♢さらら
もうすぐ決勝戦が始まる。しかし、決勝まで登ってこいと事前に告げてきた姉は何故か試合を棄権している。この時点で、最初の目的はどこかに飛んで行ってしまった。どうやら、ナコたちと一緒に行動する方を選んだ様子で、合流したという連絡がキューティー☆Eから入った時は驚いた。だがまあ、あの気まぐれな姉らしいといえる。兎に角、こうなった以上自分は最悪の事態を避けるために全力を尽くそう。
最初は大勢居てやや手狭だった控室も、すっかり広くなってしまった。今この場にいるのはたった二人。戦いが始まる前に、さららは一度クラッシュライトと話すことを決意した。
「あ、あの⋯⋯」
「私に話しかけるな。失せろ」
声をかけた瞬間、ばっさりと拒絶された。その容赦のなさに少し心が折れそうになるが、頑張ってもう一度話しかけてみる。
「す、すみません。でも、戦う前にどうしてもあなたに聞きたいことがあったんです」
「⋯⋯なんだ。言っておくが、私は手加減なんて器用なことはできない。決勝の舞台に立つならお前も容赦なく殺すぞ。棄権するなら、今のうちだ」
何度も話しかけられるのが面倒だと思ったのか、今度は拒絶されなかった。それに、意外なことにこちらを心配するような言葉までかけてくれている。戦いの場での魔王塾卒業生に対する憎しみに溢れた姿のせいで狂人認定していたが、案外まともなのかもしれない。少なくとも、聖マリア0.01や超☆Ⅱ凱、クレイジーな姉よりは話が通じそうだ。
「い、いえ、それは無理です。だって、ボクがここで辞退したらまた死人でちゃいますし⋯⋯。それに、貴女こそ、大丈夫ですか?」
「はぁ? 何が」
「け、怪我、治っていないですよね」
さららの目の前で椅子に腰かけるクラッシュライトは、至る所が傷だらけだった。超☆Ⅱ凱との戦い自体は相手の自爆もあり早々に終えていたが、治療担当の魔法少女が死んでしまったせいで満足な治療を受けられていない。見るからに満身創痍。しかしながら、さららがそのことを指摘してもなお、クラッシュライトの瞳の奥で燃える憎しみの炎は消えない。
「それがどうした。私は、自分の命など惜しくはない。この命と引き換えに奴らを道連れにできるなら本望だ」
「⋯⋯貴女がそれでよくても、ボクが嫌なんですよ。自分の復讐に、他人を巻き込まないでください」
「私だってもともと一人で復讐を遂げるつもりだった。文句を言うならこの場を整えたTV唱に言え」
「そのTV唱は今、どこにいるんですか? あなたにとっては彼女も復讐対象ですよね?」
洒落亭流音に敗北した後、姿をくらましたTV唱。ナコとキューティ☆Eが何人かの魔法少女を連れてその行方を捜して捕えようとしているが、まだ居場所は見つかっていない。あの魔法少女は必ず何かよくないことを企んでいるはずなので、可能な限りその何かが起きる前に阻止したいところだが、このままでは間に合わなくなる可能性も高い。さららが髪の毛でこの建物全域を捜索できればよいのだが、あまり髪の毛を使いすぎると試合に影響が出てしまうので控えている。
「知らない。もしかして、奴に何かしようとしているのか。やめろ、あいつも私が殺す」
「で、でも、決勝で死ぬつもりなら、TV唱を殺すことはできませんよね⋯⋯?」
さららが冷静にそう指摘すると、クラッシュライトは舌打ちと共にテーブルを蹴り飛ばして立ち上がった。その顔は、怒りで真っ赤に染まっている。
「五月蠅い!! ならば、決勝でお前も含めた全員殺したうえで生き残って、奴を探し出して殺すまでだ。もうこれ以上話しかけるな。そうじゃないと、今ここで殺したくなる」
そう言い残し、乱暴な足取りで去っていくクラッシュライトの背中を、さららはじっと見つめていた。
復讐は愚かなことだ、だからやめろなどとは、自分は言えない。だって、さららだって元々人事部門に復讐を誓うリーダーの下についていたのだ。
しかし、その復讐の結果、さららの大切な人たちが傷つくのならば、さららは全力で止めてみせる。相手がエゴを剥き出しにしてぶつかってくるならば、こちらも自分のエゴをぶつけるまでだ。自我を出すのはあまり得意ではないが、頑張ろう。さららにとっての最悪の未来を防ぐために。
そのためならば、さららは自分の命が失われても構わない。そんなことを考えているあたり、もしかしたら自分とクラッシュライトは案外似ているのかもしれない。友達にはなりたくないが、もし無事にこの日を乗り越えられたら、一度お茶に誘うくらいはしてみてもよいかもしれない。さららは、ヘアゴムを口に咥え、髪を束ねていく。先ほどおっく・ろっくに渡したせいで短くなった髪は結びにくいが、決勝の間くらいは何とかなるだろう。決戦の時は、着々と迫っている。
♢ムシャラ・ガムシャ
人間は、嫌いだ。自分たちが世界で一番偉い生き物だと思っている傲慢さが気に食わない。しかし、魔王は別だ。そして、同じ門の下同じ釜の飯を何度か喰らった仲間たちも、別。彼女たちのことは、尊敬できる。その強さに、その生き様に。
しかし、それでも理解できないことは多々あるものだ。目の前で全裸で正座しながらこちらをニコニコと見つめるマリアを見ながら、ガムシャはそんなことを考えていた。
見つめあう二人の間に置かれているのは、将棋盤だ。この遊技は、なかなかに趣がある。ガムシャは、特段将棋が得意なわけではないし、なんなら今も王将を除いたすべての駒がマリアに奪われてしまっているが、それでも楽しいと思える。考えて遊ぶ遊技は面白い。頭を使う、思考をすることは人間の特権だ。ガムシャは人間は嫌いだが、それ以上にこんなことを考えることさえもできなかった過去の自分のことはもっと嫌いだ。だからこそ、思考できることを嬉しく思うし、魔法少女になれてよかったと心の底から思っている。
「お二人とも、もうすぐ決勝のお時間ですの。早く勝負を決めてしまいなさいまし」
ガムシャたちの傍には、両腕を包帯でぐるぐるに巻いた張手山一発がいる。本来ならば魔法で治療を受けられるはずなのだが、その係だった魔法少女がどうやら居なくなってしまったらしく、満足に治療を受けられないままこうして放置されているのだ。
「いえ、まだですわ、張手山様。ガムシャ様と同じ盤の上でくんずほぐれつ絡み合う楽しいひと時、精一杯楽しみませんと損ですわ♡」
「貴様の物言いは理解が難しい。我らが行っている行為は交尾ではないはずだ。何故そのような言い回しをする?」
「ほっときなさいなガムシャ。この子はこういう病気なんですの」
張手山一発に急かされ、マリアは名残惜しそうにしながらも、と金を動かして王手をかける。ガムシャは何とか打開策を考えるが、逃げ道は完全に潰されている。詰みだ。
「⋯⋯参った。しかし、決勝の舞台ではこうはいかない。我が勝ち、魔王の名を継ぐ」
「あら、それはいくら幾夜も交じり合った貴女とはいえども譲れません。お師匠様の名は、私が継がせて貰います♡」
「申し訳ありません、ガムシャ。あたくしも、どうせならこの張手山一発を負かした変態さんに優勝してもらいたいですの」
どうやら、張手山一発はマリアを応援するようだ。それならそれでよい。最初から応援は期待していない。
「とりあえず、どちらが勝つにしろあのムカつく野郎はぶちのめしてくださいまし。死んだらぶん殴って地獄から呼び戻してやりますから、覚悟しやがれですの」
「当然。師を侮辱した罪、万死に値する」
「ふふふ、わたくしを心配してくださるんですか? 大丈夫ですよ。──わたくしの思いは、あんな闇には吞まれません」
決勝は4人での乱闘だ。対戦相手は、マリアとクラッシュライトと、何だかよく分からない髪の長い魔法少女だ。クリアスカイなどと紹介されていたがどうやら偽名らしい。だが、戦いの様子を見るに相当な手練れなことは間違いない。
しかし、まず狙うはやはりクラッシュライトだろう。師である魔王パムに対し何度も暴言を吐いたあの魔法少女は到底許しがたい。殺さない程度に、食い殺してみせる。
「⋯⋯そろそろですね。イきましょうか、ガムシャ様」
「ああ、行こう。そして勝とう。魔王の名を継ぐために」
☆☆☆☆☆
──長く続いた戦いも、ようやく決着の時が訪れる。TV唱の企みなど、不安要素がたくさん残る中でも、決勝の舞台とあれば興奮もひとしお。その興奮を煽るように、司会がマイクを握り、客席に呼び掛ける。
「さあ、準備は終わりました。いよいよ始まります決勝戦!! この戦いに勝ち、最後に立っていた一人に、魔王の名を継ぐ名誉が与えられます!!」
「あ、そういえば元々そんな大会でしたね。いろいろありすぎて忘れてました⋯⋯」
「茶田千代さんは最後まで残念ですねぇ。ですが、そんな解説もこれで最後です。頑張ってお願いします!!」
「うう、分かりましたよぉ⋯⋯。選手は既に全員入場済みです。み、皆さん、死なない程度にお願いしますよ! 特にクラッシュライト選手!!」
「うわ、クラッシュライト選手凄い目で茶田千代さんを睨んでます!! この大会が終わった時果たして茶田千代さんは無事でいられるのか!? そんなことはどうでもいい!!」
「よくない!!」
「さあ、運命の最終決戦、今、開始ぃぃ~~~~!!!」
開始の合図が会場に響きわたる。それと同時に、舞台上の4人はほぼ同時に動き出した。
「全員死ねぇぇぇぇぇ!!!!!」
怒声と共に、クラッシュライトが両手の10指全てから光線を放つ。舞台の上を薙ぎ払うかの如く放たれた光線に対し、各々が最初から全力で迎え撃つ。
「”髪降ろし”、
さららは、ハーフアップに束ねた髪を解き、その身に神の如きオーラを纏う。鬼神の如き形相で振るわれた刀は、光線を真っ二つに切り裂いた。
「
ガムシャは、鎧の下でガムを膨らませ、その身体を膨張。鎧を纏ったガムの恐竜と化し、光線を飲み込んだ。
「さあ、とっておきをお見せしましょうか。”
そして、マリアはその身体に纏った膜を黒く変色。大きな4枚の羽根を広げ、宙に飛び立った。その羽根でもって、光線を薙ぎ払う。
「⋯⋯っ! その姿は!! 魔王パム!! お前、お前だけはっ!!」
「お師匠様ならこう言うでしょうか。⋯⋯来い、光線使い」
マリアの姿を見たクラッシュライトが怒りを剥き出しに叫び、マリアがそれに応える。まるである日の出来事を再現するかの如く、決勝戦の舞台は幕を切られたのであった。