♢ときんちゃん
「うう、変態が⋯⋯。変態が迫ってくる⋯⋯!」
「わ、私の腕が、腕がぁ!!」
戦いに敗れた魔法少女たちの苦悶の声が響き渡るこの場所は、野戦病院のような様相を呈していた。そして、そんな魔法少女たちを治療するのは、この部屋の主である魔法少女、Dr.ヤニーだ。
「声を出せる元気があるんなら死にはしないさ。ほら、重傷者からさっさと俺の前に並びな」
胸元が大きく開かれた白衣に、ぼさぼさの赤髪。隈で縁取られた目元からは不健康そうな印象を受けるDr.ヤニーは、緑色の煙を吐き出す煙草を口に咥え、負傷者の前に立つ。あの両腕をもがれた魔法少女は、先ほどムシャラ・ガムシャと戦ったフーフーリンだ。見ているこっちが痛くなるくらいにひどい怪我である。
ときんちゃんも、超☆Ⅱ凱と戦って身体をバラバラにされたようなのだが、その時のことはよく思い出せない。しかし、その証拠に全身を縫い合わせるような青い髪の毛が未だに残っている。Dr.ヤニーには治療は完璧だから俺の出番はないとつまらなそうに言われてしまった。だから、Dr.ヤニーがどうやって治療を行うのか見るのはこれが初めてだ。
Dr.ヤニーは、ふぅ~っと緑色の煙をフーフーリン目掛け吐きかける。すると、痛みで呻いていたフーフーリンの顔がとろんとした表情に変わり、その頭がこっくりと船をこぎ始めた。
「よぉしいい子だ。俺の煙は痛みを和らげる。そのままゆっくりお寝んねしてる間にちゃちゃっと治してやるからな」
Dr.ヤニーは、眠りについたフーフーリンの頭を優しく撫でると、その失われた両腕の傷口に、煙草の灰を落とす。すると、傷口に触れた部分の灰が赤く燃え上がり、ゆっくりと腕が再生されていく。その光景は、さながら不死鳥のようであった。
なんとも幻想的な光景に、ときんちゃんが思わず見とれていると、どかっとすぐ隣で誰かが椅子に座った音が聞こえた。その音に横を向くと、そこには何故かほぼ0距離でこちらにガンを飛ばしている魔法少女がいた。確か名前は、魔王塾卒業生の久光織衣だったはずだ。
「ひぅっ!? わ、我に何か用か?」
驚いたせいで声が裏返ってしまった。しかし、久光織衣は返事をしてくれない。じっとこちらを睨みつけてくるだけだ。いったいなんだというのだろうか。泣きたい。
「おい、お前」
「な、なんでしょうか⋯⋯?」
「なんでお前もさららの髪の毛編み込まれてんだよ。お前、さららの何なんだ?」
さららって誰だ。なんで碌に絡んだことのない魔法少女に知らない人物の名前出されてすごまれないとならないのだ。
「さ、さららって誰なんですか? 我⋯⋯じゃなくて私、そんな人知らないんですけれど」
「とぼけてんじゃねぇよ。その青い髪の毛はさららのだろうが。髪質、匂いどっちもさららのもんだ。あいつの髪の毛が私以外に巻き付いていると思うとなんかムカつくんだよ。あいつは私の獲物だ。お前には絶対渡さねぇからな!」
髪の毛ということは今ときんちゃんの身体に編み込まれてバラバラになったはずの全身をくっつけているこの髪の毛の主、つまりあの時お守りと言って控室でミサンガを渡してくれた青い髪の魔法少女がさららなのだろう。そして、なんだかよく分からないけれど、この人がさららのことが好きなんだろうことは理解した。自分では気づいているのか知らないけれど、さららのことを話す久光織衣の耳は赤くなっている。
どうやら、ただの嫉妬で絡んできているらしい。そう思うと先ほどまで怖く感じていた久光織衣が急に可愛らしくなってきたが、どう返答するのが正解だろうか。頭を悩ませるときんちゃんの背後から、唐突に第三者が声をかけてきた。
「お、なんだい。あいつはしばらく見ないうちにとんだ女たらしになったようだねぇ。ま、あたいもよく女を食ってるから他人のことはとやかく言えねぇがね」
そこまで大きくはないはずだが、不思議とよく通る声。ばっと後ろを振り向けば、そこには極彩色の羽織を纏った魔法少女、洒落亭流音が立っていた。
「あぁん!? なんだてめぇこら。洒落亭流音、お前さららの何を知ってるんだよ」
「何を知ってるって⋯⋯そりゃあまあいろいろと知ってるさ。あいつの裸も見たことがあるし、両親の顔だって知ってるさ」
「は、裸ぁ!? お、お前、冗談言うんじゃねぇよ!!」
「あたいは舞台の上以外で冗談は言わない主義でねぇ。あいつの尻の付け根には黒子があるんだよ。あたいの言葉が嘘だと思うなら、今度確かめてみるといいさ」
「なっ⋯⋯!? そ、そんな破廉恥な真似できるわけねぇだろうがこの変態!!」
いったい自分は何を聞かされているのだろうか。ときんちゃんは洒落亭流音と久光織衣に挟まれながら、肩身の狭い思いをしていた。恋人を取り合うならばどうか別のところでやってほしい。ときんちゃんを巻き込まないでくれ。
「おい、洒落亭。あんたは俺の治療終えたはずだろ? まだ試合も残ってるんだからさっさと控室に戻りな」
「おっと、ヤニカス屋に怒られちまったや。ただなぁ、控室戻ってもだいぶ減っちまったから寂しいんだよ。こっちの方が話し相手が多くて楽しいからねぇ。しばらくここに居させてもらえねぇかい?」
「ヤニカス言うな。ここは俺の城だ。あんたの遊び場じゃねぇんだよ。分かったら早く⋯⋯ちっ。空気読めないね。こんな時に連絡か」
洒落亭流音に対し苦言を述べていたDr.ヤニーだったが、魔法の端末に通信が入ったことで話を切り上げて通話を始めてしまった。それを見た洒落亭流音は目を細めてにっこりと笑うと、再び久光織衣の方に向き直る。どうやら、まだまだここに居座るつもり満々のようだ。とりあえず、ときんちゃんからは離れた場所でやってほしいのだが。
「は、裸を見たからってなんだって言うんだ。私の心臓はさららの髪の毛で縫い合わされてるんだ。つまり、私の心臓はさららで出来てるって言っても過言じゃねぇんだぞ!?」
「はぁ、甘いねぇ。それで言うならあたいはさららと長年同じ釜の飯食ってきたからねぇ。あたいとさららはほぼ同じ成分で構成されていると言っても過言じゃないさ」
興奮で顔を赤くする久光織衣に対し、余裕の笑みを浮かべる洒落亭流音。口喧嘩で絶対噺家相手に勝てるはずないんだからさっさと負けを認めればいいのに⋯⋯と、ときんちゃんの心の中のロボットが囁いたその時、突然目の前が真っ黒な煙で覆われた。
「あー、悪いな、お前たち。俺も、治療したばっかの子猫どもを傷つけるのは不本意なんだが、雇い主からの意向でね。しばらく気を失ってもらうことになる」
この黒い煙は、Dr.ヤニーの魔法によるものだったか。ずっと煙草の臭いが蔓延している部屋に閉じ込められていたせいで、すぐに気づくことができなかった。煙を吸い込んでしまったせいか、頭がぼーっとする。さっきまでときんちゃんを話して喋っていた二人も、煙を既に吸い込んでしまったのか、意識を失って倒れていた。
どうやら、意識があるのはもう自分だけのようだ。ときんちゃんは、『アウェーだと強くなれるよ』という魔法のおかげで、こういう危機的な状況ほど力を増す。そのため、他の魔法少女よりも煙に対抗できているのだろう。
「Dr.ヤニー。貴様、なぜ、こんなことをする?」
「おっと、まだ意識がある子がいたか。そうだな⋯⋯ま、どうせ最後だから言うけれど、俺には俺の目的があるのさ。その目的が雇い主と一致したから、協力している。俺の旦那が死んだあの試験の生き残り。そいつを、許せるはずがない」
そう告げるDr.ヤニーの瞳は憎悪に燃えていた。しかし、他人の復讐に巻き込まれるなんてたまったもんじゃない。どんな事情があったとて、所詮ときんちゃんにとっては他人事だ。同情なんてしないし、するはずもない。
だが、そんなときんちゃんの気持ちとは裏腹に、脳内の煙はますます濃くなっていく。このままでは、他の皆と同様に意識を失ってしまうだろう。その前に何とか倒さなければ。
決意を固めたときんちゃんの目の前を、白い物体が横切っていく。それは、大きな消しゴムのように見えた。⋯⋯え、消しゴム? なんで?
そんなときんちゃんの疑問を置き去りにし、消しゴムは部屋の中の煙を消しとってDr.ヤニーの元まで飛んでいく。飛来する消しゴムを見て慌てて避けようと身構えるDr.ヤニー。しかし、そんな彼女の動きを止めたのは、軽快なミュージックだった。
「レッツ、QTE!!」
ドアをぶち破り、車いすに乗った魔法少女が部屋に入ってくる。その背後に、真っ白な魔法少女も続く。
そして、どういう原理か突然ピタリと動きが止まってしまったDr.ヤニーは、飛んでくる消しゴムを避けられずに、黒い煙を吐き出し続けていた煙草を、それを持つ腕ごと消し飛ばされてしまったのであった。
☆☆☆☆☆
「な、なんとか間に合ってよかったですね」
「ああ、そうだな。やはり、さららの危惧していた通り試合の敗者はTV唱の計画に利用されそうになっていたか。洗脳を施され人事部に突撃される前に止められたのはよかった。古巣が襲われるのは避けたいところだからな」
腕と煙草を消され、無力化されたDr.ヤニーを拘束した魔法少女二人は、キューティー☆Eとナコと名乗った。どうやら、先ほどからさんざん名前の出ていたさららの仲間らしい。そのさららの指示のもと、TV唱の計画を阻止すべくこれまで裏で動いていたとか。
「いや~、まさかヤニカス屋がこんなことするとは予想外だったよ。あんがとな、お二人さん」
「はっ! 私は最初からこいつは怪しいと思ってたけどな。だいたい、煙草とか身体に悪いもん吸う奴にろくな奴はいねーんだ!!」
そして、洒落亭流音と久光織衣の二人もいつの間にか復活していた。煙を吸っていた時間が短い分回復も早かったようだ。ただ、他の魔法少女はまだ復活できていない。まあ、おそらく時間が経てば全員目覚めるだろう。
「我々はこれからTV唱の現在の居場所を突き止め、計画を止める予定だ。貴殿たちはどうする?」
「そうだねぇ⋯⋯。正直、奥の手を使った今、次の対戦相手のガムシャ屋に勝てる気はしないからね。それに、こっちの方が面白そうだからあんたらに協力するよ。あの愚昧との約束もまあ、直接本人に話した方が手っ取り早そうだしねぇ?」
「さんざん私をおちょくってきやがったあのテレビ野郎は一発蹴り飛ばしてやりたかったんだ。私もお前らに同行するぜ! それに、お前らさららの部下なんだろ? いろいろ聞いておきてぇこともあるしなぁ!!」
「じゃあ、5人で向かうということでいいですね。皆さん、一緒にTV唱を止めましょう!!」
え、ちょっと待って。まだ協力するって言ってないよね? なんでときんちゃんも一緒に行く流れになってるの?
しかし、もうそんなことを言い出せる空気ではない。この場で断る勇気が出なかったときんちゃんは、無言で4人の後を追いかけ、最後尾で部屋をあとにするのであった。
──5人が去った部屋の中。一人取り残されたDr.ヤニーは、周りの魔法少女たちの寝息を聞きながら、目を瞑る。
TV唱を止めようとしても無駄だ。奴は、自分が作り上げたこのショーを必ず完遂させるだろう。たとえ、その結果自分自身が死ぬことになったとしても。
その時はきっと、巻き添えで多くの命が失われることになるのだろう。医者としては複雑な心境だが、TV唱の計画に乗ったその時から、覚悟は決めていた。
Dr.ヤニーは、胸元にしまった写真に目を落とす。もうかなりボロボロになった写真には、かつてのDr.ヤニーと、愛した夫の姿が映っている。あんなことになるならば、自分が魔法少女であることを隠すべきではなかった。後悔してもしきれない。
「じゃあ、俺は先に逝くよ、TV唱。⋯⋯待たせたな、旦那。俺はようやく、あんたのところに行ける」
そう誰に告げるでもなく囁くと、Dr.ヤニーは自らの魔法で毒入りの煙草を生成し、それを口に咥える。
紫色の煙が細く立ち昇る様子を眺めながら、Dr.ヤニーは再びゆっくりと瞼を閉じる。その瞼はもう、二度と開かれることはなかった。