♢フーフーリン
「第十一試合はフーフーリン選手vs”貪食の大具足”ムシャラ・ガムシャ選手の戦いになります!! 茶田千代さん、この試合どちらが勝つと思いますか?」
「そうですね⋯⋯。うーん、フーフーリン選手のさっきの戦いぶりを見ていると応援したくなりますけれど、相手は魔王塾卒業生ですからね。それに、まだ戦う姿を見られていない分対策もされずらい。ムシャラ・ガムシャ選手の方が有利じゃないですか? ⋯⋯なんかちょっと慣れてきたかも。今の、なんか解説っぽくなかったですか?」
「はい、そうですね。それでは、第十一試合、開始です!!」
試合開始の合図は告げられたが、フーフーリンはまだ動かない。なぜならば、目の前のムシャラ・ガムシャがどう動くか予想できないからだ。
“貪食の大具足”ムシャラ・ガムシャに関するデータは少ない。フリーランスとして活動しているらしいという情報はあるが、目立った実績はなく、大食漢であることしか分からない。
だからといって、油断をすることは無い。魔王塾の卒業生が、弱いはずがないのだ。それに、こうして向かい合うだけで威圧感が凄い。極彩色の鎧に身を包んだ2mを優に超える巨躯は、魔法少女離れした外見だ。
ムシャラ・ガムシャは、おもむろに鎧をまさぐり、何かを取り出した。先端に風鈴を付けた槍を構えたフーフーリンは注意深くその取り出したモノの正体を確認する。
ムシャラ・ガムシャが手に取り掲げたのは、魔王パムの遺影だった。それを地面に置くと、膝をつき手を合わせ、天を仰ぎ見る。
「我が師、魔王パムは我を人間にしてくれた大恩人。我は必ずこの大会で優勝し、師の後継者となろう。だが、今だけは共に我が師の冥福を祈ってくれ。その後で、思う存分戦おう」
なるほど、どうやらムシャラ・ガムシャは、魔王塾卒業生の中でも特に魔王パムを慕っているらしい。これまで戦いの舞台に立ってきた卒業生たちで、このような行為をした者は一人も居なかった。
まったく⋯⋯なんとも、愚かな魔法少女だ。
「魔王パムの冥福を祈る? そんなこと考えているのは一部の魔法少女だけよ。私は、あいつが死んでくれてせいせいしてるんだから」
ムシャラ・ガムシャの行為をあざ笑い、槍の一突きでもって遺影を破壊する。これは、フーフーリンの本心だ。生きている時でさえ目障りな存在だったというのに、死後もクラッシュライトのようないかれた魔法少女に恨みを買い、フーフーリンはそれに現在進行形で巻き込まれている。とてもじゃないが、そんな相手の冥福を祈るなどしたくない。そもそもあいつは、おそらく地獄に落ちていることだろう。魔王にはお似合いの末路だ。
遺影を目の前で破壊され、固まっていたムシャラ・ガムシャの全身から、一気にぶわっと怒気が湧き上がる。破壊行為自体は本心からのものだが、真の狙いはこちらだ。感情に支配された相手ほど、翻弄しやすい。フーフーリンの魔法、『風鈴の音で癒しを届けるよ』を利用すれば、感情のコントロールは容易だ。今の破壊の際も、あえて風鈴を荒く鳴らし、癒しの反作用で怒りを増幅させている。あとは、風に揺られる柳の如く相手の攻撃をかわしながら、カウンターで突きを入れていけばたとえ相手が魔王塾卒業生でも倒せるはずだ。
「⋯⋯殺ス!!」
怒りと殺意を剝き出しにしながら、ムシャラ・ガムシャが腕を伸ばしてくる。怒りに任せた単調な攻撃、回避は容易い。伸ばされた腕をギリギリのところで回避し、槍を突き出そうとしたその時、ムシャラ・ガムシャの腕が突然爆ぜた。
「“
爆ぜた勢いで鎧の破片が飛来し、フーフーリンの顔面をとらえる。とっさに目を瞑ったことで眼球は傷つけずに済んだが、額を鋭い痛みが襲う。たまらず風鈴の音を奏でることで自身の身体に癒しを与え、傷を治しつつ後方に飛びずさる。
ムシャラ・ガムシャの破裂させた腕は、既に元通りになっている。いったいどういう魔法なのか。考える暇もなくムシャラ・ガムシャは咆哮をあげ、こちらに飛び掛かってくる。まるで獣のような動きだ。突進に合わせ槍を前に突き出せば、極彩色の鎧とぶつかり金属音が響き渡る。あまりの馬鹿力に、顔を顰める。このままでは槍が折れてしまうと判断したフーフーリンは、持ち手にすっとガラスで出来た筒を通した。
そのままガラスの筒を利用し、槍をくるりと回転させる。突進の勢いを槍の回転で殺し、ムシャラ・ガムシャを仰向けに倒した。獣相手には技術で対抗するのが一番だ。洗練された技術でもって、この獣に格の違いを見せつけてやる。
生半可な手加減は自分の首を絞めると判断し、急所狙いで放った一突きは、しかしながらいつの間にかムシャラ・ガムシャが取り出した棒状の武器によって止められていた。
いや、よく見たら武器ではない。駄菓子屋で見るような、丸いガムが詰められたおもちゃだ。無駄に達筆な文字で『餓』と刻まれたそれを構え、ムシャラ・ガムシャは重々しく告げる。
「我が愛刀、『
「そんなおもちゃで私の槍を相手しようとは、笑わせる!!」
フーフーリンをはねのけるようにして起き上がったムシャラ・ガムシャと、お互いの武器をぶつけ合う。
管を利用して螺旋の如き回転を与えながら繰り出した突きは、ムシャラ・ガムシャの持つおもちゃの武器を弾き飛ばした。フーフーリンは思わずほくそ笑む。こいつ、やはり技術の未熟な脳筋だ。
武器を弾き飛ばした勢いそのまま、フーフーリンの突きはムシャラ・ガムシャの鎧に突き刺さった。しかし、確実に手ごたえのあったその一撃を受けても、ムシャラ・ガムシャは動じない。それどころか、鎧の隙間でがっちりと槍を受け止めると、文字通り腕を伸ばして弾き飛ばした武器を掴み取った。
「“
吠えるように技名を叫び、ムシャラ・ガムシャが武器の先端を向けると、蓋が外れて中から色とりどりのガムが飛び出してくる。そのガムがフーフーリンの身体に当たると、ぱぁんと弾けて四肢にべっとりとまとわりついてきた。不味い、動きを封じられた。
「“
技名のキャッチーな響きとは裏腹に、襲い来るのは脅威の握力による攻撃だ。肩をあり得ないほどの力で掴まれ、骨が折れる音が聞こえる。
「⋯⋯っ!! 舐めるな、このガム鎧!!」
物凄く痛いが、この程度ならまだ耐えられる。槍を握る手を動かし、風鈴を揺らせば、癒しの音色が痛みを和らげる。幸い、ムシャラ・ガムシャが攻撃してきたことでガムの拘束は緩まった。全力でもがくことで拘束を解き、鎧に刺さっていた槍を手元に戻す。
⋯⋯思った以上に手ごわい相手だ。息を荒げながら、フーフーリンは再度槍を構える。
ムシャラ・ガムシャの魔法は、おそらくガムを操る魔法だろう。腕を破裂させたり伸ばしたりしたのも、ガムの性質を利用したと考えれば辻褄が合う。鎧の中にガムを潜ませ、それを操りながら戦う⋯⋯なるほど、よく考えた魔法の使い方だ。さすが魔
王塾卒業生といったところだろうか。
しかし、問題はない。厄介なのはあの鎧の防御力だが、あの鎧さえ貫いてしまえばその中身にダメージを与えることができる。狙うは必殺の一撃。次の攻撃に、すべてを込める。
手元でくるくると槍を回転させ、それに合わせて風鈴の音を鳴らす。癒しの音色が傷を癒し、同時に過剰な癒しでもってアドレナリンを分泌、身体能力を爆発的に上げていく。
ムシャラ・ガムシャはすかさず槍を叩き落とさんと腕を伸ばしてきたが、ここで一瞬片手を槍から離し、胸元に隠していた奥の手の風鈴を鳴らす。
チリーンと特別に澄んだ音が響き、ムシャラ・ガムシャの動きが止まる。この奥の手の風鈴の音は、どんな相手だろうと音の効果で眠りに落とすことができる。勿論、相手の精神力が高ければ高いほど目覚めるのも早いが、魔法少女同士の戦いにおいては一瞬一秒が命取りだ。
「これで⋯⋯とどめ!!」
唸りをあげながら放った一撃は、ムシャラ・ガムシャの鎧の頭部に吸い込まれ、そして貫いた。吹き飛ばされる兜、弾けるガム。フーフーリンは思わず目を剥く。鎧の中身はガムしか入っていなかった。しかし、それを動かす本体が必ずいるはず。本体は、どこに隠れている?
その時だった。視界の隅、下の方で何かが動いた。慌ててそちらに視線を向けると、ムシャラ・ガムシャの鎧の腹部から、ぬっと細い腕が突き出ている。
まるで、鎧の腹を食い破るようにして出てきたそれは、とても小柄な魔法少女だった。耳元近くまで裂けた大きな口をがばっと開くと、口の中いっぱいに生えた鋭い歯が、カチカチと音を立てて獲物を待ちわびる。
ぐぅと鳴らされた腹の音が、風鈴の涼やかな音色を掻き消す。よだれを垂らしながら鎧からロケットの如く飛び出してきたその魔法少女の突撃を、槍を突き出したままの姿勢で固まるフーフーリンは回避することができなかった。
「──いただきます」
本能のままに呟かれた言葉と共に、ムシャラ・ガムシャはフーフーリンの両腕を食いちぎり、呑み込んだ。あまりの痛みに叫び声をあげ倒れたフーフーリンの喉を、ムシャラ・ガムシャは容赦なくその小さな足で押しつぶす。
もはや悲鳴を上げることも許されず、か細い息を吐くことしかできない。そんなフーフーリンを見下しながら、ムシャラ・ガムシャはぷっと腕の骨を地面に吐き出し、両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
満足げにお腹をさすりながら、ムシャラ・ガムシャは鎧の中へと戻っていく。膨らませたガムで鎧を動かし、戦いの舞台を後にするムシャラ・ガムシャ。その背を見送りながら、フーフーリンは怒らせてはならない相手を怒らせてしまったことを後悔しつつ、その意識を闇の中へ落としたのであった。