♢お茶たちょ茶田千代
『さあまもなく始まります第一試合!! 実況はこの私、TV唱が! そして~?』
「か、解説はお茶たちょ茶田千代が努めます! よろしくお願いします!!」
事前の打ち合わせ通りに、TV唱のフリに合わせ自己紹介をする茶田千代。客席から歓声が沸き上がり、思わず遠い目になる。唯一の救いは、こちらの見える位置に居て手を振って応援してくれる仲間たちだ。
何故、今茶田千代が解説席に座っているのか。ことの発端は、一か月前。蝶番の軋む音から始まった。
☆☆☆☆☆
「よっ! ほっ!!」
桜の大木の中に作られたアジト。その一室の厨房でフライパンを振るうのは、お茶たちょ茶田千代だ。今日の朝ごはんの献立は、みそ汁に焼き鮭、卵焼きに炊き立てご飯の和風仕立て。日替わりで洋食も出し、バリュエーションには工夫している。
お茶たちょ茶田千代は、少し前まで魔法の国の人事部所属の職員として働いていた。しかし、とある事件をきっかけに人事部を辞め、今はフリーランスの魔法少女たちが集まったチーム『NoName』の一員として活動している。
茶田千代は人事部を辞めてすぐこのチームに加入したわけではない。事件の最中できた恋人と、半年ほどハワイで新婚旅行を楽しんでいた。しかし、さすがにそれだけの期間働かずにいるとお金が尽きてしまったので、慌てて帰国。泣きながら土下座してチーム加入を頼み込んだ茶田千代を受け入れてくれたメンバーには本当に感謝している。
だからこそ、茶田千代は炊事洗濯などの雑務は率先してやるようにしている。ここにいるメンバーはいろいろな都合により魔法少女の姿でなければ生活できない者が半数だが、リーダーは結構頻繁に変身を解いた姿でアジトに居るし、何より食事や風呂は生活の質を向上してくれる欠かせない要素だ。
「茶田千代さん、おはようございます!」
「あ、ナコちゃんおはよう~。今日も早いねぇ」
「えへへ⋯⋯。あ、朝ごはん作るの、手伝いますね!」
この物凄く可愛くていい子は、ナコ。本当の名前は別にあるけれど、皆呼びやすいので渾名で『ナコちゃん』と呼んでいる。
厨房に立つ茶田千代の元に笑顔で駆け寄ってくるナコのあまりの可愛さについ頭を撫でると、ナコは何故かはっと顔を引きつらせ、ぽろりと涙をこぼした。
「うえ!? ど、どうしたのナコちゃん!? 撫でるときに爪引っかかっちゃった!?」
「わ、分からないです。でも、なんだか、凄い昔に誰かに同じように頭を撫でられた気がして⋯⋯」
ナコには、過去の記憶がない。茶田千代も巻き込まれた事件の影響で、その事件以前の記憶をすべて無くしてしまったのだ。
しかし、たまに何かのきっかけで僅かに記憶を刺激されるのか、このように泣くことがある。その度に、メンバー全員で優しく抱きしめてあげるのだ。
「ナコが泣いている声が聞こえたぞ。茶田千代、お前、ナコを泣かせたのか?」
「そんなことするわけないじゃないですかぁ! だから睨みつけるのやめてくださいよキューティーさん!!」
カラカラと車輪の音を立てながら部屋から出てきたのは、ナコと同じくチームメンバーの一員であるキューティー☆Eだ。こちらも同様の事件の影響で四肢を失い、車いすでの生活を余儀なくされている。
しかし、本人のタフネスと過去このアジトに住んでいた♰
そんなキューティーと茶田千代では戦闘力に天と地ほどの差があるので、こうして睨まれるとビビる。もう滅茶苦茶ビビる。慌てて弁明する茶田千代に対し、キューティーはふっと優しい目を向けた。
「⋯⋯冗談だ。お前がそんなことをする奴じゃないことは知っているしな。いつも朝食を作ってくれてありがとう。今日はナコも手伝ったのか?」
「はい! こっちの卵焼きを少し手伝いました!」
「おー、上手じゃないか。すごく美味しそうだ! ⋯⋯ところで、我らがリーダーはまだ起きてこないのか?」
車いすを動かしてテーブルの前についたキューティーは、箸を片手に話題を変える。その瞬間、場に妙な緊張感が走ったのを感じた。
「あー、まだですね⋯⋯。えっと、今日は誰が起こしに行きます?」
「私は嫌だぞ。寝起きのリーダーを起こすのは死神を相手にするより怖い」
まだここにはいないチーム最後のメンバーでありリーダーの『さらら』。『さらさらの髪の毛を自由にアレンジできるよ』という魔法を使う彼女は、普段は口調や態度こそおどおどしているものの、頭も切れ、戦闘力もチームで一番の頼れるリーダーだ。
しかし、朝のさららはダメだ。極度の低血圧のさららは、起床直後のみ人格が変わったかのように攻撃的になる。茶田千代も一度さららを起こしに行ったことがあるが、その時はぼこぼこに叩きのめされてギャン泣きした。
「じゃ、じゃあ、私が起こしに行ってきます!!」
過去に寝起きのさららにやられた経験のあるさららとキューティー☆Eはさららを起こしに行くことに逃げ腰な中、ナコは手を挙げてその役を買ってでた。
その顔は、心なしか少し赤い。メンバーの中で一番リーダーであるさららのことを慕っているのがナコだ。その感情は、信頼を通り越し親愛の域に達している。しかも、寝起きのさららは変身を解いていることが多い。ナコが何を期待しているかは、茶田千代には何となく分かった。
『いいえ、その必要はありません、ナコ様。また私の愛しいハニーがぼこぼこにされてはたまりません。いつものように私が起こしに行きましょう』
茶田千代が薬指に付けている指輪が、キュイーンと音を立てて空中に映像を映し出す。その映像は、一人の魔法少女の姿を形どった。
すらっとした体系が引き立つタキシード風のコスチューム。モノクルをかけた中性的な容姿が特徴的なこの世界一カッコよくてスタイリッシュな魔法少女は、茶田千代の恋人、カレンダ・レンダ⋯⋯の人格をコピーして産まれた存在、『AIレンダ』だ。
AIレンダは、電子的な存在であるが故に、チーム内では主に電子機器を扱う業務を担当している。茶田千代が苦手な業務をレンダが行い、それ以外の雑務は茶田千代が行う。まさに二人は一心同体。最強最高の魔法少女カップルだ。
そして、AIレンダは実体がないので、最近ではもっぱらさららを起こすのはAIレンダの役割になっている。恋人をあの寝起きモンスターの前に立たせるのは正直胸が痛むが、こればかりはしょうがない。何もかも寝起きの悪いさららがいけないのだ。
しかし、今日に限ってはどうやらレンダは危険な目に合わずに済むらしい。
それが分かったのは、珍しく一人で起きてきたさららが、真面目な顔つきで食卓へと現れたからだった。
「おはようございます、さらら!!」
「あ、お、おはようナコ。卵焼きの形がいつもと違うね。これ、ナコが作ったのかな。あとで、ゆっくり味わって食べるからね」
さららが変身後の姿だったことに少し落胆した様子のナコであったが、褒められて嬉しそうに頬を染めている。さららも、ナコに話しかける際には柔らかな笑みを浮かべていたが、すぐにまた真面目な表情に戻り、キューティー☆Eに話しかけた。
「⋯⋯に、2キロ先に張っている髪の毛のセンサーに誰かが引っ掛かりました。まっすぐアジトに向かってきます。しかも、かなりの速さで」
その報告を受け、キューティー☆Eの表情も引き締まる。食べかけの目玉焼きを飲み込むと、義手の右腕に付けられたボタンを操作し始めた。
「アジト外周のカメラが破壊されている。映像が確認できない。あれに気づくとは相当な手練れ⋯⋯ん? まさか、この音は!」
キューティー☆Eが指摘した音は、茶田千代の耳にも聞こえてきた。きぃ、きぃと何かが軋むような音。その音が、徐々に近づいてくる。そして、この音に心当たりがあるのか、キューティー☆Eは頭を手で押さえため息をついている。
「⋯⋯キューティーさん、この音の相手に心当たりが?」
「ああ、一応知人だ。歩くだけでここまで騒々しい奴は、私は一人しか知らない。悪い奴ではないから安心していい。まあ、この音さえ気にしなければの話だが」
音はその後もどんどん大きくなり、そして、ひと際大きく、きぃぃぃと音を立て、チームメンバー以外は入れないはずの、桜の大木の扉が、ひとりでに開く。扉には、本来存在しないはずの蝶番が取り付けられていた。
そして、その扉を開け、ひょっこりと姿を現した魔法少女は、にっこりとこちらに笑みを向け、手に持った袋を掲げてみせた。
「キューティーちゃんがここに居るって聞いて、会いに来たよぉ。勝手にお邪魔しちゃってごめんねぇ。でも、お土産持ってきたかぁさ、許してほしいなぁ~」
☆☆☆☆☆
「私ぁ、
椅子に腰かけ、茶田千代が出したお茶をずずずと啜った超☆Ⅱ凱は、そう言って話を切り出した。正面に座るのは、リーダーのさららと知人であるというキューティー☆E。茶田千代は給仕係に専念し、ナコは万が一超☆Ⅱ凱が襲ってきても大丈夫なように、やや離れた位置からこちらを見守っている。
それにしても、超☆Ⅱ凱は何とも奇抜な見た目の魔法少女だ。全体的なコスチュームの雰囲気は、スチームパンクと言うのだろうか? レトロ調なコスチュームはところどころに歯車が飾られ、そして関節に当たる箇所にはすべてやや錆びついた蝶番が取り付けられており、身体を動かすたびにその蝶番が軋んで音を立てている。
ただ、そんな雰囲気の中で異彩を放っているのが顔面だ。白塗りのメイクに、目元を縁取る星形のマーク。何故か顔面だけがデスメタルバンドのコープスペイントのようであり、衣装から浮きまくっている。そんな見た目の癖に喋り方はだいぶおっとりとしていて、お婆ちゃんのようだ。
「スター同盟、その言葉を聞くのも懐かしいな。名前に☆マークが入る魔法少女だけで集まった集団。最後に集まったのは何年前だ?」
「うーんとぉ、ひぃ、ふぅ、みぃで3年くらい前かなぁ? まあ、その時集まったのも私とキューティーちゃんとドリーミィちゃんくらいだったけぇどねぇ」
「チェルシーの名を聞くのも久々だ。奴は今頃どこで何をしているのやら。あと、その数を数えるときに中指を最初に立てる癖、変わっていないな」
「若いころは何に対しても反骨精神むき出しだったから、その名残だぁね」
「⋯⋯昔馴染みと会って話が弾むのは分かりますが、そろそろ本題に入っていただけないでしょうか。朝食を食べ損ねているので、早めに終わらせたいんです」
珍しくどもること無くさららが超☆Ⅱ凱とキューティ☆Eの会話をぶった切る。そういえば寝起きそのままでここに居るのを忘れていた。おそらく、今のさららは相当機嫌が悪い。ナコの作った卵焼きをまだ食べられていないのもきっと影響しているだろう。それを表に出していないのは流石と言えるが、その無表情の裏に隠された怒りを感じ取り、キューティー☆Eが慌てて話を戻した。
「そ、そうだ。私に何か頼みがあると言っていたな。いったい何のようでやってきたのだ?」
「うーんとねぇ、頼みってよりは、依頼になっちゃうのかぁな。今のキューティーちゃんって、フリーランスで活動している感じでしょ? ちょっとね、私の同門の魔法少女がイベントを開催しようとしているんだけれど、人手が足りないみたいでねぇ。だから、イベントのスタッフとして、雇われてくれないかなぁって」
「お前の同門というと、もしかして⋯⋯」
「うん、魔王塾の卒業生。"孤高のマスメディア"TV唱。私はほら、結構古株じゃんかぁ? だから、こういう頼み事されるんだよねぇ」
魔王塾の卒業生。その言葉を聞き、茶田千代は思わずさららの方を見る。ナコも、茶田千代と同様に心配そうな視線をさららに向けている。二人の視線を受けたさららは、やや強張った表情で口を開いた。
「ま、魔王塾の卒業生ですか。もしかして、そのイベントの参加者の中に、"暴走特急"
「おお、よく知ってるねぇ。あの子も参戦予定だよぉ。知り合い?」
超☆Ⅱ凱の問いかけを苦笑でごまかすさらら。まあ、知り合いといえば知り合いだろう。それがたとえ、仕事の最中に標的と勘違いしてボコボコにした相手だったとしても、だ。
とはいえ、あれは久光織衣が100%悪い。だって、レジスタンスの魔法少女を捕まえる依頼を受け向かった現場で急に襲い掛かってくる魔法少女がいたら、誰だって相手がその捕縛対象だと思うはずだ。まさか、ただ強い相手と戦いたいだけの野良の魔王塾卒業生だとは思わないだろう。
「す、すみません。折角来ていただいて申し訳ないのですが、この依頼はお断りを⋯⋯」
「ちなみに、成功報酬はこんな感じだよぉ」
「是非とも引き受けさせてください」
気まずい相手がいるので断ろうとしたさららであったが、成功報酬の額を見て即決で依頼を受けることに決めたようだ。最近依頼をしてくる人も増えてきたとはいえフリーランスの魔法少女は不安定な職業。まとまった収入はのどから手が出るほど欲しかった。それは、茶田千代も、そして他のメンバーも同じ気持ちであった。
☆☆☆☆☆
依頼を受けてからの一か月間。主催のTV唱との顔合わせや、さららがスタッフに居ることを聞きつけた久光織衣が会場に乱入して騒ぎを起こしたりなどいろいろあったが、何とか今日この日までたどり着いた。
結局、さららは変身前の姿でいることで、久光織衣の目から逃れることにしたようだ。変身前の人間体、
茶田千代は、改めて気合を入れ、目の前のマイクを見つめる。『どんな言葉でも噛まずに最後まで言えるよ』という魔法を持つ茶田千代には、この解説というピッタリな役目が渡された。他のメンバーもそれぞれ得意分野で頑張っている。茶田千代も、自分の役目をしっかり果たさねばならない。
『それでは、第一試合、選手入場です!!!』
今回登場したNoNameの4人の魔法少女は、作者の前作、魔法少女育成計画NoNameからの継続キャラです。この作品だけ読んでも十分楽しめるように書くつもりですが、前作を読んでいただければより一層楽しめると思います!!