♢シャドウゲール
「はぁ⋯⋯、まったく、人使いが荒いんだから。私も試合ちゃんと見たかったなぁ」
巨大なレンチでテレビをいじりながら、シャドウゲールは一人ため息をつく。会場のカメラの撤去と同時に、プフレにはテレビに爆弾を取り付けるよう指示を受けた。メールに書いてあった通りに裏口に行けば、普通に入ることができたので少し前から作業を始めている。どうやら、今やっている催しが終わり次第この会場は爆破解体するらしい。何とも派手な処理の仕方だが、その方がコストが低いとかなんとか。
シャドウゲールとしては、人が傷つくところを見たいわけではないので元々そこまでこの武闘大会に興味はなかったが、それでも盛り上がっている音声だけ聞いて碌に見ることすらできないのは退屈だ。最初はぽつぽつといたスタッフもどこかに行ってしまったし、シャドウゲールはぽつんと一人寂しく作業を続けている。これはいったいどういった類の罰ゲームなのだろうか。
「よし、ここも終わり。あと残っているのは⋯⋯控室かな」
メールで送られてきた会場内の地図と照らし合わせながら、シャドウゲールは通路を歩く。しかし、魔法の端末を見ながら歩いていたのが災いした。曲がり角を曲がったところで、誰かとぶつかってしまった。ドンという衝撃と共に、しりもちをつく。
「わ! す、すいません。不注意でした」
「⋯⋯いえ、こちらこそちょっと別のモノを見ていましたので。お互い様ですぅ」
慌てて謝ると、相手はどうやら好戦的な性格の魔法少女ではなかったようで、穏やかな口調で許してくれた。ここは魔王塾卒業生とかの危険人物が多いから不安だったが、どうやら杞憂に終わったらしい。ほっとして顔をあげたところで、シャドウゲールはその相手の顔を見て思わず固まってしまった。
シャドウゲールの目の前に立つ魔法少女は、血に濡れた包丁を片手に持っていた。それだけでもだいぶヤバいが、もっと怖いのがその目だ。左目が、まるで意志を持った生き物のようにキョロキョロとせわしなく動いている。よく見るとそれが義眼なことも分かったかもしれないが、あまりにもヤバい見た目にシャドウゲールはそこまで気づくことはできなかった。
「あのぉ、そんなにじっと見つめられちゃうと、照れちゃいますぅ」
そう言って身体をくねらせる魔法少女から離れるべく、シャドウゲールは小声で「じゃ、じゃあ私は仕事があるので」とだけ告げて回れ右をする。しかし、続けざまに発せられた言葉に、思わず足を止めてしまう。
「魔法少女シャドウゲール。扱う魔法は、『機会を改造してパワーアップできるよ』。なるほど、便利な魔法ですねぇ。そして、本名は⋯⋯魚山護」
「⋯⋯なんで、私のこと知ってるんですか?」
振り返ってそう問いただしたシャドウゲールに対し、その魔法少女はにっこりと微笑んで答えた。
「ああ、すいません。いきなり失礼でしたね。申し遅れました、私、ジュリエッタと申しますぅ。怪しい者じゃないですよ? あなたのことを知ることができたのは、私の魔法のおかげなんですよぉ」
そう言うと、ジュリエッタは右目を手で覆い、せわしなく動き続ける義眼でシャドウゲールを見つめた。
「私の魔法、『あなたをいつも感じてたいよ』は、本来生涯でたった一人にしか使えない、特別な魔法でした。でも、私が求めていたものはもう手に入れたので、新しく力を貰ったんです♡ それがこの、『
見た目が不気味なことを除けば、何とも便利な魔法だ。その眼で見られる側となった身としては、どこまでジュリエッタに知られてしまっているかが少々恐ろしい。もしかして、自分が今ジュリエッタのことを怖がっている感情すらも共有されてしまっているのだろうか。
「あんまり怖がらないでくださいね。私はあなたには何もするつもりはありませんから。私が用があるのは、TV唱だけ。私とあの人の幸福を邪魔する奴は、誰一人、許してはおけません」
TV唱は確か、この武闘大会の主催者だったはずだ。シャドウゲールはまだ会ったことはないが、ここまで恨まれているということはまともな魔法少女ではないのだろう。最も、ジュリエッタもまともな魔法少女とは思えないが。
「えっと⋯⋯私に用がないなら、もう行ってもいいですかね? まだ仕事が残ってて」
「はい、そのつもりでした。でも、少し事情が変わりました♡ 貴女の記憶を見て分かったんですけれど、その指示、明らかにおかしいですよねぇ。私、耳がいいんで分かるんですけれど、貴女がお嬢と呼んでいる人の声と、最近あなたに魔法の端末で指示を出している方の声、微妙に違いますよ?」
「え!? いやいや、そんなことないですって。私が何年お嬢と一緒にいると思っているんですか。あれは絶対本人ですよ」
「端末ごしだと多少声が違くても分かりにくいですからね。間違うのも無理はないと思いますよぉ? でも、私の場合貴女と記憶を共有したうえで、情報として整理できますから分かるんです。偽物さんの声には機械で声を変えた時特有のノイズがある。そして、こんなことをできる上に、実行して何かよからぬことをしようとする輩、TV唱しか思い当たりません」
はっきりと断言されると、確かに違和感があった気がしないでもない。それに、先ほどの通話、プフレはそんな指示を出した覚えはないと言っていた。まさか、本当に偽物? だとしたら、いったい何のために?
「私、爆弾取り付けて回ってたんですけれど、これ、ヤバいですかね?」
「はい、滅茶苦茶ヤバいです♡」
「じゃ、じゃあ、早く解除しないと!」
「うーん、やめた方がいいかもです。TV唱はあなたにカメラの撤去の指示も出していますが、それはおそらくフェイク。隠しカメラで貴女の動向は監視されているはず。そんな中で、一度設置した爆弾の場所に戻ってもう一度作業してたら、怪しまれます。最悪、妨害のためにその場で爆弾のスイッチを押されて、ボカン。なんて、ことになるかもしれません♡」
「じゃあどうすればいいんですか!? そうだ、お嬢に通話を⋯⋯って、圏外!? なんで!?」
「きっと、さっきの通話も聞かれていたんでしょう。その端末にも何か仕込まれているかもです。これ以上は怪しまれると思ったから、通信を阻害しているんでしょう。TV唱ならそれくらいできますから。でも、心配しないでください。シャドウゲールさん。私、いい考えを思いついたんです。最愛の主を支える従者同士、協力して害悪マスメディアを刺し殺しちゃいましょう♡」
微笑むジュリエッタからは、そのハイライトのない瞳の奥に秘められた激しい怒りが伝わってくる。その迫力に圧倒され、シャドウゲールはジュリエッタからの提案に頷くしかできなかった。
♢ナコ
「あああああああ!!? TV唱の奴、どこにいやがんだ!! さっさと出てこいやボケぇぇぇぇ!!!!」
「そんな怒鳴っても出てこんさ。とはいえ、こいつぁ実際どうしたもんかねぇ」
さららからの指示もあり、キューティ☆Eと一緒にTV唱の行方を捜しているナコは、しかしながら未だに居場所を突き止められずにいた。途中から加わって一緒にTV唱を探している久光織衣が怒りで吠え、洒落亭流音がそれを宥める。しかし、実際吠えたくなる気持ちもわかるほど、状況は一切変わらない。
「我、もう帰りたい⋯⋯」
「ちっ、こんなことをしていても時間の無駄だろう。どうせなら茶田千代さんの解説を聞きたいものだ」
ときんちゃんはぼそりと聞こえないくらいの小声で泣き言を吐いているし、つい先ほどこちらに合流してきたおっく・ろっくも文句を言っている。かなり雰囲気が悪い。そもそも、このチームに明確なリーダーは存在しない。一応目的こそ一致しているが、ナコが手放しで信頼できるのはキューティ☆Eくらいだ。あとは、さららの義姉であるという洒落亭流音と、さららに直接何かを頼まれたというおっく・ろっくも信頼はできるだろうか。
「⋯⋯こんなとき、さららが居てくれたらなぁ」
「確かに、こういう時ほど自分の無力を痛感するときはないな。私は、戦うのは得意だが頭を働かせるのは苦手だ。的確な指示を出すリーダーや参謀といったポジションは適さない。とはいえ、弱音を吐いてばかりはいられん。私たちがやらねば、TV唱を止めることはできないのだからな」
ついつい口から出てしまった弱音を聞いたキューティ☆Eが、励ましの言葉をくれる。ぽんと頭に手を置かれ、わしゃわしゃと撫でられると、少しだけ元気が回復した。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
その時だった。前方から、誰かの悲鳴のような声が聞こえてきた。真っ先に動いたのは久光織衣。続いて車椅子を走らせるキューティ☆E。その後ろに皆が団子になって続く。ナコも慌てて皆の後を追いかけた。
曲がり角を曲がったところで、久光織衣とキューティ☆Eの姿が見えた。その表情は、どこか困惑しているように見えた。そして、その理由はすぐにナコにも分かった。
「ひぃぃ!! ぐ、グロイ。これ、ホントに私が改造しなきゃダメですか!?」
「当然です♡ 貴女だけが頼りなんですから、ほら、勇気を出してぇ⋯⋯あら? どうやらたくさんお客さんが来られたようですね。初めまして、私、ジュリエッタと申します。以後、お見知りおきを♡」
そこに居たのは、ぎょろぎょろ動く瞳を持って悲鳴を上げる黒いナース服姿の魔法少女と、片目がないドレス姿の魔法少女。ドレス姿の魔法少女は、こちらの姿を見るなり、優雅にドレスの裾を持ち上げてカーテシーをしてみせた。
「──というわけで、シャドウゲールさんの魔法で私のこの『移り気な愛』を改造して貰えば、過去に見たTV唱の映像をもう一度瞳に映し、現在のTV唱の感情などを共有できるはずなんです。そうすれば、居場所もわかると思いますよぉ」
「なるほど、それはありがたい。実は、我々も訳あってTV唱を探しているのだ。ぜひとも、協力してくれるとありがたい!!」
「ええ、もちろんです♡ 旅は道ずれ世は情け。ここで会ったのも何かの縁。是非、協力させてください」
ナコは、キューティ☆Eと会話するジュリエッタに対し、何故かさららの面影を見た。まったく似ていない二人だが、その話し方や考え方から、知性を感じる。ジュリエッタが加われば、きっと、チームに欠けていた参謀が埋まるはずだ。
しかし、ナコはどうしてもジュリエッタのことを好きになれなかった。そのハイライトのない瞳を見ると、とてつもなく不安になる。そんなナコの気持ちを見透かすように、ジュリエッタはにこりと微笑みかけるのであった。