♢おっく・ろっく
双子の姉から連絡が来たのは、今から二か月ほど前のことだった。久々に取り出したスマホに書かれた『
姉妹仲は、別に悪いわけではない。むしろ、よい方だったと思う。趣味嗜好は似通っていたし、時間通り・スケジュール通りに事を進めることを第一に考える主義もそっくりだ。だが、積極的に連絡を取り合うことは無い。そういう関係だったのだ。
「姉さんか。久しぶりだな。今どこで何をしているんだ?」
『久しぶりですね、
脳がフリーズした。姉の言葉が理解できない。前々から言葉足らずなところがあるとは思っていたが、もう少し詳しく説明してくれないと分かるわけがない。数年ぶりの会話の第一声がこれなのか? 頭の中に問いただしたいことが大量に浮かび、結局は一番気になる箇所に関しての問いかけが口から飛び出していた。
「⋯⋯最愛の人とは誰なんだ? 結婚式の招待は受けていないが」
『出していませんからね』
「それに、姉さんがスケジュール以外に愛を向けるはずないだろう。双子の私が言うんだ、間違いない。姉さんはスケジュールを予定通りに正しく進めることしか頭にない変人だからな」
『貴女に変人と言われるのは納得いかないのですが⋯⋯。まあいいです。確かに、これまでの私では考えられないことでした。しかし、いいですか命。愛とは、突然芽生えるのです。スケジュールや時間には全く関係なく。それを私は、あの人との出会いで知りました』
この発言には、この日一番驚かされた。まさか、あの変人の姉がこのようなことを言うとは思っていなかった。声色は今まで聞いたことのないほど熱がこもっており、姉の愛の強さは端末越しでもひしひしと感じることができた。
「そうか。いや、幸せならいいんだ。死んだとかAIになったとかも聞いた気がするが、姉の幸せに比べたら些細なことだ。おめでとう、姉さん」
『ありがとうございます。貴女も、いつかきっと、この人しかいないと感じるような運命の相手を見つけられると思いますよ』
──姉との会話を思い出しながら、目の前の魔法少女との戦いに意識を向ける。ほぼ初見でおっく・ろっくが時間を操る魔法を使えることを見抜いた侮れない相手。身のこなしもさることながら、魔法の使い方が変態的にうまい。その自由な発想力と変幻自在さは、魔王パムを連想させるほどだ。
しかし、おっく・ろっくは負けられない理由がある。自分の見つけた運命の相手であるお茶たちょ茶田千代に結婚を申し込むためには、その上司だという目の前の魔法少女、さらら相手に実力を認めさせる必要がある。
もし、この戦いに勝つことができたら、姉に報告するのだ。自分も、姉と同じように運命の相手を見つけることができたことを。
だからこそ、手段は選んでいられない。奥の手の時間遡行も切った。その証拠に、腕時計が10個ほど同じ時刻を指して止まってしまい、動かなくなっている。愛のためとは言えども、かなり痛い出費だ。
おっく・ろっくが魔法を発動させるためには、身に着けた腕時計の針を止める必要がある。一度止めた腕時計は自ら廃棄することは不可能で、もし廃棄した場合は、二度と魔法が使えなくなってしまうだろう。試したことはないが、ここら辺は感覚で分かる。
そして、身に着ける腕時計は100万円以上の値段のするブランドものでなければならない。文字通り身銭を切っておっく・ろっくはこの理外の魔法を扱うことが可能になっているのだ。
さららの髪の毛が四方八方から襲ってくる。これが厄介だ。一本一本は細くて見るからに頼りなさそうなのに、魔法少女の腕力でもぶち切ることの難しい耐久力。しかも、数が多い。お手製の長針と短針を模した武器で対処するのが手一杯だ。
「⋯⋯数が、違う。違和感は、何? 考えて、最悪を。考えて⋯⋯」
何事かをぶつぶつと呟きながら、こちらを凝視するさららは、少し不気味さを感じる。先ほどもすぐにおっく・ろっくが時を止めたことを見抜かれていたし、頭の回転が恐ろしく早いのであろう。
さららが髪の毛の先端を手裏剣の形状に変え、そこだけ切り離して無数の手裏剣を飛ばしてくる。これは、回避は無理だ。たとえ手裏剣を回避できても、まださららには髪の毛がある。あれは、さららの手と同じだ。回避した隙を必ず突かれて攻撃されるだろう。
仕方なく時を止め、髪の毛を避けて移動しつつ、さららの背後に回る。狙うは致命傷だ。最初は、大会だし殺したらまずいと手加減した攻撃をしていたが、それだとさららはすぐに回復してしまう。時間を止めている間にさららの首をはね、時を動かす。
すると、一瞬首から血が噴き出したが、すぐに切断面から髪の毛が生えてきて、切り落とされた首を元の位置に戻してしまった。やはり、生半可な攻撃ではダメージを与えることさえ難しい。しかも、おそらく今の攻撃でこちらが時を止められることはバレた。その証拠に、さららの表情に動揺は見られない。
そうなれば、前回の時間でおっく・ろっくの動きを止めた謎の攻撃がくるだろう。あれのネタは未だにはっきりとはしていないが、おそらくは髪の毛で何かをしたのだろう。時止めで移動する際に髪の毛が張り巡らされていることを考え、進路を武器で切り開いてから対処すべきだ。
髪の毛の鞭を回避しつつ、おっく・ろっくは手元に視線を落とし、無事な腕時計の数を確認する。大会用に新たに購入した時計は、30個ほど。今確認する限り、無事に動いていてまだ使えそうな時計は残り60個。しかし、時間遡行はできてあと一回だろう。
時間遡行と時止めに必要な条件は、地味に異なる。時間遡行を行う場合、戻りたい時間を魔法で正しく計測し、記録しておく必要がある。その時間が0時ちょうどとなった状態で針が動くため、おっく・ろっくの腕時計はすべてが同じ時を刻んでいるわけではない。
そして、おっく・ろっくは入場のタイミングを見越して、控室で腕時計を20個ほどいじり、その時間に合わせている。これと同じ処理を施している腕時計は現状あと一つ。茶たちょ茶田千代に恋に落ちた瞬間を記録した腕時計だけだ。
こうして思考を巡らせている間も、時間は待ってはくれない。さららの攻めの姿勢も変わらない。髪の毛がさららの頭上で塔のように高く盛り上がり、渦巻いていく。まるでドリルのように尖らせたそれを、さららはおっく・ろっく目掛け突き出してきた。あれは武器で受け止めた場合、壊れてしまうだろう。そう判断し回避に移ろうとしたが、足が動かない。視線を落とすと、いつの間にか会場の端から伸ばされた髪の毛が足を縛っている。ちょっとこれは反則過ぎる。髪の毛が長すぎるだろう。
思わず愚痴りたくなる気持ちを抑え、時止めを発動する。足元に絡んだ髪の毛を切り、目前に迫ったドリルを避け、進路上を武器で払いながら移動する。案の定、何かを切り裂いた感覚と共に武器に髪の毛が付着したので、やはり時止め対策で罠を仕掛けられていたらしい。
恐ろしいまでの用意周到さに僅かに身震いしつつ、おっく・ろっくは武器をさららの心臓に突き刺す。たとえ回復されても、血が出るのは確認済みだ。これを繰り返せば、出血多量で弱るタイミングは訪れるはずだ。おっく・ろっくの財布へのダメージは半端ないことになるが、これがこの厄介な魔法少女を倒すための道筋だろう。
時止めを解除する。同時に、おっく・ろっくは武器をさららの身体から引き抜こうとしたが、それが叶わない。武器の先端が何かに引っかかって抜けないのだ。
「す、すみません。心臓に刺した武器は髪の毛で固定させてます。絶対、貴女ズルされてるので⋯⋯ちょっと、覗かせて貰いますね」
さららは、口から血を吐きながら、そんなことを言う。心臓に武器が刺さったまま喋るとは、なんという胆力なのか。いや、それよりも、覗くとはいったいどういうことなのか。
その疑問は、さららが伸ばした一本の髪の毛が答えてくれた。その髪の毛は、おっく・ろっくの耳の穴の中にすぽっと入り、その奥へと侵入してくる。直後、脳みそを直接触られているかのような体験したことのない異物感を感じ、吐きそうになる。だが、それをさららは許してくれない。口を髪の毛で防がれ、無理やり吐しゃ物を胃の中に戻される。さらに、まるでケーブルのように脳に直接繋がれたさららの髪の毛は、さららの思考をおっく・ろっくに送っていた。
『時止めには恐らく必要なのは腕時計の停止。しかし、髪の毛で確認した入場前の映像と比較し、明らかに止まっている腕時計の数がおかしい。しかも、すべて同じ時刻で止まっている。このことを踏まえるにおっく・ろっくはボクの想定しうる限り最悪な魔法の使い方を⋯⋯あ、やっぱり』
「あなた、時間⋯⋯戻してますね」
直接、口で答えを告げられた。まさか、こんな方法でおっく・ろっくの魔法の秘密を知るとは。さららの思考がこちらに流れ込んできたということは、あちらもおっく・ろっくの思考を読み、時間遡行ができる事実を知ったのだろう。しかし、だからといってどうにもできないはずだ。吐き気を我慢して耳から髪の毛を引き抜き、武器は手放してさららから距離を取る。時間遡行はあと一回可能だ。ここで時間を入場前に戻せば、さららがおっく・ろっくの魔法の詳細を知ったという事実もなくなり、こちらはより警戒心を強めたうえで再戦に臨むことができる。
さららは、胸に刺さった武器を引き抜き、泣きそうな顔で「死ぬかと思いました」などとほざいている。泣きたいのはこっちだ、この化け物め。心の中で悪態をつきつつ、時間遡行を発動しようとしたおっく・ろっくは、さららが髪の毛の先にぶら下げているモノを見て、固まってしまった。
「あ、貴女にとってこれ、大事なモノですよね? 壊されたくなければ、降参してくれませんか?」
さららが髪の毛の先にぶら下げているのは、お茶たちょ茶田千代に恋に落ちた時間を記録した腕時計だった。あれは、あれだけは、ダメだ。いや、落ち着け。時止めをして取り返せば⋯⋯。
「う、腕時計の中に髪の毛を入れたので、貴女が時を止めてこれを取り返したとボクが判断した時点でいつでも破壊は可能です。あ、今はまだ壊していないので、そこは安心してください」
何も安心できない。どうするべきか。いや、答えはもう決まっている。おっく・ろっくにとって、この大会に出ることは特別意味のあることではなかった。人数合わせでTV唱に呼ばれ、暇だから参加しただけ。それに意味が産まれたのは、茶田千代を見て一目惚れしたからだ。
その時間を記録した腕時計は、もはや自分の命よりも大切な宝物だ。おっく・ろっくは、両手をあげて、司会に告げた。
「⋯⋯私は、負けを認める」
一日前の自分ならばしなかったであろう選択に、自分自身でも驚きながら、おっく・ろっくは試合終了の声を聞いた。司会の横に座る最愛の人の顔に目を向ければ、茶田千代は驚いた表情でこちらを見ている。
愛は、時に人を弱くもする。そのことを初めて知ったおっく・ろっくは、自分の姉にもこのことを伝えたいと無性に思った。その思いに応えるように、茶田千代の腕でキラリと何かが輝いていたのであった。