♢さらら
頭の中はまだ先ほど義姉に告げられた事実のせいでぐちゃぐちゃのままだが、今はそれよりも優先するべきことがある。この後どう動くかも大事だが、一番大切なのは仲間の安否を確認することだ。キューティ☆Eや茶田千代、レンダもさららにとっては大切な仲間だが、ナコはその中でも特に特別だ。
今のチームの前身とも呼べる『Re:Name』。そこに所属していたメンバーの生き残りが、さららとナコである。さららにとって、ナコは死んでしまった仲間たちとの繋がりを示す唯一の存在であり、命に代えても守りたい存在なのだ。
さららは細長い廊下を駆けながら、同時に髪の毛を伸ばしてナコの行方を探す。さららの髪の毛は魔法によって五感をアレンジして付与しているので、こういった探索には便利がいい。そして、ちょうど今さららの髪の毛は、とある魔法少女の姿を捉えることに成功した。
この時、さららは初めて自らの髪の毛が伝えてきた情報を疑った。TV唱が見せた幻覚であることも考えたが、この髪の毛は一本一本がセンサーやカメラの役割を持っている。幻覚をかけるならばそれらすべてに魔法を行使しないと不可能なはずなので、その可能性は低いだろう。しかし、そうなるとますます不可解である。今さららが見つけた魔法少女は、決してこの場にいるはずのない魔法少女だからだ。
さららは、探索のために伸ばしていた髪の毛と、現在の自分の位置を入れ替え、瞬時にその魔法少女の背後を取る。そして、その両手足を素早く拘束し、無理やり身体を動かしてさららの方を向かせた。
真っ黒なコスチュームに、真っ黒な瞳。このような状況でもニコニコと笑みを浮かべた表情。そして、右手に持った古びた絵本。さららは、この魔法少女の顔を知っている。忘れるはずがない。何故なら、こいつは。ギャシュリーは、かつてさららの仲間を殺し、そしてさらら達の目の前で死んだ最悪の魔法少女だからだ。
「ど、どうして⋯⋯どうして貴女がここに居るんですか、ギャシュリー!!」
「お姉さん、だぁれ? なんで、私の名前知ってるの?」
両手を髪の毛で縛られたまま、こてんと首を傾げるギャシュリーは、本気でこちらのことを知らない様子だった。しかし、ニセモノではないだろう。ギャシュリーという名前には反応しているし、何より雰囲気がかつてさららが遭遇したギャシュリーとまったく同じだ。さららは、混乱しそうになる脳みそをぐるぐる回して、ギャシュリーに質問を重ねた。
「貴女は、死んだはず⋯⋯です。誰かが魔法で生き返らせたのですか?」
「え、私死んでないよ? なんかね、白い人が急に出てきたと思ったら私をここに連れてきたの。ねえ、ここどこなの? あと、これ解いてよ。痛いからさ」
ギャシュリーの返答を受けて、さららは手を額に当てて考え込む。当然、拘束は解かない。何故か拘束を解くそぶりも見せずおとなしく捕まっているギャシュリーだが、ここで自由に動かせる選択肢はない。
白い人というと、ギャシュリーの相棒であるマーブルフェイスが思い浮かぶが、それならばギャシュリーは『白い人』なんて曖昧な表現はしないだろう。そして、本人に死の自覚がないということと、さららのことを知らないという事実。この2つを合わせた際に最も考えられる可能性は⋯⋯今ここにいるギャシュリーは、さららに出会う前の過去の時間軸のギャシュリー、だろうか。
現に、おっく・ろっくの魔法によって時間遡行が可能であることは証明されている。同様に時間を操れる魔法持ちが居て、過去からギャシュリーを連れてきていても不思議ではない。そして、そのギャシュリーを連れてきた白い魔法少女は、時間遡行を行ったナコの失踪に関わっている可能性が高いと判断していいだろう。
「⋯⋯拘束は解きます。なので、貴女をここに連れてきた魔法少女のところに、案内してください」
「わーい、ありがと! 優しいね、お姉さん。でもね、その必要はないよ」
「それはどういう⋯⋯」
ギャシュリーの言葉の真意を問いただそうとしたさららは、周囲に張っていた髪の毛の結界が一瞬で破られたのを感じ、咄嗟に身を翻した。間一髪のところで、迫っていた魔法少女の拳をかわす。
「くふっ! 不意打ちだったのに、避けられてしまったネ」
「残念だね。でも問題ないネ」
『イニミニマニモ、2つに1つ。あなたはどっちを選ぶ?』
1つの身体に2つの頭を持った中華風のコスチュームを着た魔法少女が、高く飛び跳ねながらさららに交互に話しかけてくる。その瞬間、脳裏に浮かび上がってくるのは、2つの選択肢。1つは、右手に持つ棒で殴打されること。もう1つは、左手に持った槍に刺されること。
直感でこれが魔法だと判断したさららは、槍に刺されることを選択し、そのまま差し出される槍を受け入れた。槍は吸い込まれるようにさららの身体の中心を貫く。しかし、事前に選択肢が与えられるならば対処は可能だ。刺さる瞬間に身体を髪の毛に変化させ、さららは攻撃を回避した。
「わあ、ずるいネ!」
「でも、私たちに構ってていいのかナ? お友達がピンチだヨ?」
指摘されて慌てて後ろを振り向くと、拘束していたはずのギャシュリーが、いつの間にか拘束を抜け出している。そして、そのギャシュリーが向かう先に倒れているのは、間違いなくナコであった。
「ナコ!!」
さららは、髪の毛で槍を絡めとった勢いそのままに2つの頭を持った魔法少女を投げ飛ばすと、全速力でナコの元へと駆け寄った。そして、ナコに近寄ろうとするギャシュリーから守るようにして、その前に立って腕を広げる。
「ギャシュリー!! 貴女にナコを傷つけさせはしない!!」
「⋯⋯ごめんね、優しいお姉さん」
何故、ギャシュリーが今謝るのか。その意味を理解するよりも先に、庇っていたはずの背中から、その手は伸ばされていた。
「──最悪の事態を想定する貴女でも、これは予想できませんでした? ああ、やはりこの身体に入ったのは正解でしたね。いろいろな意味で。こうして、貴女の魔法を本にできる」
ぽんっと背中に手が触れる感触がした直後、全身から一気に力が抜けていく。伸ばしていたはずの髪の毛は一瞬で消えてなくなり、視点も高くなっていく。変身が解除された。慌ててさららに変身しようとしても、できない。魔法が、使えない。
ああ、最悪だ。これは、想定していなかった。いや、想定したくなかった。
ナコが既に未知なる敵によって洗脳されている可能性などは勿論考えていた。白い人と聞いて、マーブルフェイスと一緒にナコの姿も連想した。でも、倒れるナコの姿を見たら考えるより先に動いてしまっていた。冷静に考えることが出来なかった。それが、最悪の事態を招いてしまった。
背後に倒れていたはずのナコがゆっくりと起き上がり、魔法少女ではない、ただの人間の神谷沙羅の前に立つ。その手には、さららの姿が表紙に書かれた一冊の本が握られていた。
「はじめまして。私の名前は、ジェーン・ホワイト。先ほど名付けました。あそこで壁にめり込んでいるイニミニマニ・モニカを真似して、貴女に2つ、選択肢を与えたいと思います。1つは、私の仲間になる選択肢。この選択肢を選べば、貴女の魔法はお返しします。私としては、是非ともこちらの選択肢を選んでほしいところです。そしてもう1つは、私たちにこの場で殺される選択肢です」
ゆっくりと指折り数えながら、ジェーンは沙羅に選択肢を突き付けてくる。その間に、先ほど投げ飛ばしたモニカも起き上がって近づいてきている。⋯⋯この状況、沙羅にとっては選択肢などあってないようなものだ。魔法少女に変身できない今、敵対すれば確実に死ぬ。
「⋯⋯ボクが、あなた達の仲間になれば、ナコの身体は返してもらえるんですか?」
「ええ、勿論。目的を果たしたら、いつでも身体はお返しします」
嘘だ。目を見れば分かる。しかし、もしこの場で殺されてしまえば、ナコを元に戻すことは絶対に無理だ。最悪を避けるためには、今は彼女たちと行動を共にする選択肢を選ぶしかない。
「わ、分かりました。ボクは、あなた達の仲間に⋯⋯」
沙羅が必死に頭を回して出した答えを口にしようとしたその時、それを遮るように猛スピードで何かが沙羅の目の前に現れた。今の身体能力では到底目視できない速さ。しかし、廊下の先に延々と続くレールを見れば、現れたのが誰かに気づくのは容易かった。
「急にさららの髪の匂いが消えたからおかしいと思って来てみたらなんだこりゃあ。お前ら、何者だよ。何しに来たんだこら。ボコすぞ」
ジェーンにそう言ってガンを飛ばす久光織衣は、今にも蹴りかかりそうな様子だ。しかし、無理だ。いくら久光織衣が強くても、未知の魔法を使うジェーンに、モニカ、そしてあのギャシュリーもいるというのに、勝てるはずがない。
「ま、待ってください織衣さん。こいつらを挑発するようなことを言っちゃ駄目です」
「⋯⋯お前、やっぱさららかよ。顔いいな畜生舐めてるのか? いや、そんなことどうでもいいんだよボケコラカス。お前、私の聞き間違えじゃなきゃこいつらに頭下げて仲間になろうとしてたよな。てかなんで変身してねぇんだよ。ふざけてんのか?」
ジェーンたちは、突然現れた久光織衣に対しても、特に警戒した様子はなく傍観を貫いている。唯一ギャシュリーだけが興味深々な様子で眺めていたが、手を出してくる様子はない。しかし、いつ気が変わるか分からない。早く逃げた方がいい。
「へ、変身できないのは、お、おそらく彼女に触られ、ボクの魔法を奪われたせいです。それよりも織衣さんは逃げてください。ここはボクが何とかします」
「はぁ!? 魔法少女に変身できもしねぇ雑魚が何とかする!? ふざけんなよカス!! それになんだその顔はぁ!! 私はそんな情けねぇ顔する奴に負けた覚えはねぇぞこらぁ!! お前、本心でこいつらの仲間になりたいって思ってんのかよボケぇ!!」
沙羅は何とか久光織衣を説得しようとするが、ますます激昂するばかりであった。それに、久光織衣の言葉は沙羅の心を抉った。⋯⋯当たり前だ。誰が、好き好んでナコの身体を奪ったような奴らの仲間になりたい? 誰が、大切な仲間たちを殺した魔法少女と共に行動したい? そんなわけ、ないじゃないか。
「⋯⋯最悪を、避けるためです。ボクには、もうそれしか選択肢はない!!」
「あのなぁ、さらら。あんま失望させんなよな。選択肢がない? ないなら作ればいいだろがぁ!!!」
久光織衣が怒号と共に、床を思いっきり踏みつける。すると、いつの間にか沙羅の身体に巻かれていたレールが、沙羅を高速でその場から運び始めた。
『うっそ~!? ちょっと待ってね!』
「させねぇよ!!」
運ばれていく沙羅を見て慌てて追いかけようとするモニカを、久光織衣が蹴りで妨害する。沙羅は必死に手を伸ばすが、人間の身体能力ではどうすることもできない。視界は、無数に交差するレールで閉じられそうになっている。その光景は、あの日、交差する橋のバリケードから見たかつてのリーダーの最期の光景と酷似していた。
♢久光織衣
さららは、無事に逃がすことが出来た。しかし、もう自分は逃げられないだろう。目の前に立つ3人の魔法少女全員から魔王パムと同等、もしくはそれ以上のオーラを感じる。
「あっちゃぁ。逃げられちゃったネ」
「ねえねえどうすル? 追いかけル?」
「⋯⋯いや、いいです。目的の本は入手できましたし、追いかけてさらに邪魔が入ると流石に面倒ですから。今は、目の前のゴミを片付けることに集中しましょう」
平気そうな顔をしているが、ナコの姿をした魔法少女からは、静かな怒りを感じられた。その怒気に思わず冷や汗が流れそうになるが、負けじと悪態を吐く。
「はっ! どこの誰だか知らねぇが他人の身体を借りて偉そうにしやがってよ。その本でさららの魔法奪ったのか? お前らの命で買ってやるからよぉ、早く私に寄こせよコラ」
「分かりませんね。この身体の記憶によれば、貴女はさららを敵視していたはず。どうして、自分は死ぬとわかっていてさららを逃がしたのですか?」
まるでこちらの死が確定したかの言い方に腹が立つ。まあ、冷静に考えればこちらに勝機はない。それは分かっているが、他人に言われるのは嫌なのだ。
「はっ! あいつを殺していいのは私だけなんだよ。でも、今のあいつに勝ってもちっとも嬉しくねぇ!! だから逃がした。なんか文句あっかコラ」
「いえ、想像の域を出ない、陳腐な回答感謝します。貴女は、本にする価値もない。紙くずにして、消してやります」
そう言って、ジェーンは消しゴムを構える。あれは、ナコの持っていた魔法のアイテムだったはずだ。いや、そんなことはどうでもいい。
モニカも2つの頭で久光織衣を見つめ、戦闘態勢だ。ギャシュリーだけは、じーっとこちらを見ているだけで戦う気配はない。それでも、久光織衣に勝ち目はないだろう。だが、ここで屈する魔王塾卒業生はいない。久光織衣は、中指を立て、豪快に笑った。
「ゴミはお前らの方だボケ!! まとめて始末してやるわ!!」
衝突は一瞬。激しい戦闘音は数秒の間鳴り響き、すぐに静寂を取り戻した。勝敗は、予想を覆すことはなく、敗者の血しぶきだけが、その場を赤く染め上げていた。