魔法少女育成計画shadow fight   作:赤葉忍

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時の狭間にて怪物は目覚める

♢ナコ

 

 即席で作られたシェルターの中に投げ込まれた時は、キューティー☆Eを外に置いて行ってしまったショックと、その後襲い掛かってきた爆音と衝撃によってパニックになり、何も考えることが出来なかった。ただ、衝撃が過ぎ去り、シェルターの中が蒸し暑いサウナのようになったことで、ようやく自分の置かれた状況を理解することが出来た。

 

 あの爆音、凄く大きかった。そして、今感じている熱は爆発の余波によるものだろう。ならば、外に残ったキューティー☆Eはどうなってしまったのだろうか。そして、闘技場のステージにいるはずのさららは? 解説席に座っていた茶田千代は? ナコの大切な仲間は、どうなってしまったのだろうか。最悪な想像が頭をよぎる。

 

 だからこそ、キューティー☆Eがシェルターをこじ開けて姿を現した時には、心底ほっとした。かなりボロボロで、しかも超☆Ⅱ凱と混ざってしまっているみたいだが、それでも生きていてくれるだけで嬉しい。シェルターから出たナコは、真っ黒に焦げたキューティー☆Eの胸に頭をすりすりと擦りつけて涙を流した。その頭を撫でてくれるキューティー☆Eの優しさに甘え、さららと茶田千代がどうなったかは考えないようにした。たぶん、はっきりと答えを出してしまったら立ち直れない。足手まといになってしまうのは嫌だった。

 

地中深くに埋まっていたシェルターを地上に出し、TV唱に見つからないように瓦礫の中に隠したところで、再びシェルターの中へと全員入った。しかし、そのままだと流石に狭すぎるので、久光織衣が新しくレールを敷きなおして空間を確保している。

 

 その作業を外から見守っているときに、ナコはこちらへと近づいてくる足音に気が付いた。まさか、もうTV唱がやって来たのだろうか。今外に出ているのはナコとときんちゃん、そしておっく・ろっくだ。この中だと一番強いのはおっく・ろっくだろうか? ナコはあまり戦闘が得意な方ではないが、これでもさららとキューティー☆Eに鍛えられてある程度は戦えるのだ。シェルターの中で身体を休めているキューティー☆Eを守るためにも、ナコは覚悟を決めて消しゴムを構えた。

 

「そんなに警戒しないでくださいよぉ。私です、恋する乙女ジュリエッタちゃんです」

 

 ナコ含めた三人が警戒態勢を取る中で、まるで日常会話をするようなテンションで話しかけながら現れたのは、爆発の寸前で姿を消していたジュリエッタだった。TV唱ではなかったのは幸いだったが、ナコとしてはジュリエッタもあまり信用しにくいというのが本音だ。口調は柔らかいが、目に光が無くて怖い。それに、いまいち目的が分からないのも不気味だ。何故またナコ達の前に姿を現したのだろうか。

 

「ジュリエッタか。真っ先に逃げ出した奴がよくも私たちの前に顔を出せたな。いったい何の用だ。簡潔に話せよ。私たちにはもう時間がないんだ」

 

「私の魔法であなた達の生存を確認したら生きていたので、気になって会いに来ちゃいました♡」

 

「なるほど簡潔だ。意図はさっぱり分からないがな。この際もう細かいことは聞かない。お前にも協力してもらうぞ」

 

 おっく・ろっくは苛立ちと疑いを隠しきれない様子だったが、これ以上の問答は無駄と判断したのか強引にジュリエッタの手を引っ張ってシェルターへと連れて行った。ジュリエッタは無抵抗で引きずられ、その後を追ってナコとときんちゃんも慌てて付いていく。

 

「織衣、シェルターの拡張はできたか?」

 

「なんで私がこんなことしないといけねぇんだよ!! できてるよボケぇ!!」

 

 久光織衣の暴言のお迎えを受け、生き残りの面子全員がシェルター内に揃った。シャドウゲールがジュリエッタを見て目を丸くしていたが、それ以外のメンバーは比較的落ち着いている。そして、シェルターの中ではナコの知る魔法少女がさらにもう一人、姿を現していた。

 

「レンダさん!? 無事だったんですね、よかった⋯⋯」

 

『⋯⋯茶田千代さんが、私をメインサーバーに転送して守ってくれました。自分の身体が存在しないことをここまで恨んだことはありません』

 

 シャドウゲールがシェルターの中に瓦礫を使って作成したテレビの画面に、AIレンダが映し出されている。その声を聞いて大きく動揺したのは、おっく・ろっくであった。

 

「もしや、姉さんの最愛の人とは茶田千代さんのことなのか? いや、茶田千代さんが亡くなっているのは覚悟していた。しかし、まさか姉妹で好きな人まで被ってしまうとは」

 

『どうしました? (みこと)

 

「本名で呼ぶのはやめてくれ、姉さん。⋯⋯まあいい。どの道私がやることは変わらない。皆、聞いてくれ。私にはこの最悪の事態を挽回できる案がある」

 

 顔に出ていた強い動揺を押し隠し、おっく・ろっくは皆に語った。おっく・ろっくの魔法、『時間を正確に計れるよ』という魔法を使用すれば、過去に戻ることが出来るという事実を。

 

「この魔法で過去に戻るためには、戻りたい時刻を記録しておく必要があるが⋯⋯偶然にも、私はとある事情で私が試合に参加した時の時刻を記録している。その時刻まで戻れば、爆発を阻止し未来を変えることが可能だ」

 

「あぁん!? そんな便利な魔法があるなら早く時間戻せやこらぁ!! あいつが死んだままの世界とか許せねぇんだよ!!」

 

「落ち着け織衣。ただし、この魔法にもリスクはある。私の魔法発動には腕時計を消費する必要があるのだが、今日は既に試合でかなりの数を消費した。過去に戻れるのは一度きりだ。そして、この魔法を複数人に使ったことは今までない。だから、正確に戻りたい時刻に戻れるのか、そして本当に戻ることが出来るかは定かではない。相応のリスクは覚悟しておいた方がいいだろう」

 

 相応のリスクがあると言われても、ナコには他に取れる選択肢はない。さららや茶田千代が生きのこることが出来る未来に変えられるならば、どんなリスクがあっても受け入れる覚悟だった。

 

 しかし、全員が同じ覚悟を持っているわけではない。現に、ときんちゃんはおずおずとした様子で手を挙げ、おっく・ろっくに質問を投げかけていた。

 

「あ、あの~、それっておっく・ろっくさん一人で過去に戻るのではダメなのか? いや、怖いわけではないのだぞ? ただ、全員が過去に戻る必要があるのかという疑問だ」

 

「私一人で過去に戻った場合、他の全員は今の記憶は無くなってしまう。流石に、私一人で何とかできる自信はない。最低でも、TV唱本体の居場所を突き止め殺すこと、そしてあの爆発を防ぐことの2つのミッションは達成必須だ。動ける人員は多い方がいい。⋯⋯もちろん、強制はしない。残りたい者は残ってくれ」

 

「私はとーぜん過去に戻る! TV唱のムカつく顔をボコボコにしてやんねーと気が済まねぇ!!」

 

「わ、私も過去に戻ります! 仲間は、絶対に助けるんだ!!」

 

『私も戻ります。茶田千代を死なせたままにはしません。絶対に』

 

「そうですねぇ⋯⋯。私も、一緒に戻ります。その方が、いろいろと素早く動けそうですしね」

 

 真っ先に過去に戻ると意思表示をしたのは、ナコを含め久光織衣、AIレンダ、ジュリエッタの4人。シャドウゲールとときんちゃんはまだ迷っている様子だ。

 

 ナコにとって意外だったのは、キューティー☆Eが過去に戻ると言わなかったことだった。覚悟は決めているつもりだが、AIレンダを除いた唯一の生き残りであるキューティー☆Eと離れて行動することになるのは心細い。

 

「キューティーさんは、過去には戻らないんですか?」

 

「⋯⋯勿論、ナコを支えるためにも戻りたい気持ちはある。ただ、な。この状態で過去に戻った場合、元に戻れるかが不安なんだ。流石に、こいつと一生一緒なのは御免だ。それに、この時間軸に残ってTV唱を引き止める役割も必要だろうからな。私が殿を努めるよ」『つれないこと言うなよキューティー!! まあオレもお前と一心同体は嫌だがなぁ!!』

 

 超☆Ⅱ凱と混ざってしまっているキューティー☆Eが2人同時に話す声を聞いて、確かにこのままなのはちょっと嫌だなとナコは思ってしまった。主に超☆Ⅱ凱が五月蠅すぎる。

 

「あ、あの~、やっぱり我たちも一緒に過去に戻ってよいか?」

 

「ここに残る方がなんかヤバそうですしね⋯⋯」

 

 そして、キューティー☆Eの言葉でここに残っているとTV唱と対峙する可能性があると気づいたときんちゃんとシャドウゲールの2人も、過去に戻る決意を固めてくれた。ときんちゃんは正直頼りない印象しか今のところないが、魔法が便利なシャドウゲールが一緒に過去に戻ってくれるのは助かる。これで爆弾の解除もしやすくなるのではないだろうか。

 

「よし、では決まりだな。時間は無駄にできない。手早く済ませよう。さあ、皆、私の身体に手を触れてくれ。姉さんは⋯⋯私の持つ端末に移ってくれれば、おそらく大丈夫だろう」

 

「御託はいいから早くやれやおらぁ!!」

 

 時間に重きを置くおっく・ろっくと最速を追い求める久光織衣が組めば、話が進むのは驚くほど早い。ナコは慌ててキューティー☆Eに別れを告げた。

 

「じゃあね、キューティーさん。絶対、さららと茶田千代さんを救ってみせるから!!」

 

「ああ、任せた。過去の私もうまく使ってやれ。お前の言うことならば、私は絶対に信じるだろう」『死なないように頑張れよぉ~!?』

 

「さあ行くぞ。“時間遡行(ワンモア・チャンス)”!!」

 

 おっく・ろっくが時間を戻すための技名を唱えると同時に、ナコの視界がぐわんと歪んだ。真正面に座ってこちらに手を振っていたはずのキューティ☆Eの姿は見えなくなり、握っているはずのおっく・ろっくの手の感触もない。

 

 まるで、宇宙空間に漂っているような感覚。虹色に渦巻く景色の中には、歪んだ時計があちこちに浮かんでは消え、ぐるぐると逆回転で針を回している。何とも奇妙な光景に、目を回してしまいそうだ。

 

 そんな不気味な景色の中で、異色を放っているモノが存在した。それは、ある一冊の本だ。何故か分からないが、視線がその本に縫い留められ、身体もその本に引き寄せられるようにして動いていく。

 

 表紙には何も書かれていない。ただ、随分と分厚い本だ。ナコが見つめる先で、ひとりでに本のページが捲れていく。パラパラ、パラパラと音を立てて捲れていくページの中で、ナコは見た。

 

 そこには、何故か自分の姿が書かれていた。その隣にいるのは、旗を持った魔法少女。眼帯を付けた魔法少女や、桜色の髪をした魔法少女、ゼリーを浮かべる魔法少女や、板前風の恰好をした魔法少女もいる。そして、そこにはさららも居た。ただ、今よりも若干姿勢が悪い。そして、ナコも今より無邪気でずいぶん明るい表情をしている。

 

 この本は、いったい何だ。何故、自分とさららが居るのだろうか。そして、この見覚えのない、でもどこか懐かしさを感じる魔法少女たちは誰なのだろうか。

 

 ナコの頭の中で産まれた疑問は消えないまま、ページはどんどん捲られていく。その中には、キューティ☆Eや茶田千代の姿もあったが、ナコの記憶の奥に強烈な衝撃を与えたのは、黒い魔法少女と、仮面の魔法少女の書かれたページだ。

 

 ページが捲られ、その姿を鮮明に視界に焼き付けた瞬間、ナコの口からは自然とその魔法少女の名前が飛び出していた。

 

「ギャシュリー、マーブルフェイス⋯⋯!!」

 

 それがキッカケだったかのように、ナコの失われた記憶が一気に、濁流の如く押し寄せて蘇ってくる。かつての大切な仲間たちの名前、そして、かつて所属した組織の名前。記憶が無くなったあの時、いったい自分に何があったのか、すべて思い出した。

 

 すべてを取り戻した奈子(・・)の瞳からは、涙が溢れ出していた。だから、気が付かなかった。いつの間にか最後のページまで捲られていた本から、真っ黒な手が一本飛び出してきていることに。

 

「⋯⋯貴女が来てくれたお陰で、私はようやくこの時の牢獄から出られる。だから、記憶を蘇らせてあげました。その代わり、その身体は頂きます」

 

 真っ黒な手は、ぶわっと広がると、奈子の全身を包み込んだ。その時になってようやく奈子は襲撃に気が付いたが、気づくのが遅すぎた。奈子はあっという間に黒い手に呑み込まれ、意識を闇の中へと落としていく。

 

 かつて、大罪を犯し時の狭間へと追放された魔法少女。その残滓は時折現世に干渉し、本の形になって力を与えてきていた。本来ならば、永遠に現世に戻ってくることがなかったはずのその存在は、イレギュラーな時間遡行をした影響と、記憶を失ったちょうどいい真っ白な器が現れたことで、偶然にも現世に蘇る身体を得てしまった。

 

 時の世界の中で目を閉じ倒れていたナコが、ゆっくりと目を開ける。しかし、その姿は倒れる前と大きく異なる。真っ白だったコスチュームの右半分は黒く染まり、その手には分厚い本を抱えていた。反対の手に持つ消しゴムはナコの名残だが、その意識は深く沈み込んでしまい、表に出ることは無い。今、意識を持って時空の狭間に漂っているのは、まったく別の存在だった。

 

「うーん、長い間封印されてしまったせいで、名前を忘れてしまいました。この際、せっかくだから貰った名前を名乗りましょうか」

 

 ナコの意識はなくとも、記憶はしっかり共有していたその魔法少女は、過去にナコが貰った名前から、気に入った単語を掛け合わせる。そして、本の表紙に虚空から取り出した羽ペンで名前を記した。

 

「“ジェーン・ホワイト”。今日から私はジェーン・ホワイトです。さあ、現世に戻ったら何をするか⋯⋯。まあ、とりあえず」

 

 自らをジェーン・ホワイトと名付けた魔法少女は、パラパラと本のページを捲る。そして、ある位置で手を止めると、そこに描かれた魔法少女の顔にペンを突き刺した。

 

「⋯⋯()の親愛なるリーダーに、挨拶にいきましょうか」

 

 貫かれたさららの絵を見ながら、ジェーンは笑みを浮かべる。大規模な時間遡行の影響なのか、1度目の運命とは大きく異なる脅威が、2度目の運命に訪れようとしていた。

 

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