♢TV唱
カメラ越しに舞台の上の様子は確認していた。どうやら、戦闘の衝撃でクラッシュライトにかけていた洗脳は解けてしまったようだ。だが、ちょうどいい。何やら自分のことを探している魔法少女たちもいるようだし、すべてを、終わらせてしまおう。
始まりは、今からおよそ一年前のこと。TV唱が開いたオーディションの参加者の一人に、クラッシュライトはいた。
「オーディション番号3番、クラッシュライト!! 明るく元気なところがとりえだよ。私の魔法で、誰よりもキラキラに輝いてみせるんだから!!」
新たな魔法少女アニメの主人公を決めるという偽オーディションを銘打っただけあって、見た目も魔法も派手な魔法少女が大勢集まった。雑草を自称する変な奴はすぐに帰らせたが、それ以外は皆見栄えがいい。
しかし、TV唱が求めるのは見た目ではない。目的に見合った魔法を持っているかということと、今の精神状態からどれだけどん底に沈められるかが鍵だ。その点、クラッシュライトはまさにTV唱が求めていた人材だった。
キラキラと輝く瞳は、まだ社会の荒波に呑まれていないのか一切の闇を感じさせない。これは、染めがいがある。さらには、魔法がいい。この前知り合った魔法少女に、魔法少女の死体を利用して新たな魔法少女を産み出す技術の持ち主が居た。その魔法少女が確保していた死体に、クラッシュライトの魔法に合ったモノがあったはずだ。
しかし、人格をそのまま移植するのは、精神が崩壊する恐れがあるから避けた方がいいだろう。TV唱は、自分の魔法を使ってランタンの魔法少女の記憶を閲覧し、それを脚色、編集して一人の魔法少女の人生を造り上げた。
それこそが、エーコ・EX・ランタンという魔法少女に憧れを抱き、彼女が魔王パムに殺されたことで魔王の関係者全員に恨みを持った魔法少女、クラッシュライトという魔法少女の人格。当然、本当は一切関りはないし、人小路家に仕えていたという記憶も嘘っぱちだ。そちらの方が嘘の人格に洗脳した後のクラッシュライトとTV唱で手を取りやすかったからそうしただけの話。
マスメディアは洗脳装置。オーディションに合格したと呼び出したクラッシュライトを、3か月間の期間をかけて丁寧に洗脳。キラキラ輝いていた瞳は憎悪で黒く濁り、口を開けば魔王に対する憎悪ばかり。そこそこ居たはずの彼女の友人も、クラッシュライトの変わりように全員離れていった。まあ、ちょっとばかしあること無いこと報道してイメージダウンは図らせて貰ったが。それで離れるくらいの友人なら、きっと大したことはなかったのだろう。
さあ、影に隠れる時間は終わりだ。洒落亭流音に負けてしまったのは予想外の出来事で本当に悔しいが、自分はあくまでもエンターテイナー。最高のショーは、これからだ。
TV唱は素顔をあえて見せ、意図的に醜悪な笑みを浮かべ、クラッシュライトを嘲笑う。今から、TV唱はクラッシュライトの精神を、完全に破壊する。
『どうやら、洗脳は解けたみたいですねぇ。思い出しましたか? 自分が何者だったのかを。でも、思い出したところで、遅いですよ。ねえ、人殺しさん?』
「わた、わたし、は⋯⋯」
『まったく関係ない人を3人、いや、超☆Ⅱ凱は生きていたから2人ですか。殺した気分はどうですか? そんな汚れた手でよく、誰よりもキラキラに輝いてみせるなんて、言えましたねぇ!?』
「ち、ちがう。あれは、貴女が⋯⋯お前が、私を洗脳したから!!」
『違わないだろ。マスコミのせいにして批判ですか。私は別に、魔王塾卒業生を殺せなんて洗脳はしてません。お前が勝手に、私の編集したビデオに影響を受けて、殺意を抱いただけ。お前は自分の意志で他人を殺した、人殺しなんだよぉ!!』
「あああああああああああああ!!!!?」
クラッシュライトが、それ以上何も聞きたくないと言わんばかりに、頭を抱えて蹲る。その様子を見て、TV唱は自分の計画が成功したことを悟った。満足げな笑みを浮かべたままテレビ放送を切り、テーブルの上に置いてあったワインボトルを手に取る。あとはこのまま、ゆったりと勝利の美酒を煽りながら、すべてが壊れていく景色を、目に焼き付けよう。
TV唱は、地下深くに設けたシェルターの中で、一人その時を待つ。最初から、TV唱の居場所を突き止めるなど不可能なのだ。万が一の奥の手も出す必要はなかった。この戦いは、TV唱の勝利だ。
♢さらら
TV唱が何か企んでいることは分かっていたが、まさかここまで悪辣なことをしているとは予想外だった。かつて戦ったギャシュリーとマーブルフェイスは純粋な悪といった感じの魔法少女だったが、TV唱はその真逆だ。自分では一切手を下すことなく、他人を利用して目的を達成しようとする考え方には反吐が出る。
「クラッシュライト様、だいじょうぶですか? おっぱい飲みますか?」
慰めのつもりなのか、マリアがぶれない調子でクラッシュライトに声をかける。しかし、それは不味い。今、クラッシュライトに近づくのは危険だ。
「マリアさん、ダメです。早くクラッシュライトから離れて⋯⋯」
警告の途中で、さららは気づいた。辺りが、暗く染まり始めている。ふと空を見上げ、さららは思わず目を見開いた。
雲の隙間から顔を出した太陽が、瞬きをしている。いや、違う。闇が、太陽を吞み込んでいる。その闇の発生源は、クラッシュライトだ。
蹲るクラッシュライトを中心に、闇が球状に広がっていく。その闇はたちまちに舞台上、そして観客席まで埋め尽くし、視界は闇に包まれた。
闇の中でもなお濃く、一切の光を通さない真の闇が、さららの目の前にある。その闇は、ぞわりと不気味な音を立て、最も傍に立っていたマリアを呑み込んだ。
「皆さま、逃げてください!!」
半身を闇に吞み込まれながらも、マリアはさらら達へと必死に呼びかけ、羽根を模した膜を飛ばした。その膜に包まれる形で、さららはガムシャや超☆Ⅱ凱と一緒に舞台の奥へと飛ばされる。マリアは、慈愛の笑みを浮かべながら、闇の中へと消えていった。
しかし、飛ばされたさららたちも、まだ油断はできない。あれは、おそらく疑似的なブラックホール。現に、もの凄い力で闇の方へと引っ張られる感覚がある。
「我は、こんなところでは死ねない!!」
ガムシャがガムを足元に吐き、地面に足を固定する。さららは、そんなガムシャにしがみつきながら、観客席まで髪の毛を伸ばし、闇に吸い込まれないよう抵抗する。
「さすがに、あの中に呑み込まれたら俺もお陀仏かな? あはははは!!」
超☆Ⅱ凱は笑いながら、マリアが飛ばしてくれた膜に蝶番を取り付けた。ガムと髪の毛と蝶番、3人の魔法でなんとかギリギリといったところか。
「ぎゃー!? 吸い込まれるぅ~~!?」
不味い。あの声は、解説席に座っていた茶田千代の声だ。とっさに、観客席全域を覆うように髪の毛の網を張る。ぶへっと声が聞こえたので、どうやら吸い込まれる前に網でキャッチすることには成功したようだ。
どのくらい、そうして耐えていただろうか。不意に、吸い込む力が弱まった。そして、同時に目の前の闇が、淡く輝きを帯び始める。
それを見た瞬間、さららは自分が助からないことを悟った。クラッシュライトの魔法は、光を呑み込み、蓄え、それを発射する効果がある。ならば、疑似的なブラックホールが作れるほどの闇を生成した今、クラッシュライトの体内には、とてつもなく膨大な光のエネルギーが溜まっているはずだ。
光は、ますます強くなる。このままでは全滅だ。最悪を避けるために、さららができることは何か。既にいくつか手を回してはいたが、まだ足りない。
さららはすぐ傍に立つガムシャと超☆Ⅱ凱を見て、決断した。
「ガムシャさん、超☆Ⅱ凱さんをガムで包んでください!」
「⋯⋯承知した」
ガムシャの行動は、早かった。簡潔に返事をした後、有無を言わせず超☆Ⅱ凱をガムで包む。さららは、そのガムの塊を、髪の毛と共に飛ばした。送り先は、既に渡した髪の毛の束。この中では一番生存能力が高い超☆Ⅱ凱に、彼女たちのサポートを託す。生きて合流できるかは、もう運次第だ。祈るしかない。
そうしている間にも、光は強くなっている。もう既に熱を感じるくらいにまで膨れ上がってきた。さららは、観客席に張っていた髪の毛の網を解く。この程度の髪の毛では、あの光の爆発は防げない。落ちてきた茶田千代を受け止め、さららは頭を下げた。
「ごめんなさい、茶田千代さん。貴女は⋯⋯助けられない」
「あー、しょうがないですよ。いやまあ、死ぬのは怖いですけれどね? さららさんがいろいろ頑張ってたの知ってますし、責めたりなんかしないです。レンダは、助かりそうですし」
そう言って茶田千代が掲げた端末には、常に映っていたはずのAIレンダの姿はない。いざという時のために、茶田千代はAIレンダをアジトのメインサーバーに転送するシステムを作っていた。機械に疎い茶田千代のためにさららが手助けしたので、よく覚えている。
「⋯⋯いいんですか? 最期の時に、恋人と一緒じゃなくても」
「レンダは、あの時命がけで私を守ってくれましたから。今度は、私が守る番です。私の方が先輩ですからね!!」
ふんす!と鼻息荒く胸を張る茶田千代の手は、震えていた。強がりも、嘘も、本当にへたくそだ。でも、そんなところが茶田千代らしい。
さららは、震える茶田千代の手を握る。死ぬのは怖い。でも、仲間が一緒なら、少しは怖さも和らぐ。茶田千代を握ったのとは反対の手を、無言で二人の話を聞いていたガムシャが力強く握った。
「我は、死ぬのが怖い。だが、もうどうしようもないことは分かっている。だから、どうか、我という存在を、貴様の中に最期まで焼き付けてくれ。そうすれば、少しは救われる」
ガムシャは、鎧を脱ぎ捨て、ありのままの姿を露わにしている。その姿は、一度観戦時に見ているが、かなり幼く見える。その分、ガムシャの抱える感情が握る手からひしひしと伝わってきた。
「だいじょうぶです。ボクたちは、ここで死ぬ。でも、最悪は回避できるはずです。後のことは、任せましょう」
二人の心を落ち着かせるようにそう呼びかけ、さららは手を繋いだまま、二人を抱きしめた。3人は、互いの体温を感じながら、ぎゅっと目を閉じる。
直後、舞台の上を閃光が覆い尽くした。
クラッシュライトの身体に蓄えられた膨大な量の光は、限界を迎え破裂。大爆発を巻き起こす。そして、その爆発に連鎖する形で、観客に取り付けられていた爆弾、さらにはTV唱がシャドウゲールに命じて会場のあちこちに設置させていた特製の爆弾も連鎖して爆発を巻き起こす。
「え、なんすか、この光は」
「まずい、早く退避を⋯⋯!」
その爆発は、当然会場だけでは収まらない。会場の外に居たTierドロップ、レイニー・ブルーも、光の本流に呑み込まれる。
爆発は一瞬。しかし、その被害は甚大。爆心地である闘技場を中心とした、半径20kmは破壊、焼き尽くされた。後に残るのは、瓦礫と焼野原だけ。
被害人数は、約2000人超。魔法の国史上最大最悪の爆発テロとして、この事件は歴史に刻まれることになるだろう。
こうして、魔王の後継者を決めるはずの大会は、最悪の形で幕を下ろすことになったのであった。
♢TV唱
「なんて素晴らしいエンターテインメントでしょう!!」
TV唱は、空中に浮遊させていた特製のカメラで、爆発の一部始終を安全な地下シェルターから観察していた。邪魔な奴らは全員爆発四散。TV唱の計画通り、すべてうまくいった。
「今頃あいつも気づいているはず。大切な従者が爆発に巻き込まれて死んだということにね!!」
シャドウゲールを会場に呼んでいたのは、爆弾を取り付けるだけが目的ではなく、プフレに絶望を味わわせるため。愛する人が手の届かないところで死ぬ絶望を、思い知らせてやるため。
しかも、TV唱の起こしたこのテロは、確実に人事部門にもダメージはいく。なんせ、TV唱は観客の命と引き換えにプフレの辞職を求めていた。プフレがもっと早く辞職を申し出ていれば、こんなにもたくさんの犠牲者は出なかった。そう魔法の国は結論付けるはず。いや、そうなるようにTV唱が世論を操作する。そうすれば、プフレは完全に終わりだ。
さて⋯⋯しかし、その前にTV唱にはやらなければならないことがある。万が一、生存者がいれば厄介だ。魔法少女の生命力は半端ない。もし生きている奴がいるならば、しっかりとどめを刺しておかなければ。
TV唱は特製のゲートを通り、地上へと出る。出てきた場所は、元々闘技場の舞台があった場所。
観客席は崩れ、炭と化した死体が辺り一面に転がっている。その中で、やや原型をとどめた死体が3つほど、身体を寄せ合うようにして倒れていた。
念のため近寄って確認してみるも、息はない。ちょこんと指で触ってみると、青い髪の毛の破片のようなものが手についた。炭交じりで汚いそれをささっと払い、思いっきり死体を蹴り飛ばす。半ば炭と化していた死体は、それだけでボロボロに砕け散った。
気になっているのは、洒落亭流音だ。あいつは、本体ではないとはいえ、一度TV唱に勝っている。今度戦えばおそらく勝てるだろうが、死んでいるに越したことは無い。
念入りに元々闘技場があった場所を探索し、とうとう見つけた。TV唱は、こみ上げてくる歓喜を抑えきれず、腹を抱えて大笑いする。瓦礫に埋もれるような形で発見した死体。その死体には、洒落亭流音が着ていた羽織のぼろきれのようなものが微かについていた。
「あー、よかった。はは、生意気にも私に勝ったりするからこんな惨めな最期を迎えるんですよ!!」
TV唱は笑いながら、洒落亭流音と思わしき死体を何度も何度も踏みつける。死体が跡形もなく砕け散ったのを確認し、TV唱は流れてもいない汗を手で拭い、満足げにうなずいた。──その時であった。
キィ。
微かに聞こえたのは、どこかで聞き覚えのある金属音。まさかと思い音が鳴った方向に視線を向けた瞬間、TV唱の脳内に、
「⋯⋯レッツ、QTE!!」
弱弱しくも、妙に頭に響く声。いったい誰の声だ。そして、何故身体を動かせない。この魔法は、まさか。
TV唱が止まってしまった隙を見逃さず、瓦礫の下から伸ばされたのは、蝶番が複数取り付けられた腕。その腕に引きずりこまれるように、TV唱の姿も瓦礫の中へと消えていったのであった。