♢プフレ
だいぶ面倒なことになってしまった。TV唱が魔王塾卒業生たちを集めて何やらおかしな催しを開催しようとしていることは知っていた。しかし、その目的がまさかプフレの解任とは思わなかった。
どこで恨みを買ったか、心当たりは多すぎて分からない。とりあえず、人事部内に置かれたテレビに関してはシャドウゲールに改造してもらい、電波を受け取らないようにすることでこれ以上不利な情報を流れるのは防いでいる。それに加え、こちらで今出せる戦力を送ろうと手を打っていたところで、望まぬ来訪者が現れてしまった。
「だーかーらー、この件は私に任せてって。広報部門の奴が起こした事件なんだから、同じ部門の人間が対処するのが筋ってもんでしょ? その代わり、解決したら報酬は弾んでよね」
「⋯⋯犯人に名指しで指定されている以上、こちらも手を引くわけにはいかないさ。それに、何故君は一人でここに居るんだい? 君たちキューティーストライプはだいたい複数人で行動している印象があるが」
「ゼブラもペンギンもパンダも今は他の案件で忙しくてね。手が空いている私が来たんだよ。んで、どうなのさ? 金さえ払ってくれれば、私はあんたの黒い噂もかみ砕いてやるけれど?」
口からこぼれんばかりの鋭利な歯を剥き出しにしてニヤニヤと笑うのは、キューティーオルカ。『キューティーヒーラーストライプ』という、白と黒で構成されたコスチュームを纏った魔法少女チームの1人。広報部門所属の彼女たちが何よりも重視しているのは、金になるビジネス。今回も、TV唱のやらかしの処理というのは建前で、本音は報酬の方だろう。
「いや、必要ないさ。自分のことは自分で何とかできる。それに、戦力も君が居なくても十分足りているからね」
ここで、広報部門に借りを作ってしまうのは論外だ。一度借りを作ってしまえば、その後ことあるごとに金をむしり取ろうとしてくるだろう。それだけは避けたかったプフレは、こうなることを見越して既にある魔法少女に声をかけていた。
「ふーん、私が居なくても大丈夫とは、随分強気じゃないか。いったい、あんたの手駒に選ばれた可哀そうな奴は誰なのさ?」
「それは、このドロップちゃんっすよ~!!」
ばーんと勢いよくドアを開け放ち、空気をぶち壊しながら現れたのは、人事部門所属の魔法少女、Tierドロップだ。右手にハンマーを持ち、2つの眼球はぐるぐると常にあらぬ方向に動いている。しかも、コスチュームは何故か市販のTシャツにとある魔法少女の顔写真を一面に貼り付けたものと、一見してまともな魔法少女ではないことが分かる。オルカも、いきなり出てきた様子のおかしい魔法少女にドン引きしていた。
「ちょ、誰この見るからにヤバそうなやつ」
「あはははは!! 他人の外見刺してヤバそうとは酷い奴っすね~!! そんなんじゃ真の愛は得られないっすよ~? ねぇ、茶田千代さぁん♡」
コスチュームにプリントされた魔法少女の顔に囁きかけ、キスを降らせるドロップ。その姿は、自分がこの魔法少女の直属の上司であることを否定したくなるくらいには気持ち悪いが、実力だけは折り紙付きだ。
「え~、あんた正気? こいつに任せるわけ?」
「実力だけはあるからね。それに、彼女だけに頼んだわけじゃないさ。⋯⋯どうやら、ちょうど来たようだ」
オルカと会話を続けている途中で、プフレの耳に、ざあざあという雨音が聞こえてきた。今日の天気予報は一日中晴れ。この急な悪天候は、プフレが呼び寄せた助っ人の魔法によるものだと考えて間違いないだろう。
「んん? ちょっと待った。この雨音、もしかして⋯⋯」
オルカも、雨音によってプフレが呼び寄せた助っ人が誰かを理解したようだ。静かに入り口のドアが開かれ、満を持して姿を現したのは、レインコートを羽織った魔法少女。水色の髪の毛から滴る雫は、彼女の頭上に浮かぶ小さな雲から今なお降り注ぐ雨によるものだろう。表情と天気から一目であまり機嫌がよくないことを隠そうともしていないその魔法少女に対し、プフレは声をかけることにした。
「やあ、待っていたよ。今回はここに居るTierドロップと一緒に、TV唱を止めに向かってほしい。期待しているよ。監査部門の若きエース、レイニー・ブルー」
「はぁ⋯⋯。あまり乗り気じゃないんですけれどね。でも、指名依頼とあらば断わるわけにもいきませんし、TV唱の行いは美しくないですから。できるだけのことはさせて貰いますよ」
レイニー・ブルーは、『気分次第で天気が変わるよ』という魔法の使い手だ。かつて魔王パムと肩を並べたと噂されていた変人の上司の死をきっかけに、若くして監査部門で活躍している期待のエース。その実力は、それこそ疑いようもない。
「あ~、レイニーが来るなら、私は要らないね。じゃ、部門長さん、私はもう帰るから! また何かいい話があったら声をかけてくれ~!!」
そして、レイニーと入れ替わる形で、オルカが逃げるように部屋を飛び出していく。噂話で聞いた程度だが、オルカは過去にレイニーに絡んで雷を落とされたことがあるらしい。勿論、比喩ではなく、本物の雷だ。その時のことがおそらくトラウマになっているのだろう。オルカが来るのは想定外のことだったので完全に偶然だが、レイニーを呼んでおいてよかった。
「あれ、オルカさんいたんですね。どおりで魚臭いと思いました」
オルカが去った後でしれっとそんなことを口にするレイニーは、見た目の可愛らしさに反して口が悪い。この悪口をオルカが聞いていたらトラウマ関係なく間違いなく突っかかってきていただろうから、本人が居なくなってから言っただけまだマシだが。
「ちょっと!! あんたがさっきから雨降らせてるせいで廊下も部屋もびしょびしょじゃねえっすか!! 清掃員だった誰かさんが死んだせいで、今はドロップちゃんがその仕事もしてるんすからね!? 余計な仕事増やさないでほしいっす!!」
「ああ、ごめんなさい。でも、掃除はちゃんとしますから。濡れたままじゃ、美しくないですからね」
「掃除するなら、いいんすよ。でも、これからは気をつけてほしいっす。ねえ、茶田千代さぁ~ん♡」
そう言って、またもやTierドロップは自分の服にプリントされた茶田千代の顔に口づけする。その姿を見たレイニーは、オルカとは異なりドン引きすることは無く、悲し気に顔を曇らせる。
「⋯⋯なるほど、亡くなった上司を今でも敬愛しているのですね。その気持ちは、少し分かります」
「いや、お茶たちょ茶田千代は存命しているはずだよ」
「⋯⋯は?」
何やらレイニーが勘違いしている様子だったので補足してやると、レイニーは信じられないといった様子でドロップを二度見し、プフレに問いかける。
「⋯⋯じゃあ、この奇行はどういうことですか?」
「私に聞かないでくれ」
プフレがそう答えると、レイニーは深くため息をついた。レイニーの頭上の雲は先ほどよりもどんよりと曇り、その雨の勢いもさらに強くなっていたのであった。