魔法少女育成計画shadow fight   作:赤葉忍

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カレンダ・レンダは時めいて

♢おっく・ろっく

 

 恋に墜ちる時は、本当に一瞬なのだ。それを、おっく・ろっくは茶田千代を見た時に理解した。そして同時に、失恋するのもまた一瞬だということも理解した。

 

 きっと、おっく・ろっくはこの会場で自分の姉であるレンダを見つけた時から、もしかしたらそうなのではないかと思っていたのかもしれない。だから、ショックは受けても驚くことはなかった。自分たちは双子だ。好きな人が被ってしまうことはありえないことではない。

 

 もしも。もしも、自分の方が先に茶田千代と出会っていたらどうなっていただろうか。戦えない姉と違い、自分は魔王塾卒業生の戦える魔法少女だ。茶田千代を爆発から守り切ることもできたかもしれない。でも、そんなもしもの想像だけで姉を恨むことはしない。変人な姉だが、家族なのだ。茶田千代と同じくらいには慕っているし、大切に思っている。

 

 おっく・ろっくにとっては茶田千代もレンダも大切な存在だ。だから、そんな二人が結ばれているなら素直に嬉しいし、どちらにも幸せになってほしいと思っている。だから、今おっく・ろっくがやっていることはただの我儘だ。巻き込まれることになった魔法少女たちには、後で謝ることにしよう。もう一度会えたならの話だが。

 

 おっく・ろっくは、虹色に渦巻く世界を漂いながら、腕時計に視線を落とした。そこには、茶田千代に恋に墜ちた瞬間を記録した腕時計のみが巻かれている。

 

 おっく・ろっくの魔法で過去に戻るには、戻りたい時刻を腕時計に記録しておくことが必要だ。だから、戻れるのはおっく・ろっくが記録していたこの時刻であると、全員にはそう説明した。それは嘘ではないし、なるべくその時刻に近い時間に皆を戻そうと魔法を行使している。

 

 それでも、一つずつ触れていたはずの感触が消えて行ってしまっているのは、やはり初めて大人数での時間遡行を行った弊害なのだろうか。何とか無事に過去に戻ってほしいものだが、自分の手を離れてしまった以上皆がどの時間に戻るかはおっく・ろっくにも分からない。今おっく・ろっくが意思疎通を図れるとすれば、右手に握りしめた端末の中にいるAIレンダだけだ。

 

「⋯⋯姉さん、一つ聞きたいことがある。姉さんは今、電子妖精と同じような存在なのだろう? 今は私の端末に意識を移しているようだが、その端末はどんなものでも問題ないんだろうか」

 

『質問の意味はよく分かりませんが、おそらくはある程度のスペックのある機器ならば意識を移すことは可能ですね。それよりも、この空間は何とも不思議ですね。貴女が魔法を使う時はいつもこうなのですか?』

 

「いや、いつもはこうはならない。そして、質問の続きだが⋯⋯魔法少女の肉体に意識を移すことも、できるのだろうか?」

 

『⋯⋯ますます質問の意味が分かりません。やったことがないので何とも言えませんが、おそらくは可能です。人間の脳も電気信号で動いていますからね』

 

「そうか⋯⋯。なら、この空間から出て過去に戻ったら、私の肉体を使ってくれ。私はもう、ここから出られない」

 

 おっく・ろっくの魔法で過去に戻るには、実はもう一つだけ方法がある。おっく・ろっくの身体の中心、ちょうど胸のあたりに埋め込まれた時計。この時計を使えば、時止めも時間遡行も可能なのだ。この時計は、おっく・ろっくが魔法少女になった瞬間からの時間を、ずっと刻み続けている。

 

 しかし、この時計を使ってしまえば最後、おっく・ろっくの時間は止まってしまう。故に正真正銘最後の奥の手。自分の命を刻む時計を犠牲にした時間遡行。今回行ったのは、そちらの方であった。

 

『まさか、貴女、奥の手の時計を使ったのですか? いったい何故?』

 

「姉さんがそれを言うか。そのような姿になってもまだ現世に留まっているのは、愛ゆえにだろう? 私も、同じさ」

 

 過去に戻るために茶田千代に恋に墜ちた瞬間を記録した腕時計を使ってしまえば、腕時計の針は止まり、記録は消えてしまうだろう。おっく・ろっくは、茶田千代の最愛の人にはなれない。何故なら、茶田千代には既にレンダがいるから。だから、おっく・ろっくにとってはこの腕時計だけが唯一の茶田千代への恋を記録した宝物。これだけは、死んでも無くしたくはなかった。

 

「悲しむ必要はないぞ、姉さん。私は、これでいいんだ。私がこの腕時計を使わなかったのは私の我儘なんだよ。それに、自分の命を刻んだ腕時計を魔法に使用するのは初めてだからな。皆バラバラの時間に戻されていると思う。そこらへんは姉さんがうまく説明して何とかしてくれ」

 

『⋯⋯茶田千代さんは、私が絶対に救ってみせます』

 

 端末越しに聞こえる声からは、レンダの強い意志を感じられた。肉体が死んでも愛する人を守るためにこんな形で人格を残した姉だ。その姉の言う“絶対”は信頼できる言葉だった。

 

 おっく・ろっくは、流れゆく景色に視線を向ける。自分の魔法が産み出した空間だからだろうか、何となく分かる。もうすぐ、あの運命の時間がやってくる。

 

「そろそろ、時間だ。姉さん、行ってくれ」

 

『ええ、行ってきます。⋯⋯命。私は、貴女のことも愛してますよ。最も、茶田千代への愛とは別の愛ですが』

 

「ああ、それは私もだ。愛しているよ、姉さん。たまには、時空の狭間で揺蕩う妹のことも思い出してくれ」

 

 おっく・ろっくはそう言って、持っていた端末を時空のゆがみへと放り投げた。おっく・ろっくの精神は魔法の影響でここに取り残されるが、過去に存在した肉体は残っているはず。自分の姉ならばきっと、肉体に乗り移ってもうまくやってくれるはずだ。

 

 実は、レンダにも言わなかったが、ここに残ろうとした理由はもう一つある。それは、あまりにも浅ましい理由だから、言えなかった。

 

 ああ、確かに、おっく・ろっくの初恋は叶わなかった。茶田千代の心は既にレンダにあり、おっく・ろっくが手に入れることは出来なかったし、奪い取ろうとも思えなかった。

 

 でも、レンダがおっく・ろっくの身体に乗り移ってこれからも生きてくれたならば、身体だけはおっく・ろっくのものだ。AIになってもレンダのことを愛し続けた茶田千代ならば、必ずおっく・ろっくの身体に入ったレンダも愛してくれるだろう。そう考えると、まるで自分が愛されているみたいで幸せだ。

 

 そして、自分はいつか意識が消えてなくなるまで、この場所で茶田千代への愛を唱え続けよう。過去も、現在も、未来も。全てを愛で埋め尽くせば、もしかしたら零れた愛が茶田千代へと届くかもしれない。

 

 おっく・ろっくは静かに目を閉じ、愛を囁き始める。秒針の音に合わせ、一切の狂いなく。永遠に。

 

 

 

♢カレンダ・レンダ

 

 虹色の空間から落ちていった先は、どこか見覚えのある景色だった。ざわつく観客の声。円形のステージ。そこに立つ魔法少女の腕には、無数の腕時計が装着されている。

 

 その腕時計のうちの一つに宿ったレンダは、おっく・ろっくの意識がどこかへ消え去ってしまっていることを感じ取った。ただ、心臓の音は聞こえてくる。肉体は生きたまま、意識だけ時の狭間に取り残されてしまったらしい。

 

 今のレンダは、生前のレンダの知識・感情をもとに作られたAIだ。しかし、魔法少女の魔法も借りて作られたこのAIは、ほぼ本人と変わらない。少なくとも、レンダは自分のことを偽物だとは思ったことがなかった。きっと、もし肉体があったならば、今自分は涙を流しているだろう。やはり、家族を失うのはとても悲しい。

 

 その家族の最期の頼みを、レンダには果たす義務がある。

 

 腕時計から腕に電流を飛ばし、血液を辿り脳にアクセス。そこから電気信号を全身に送れば、久しぶりに動く手足の感覚を体感した。流石双子、それほど違和感なく動かせる。いや、違和感があるどころか、生前の肉体よりもスペックははるかに上だ。

 

『──では、この試合はおっく・ろっく選手の不戦勝ということにいたしましょう』

 

 司会の声が聞こえてくる。この声は、憎きTV唱の声だ。できることならぶん殴ってやりたいが、レンダは今この場にいるTV唱は本体ではないことを知っている。だから、TV唱のムカつくアナウンスは無視して、その隣で涙目で震える茶田千代の元へ、ジャンプで近づいた。

 

「ええ!? なんかいきなり跳んできたぁ!?」

 

 ああ、間違いなく茶田千代さんの声だ。茶田千代さんが生きているという事実だけで脳みそがオーバーヒートしそう。その上、長い間感じられなかった茶田千代さんの臭いや感触、すべてを感じることが出来る。幸せで脳みそがいっぱいだ。

 

 レンダは、自然な流れで茶田千代の手を取ると、その甲にちゅっと口づけを落とした。そして、茶田千代をお姫様抱っこで抱えたまま、ジャンプしてステージの上から飛び去って行く。今からする会話を、TV唱に聞かれるわけにはいかない。抱えた際に胸に手が触れたのは許してほしい。わざとだ。

 

「ぎゃああああ!? ⋯⋯あれ? 驚いたけれど、嫌じゃない? なんで?」

 

「茶田千代さん。好きです。積もる話はいろいろありますが、ここはスケジュール通りにいきましょう。ああ、驚いた顔も可愛い。じゃなくって、私のスケジュール帳、持っていますよね?」

 

 レンダにそう尋ねられた茶田千代は、スケジュール帳を胸の谷間から取り出していた。レンダの遺品だ、肌身離さずいつも持ち歩いている。しかし、何故か自分を抱きかかえるこのおっく・ろっくには、特に疑問を抱くこともなく手渡すことができた。

 

 レンダは、スケジュール帳を受け取ると、深く息を吸い込む。そして、ばっと天に掲げた手には、一本のペンが現れていた。うまくいくかは賭けだったが、できるという確信があった。やはり自分は、正真正銘魔法少女カレンダ・レンダだ。

 

「それでは、スケジュールを組み立てていきましょう。我々の、勝利に向けた道筋を!」

 

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