法だ。速さは強さ。誰も、久光織衣に追いつけない。魔法少女の世界でも、久光織衣は常に一番であり続けることができる。
そんな久光織衣に敗北を叩きつけたのが、魔王パムだった。最強と呼ばれている魔法少女が一体どのようなものなのか、腕試ししてやろうと襲い掛かった。返り討ちにされた。完膚なきまでにボコボコに叩きのめされた。自慢の速さも、魔王パムの前では意味をなさなかった。
しかし、久光織衣はそこで折れるほど柔な魔法少女ではなかった。
「ほう、ここまでやられても眼から闘志が消えないか。貴様、ただの賊じゃないな」
ボロボロになった身体で魔王パムを睨みつけてやると、何故か魔王パムはそう言って嬉しそうに笑った。そして、これまたどういうわけか久光織衣は魔王パムが長を務める魔王塾の門下生の一員となっていた。
魔王パムが何を考えているかは分からないが、ちょうどいい。利用できるものは利用する。久光織衣は、一番が好きだ。負けるのが嫌いだ。死ぬほど大嫌いだ。負けっぱなしのみじめな人生なんて、まっぴらごめんだ。だから、いつか魔王パムを倒して、自分が魔法少女最強になってみせる。
そう思っていたのに、魔王パムは死んだ。いつか倒してみせると追いかけていた背中は、久光織衣の目の前からいなくなった。全力で走っていただけに、終着駅を見失ったショックは自分が思っていたよりも大きかった。
一度敷いたレールは途中で途切れ、久光織衣は脱線したままただ闇雲に走り続けていた。そんな久光織衣を止めたのが、さららだった。
何もできないまま髪の毛でぐるぐるに縛られ、その虹色の瞳で見つめられた時、久光織衣は思い出した。魔王パムに初めて敗北を味わされたあの感覚を。
ゴールは、再び見つけた。倒すべき相手が見つかった。見失っていたレールに、再び乗ることができた。ならば、後は走り続けるだけだ。
久光織衣は、一番が好きだ。敗北が大嫌いだ。自分に敗北を与えた相手には、死んでも勝ちたい。勝たなければ、先に進めない。
さららをこの武闘大会に出そうとしていたのは、もし仮に自分が優勝したとしても、そこにさららがいなければ本当の意味での勝者にはなれないと思っていたからだ。久光織衣にとって、魔王パム後継者の立場などいらない。ただ、勝利が欲しい。その勝利を得ることさえできれば、死んでも構わない。
だからこそ、目の前に立つ対戦相手を一目見て、久光織衣は歓喜した。名前を偽っているようだが、久光織衣にはわかる。この髪の色、背丈、体型、匂い、動きの癖、声。すべてさららのものだ。さららが、今、自分の目の前にいる。久光織衣に倒されるために、武闘大会に来てくれた。
「第九試合、クリアスカイ選手vs”暴走特急”久光織衣の戦い、まもなく開始です! さあ、この試合、どちらが勝つと思われますか、茶田千代さん?」
「それはもちろんさら⋯⋯じゃなくって! クリアスカイ選手ですね!! 私、彼女の強さはよ~く知っているので!!」
やはりあの茶田千代とかいう解説は私に殺されたいらしい。さららを倒した後もし自分が生きていれば、殺しに行ってやろう。
正面に立つさららは、変装のつもりか、髪を結いあげてポニーテールにしている。コスチュームも元々ここに立つ予定だった魔法少女を真似ているのか、白のパンツスタイルで王子然とした風貌になっている。あの真っ白な衣装を早く血で赤く染め上げてやりたい。
ああ、待ち遠しい。早く開始の合図をしろ!!
「それでは、試合開始ぃぃ!!」
司会のパミーとかいうよく分からない魔法少女が試合開始を告げると同時に、久光織衣はさらら目掛けレールを敷いた。さららの髪の毛の拘束は飛んでこない。すかさずローラースケートをレールの上に乗せ、加速して一気にさららに詰め寄る。
「会いたかったぞ、さららぁぁぁぁ!!!! ここで死ねぇぇぇぇぇ!!!」
加速を乗せた拳を、さららの顔面目掛け放つ。しかし、その前にさららもまた動いていた。
「⋯⋯ボクは、さららじゃないですよ。『髪降ろし』」
あくまでも冷静に自分がさららであることを否定すると、結い上げていた髪を解き、おろす。同時に、結び目の中から二対のトンファーを握りしめ、構えていた。
久光織衣の拳が当たる寸前、さららは奇妙な動きでその攻撃に反応し、身体をよじり、トンファーで撃ち合う。拳の衝撃は流され、反撃に髪の毛が久光織衣目掛け伸ばされる。また髪の毛で縛り上げるつもりか。そうはいかない。それは、既に対策済みだ。
「
久光織衣は、髪が自分の身体に巻き付くよりも先に、全身にレールを敷き、その上に鋼の刃を無数に走らせた。高速で身体の上を走る無数の刃によって、さららの髪の毛は久光織衣の身体を縛ることなく、切り落とされた。
しかし、さららに動揺した様子はない。またしても奇妙な動きでトンファーを構え、攻撃をしてくる。その攻撃を刃で弾いた久光織衣であったが、息もつかせぬうちにさららは次の攻撃を仕掛けてくる。
1撃、2撃。攻撃の手がやまない。しかも、無視できない急所ばかり狙ってくる。おかげで、こちらは自慢のスピードが満足に出せない。走り出す前に、その前動作を邪魔するようにさららはトンファーを繰り出してくる。
⋯⋯流石におかしいと気が付いたのは、さららのトンファーを受け止める回数が10回を超えた時だ。徐々に、さららの攻撃の速度が上がっている。しかも、人体の可動域ではありえないような動き方で攻撃をしてくる。その姿は、まるで誰かに操られているかのようであった。
──キュルルルル
さららが動く寸前、糸が高速で引かれたような音がした。直後、さららが身体を半回転させトンファーをぶつけてくる。その一撃を顔面で受けよろける久光織衣だったが、その拍子に会場のライトに照らされ、さららの手足につながった細い糸のようなものを見た。
その糸は、舞台の端まで伸びていた。おそらく、さららの髪の毛だろう。目を凝らさないと見えないような極小の髪の毛。その髪の毛がさららの手足を引っ張り、魔法少女の身体の可動域と速度を無視した攻撃をしているのだ。
先ほどよりまた一段と早くなった攻撃を目で追い切れずに腹で受け、痛みに顔を顰めつつも、久光織衣は喜んでいた。
さすが、さらら。この自分を倒した相手。今、久光織衣が思う、最も魔王に近い実力を持つ魔法少女。そんな彼女を倒したならば、久光織衣こそが最強だと証明できる。
そんなさららが相手だからこそ、自分の命を賭ける価値がある。
さららの攻撃を受けた反動を利用し、距離を取る。さららはすかさず詰めてくるが、問題ない。これを実行するには、一瞬だけで十分だ。
「
手首に爪を突き立て、血管の中にレールを敷く。血液がレールに乗って超加速し流れ始める。その結果得られるのは、血流の加速による身体能力の大幅上昇だ。
かっと目を見開けば、先ほどまで追えていなかったさららの動きが終える。変則的なさららの動きに合わせ、足を蹴り上げれば、さららが右手に持っていたトンファーをその手から吹き飛ばすことに成功した。
だが、さららの対応も早い。手から離れたトンファーを髪の毛で引き寄せ、腕の代わりに髪の毛でトンファーを持ち、2対のトンファーを同時に振るう。左手に持ったトンファーは正面。髪の毛で持ったトンファーはぐるりと背後に回して、久光織衣の背中を狙ってくる。とっさにしゃがみ込んで回避すると同時に、地面にレールを敷き、伏せた姿勢のままでレールの上を走り、さららの真下に潜り込む。突き上げるように伸ばした右腕は、さららの右太ももを切り裂きながら腰まで届く。
これで、さららの足を奪った。がくりと膝をついたさららの顎に、膝蹴りを放つ。ぐらりと後方にのけぞったところに、追い打ちの一撃。
「
少し前から密かに溜めていた必殺の砲撃を、さららの顔面にぶち込む。超音速を超えたコインの弾丸は衝撃派を纏いながらまっすぐに進み、さららの顔面を破壊してそのまま会場の壁へと突き当たって止まる。
ここで、久光織衣を2度目の違和感が襲う。あっさりとしすぎている。こんな簡単に、さららが殺されるはずはない。
そして、その違和感の正体はあっさりと明かされる。目の前でぱらぱらと散るのは、青い髪の毛の塊。つまり、これはさらら本体ではない。髪の毛で出来た分身だ。ならば、本物のさららは今、どこにいる?
高速で回る血液が、久光織衣の頭の回転も速めていく。先ほどまで対峙していたこのさららの分身は、髪の毛でその動きを操られていた。会場の端に繋がれた髪の毛を操り、そしてこの戦いを俯瞰できる位置。つまり、上空だ。
「
反射的に上空目掛けコインを放つ。すると、コインが通過したある一点のみが、他とは異なる光景を映し出していた。そこに見えたのは、さららのコスチュームのドレス。なるほど、透明の髪の毛で上空にハンモックのような足場を作り、そこに隠れていたというわけか。
小賢しい。だが、それでいい。どんな小細工もすべて叩き潰してこそ、本当の勝利だ。
全力だ。この加速に全力を出す。両手の10本の指のすべてを血管にぶち込み、上空に見えたさららへ向かいレールを伸ばす。ここまでのドーピングは未だ経験がない。心臓が張り裂けそうだ。いや、おそらく、比喩抜きに、心臓が破裂する。いかに魔法少女の身体でも、耐えられるものではない。それでも、久光織衣が止まる理由にはならない。暴走特急にブレーキはない。勝利という名のゴールを通過し、駆け抜けていくだけだ。
「
光だ。光になった。あまりの速さに、自分でもそう錯覚した加速は、間違いなく光速に達していた。レーザーの如く駆け抜けた突撃は、間違いなく上空にいたさららの胴体を貫いた。そして、その身体もまた、さらさらと青い髪の毛になって砕け散った。
「あ、ごめんなさい⋯⋯。下です」
その声を聞き頭を下げれば、地面からひょっこりと顔だけを出したさららが居た。その頭から伸びた髪の毛は、間違いなく今久光織衣が貫いたもう一つの分身につながっている。
ぶわっと、目の前で髪の毛が網状に広がる。馬鹿め、そんな髪の毛は全身を走る刃で切り裂ける。まだだ、まだ負けていない。今から反転して地面に突撃すれば、まだ勝てる。
しかし、さららが既に対抗策を講じていないはずがなかった。ぶわっと広がった髪の毛は、その先端を細かく分け、レールの隙間に食い込むように絡みついてくる。絡みついた髪の毛のせいで、刃の動きが止まった。これでは、髪の毛を切り裂けない。
「さららぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!」
怒りに任せ叫び、眼下のさららに闘志をぶつける。また負けるのか。いや、まだやれる。もっと限界まで速度を高めれば、きっと、さららに、魔王パムに、最強に、追いつける。一番は、久光織衣だ。
その時だった。ぶしゅっと、何かが破裂する音が聞こえた。直後、口から大量の血が噴き出す。目と鼻からも、血が溢れて止まらない。体温が、急速に下がっていく。
先ほど久光織衣が聞いたのは、レール10本分の血流加速、そして怒りによる血圧上昇に耐えきれなくなった久光織衣の心臓が破裂する音だった。
ああ、私は負けるのか。死ぬほど悔しい。でも、それで本当に死ぬ奴がいるか。
馬鹿な自分に呆れつつも、久光織衣は満足していた。ここまでやってダメならば、もう諦めがついた。
認めるよ、さらら。お前が最強だ。
「いや、勝手に死なないでくださいよ⋯⋯。迷惑です」
満足して目を閉じようとした久光織衣の目の前に、さららの顔面がばっと迫ってきた。そして、たちまち視界が青色の髪の毛に埋め尽くされ⋯⋯そこで、久光織衣は意識を失った。
心地よい揺れを感じながら、久光織衣は目を開く。ここは、いったいどこだ。さららとの勝負はどうなった。自分は、心臓が破裂して死んだのではなかったのか。
胸元に視線を落とし、ぎょっと目を見開く。赤く染まった胸元には、青い髪の毛で刺繍のようなものが施されていたからだ。まさか、さららが治療してくれたのか。信じられない気持ちになりながらも、あたりを見渡すと、そこはまだ舞台の上だった。しかし、妙な感じだ。体勢的には寝転んでいるように感じるのに、妙に視界が高い。
その疑問を解き明かすべく視線を上にあげると、こちらを心配そうに見下ろすさららと目が合った。
「あ、目覚ましたんですね。よかったです⋯⋯。貴女、心臓破裂してたんですよ。ボクが髪の毛で縫い合わせたから何とか一命はとりとめましたけれど⋯⋯」
ちょっと待て。今これ、どういう状況だ? 妙に高い視線、そして見上げれば触れそうな位置にあるさららの顔。これはもしや、さららにお姫様抱っこをされているのか?
「おい、ふざけるな! とっとと下ろせ!!」
「いや、怪我人を下ろせるわけないでしょ⋯⋯。ちょっと、じっとしといてくださいよ」
そんなことを澄ました顔で言うさららが、何とも憎たらしい。謎に熱くなる顔は、きっとこいつのせいだ。縫い合わされたばかりの心臓が高鳴るのも、きっとこいつが悪い。
「絶対に、今度こそ、お前を倒してやるからなぁ~~~!!!!」
「ええ⋯⋯。勘弁してくださいよ。めんどくさいので⋯⋯」
さららはそんなことを言うが、絶対にあきらめてなるものか。折角生き延びたからには、なんとしてでもさららに勝ってみせる。勝利をつかむその時まで、絶対にあきらめたりしない。
久光織衣は、一番が好きだ。敗北が大嫌いだ。そして⋯⋯さららのことが、大大大大大嫌いだ。
いつか、絶対に、さららを倒して、さららを、自分のモノにしてみせる。久光織衣の敷いていたレールの行き先は、少しだけそのゴールを変えたのであった。